俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章50 神なる意を執り行う者 ③

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 ボラフは弥堂の胸倉を掴みあげ宙に吊るす。


 弥堂はダラリと四肢を脱力させ為すがまま、ただボラフの顏をジッと視る。


 ボラフは何も喋らず、ただ血走った目で弥堂を睨みあげ浅く息を吐き出し続けている。


 弥堂はその様子を乾いた瞳でただ無感情に視ていた。



「どうした? 俺を人質にとるんだろ? 正しい判断だと思うぞ。もっと自信を持て」


 自身を捕える敵に称賛するようなことを口にする。


 魔法少女として完成されつつある今の水無瀬ともし戦うならどうするか――


 ちょうど弥堂もそれを考えていて、地力で彼女を上回ることが不可能なら彼女と親しい人物を人質にとるしかないという解に至ったところだったので、ボラフの行動を肯定したのだ。

 自分は彼女とそこまで親しい人物ではないが、今回の結果でもしも有効性が認められるのなら、自分が彼女と事を構える場合には彼女の親友である希咲 七海きさき ななみというムカつくギャルを人質にすることを視野に入れると決める。

 問題はそのギャル系JKも何故か弥堂より強いかもしれないことだが、それはそうなった時に考えればいいだろうと未来へ丸投げした。


 そんなわけで弥堂としては珍しくこれといった含みもなく言葉のまま相手を褒めたのだが、当然ボラフはそう受け取らない。

 敵という関係性上、またこれまでの彼と関わった数日の経験上、皮肉を言われたと捉えカッと頭に血を昇らせる。


「ナメてんのかよテメェッ……! いつもいつもヨユーこきやがって……ッ! わかってんのか⁉ 死ぬんだぞッ! 惜しめよ! 恐れろよ! そんなこともわかんねえくらいイカレてんのか⁉ この狂犬ヤロウッ!」

「狂ってなどいない。正常で優秀な犬だ。お前と同じだ」

「――ッ⁉」


 顔を近付け唾を飛ばしながら激昂するボラフへ淡々と答える。

 今回の言葉は紛れもなく挑発であり、そして正確にボラフの逆鱗に触れた。

 一瞬言葉を失うほどに膨れた怒りのままに、ボラフは弥堂を地面へと叩き捨てる。


 そして右腕を振ると再びその形を鎌へと変えた。


「もういい……ッ! 元々そのつもりだったんだ……、殺す……ッ! テメェはもう、殺してやるッ……!」

「それは困るな。あいつにどれくらい人質が効くか視ておきたい。その後で殺してくれないか」

「もう喋んじゃねェェッッーー!」


 完全に瞳から正気の色を失くしたボラフは弥堂の頭部目掛けて鎌を振り下ろす。


 しかし――


「――フギャァァァァーーッ!」


 それまで力無く倒れていたネコのゴミクズーが突如として威嚇の叫びをあげて襲いかかってきた。

 トラよりも大きな前足をブンっと振る。

 それが狙ったのは弥堂――ではなかった。


「――なんだとッ⁉」


 ゴミクズーの前足は、弥堂目掛けて振られるボラフの鎌を殴りつけて弾く。

 そしてそのまま倒れ込むようにして地面に降りると弥堂に覆い被さった。


「…………ナン、だ……? そりゃ……?」


 ダラリと腕を垂らしボラフは瞳孔の開き切った瞳を茫然とさせる。

 とても理解し難く、受け入れ難いことであった。


 そしてすぐさま激昂した。


 まるで庇うように弥堂の上で丸くなるネコへ怒声を浴びせながら何度も蹴りつける。


「ふざけんなよクソがッ! どいつもッ! こいつもッ! ナメやがって……ッ!」


 癇癪を起こしたように怒りをこめて足裏を叩きつける。


「――イッチョ、マエにッ! エモノを主張してんのかよッ⁉ テメェのモンだって……ッ! ナメんなッ! オレの方が格上だろうがッ! 頭下げろよッ! そういう……ッ! ルールだろうがッ……! そんなこともわかんねえのかよ、ゴミクズがッ!」


 その格上の存在から容赦なく奮われる暴行に、ネコは身を硬めジッと耐える。


 自分を守るような行動をとっている獣を、「なにしてんだこいつ」と弥堂は見上げた。


 片方の眼窩は空っぽとなった隻眼と眼が合う。


 その眼窩を埋めている方の瞳の向こう、その奥底にいるナニカを視た気がした。


「お前……」


 僅かに眼を見開き漏らした呟きとほぼ時を同じくして、ボラフからの暴行が止む。

 息を荒げフラフラと躰を揺らした。


「……もういい……っ、キレちまった……、久しぶりだぜ……っ、もう知ったことか……」


 譫言のように呟きながら先程使いかけた試験管を全て取り出す。

 そしてネコの丸い背中にそれを全て注ぎかけた。


「オラッ……! 飲み込めよ……ッ! 滅んじまうぞッ!」


 体毛に覆われた背中に鎌の先端を突き刺し傷口を掻きまわしながらボラフは追い込んで命令する。

 ボコン、ボコンと瘤のように肉が隆起し、引っ込み、また隆起する。


 ネコは苦悶の唸りをあげながら躰を動かさないように耐える。


 自身の躰の下、見下ろす先には二本足のオス。


 その頭が見える。


 見たことのある頭。


 喜びがあった。


 くるるるるると喉が鳴った。



 すると、白い体毛が吸いきれずに流れてきた“痛い水”が二本足の頭に一滴落ちた。


 痛い水は二本足の口の近くに落ちる。


 舐めとってやろうかと考えたら、先に二本足が舌を出してそれを舐めた。


 ドクン――と心臓の動く音をネコは聴いた。


 二本足の唇が動く。


 見たことのある動き。


 二本足が消えた。


「――グァッ……⁉」


 そんな呻きが聴こえたのと同時に背中を刺す痛みが消えた。




 背後に回り込み右足で渾身の蹴りをぶちこむとボラフが踏鞴を踏む。

 弥堂はそれを追った。


 状況を飲み込めないまま自分に襲いかかってくる弥堂の姿を見ると、ボラフは反射的に鎌を振り回してしまう。


 クンっと膝を抜き、弥堂は鎌の軌道の下を潜り抜ける。


 そして死に体となったボラフに肉薄すると、ダンッと音を鳴らし力強く確かに大地を両足で踏みしめた。


 各関節を順番に適切に動かす。

 爪先を捻じり大地から力を汲み上げ、関節の稼働で駆動し加速させる。

 左の掌から集約させた力を解き放つ。


 師であるエルフィーネから賜った殺しの業。

 彼女が放ちさえすればほぼ必殺を実現する、敵を超越し凌駕する為の超絶の一アブソリュート・ワン――“零衝ストライク・ゼロ”。


 加速・増幅された威を相手の体内へ徹すと、ボラフは吹き飛ぶ。


 そして、そこで弥堂はガクッと膝を着いた。


 僅かながらに回復した力を使い切り、それ以上の追撃までは至れない。


「テ、メェ……、なんでだ……? まだ、戦えんのか……ッ⁉」


 最早死にゆくのみだと思っていた弥堂から攻撃を受けたことがボラフには想像の外だったのか、逆に怒りが鎮み驚愕の目を向ける。


「…………」


 弥堂は答えない。

 最早本当に戦闘に耐えるだけの余力はなかった。


「クソがよ……、マジでクソッタレだぜ……ッ! なにひとつ思い通りになりゃあしねェッ……! テメェと関わってからロクなことがねえぜッ!」


 ボラフの目に再び殺意が漲る。


「――お願い、しないと」


 ふと声が降ってくる。


 弥堂とボラフとの間に、空からゆっくりと彼女は降り立った。


 チラリと、ボラフは校庭へ目線を動かす。


 所々穴の空いた見通しのいい開けた空間に動くモノは何も無い。


「……もう、全部殺ったってのか……? 4体のゴミクズーが……? 冗談じゃねえぞ……、1分ももたずに……? 秒殺だと……ッ⁉」


 目線を戻し自失したように畏れをなしたように声を漏らす。

 その茫然とした目に映るのは、魔法少女ステラ・フィオーレ。


「弥堂くんっ、もうちょっとだから……っ! もう少し、がんばってね!」


 水無瀬は背後へ振り返り弥堂へ励ましの言葉をかける。

 適当に肩を竦めて応える彼の様子に「さっきより元気になってる……?」と水無瀬は不思議そうに首を傾げた。


「――ふざけんなよ……ッ!」


 そんな彼女の行動を、まるで自分のことなど眼中にないといった風に感じたボラフは激昂する。

 水無瀬はボラフへと向き直った。


「……思いどおりになんて、ならないよ……。ちゃんと仲良くなって、お願いをして……。言うことを聞かせるなんて、ダメ……っ。みんなで楽しくなれるように、みんなが幸せになれるようにお願いしなきゃ……っ!」


 真っ直ぐな瞳で、しかしどこか悲し気に、水無瀬はそう訴えた。


「それが出来るのは……、それが許されてるヤツだけなんだぜ……? オマエはそれを、知った方がいい……」


 ヘラリと諦めたような笑みを浮かべるボラフへ水無瀬は首を振る。

 そして言葉を返す。

 他人と言い合いをすることが得意ではない彼女が、しっかりと自分の中に在る答えを口にする。


「……知ってるよ……? 苦しくって……、悔しくって……、お父さんもお母さんも悲しんでて……、それが悲しくって……。だから私は……っ、そんな悲しいを、私はぜんぶ助けてあげたい……っ!」

「それが出来るのは今っ! その力があるからだッ! それがなきゃあそんなことは出来ねえッ……! そんなことは言えねえ……ッ!」

「そんなことないっ!」

「いいや。あるぜッ! 結局力があるヤツが思うままにするだけだッ! オレたちはそういう風に出来ているッ! そうじゃないってんなら、どうしてオレたちはこんなにクソッタレなんだ……ッ⁉」

「それは――」
「――運がなかったのさ」


 感情的な言葉の応酬に冷たい声が挿し込まれた。


「……ア?」

「運が悪いからクズに生まれて、運が悪いからクズのまま死んでいく。ただそれだけのことだ」

「そ、そんなこと――」
「――そんなことが認められるかよォォォォッ!」


 一生懸命優しく諭すようにしていた愛苗ちゃんのお話は、血も涙もなければ身も蓋もない弥堂の横槍によって台無しとなった。

 そしてそれによりボラフが激昂する。


 血走った目で憎しみをぶつけてくるボラフの視線を無視して、弥堂は目の前にあったお尻をピシャリと打つ。


「あいたぁっ⁉」


 愛苗ちゃんはびっくりしてピョンコと跳び上がった。


「なんでお尻ぶつのぉ……?」

「あ? なんかそこにあったからだ」

「うぅ、ひどいよぉ……」


 魔法少女に変身中なのでなんにも痛くないはずなのだが、先程までの勇ましさが嘘だったかのように、彼女はふにゃりと情けなく眉を下げながらスリスリとお尻をさすった。


「余計な問答はいらない。さっさと終わらせろ」

「で、でもね? 弥堂くん――」

「早くしないと俺が死ぬぞ? いいのか?」

「えぇっ⁉」


 愛苗ちゃんはピンクツインテをみょーんっと跳ね上げてびっくり仰天する。


「お前がモタモタしていたせいで俺が死んだらどうするんだ? 責任とれんのか?」

「あわわわわ……、た、たいへんだぁ……」


 自らの生命をダシに脅迫をしてくる男の言葉にあわあわする。


「び、弥堂くん、もう死んじゃいそうなの?

「あぁ。結構ヤバイぞ。さっさと殺せ」

「で、でも、ゴミクズーさんはもう――」

「――まだだッ」


 それに反論したのはボラフだった。


 声に引かれて水無瀬はボラフを見る。


 先程までの荒れ様はもうなく、だがその目には静かで確かな覚悟と戦意があった。


「よく見ろよ。ゴミクズはまだいるだろ? まだ、オレがいる」

「ボラフさん……っ」

「そいつを死なせたくねェんだったらオレを倒して進むんだな!」

「…………っ!」


 水無瀬に言葉はなく、だが見返す彼女の瞳にも確かな意思があった。


「勝負だッ! ステラ・フィオーレッ!」


 魔法少女と悪の幹部。


 その直接対決の幕がここで切って落とされた。
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