俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章49 偃鼠ノ刻の狩庭 ①

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「もーっ! なんなのあいつぅ……っ!」


 ダンダンと床を蹴るようにして踏みながら肩を怒らせて希咲 七海きさき ななみはロッジの中を歩く。


 もう何時間か前の出来事だが、弥堂 優輝びとう ゆうきとのチャットバトルが未だに尾を引いていて、彼女は非常に不機嫌だった。


 しかし弥堂のことだけでここまで怒り心頭になっているわけではなく、幼馴染たちのやらかした不祥事の後片付けに奔走している最中に彼から連絡があった為に、機嫌は元々悪かったとも謂える。

 そこでさらに弥堂から送られてくる心ない罵詈雑言の数々に怒りを加速させることとなった。


 希咲としてもいっぱい悪口を送りまくってあの無表情・無神経・無責任の“3無い”野郎をヘコませてやりたいところではあったが、残念ながらそうすることは叶わなかった。


(……あ、無礼もあるから“4無い”か。三文字で揃えたいわね……、なんだろ……? 不作法……? とか?)


 思考が逸れたことで若干怒りが和らぎそうになり、希咲は慌てて頭を振って怒っている状態を維持する。


 とにかく、あのまま口ゲンカを続けていたら絶対に自分が勝っていたのだ。止むに止まれぬ事情があり撤退せざるをえなかっただけなのだ。

 負け惜しみか、いい訳か。そんな言葉ばかりを心中で重ねる。

 退かねばならない事情さえなければ、あんなサイテー男には絶対に負けないと。


 その事情とは今しがた終えてきたクマ小屋作成のお仕事である。


 みらいさんが密輸したコディアックヒグマのペトロビッチ君を保護したため、彼のお部屋を作ってあげていたのだ。

 とはいえ、急に舞い込んだ突貫工事だったので太い木にリードで繋いでその上に雨避けをつけてやるくらいが精々だった。

 自分でもこれはどうかなという出来栄えだったが、まさかロッジの中に人食い熊を入れて寝るわけにもいかないので仕方のないことであった。


 そんなこんなで、バカどもがバカなことをしたせいでイライラしてたとこに、別のバカがバカなことを言ってきてピキピキっときたけど、バカどもの尻ぬぐいでバカなことをしなければならなかったから仕返し出来なかったので七海ちゃんは激おこだった。


 その激おこを全身で表現したままダイニングスペースに入る。


「あら、おつかれさまです。七海ちゃん」

「お、おつかれ」


 既にそこに居た者たちに迎えられ労いの言葉をかけられる。


 にこやかに挨拶をくれたのは紅月 望莱あかつき みらいで、気まずそうにビクビクしながら若干小声で喋ったのが蛭子 蛮ひるこ ばんだ。


 希咲は二人をジロリと睨む。


「あらら? 七海ちゃんなんかゴキゲンななめです?」

「バ、バカ……、やめろって……!」

「一体どうしたんですか? 七海ちゃん」


 小声で止めてくる蛭子に構わずに、みらいさんはコテンとあざとく首を傾げる。


「うっさいバカ」


 何も後ろ暗いものなどないといった態度の望莱を希咲はにべもなく罵倒した。


「んま。バカだなんてひどいです。私一年生主席入学なのに」

「そういうこと言ってんじゃないのわかってんでしょ!」

「あらあらです。そんなにぷりぷりしちゃってどうしたんですか? いや待ってください。この“エスパーみらい”が当ててみせましょう」

「なにそれ、ダッサ……」

「……むむむ。ピピッピときましたよ! わかりました。うんちが出ないんですね?」

「ちがうわ!」

「それについてもこの“エスパーみらい”にお任せください。七海ちゃんのうんち穴をほじほじして優しく出させてあげます。不覚にもうっかりローションを持ってくるのを忘れてしまったので、キッチンのサラダ油をお借りしてもよろしいですか?」

「しねっ!」


 反省の色がまったく見られないバカの下品すぎるセクハラに希咲がさらに眉をナナメにすると、顔を青褪めさせたのは学園最強ヤンキーの蛭子くんだ。


「お、おい、バカやろうっ……! これ以上怒らせんな!」


 望莱の肩を揺さぶって止めに入る。


 そんなことで簡単に止まるようなみらいさんではないと思われたが、幸い彼女の三半規管はクソザコだったので、頭を揺らされ秒で酔った彼女は顔色を悪くしてテーブルに突っ伏し大人しくなった。

 そんな望莱に希咲は胡乱な瞳を向ける。


「ったく、手間かけさせるんじゃあねえよ……」


 そして、一仕事終えたとばかりに額を拭う蛭子くんにジトっとした視線を移動させる。


「他人事みたいに言ってるけど、あんたもだかんね?」


 チクっと刺すように告げられた指摘に蛭子はビクっと肩を動かす。


「オ、オレはわるくねえ……っ!」

「へー?」

「オレはただ、あいつらを止めようと……」


 尻すぼみに声を縮めていく彼は、七海ちゃん判定ではキッパリと有罪だった。


 無人島での生活中に不運な出来事から食料危機に陥った彼女たち。

 その危機を乗り越えるために何名かの若者がタケヤリを手に森に入っていった。

 その行く先に待ち受けるはみらいさんの放った人食い熊のペトロビッチ君3さい。

 飢えた人間たちの魔の手からクマさんを救うために蛭子くんもタケヤリを手に森に飛び込んでいった。

 そんな彼の背中を見送った希咲たちのもとに突如爆音が届いた。

 慌てて外を見ると森の中心には火の手が。

 いい加減に我慢の限界を迎えたギャル系JKが全員をシバくために火の中へ駆け出していった――


 というのが前回までのあらすじであり、日中の彼女らの出来事である。


「あんたさ、止めに行ったのよね?」

「お、おう……」

「それがなんであたしが着いた時には、そのあんたが火の中でクマさんと殴り合いしてるわけ?」

「ゔっ……⁉」


 蛭子くんは気まずそうに目を逸らす。



 一応その話の続きとして、現場に希咲が到着すると何故か熊を救いに行ったはずのヤンキーが上半身裸でその熊とタイマンを張っていたのである。


「どうしたらあんなことになるのよ?」

「流石は蛮くんですね」


 希咲曰く、蛭子 蛮は実は意外と常識的な人物だがとびっきりの巻き込まれ体質で、聖人たちに振り回されているはずが気が付いたらいつも事件のど真ん中で殴り合いをしており、結果的には誰よりも当事者になってしまう性質がある。

 今回もその例に漏れなかったようだ。


「だいたいさ。野性のクマさんだしちょっとはしょうがないとは思うけど。あのタケヤリなんなの?」

「い、いや、あれはオレじゃ……」

「周りは火の海で。四角に囲うみたいに地面に突き立ったタケヤリの真ん中で裸で殴りあいとか。なんなのあれ? リングのつもりだったの? あんたふざけてたんじゃないでしょうね? あたしびっくりしちゃったんだけど」

「オレだってわっかんねえんだよ! なんであんなことになったんだか……!」


 ジト目でチクチクと詰めてくる希咲に蛭子は言い訳をする。


 しかし彼に悪気がないことは希咲にはわかっているので、仕方ないと溜め息を吐いた。

 どうせまたおんなじようなことは起きるのだろうが、少なくとも彼は反省はしているのだ。

 それよりも問題は、今回も誰よりも悪いのにまったく反省をしない困った子である。


「あんたも少しは反省しなさいよ。言っとくけど今回もわりとシャレになってないことだかんね!」

「えっ? わたしですか?」

「……こんにゃろ」


 反省の色がないどころか自分が悪いという可能性にすら思い至ってなかったという態度に、希咲の頬はヒクヒクと震える。


 スッと息を吸って怒鳴りつけてやろうかと構えると、視界の端に怪しい人影が映る。


「ん?」


 その人物はダイニングにいる希咲たちから隠れているつもりなのか、コソコソと挙動不審な様子で二階から階段を下りてきてダイニングスペースを横切り、そしてキッチンへと入っていった。


「どうしました? 七海ちゃん」


 その人影の様子をジッと見ていた希咲を不思議に思ったのか望莱が首をかしげる。


「んっ」

「?」


 望莱からの問いへの返答はそう短く発音するに留め、キッチンとの出入口を指差す。

 望莱と蛭子もその指の指し示す方へ視線を動かす。

 3人無言のまましばらくそこを見つめているとキッチンから不審者が出てきた。


 不審者――もとい、紅月 聖人あかつき まさとはコソ泥のようにダイニングに再び侵入しようとする。しかし最初の一歩目で三対の視線に即座に絡めとられてビクッと硬直した。


「あ、あはは……。みんなまだ起きてたんだね」


 苦笑いしながら無難なことを言って誤魔化そうとするイケメン様へ希咲は胡乱な瞳を向ける。


「あんた、なにしてるわけ?」

「え、えっと……、そういえばガスの元栓閉めたかなぁって……、不安になっちゃって確認を……」

「へぇー」


 目を泳がせ汗をかきながらの白々しい答えを白眼視する。


「で? 背中になに隠してんの?」


 あからさまに怪しい態度をとる男にド直球で斬りこむと、彼は予想どおりあからさまに肩を跳ねさせた。


 聖人は少しの間「あーっと」「えーっと」と宙空から上手い言い訳を探そうとしたが、やがて諦めてカクンと首をもたげた。降参の意である。

 そして素直に背後に回していた手を正面に戻し、隠し持っていた物を皆に見せる。


「ワイン……?」

「うん。そうなんだ」


 彼が持っていた物はワインのボトルであった。

 どうやらこれをくすねる為にキッチンに侵入したようだ。


「……あんた、これどうする気?」

「え、えーと……、リィゼが……」

「やっぱり……」


 基本的に女を庇うタイプのイケメンである聖人だが、女に嘘が吐けないタイプのイケメンでもあるのであっさりと自供した。

 想像どおりの答えに希咲は額を覆う。


「言っとくけど、それ料理用のお酒よ?」

「僕もそう言ったんだけどさ。『寝る前にワインを一杯やらねーと手の震えが止まらねーですわー』って……」

「何回か言ったけど、あの子の国じゃ問題ないんだろうけど、ここ日本なんだからさ。ちゃんとやめさせないと」

「うん。そうなんだけど、お願いされると弱くて」

「せめて自分で取りに来させなさいよ。何から何まで甘やかさないの」

「それがさ。お尻が痛くて歩けないって。うつぶせで寝たまんまになっちゃってるんだよ」

「…………」


 クドクドとお説教をしていた希咲だったが、そこでスッと目を逸らした。

 森林を炎上させたことへのお仕置きでマリア=リィーゼのお尻をしこたまぶったのは希咲だったからだ。

 正直自分でもちょっとやりすぎかもと思っていたので、ここで追及をするのをやめた。


「まぁ、ほどほどにさせなさいよね」

「うん。ゴメンね」

「なんだかんだ七海ちゃんもあまあまです」

「うっさい」


 異国の王族とはいえ、この日本ではきっぱりと未成年飲酒は違法となるので何一つとしていいことなどないのだが、なんとなく一件落着した雰囲気を醸し出す。

 聖人は苦笑いをしながらワインボトルを持って階段の方へ歩いていく。


 小さく嘆息して希咲が「そういえば何の話してたんだっけ?」と思い出しながら望莱の方へ顔を向けようとした時――


「――そういえば」


 聖人がポツリと漏らす。


 その声に引っ張られて彼の方へ顔を戻すと、階段を三段上がったところで手すりに手を乗せながら聖人はこちらを見ていた。


「さっきさ、水無瀬さんのことで何か気にしてたみたいだけど、クラスで何かあったの?」

「あー……、そういうわけじゃないと思うんだけど……。ちょっと今、調べ中」

「ふぅん、そっか……」


 なにげない、なんてことのない会話。


 そのはずだった。


「――ねぇ、七海」


 それで話は終わったとまた彼から目線を外していた希咲に重ねて呼び声が。


 くるりと首を回すと聖人と目が合う。


「もしもなにかあったら言ってね。僕も協力するからさ」


 ぞわりと――


 肌が粟立つ。


 普段は昼行燈のようにお気楽で細かいことは気にしない性質の聖人がこの話に興味を持った。


 他人思いで気のいい彼がそんなことを言うのは別に不自然なことではない。


 しかし彼はとびっきりのトラブルメイカーだ。


 その彼が絡んでくることで大事に発展するのではというストレートな不安もある。


 しかし、なによりも、希咲がイヤな予感を感じたのは別の可能性だ。


 トラブル体質であるということは、彼自身がトラブルを起こすだけでなく、既に起きているトラブルに首を突っ込んでいくことでもある。

 彼にはそのトラブルを嗅ぎつけることに関して、どこか超常的な直感能力がある。


 その紅月 聖人が興味を持ったということは、希咲の杞憂や弥堂の疑心ではなく、水無瀬の身に本当に何かが起こっているのではと――


 唐突に襲われたそんな確信にも似た不安に全身を苛まれながら、階段を上っていく聖人の背中を希咲は呆然と見送った。






 美景台学園ドローン格納庫。


 開放した高窓から1機ずつ順番に3機のドローンが出ていくのを見送ってから自らもその窓から外へと飛び降り、弥堂 優輝びとう ゆうきは格納庫から脱出をする。


 Y’sが同時に操作できるドローンは1機のみのようで、思ったよりも時間がかかってしまった。


 とはいえ、これで侵入任務は半分のタスクを無事に終えたことになる。

 あとは自身が警備に見つからずに帰投するのみだ。


 時計塔北側の広場を10秒移動して物陰に身を潜める。


 円錐のオブジェが作り出す死角で次の10秒の開始を待つ。


 侵入時も同様のフローを踏んでここまで来たが、特に難しいことは何もなかった。

 かといって決して油断はしない。

 出来て当たり前の簡単な作業を当たり前にやるだけだ。


 残り3秒を数えたところで異変に気付く。


 くるるるるる――と。


 喉を転がすような音がいつの間にか頭上から聴こえてくる。


 ぞわりと奔った悪寒のままに弥堂がそちらを視上げると――


――其処に、ソレはいた。



 大きな、トラのような、メスのライオンのような動物。


 巨大な獣。


 円錐のオブジェに抱きつくようにして乗っかりながら、ソレが弥堂を見下ろしていた。


 ソレの片目と弥堂の眼が合う。


「――なるほどな」


 特に身を怯ませるでも悲鳴を上げるでもなく、弥堂はいつも通りの抑揚のない声を漏らす。


「この国の警察機関はなかなかに優秀だと思っていたが、どうやら俺の過大評価だったようだ」


 くるるると、ソレは相槌のように喉を鳴らす。


「トラかライオンだと? 的外れも甚だしい」


 言いながらソレのカタチを視る。


 大まかなシルエットはトラかライオンのように見えなくもない。

 ネコ科の獣。サイズは巨大なトラのよう。


「これのどこがトラだ」


 弥堂はソレの全身を視線で撫でる。


 トラのような体躯に馬の尻尾、片側の眼窩からは大きな蛇が生えていて、脇腹のあたりからは牛と豚の首が生えている。


「随分と節操なくアレもコレもと食い漁ったな」


 涎をダラダラと垂らし続ける牛と豚の生気のない目を視ながら呆れたように話しかけると、ソレは「ごろにゃ~ん」と上機嫌に答えた。


 弥堂の言葉どおり腹いっぱいに食べられたことが満足だったのか。


 否。


 その愉悦に染まる片目は、新たな食べ物を見つけた悦びを表していた。


 棒立ちで見上げる弥堂の頭上でグパっと大口を開ける。


 人間の中では長身の部類に入る弥堂の全身を丸呑み出来そうなほどのその大きな口が迫り、そしてガチンっと閉じられた。

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