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1章 魔法少女とは出逢わない
1章23 断頭台の下に咲く花 ④
しおりを挟む迫りくるその葉をよく視ながら弥堂は適切な対処をする為に右腕を動かす。
そして――
「――あいたぁーーっ⁉」
敵の攻撃を手に持ったものでしっかりとガードした。
シンと、一瞬場が静まる。
誰もが唖然とする中で、やや躊躇いがちに動いた数本の蔦が追撃をしかけてくる。
「いたいっ、いたいっ、いたぁーいっ! やめてぇーっ!」
ペチ、ペチ、ペチと襲い来る連撃を弥堂は適格に全て受け止めていく。
右手に持った水無瀬で。
「テっ、テテテテテメェーッ! 何してやがんスかこのヤローッ⁉」
ガバっと右腕に取りついてきたメロが猛烈な抗議をしてくる。
「ガードしてるだけだが?」
「だけだが? じゃねーんッスよ! このバカやろー!」
「あぅぅぅ……痛くないけど痛いよぅ……」
「ダメージを負わないんだろ? 何の問題がある」
涙目でプルプルと怯える愛苗ちゃんの姿を見ても何一つとして憚ることなく堂々とした態度を崩さない男に人外たちは戦慄した。
オロオロとした表情を浮かべたように花を向けてくるギロチン=リリィに攻撃停止命令を出すと、ボラフも弥堂を責め立てる。
「オイコラァッ! このクソニンゲンっ! イカレてんのかこの野郎っ! 威勢よく啖呵切ったくせに女の子の陰に隠れたと思ったら終いには物理的に盾にするだとぉ! テメェにはプライドとかねえのかよ⁉」
「意味がわからんな。勝つ為に最善の手を選ぶ。その手段は問わない。出来る限り効率のいいものが望ましい。それはつまり全力を尽くすということだ。強いて言うのなら、それが俺のプライドだ」
「クソッ……! 頭おかしいぜ、この野郎っ! オイ、ギロチン=リリィ! コイツだけを狙え! カワイソウだからフィオーレには当てるなよ!」
「キッ、キィィーーッ!」
無茶ぶりをされたギロチン=リリィが戸惑いつつも一本の蔦を突き出すと弥堂はその射線上に水無瀬を置く。すると、ビクっと蔦を震わせ攻撃を中断した。
改めてソローっと遠慮がちに伸ばしてくる蔦を弥堂は難なく躱しながら距離を空けていく。
「わぁー。弥堂くんすごいっ! なんでそんなに上手なの? 体育が得意だから?」
「そんなわけ…………いや、そうだ。体育が得意だからだ」
「そうなんだ。私も体育の授業頑張ったら避けれるようになるかな?」
「…………そうだな」
戦闘中に脱力をするような質問をされ反射的に彼女の言うことを否定しようとした弥堂だったが、まともに相手をしていると気が散るため適当に肯定してやった。
やがて一定の距離まで下がると弥堂は動きを止め、手に持った水無瀬を地に立たせてやる。
「助けてくれてありがとう」
「礼はいいからさっさと攻撃をしろ」
「うん!」
元気いっぱいにお返事をした愛苗ちゃんは再び「むむむ……」と念じるとふよふよと浮かび上がり、不安定な動作で前に進もうとする。
弥堂はその彼女の襟首を掴んで引っ張った。
「待て」
「きゅぴ――っ⁉」
突然首が締まり驚いた水無瀬は目を白黒させ飛行の魔法を解いてしまう。
「お前、何するつもりだ」
「え? 攻撃……? しよっかなぁって……」
「何故いちいち苦手な飛行をして近づこうとする?」
「えっとね、私の魔法なかなか当たらないじゃない? だから近くに行った方が当たりやすいかなって……」
「…………」
「チッチッチッ、わかってねえッスね。少年は」
「……なにがだ?」
呆れから言葉を失くしていると腕にへばりついているネコ妖精にマウントをとられる。
「これがマナの基本戦術なんスよ」
「戦術……だと……?」
「うむッス! 攻撃は当たらない。攻撃を避けられない。飛ぶのも苦手。特に戦いながらは無理ッス。だから最初に敵が届かないところまで飛んでから当たるまで魔法を撃つんス! 必勝法っス!」
「昨日も今日も、飛ぼうとしている間に捕まって攻撃されてなかったか?」
「うむッス! そこは自慢の装甲で耐えるんス! クソデカ魔力で防御魔法カッチカチッス! 魔力にモノいわせてオニ防御ゴリ押しッス!」
「……装甲を貫いてくる敵に出会ったらどうするんだ?」
「そん時はアレッスよ、気合で魔力増やすんスよ……なぁ、マナ?」
「うん! その時は一生懸命がんばってもっといっぱい出せるようにするね!」
「いや、攻撃を当てたり避けたりする工夫をしろよ。なんでお前らそんなに馬鹿なんだ」
具体的な展望など何一つ見えてこない、彼女たちの唱える『戦術:がんばる』に弥堂は激しく苛立った。
勝つ為にはそれに値するだけの理由が必要だ。
単純な力関係や行動の論理だけでなく、相性というものもある。
例え実力で上回っていたとしても敵との相性によってはそれをひっくり返されるという事例は間々ある。
それらを踏まえた上で勝率を安定させる為には知識や情報が重要となる。
そういったものを全く取り入れている様子のないポンコツコンビを弥堂は侮蔑の視線で見下した。
「相手の武器をよく見ろ。これ見よがしに出しているだろう」
「武器……?」
復唱しながら水無瀬はギロチン=リリィの方へまんまるお目めを向ける。
アスファルトを突き破って地下から伸びた花茎が身体で、その頂点からぶら下がる花が頭部のように見える。主軸となる花茎から枝分かれした茎には葉がついており、最初に遭遇した時よりも数を増やしたそれらが蔦のように蠢いている。
その姿をよく観察した水無瀬は「うんうん」と頷いてから弥堂の方へ顔を戻す。
「うねうねしてる!」
「……そうだな。いいか? あれは触手だ」
「しょくしゅ……」
「そんなことも知らんのか? あれはお前のような魔法少女の天敵だ。あの触手がある限りお前は絶対にヤツには勝てん」
「えぇっ⁉ そ、そうなの⁉」
「そうだ。特に接近戦は以ての外だ。全身の穴という穴を貫かれて拷問にかけられるぞ。数々の文献にそう記されている」
「そ、そうだったんだ……知らなかった……」
弥堂は上司である廻夜から渡され読破を命じられた1冊20P前後の薄い冊子となっている数多の文献を思い出しながら水無瀬に説明してやった。
「オイ、オマエそれエロど――」
「――で、でもっ! ギロチン=リリィさんはお花だし、触手じゃなくって蔦なんじゃないかな?」
「お前にはあれがまともな植物に見えるのか?」
「え? えーと、そう言われてみると……最初はユリのお花なのかなって思ったけど……ユリに蔦はなかったと思うし、葉っぱもああいう付き方はしないし……なんか変だね」
「そうだろう。こういった場合、ああしてウネウネしていればそれは大体触手だ。そして触手には魔法少女は勝てない。もう少しでお前は全身の水分を撒き散らしつつ無様に舌を突き出しながら白目を剥いて失神するところだったんだ。少しは危機感を持て」
「う、うん……、ゴメンね……」
「お前もその歳で卵を産みたくはないだろう?」
「卵……?」
「触手に刺されると卵を植え付けられるんだ」
「えっ⁉ お花なのに⁉」
「あぁ。触手とはそういうものなんだ」
「そ、そうだったんだ……」
もう少しで自分が母親になる可能性があったという事実に触れ水無瀬は茫然とする。
「いや、だからそれエロほ――」
「――でもでもっ! だからって放ってはおけないし……私どうしたら……っ!」
「そうだな。だから勝つ為には工夫が必要になる」
「くふう……?」
「あぁ。こっちに来い」
水無瀬を引き寄せて両肩に手を置き、立ち位置を固定させる。
ネコ妖精が何かを言おうとしていたようだが、どうせクソの役にも立たない戯言だろうと決めつけ黙殺した。
「ここから撃て」
「うんっ。じゃあ飛ぶね」
「飛ぶな」
グッと彼女の肩を抑えつける。
「ただでさえ飛ぶのが下手くそなんだから余計なリソースを使うな」
「え……、でも高いとこまで飛ばないと――」
「――キィィィィーーーッ!」
言い終わる前にギロチン=リリィが咆哮を上げ触手を放つ。
「わっ……⁉ わっ……⁉ わわわ……っ⁉」
迫りくる触手に慌てふためく水無瀬の肩に置いた手で彼女を引き寄せ半歩ほど下がらせる。
「たっ、たまご――っ⁉」
ギュッと瞑った彼女の目の前10cmほど手前でピタっと触手は止まる。
あと僅かの距離を縮めようと触手はグニングニンと藻掻くように蠢き、やがて諦めたのか元の場所へシュルシュルと戻っていく。
「たまご……?」
「産まなくていい」
コテンと首を傾げながらこちらを見上げてくる水無瀬に一応そう言ってやった。
「どうせ敵の攻撃が届かないのなら別に飛ぶ必要はないだろ」
「えっと……それって……?」
「ここが奴の射程限界だ」
言いながら弥堂は地面から生えているギロチン=リリィの根元に眼を向ける。
先程攻撃を躱していた時に目算で感覚と経験から敵の射程範囲に見当を付けていた。移動手段がないのならば、現在地は安全地帯ということになる。
「おぉっ! 少年スゲーな! なんか達人っぽいッス!」
「達人ではない。プロフェッショナルではあるがな」
「それ何が違うんスか?」
「どうでもいい。そんなことより水無瀬。ここから魔法は届くか?」
「うん……、多分だいじょうぶっ!」
彼女達からはあまり得られない望んだ答えが返って来て弥堂は満足げに頷いた。
「よし。では撃て。殺せ」
「え……? でもでもっ……!」
しかしすぐに眉を顰めることになる。
どうも水無瀬には弥堂が提案した戦闘プランになにやら異論がある様子だ。
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