俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章39 となりのひるごはん ⑥

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「――よし、引き上げるぞ」

「えぇっ⁉」


 男たちに絡まれている生徒をこれから救出に向かうのかと思った矢先の撤退宣言に愛苗ちゃんはびっくり仰天した。

 ぴょこんっと跳ねた二つのおさげを弥堂は無感情に見下ろし、大きな声を出した彼女が路地の中の連中に見つからぬよう死角へと引っ張る。


「大きな声を出すな」

「で、でもっ……、助けてあげないと……っ」

「あれなら大丈夫だ」

「えっ……? だいじょうぶ、なの……?」

「あぁ、大丈夫だ」

「そ、そうなんだ……」


 茫然と返事をしながら水無瀬はもう一度路地の中を恐る恐る覗き込む。

 そしてすぐにパっと振り向いた。


「やっぱり大丈夫じゃなさそうだよっ」

「そんなことはない」

「だって、『おらぁ』とか『こらぁ』っていっぱい言ってるよ⁉ やっぱりケンカなんじゃ……」

「しつけぇな。大丈夫だって言ってんだろ」

「で、でもっ……」

「彼なら大丈夫だ。問題ない」

「えっ……?」


 不思議そうに首を傾げる彼女の顔を見て、表情には出さずに内心で失言をしたと自覚した。


「弥堂くんもしかしてあの子知ってる子なの?」

「そうだな……」

「お友達?」


 どう答えるか、もしくはどこまで答えるかを考えながら弥堂も再び校舎と校舎の隙間に出来た路地の中を視る。


 屈強な肉体を持ったラグビー部員たちが、水無瀬の言うとおり「オラァ」だの「コラァ」だのと威嚇の鳴き声を発しながら、取り囲んでいる人物を順番に小突いている。

 小突いているというと語弊があるかもしれないが、実際に殴ったりしているわけではなく、代わりに彼のことを軽く押しているだけだ。


 しかし、何ぶん体格差がある。

 やられている側からすれば十分に暴力といえよう。


 そんな酷い目にあっているのは一人の少年、美景台学園の男子制服を着た生徒だ。

 その制服で判別をしなければパっと見は性別の見分けが難しいほどに華奢な体躯で、また体格だけでなく顔の造形の方も少女と見紛うような面差しをしている。


 女性の様に細い線が流麗に滑る髪の毛と、長いまつ毛。

 それらを恐怖で震わせている。


 大きな目からポロポロと涙を溢し、時折「やめてください……」とか細い声を漏らすその人物は間違いなく既知の人物だった。


「――彼は隣のクラスの山田君だ」

「となりの……? A組? C組?」

「A組だな」

「そうなんだー。山田さんっていうんだねっ」

「山田君だ。よく見ろ。男子の制服を着ているだろ」

「わ。ほんとだ。お顔すっごいカワイイから女の子と間違えちゃったよ」

「ということで帰るぞ」

「なんでぇ⁉ 助けてあげようよ」

「隣のクラスだから大丈夫だ」

「えっ……? となりの……、だいじょうぶ……?」


 ダメ元でもう一度ゴリ押ししてみたが余計に混乱させただけのようで、水無瀬の頭の上に大量の『⁉』が浮かんだ。


 彼の人物は隣のクラスに所属する山田 薫という生徒で、弥堂の所属するサバイバル部の部員でもある。

 彼は潜入に特化した優秀な諜報員であり、そして現在は仕事中だと思われる。


 故に、彼の仕事の邪魔をしないように騒がずに速やかにこの場を離れるべきだと弥堂は考えていた。


「野崎さんたちと約束があるだろう? あまり待たせるものではないぞ」

「あ、うん、そうなんだけど……」

「昼休みも残り少ない。早く戻った方がいいと思うぞ」

「うん……、ねぇ、弥堂くん?」

「なんだ」

「今日のね、教室というか、みんなのことなんだけど……」

「…………」

「……ううん、やっぱりなんでもないや」


 そう言って水無瀬としては珍しく笑顔を作って言葉を濁した。

 その表情か、行動にか、わからないが弥堂は自身の裡に苛立ちが生じたことを自覚した。


「ごめんね、ヘンなこと言って。よく考えたらそんなことあるわけないし、多分私の勘違いだと思ったの」

「そうか」


 そもそも何を感じたのかを言わなければ、どう勘違いしたのかも伝わらないだろうと思ったが、弥堂は口に出かけたその言葉とともに苛立ちも抑制した。

 彼女が言いたかったことは、今日のクラスメイトたちの不思議で不可解な言動についてだろう。


(それは勘違いではないだろうな)


 何かがおかしいという点では弥堂も同意見だ。


(そんなことあるわけない、か……)


 水無瀬自身が魔法少女などという、『そんなわけがない』存在だというのに、自分以外の他者を見る時には一般的な感性と常識で測っているようだ。


 その点に弥堂が感じたのは、客観性や聡明さではなく、歪さだった。


 自分の身の回りにはそんなわけがない――つまり普通でない出来事が毎日のように起こっているというのに、他の人間にはそんなわけがないと自然と考えている。

 自分はトクベツだとでも思っているのだろうか。


 しかし、それは正しい。


(お前はトクベツだ)


 何故なら『世界』がそう彼女をデザインしているからだ。


 一瞬目を細めて彼女を見遣るも、今はそんな場合ではないと切り捨てる。


 そんなことよりも今はこの場を早々に立ち去るべきだ。


 その為に、彼女にどう説明するべきか、或いはどこまで説明してもいいものかを考える。


 山田君は通常はその存在を秘匿されている部員だ。

 同じ部員である弥堂にさえ、彼は潜入工作員だと紹介されたことなどない。弥堂が独自で調べて自力で辿り着いた真実だ。


 だから、彼の正体を知る者は少なければ少ないほどいいし、それは部外の人間ならば尚更だ。

 通常ならばこんなことを改めて考えるまでもなく、指示に従わないのならば昏倒させてしまうところだ。


 しかし――と、弥堂は考える。


 今回に関してはその通常の範疇を超えるかもしれない。


 何故ならば、この水無瀬 愛苗という存在自体が通常の存在ではないからだ。

 つまり、トクベツだ。


 現在サバイバル部の――延いてはその長である廻夜朝次めぐりや あさつぐ部長の意思として、弥堂を風紀委員会に、そして山田君を敵対部活動の者の近くへと潜入させている。


 その活動の延長上で街の麻薬利権に弥堂が手を出すことになったのと同様に、今後山田君がその麻薬組織に潜入をするようになることも十分に考えられる。


 そして弥堂はその作戦行動中に街で魔法少女に出会った。

 場合によっては敵対することにもなっていたかもしれない。


 であるならば、山田君も今回の麻薬関連の問題以外にも街で活動をする際に、魔法少女とかいうふざけた存在に遭遇する可能性は大いにある。

 その時に、普段から街の平和とみんなの安全を守るとか意味のわからないことを言っている彼女がどんな行動に出るかを想像するのは容易い。


「――彼はスパイなんだ」

「すぱい……?」


 そうなった場合に現在のこの状況のように、彼の仕事を邪魔されないようにある程度情報を開示した方がいいのではと、そのように判断を下した。


「あぁ。彼は現在作戦行動中だ。ああしてカツアゲに見せかけて必要な情報を入手している」

「えっ……? かつあげ……、すぱい……? えっ?」


 水無瀬は疑問符を浮かべることしか出来ない。彼女の情報処理能力では現状把握が追い付かないのだろう。


「あの、情報って、なんの……?」

「そこまでは言えない。キミには知る資格がないからな」

「そうなの?」

「俺たちはサバイバル部だからな。生き残るために必要なことをしている」

「わぁ、すごいんだねっ。その資格ってどこでもらえるの?」

「……まずは入部届を持って部室に来ることからだな。厳しい審査がある」

「そうなんだね。私でも入れるかな?」

「どうかな。難しいと思うぞ。体力測定もある」

「そうなんだぁ。私運動にがてだからなぁ……」

「どこまでの拷問に情報を吐かずに耐えられるかという体力測定だ」

「ごうもんっ⁉」


 普通の生活――どころか、普通の魔法少女活動をしていても中々馴染みのない普通でない単語が飛び出してびっくり仰天した愛苗ちゃんのチャームポイントがぴょこんっと跳ね上がった。


「そんなことはいい。それよりここに居ると彼の仕事の邪魔になる。行くぞ」

「で、でもでもっ、すごいコワイ感じだよっ?」

「潜入工作とはそういうものだ」

「こうさく……?」


 いつもなら簡単に他人の言うことを鵜呑みにする水無瀬だが、今回はよっぽど腑に落ちないのかもう一度現場を覗き見て確かめようとする。

 そしてすぐに弥堂の方へ振り返る。


「やめてーって言ってるよ⁉」

「演技だ」

「えんぎ……? だって、泣いてるよ……⁉」

「素晴らしい演技力だな」

「そ、そうなの……?」


 茫然としながら水無瀬がそれを事実として受け入れようとした時――



「――も、もういやだぁーっ! 誰かたすけてーっ!」


 山田君が一際大きく助けを求める声をあげた。


「たっ、タイヘン――⁉」

「――おい、待て」


 それに反応した水無瀬が路地の中へ走り出す。弥堂は彼女を止めようとしたが間に合わなかった。


「す、すみませーん。お邪魔しまぁーす!」と緊張感のない挨拶をしながら彼女は現場に突入していった。


「なんじゃぁ、オラァっ!」
「カチコミか、コラァっ⁉」


 ガラの悪い叫び声が路地の中から聴こえてきて、弥堂は表情を険しくする。


「あ、あの……っ、はじめましてっ。私2年B組の水無瀬 愛苗っていいます! いきなりゴメンなさいっ」


 相手は暴漢(仮)だったとしても、愛苗ちゃんはよいこなので丁寧にごあいさつをした。

 ぺこりとおじぎをする彼女の姿を見て、いきなり激昂した男たちは気が抜けたように表情を和らげる。


「なんだ、水無瀬さんじゃないか」
「どうしたんだい? こんなところで。もしかして一人なのか?」
「ここいらはあまり治安がよくない。一人で来ちゃ駄目じゃないか。保護者はどうしたんだい?」
「希咲はなにやってんだ。水無瀬ちゃんに何かあってからじゃ遅いんだぞ」


 こんな場所で善良な生徒を取り囲み、この場所の治安を低下させるようなことをしている男たちは口々に真っ当そうなことを言った。


「あ、あのね、ななみちゃんは今おでかけしてて……、それで私一人で。教室でごはん食べてたんですけどヘンなニオイしたから捜しに来て……。それでたまたまここを通りがかったらなんかあぶない感じでどうしようって思って……。そしたら『たすけてー』ってなってタイヘンだーってなって、それでここに来ちゃいましたっ!」


 愛苗ちゃんはいっしょうけんめいに一気に説明した。


 彼女の拙い言葉で語られる事情説明をまったく理解できなかったが、男たちはほっこりとしたのでとりあえず彼女を安心させるためニコっと笑いかけた。

 みんな優しそうだったので愛苗ちゃんもニッコリと笑う。

 弥堂はチッと舌を打った。


 これは完全に自分の失態だと認める。

 やはり多少手荒になってでも彼女を連行すべきだったと反省をした。

 こうなっては仕方がないと嘆息をする。

 手遅れになる前に介入して水無瀬を回収するしかないと機を窺うことにした。



「ところで、結局水無瀬さんは何しに来たんだい?」

「えっ? えと、その子を放してあげてくださいっ」

「ん?」


 最初に一通り説明をしたはずだが、当然のように彼女の説明では誰も理解できていなかったので同じことを問い返される。

 しかし、愛苗ちゃんはよいこなので、弥堂のように「同じことを何度も言わせるな」といきなりキレたりすることはなくもう一回言ってあげた。


 水無瀬が山田君を指差すと男たちはまるでその存在を忘れていたかのように彼女の指先を追う。

 そして、彼ら同様に事態が掴めていない様子の山田君を見ると、今自分たちが何をしていたのかを思い出し、気まずそうな、ばつの悪そうな、そんな顔をした。


「あ、あの……、その子怖がってると思うんです……っ! やめてあげてくださいっ」

「い、いや水無瀬さん、これは違うんだ……っ」

「えっ? ちがう……?」

「そう。そうだ。違う。違うんだ」

「えっ? えっ? で、でもっ、イヤがってたし……、カワイソウだと思うの……っ!」

「そ、それは誤解だぜ水無瀬ちゃん。おい、オマエもなんか言えよ。誤解だって彼女に説明しろ……!」


 男の一人が水無瀬に弁明をしながら、彼女に対する態度とは打って変わって山田君に同調するように圧をかける。


 山田君は涙を浮かべた両目で水無瀬を見て一度何かを言いかけるが口を閉ざした。

 それから周囲の男たちを改めて見廻すと目を伏せ、それから意を決したように顔を上げた。


「にっ、逃げてくださいっ!」

「えぇっ⁉」


 切羽詰まった様子で山田君に言われた水無瀬はびっくりする。

 助けにきた相手に逃げるように指示されるとはどういうことなのだろうと大混乱だ。


「あ、あの、水無瀬さん……ですよね? 隣のクラスの……」

「え? あの、はい……っ。B組の水無瀬 愛苗ですっ」

「こんなとこに来ちゃダメだっ。ここは彼らみたいな人が居て危険なんだ……っ!」

「アァッ⁉」
「なに言ってんだテメェ。水無瀬さんにオレら誤解されんだろうが……っ!」


 水無瀬へ危険を訴える山田君の言葉に男たちは気色ばむ。


「助けに来てくれたことには感謝しますっ。だけど……っ! キミまで危険な目にあうことはないよっ! 早く逃げてっ!」

「オイっ! 余計な事言うんじゃねえよ!」
「水無瀬さんが怖がって話かけてくれなくなったらどうしてくれんだよ!」
「たまにオレらが部活してる時に通りがかると『がんばれー』って声かけてくれんだよ……! それがなくなったらオマエ許さねえからな……っ!」
「力づくで黙らせてやるよっ!」

「ひぃ――っ⁉」

「ら、乱暴はしちゃだめだよぉっ!」


 男たちの一人が山田君の胸倉を掴み上げると、か細い悲鳴が漏れる。

 水無瀬は慌てて暴力を止めようとして、男の腕に取り縋った。

 しかし、部活で鍛えた屈強なフィジカルをもつ男を水無瀬の細腕で止めることは叶わない。

 それどころか逆に男の太い腕に持ち上げられてしまい、ぷらーんとぶら下がる格好になった。


 お目めをバッテンにして必死に自分の腕にぶら下がる彼女を、男は一瞬だけほっこりとした目で見て、それから山田君を締め上げる。


「オラァっ! ナメたクチきけねえようにしてやんよぉっ!」


 山田君がプルプル震え、水無瀬がプラプラ揺れるその窮地に新たな人物が現れる。


「貴様ら何をしている」


 弥堂 優輝だ。


「ンダァっ⁉ 今度は誰だオラァっ!」
「うげっ――⁉ び、弥堂っ……⁉」
「なっ、なななななにしに来やがったぁっ⁉」
「や、ややややんのかコラァっ……!」


 弥堂の姿を認めた男たちは口々に威嚇の鳴き声をあげる。

 先程よりは若干及び腰な様子だ。


「あっ、弥堂くんっ」


 ぱぁっとお顔を輝かせる水無瀬がプラプラ揺れる様子を一度ジッと見てから、弥堂は男たちへ鋭い眼を向けた。


「よう、クズども。随分景気がよさそうじゃねえか」

「誰がクズだこのヤロウっ!」
「テメェに言われたくねえんだよこの狂犬ヤロウが!」


 去勢を張るガタイだけはいい男たちをつまらなそうに視る。


「ふん、何をしに来ただと? それはお前らが自分でよくわかってるんじゃないか?」

「くっ、オレら別になんにも……」

「本当にそう思っているのか? お前ら、確かラグビー部だったか?」

「くそっ……! なんでこんなことに……っ!」


 悔しそうに呻く男たちを尻目に弥堂はさりげなく山田君に目配せをする。


『こちらの不始末で申し訳ない。今後に支障が出ないように納める』という意を込めたつもりだ。

 しかし、当然ながらそんな意図は山田君には伝わらないので彼は弥堂と目が合ったことでビクッと怯えたような仕草を見せた。

 弥堂はそんな彼の仕草から、早速合わせて演技をしてくれていると読み取り、その機転の利かせ方から改めて彼の優秀さに感心する。


 すると、そんな様子を男たちが見咎めた。


「オイ山田っ! まさかテメェがコイツ呼んだんじゃねえだろうな⁉」

「えっ……? そんな、僕はなにも――」

「――ひゃわわわ……っ⁉」


 あらぬ疑いをかけられて焦る山田君の弁明を遮る形で水無瀬が奇怪な声をあげる。

 どうやら男の腕にぶら下がっているのに彼女の筋力は限界を迎えたようで、ズルっと手を滑らせて足から地面に落ちる。


「――おっと」


 着地してすぐにバランスを崩す彼女を支えるため、男は決して手で直接彼女の身体に触れることのないよう細心の注意を払い、腕で器用に彼女を支えた。


「わわっ……⁉ ありがとうございますっ」

「いいってことよ。離して大丈夫かい?」

「はいっ。だいじょうぶですっ」

「へへっ、ここらはそこらじゅうにゴミ捨てたり唾吐いたりするヤツらがいるからな。転んだら大変だぜ。さ、もうすぐ午後の授業だ、教室に帰ろう」


 意外と気のいいヤツなのか、水無瀬にニコッとお礼を言われると照れ臭そうな仕草を見せた。


「おい、なにを勝手なこと言っている。お前らタダで帰れると思っているのか?」

「ちぃ……っ! 弥堂、テメェ……っ!」

「び、弥堂くんっ。あのね? あんまり怒らないであげて欲しいの。助けてくれたし優しい人なんだと思うのっ」

「うるさい黙れ。俺の邪魔をするな。これ以上余計なことをするならお前も一緒に拷問部屋に連行するぞ」

「ごうもんっ⁉」


 ここのところよく耳にするようになった物騒な言葉に水無瀬がびっくりする横で、男たちは仲間内で互いに目配せをする。

 そして、ザッと水無瀬を弥堂から隠すように立ち塞がった。


「……なんの真似だ? 人質のつもりか?」

「……水無瀬さん」

「は、はいっ」


 男たちは弥堂の問いには答えずに水無瀬へ声をかけた。


「行ってくれっ」

「えっ?」


 何を言われているのかわからないと首を傾げる彼女に男たちは口々に危険を訴え避難をするように伝える。


「ここはオレたちが食い止める……っ!」
「水無瀬さんみたいないい子は知らねえかもしれねえが、このヤロウはマジでクズなんだ……っ!」
「あぁ。水無瀬さんみたいな子はこんなヤツに関わっちゃいけねえし、キミみたいな子にもこのヤロウは何するかわかんねえ……っ!」
「勝てるとは言えねえ。だが、キミが逃げるくらいの時間は稼いでみせる。だから行ってくれ……っ!」

「えっ……? えぇっ⁉」


 この場に介入してから関わる人全員に逃げてくれと言われた水無瀬さんは大混乱だ。


「山田っ! なにしてる! 早く彼女を連れて逃げろっ!」

「えっ⁉」


 先程まで自分をイジメてきていた連中に突然逃げろと言われた山田君も大混乱だ。

 状況はまったく理解できていないが、急かされたことでとにかく彼も焦ってしまい、男たちと弥堂とをキョロキョロと見比べる。


「バカやろうっ! さっさとしねえか! オマエでも女の子連れて逃げるくらいのことは出来るだろっ!」


 最後にそう怒鳴られると山田君は「くっ」と悔しそうに顔を伏せて何かを堪えるような仕草を見せると、バッと顔を上げた。


「行こうっ!」

「えっ⁉」


 そして水無瀬に一緒に逃げるように促した。彼は雰囲気に流された。


「さぁ、はやくっ! 走るよっ」

「は、はいっ!」


 山田君に手首を掴まれそう促されると水無瀬も頷き、彼と共に走り出した。彼女も雰囲気に流された。


 走り去っていく小柄な男子と女子の背中を目に映しながら、弥堂はなんとなく遣る瀬無い気分になった。

 しかし、自分が何かをしたことで報われたことなどないので何も考えないようにする。


 これは機転を利かせた山田君が邪魔者を連れ去ってくれたのだ。何も問題などないはずだ。


「さぁ、クソ野郎っ。悪ぃがちょいとオレらに付き合ってもらうぜ?」
「彼女にああは言ったが別に負けるつもりはねえからな……っ!」
「へっ、オマエそりゃあイキリすぎだぜ……」
「なぁ、弥堂。オレたちの生命に免じて水無瀬さんにだけは手をださねえでくれ。頼むよ」


 何故か決死の覚悟を決めたかのように自分の前に立つ男たちに、弥堂はうんざりとした気持ちになる。

 この学校の生徒たちは雰囲気に流されやすい者が多く、弥堂が普段取り締まる連中もこのように大袈裟な演出を自分でしては酔っぱらったような言動をするのだ。


 だが、高校生なんてものは所詮は子供で、子供なんて所詮はこんなものだろうと切り替えた。


 そして拳を握る。


「お前らはそれで楽しいのかもしれんが、俺は何となくでは済まさないからな」


 洒落が通じなければ空気も読めない。

 そんな男は当然雰囲気に飲まれることも流されることもない。


 一貫した暴力を奮うために男たちへと近づく。




 その後、特筆すようなこともなく男たちを制圧した弥堂が教室へ戻る道すがら、逃げるだけ逃げてから正気に戻って引き返してきた水無瀬と出くわす。

 山田君はそのまま逃げていったようだ。


 あれからどうなったと聞いてくる彼女を適当にあしらいながら連れだって教室に帰る。

 辿り着いたのは昼休みが終わる5分前ほどの頃だったが、次の授業で使う特別教室へ移動するための時間は十分にあった。


 2年B組の教室の戸を開けると教室内にはもう誰もいなかった。
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