俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章53 Water finds its worst level ⑮

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『よしこいっ!』


 そう言って挑戦的な眼差しを向けてくる画面内の少女へ弥堂は胡乱な瞳を向ける。


「俺は構わんが、お前はそれでいいのか?」

『うっさい! 絶対に負けないんだから!』

「お前は一体なにと戦ってるんだ?」

『世界一の変態とよ!』

「そうか」


 どうでもよさそうに返事をし、弥堂は白んだ眼で彼女を視る。


 男相手に「セクハラしていいよ」などと恥ずかしげもなく堂々と言い放つ女を心中で酷く軽蔑する。

 どうやら一般の生徒とは少々異なるような特殊な身の上のようだが、しかし所詮はギャルかと失望した。


 スマホの画面に映る彼女の髪の毛を視る。

 金髪に近い明るい色の髪が光の加減でピンク色に輝く。


(やはり、廻夜部長の言っていたとおりだったな……)


 彼の言葉を思い出す。


 ピンクは淫乱。


 確かに部長はそう言っていた。


 そんな女にしたくもないのにセクハラをしなければならない己の境遇を嘆きたくもなるが、しかしこれも仕事の内だと割り切る。


『……あんた今、またシツレーなこと考えてるでしょ?』

「言いがかりだ」

『ウソつきっ! 目がめっちゃ見下してんのよ!』

「それはキミの受け取り方次第だ。そんなことより――」

『――っ⁉』


 本題でないどうでもいいことに噛みついてこようとする彼女へわかりやすく話題を転換する意思を示してやると、画面の中の彼女もまたわかりやすくビクっと肩を跳ねさせその瞳の中に怯えの色を表す。

 その仕草に弥堂は胸の奥底からドス黒いナニカが湧いてくるような気がしたがピンクは淫乱なので、気がしただけで気のせいだと何処かへ追いやった。


「そろそろセクハラをさせてもらおうか」

『ま、まって……っ!』

「待たない」


 この期に及んでまだ悪足掻きのように話を引き延ばそうとしてくるのを、にべもなく断る。

 時間がもうないからだ。


 しかしそのことは希咲へは伝えない。


 彼女は何故か『自分がセクハラをされる』という選択肢を選んだようだが、この場での彼女の選ぶべき正解は『話を引き延ばして時間切れを待つ』であった。


 もうじき1時限目の授業が開始される。

 チャイムが鳴り教師が教室に現れればこの場はお開きとする他ない。


 悪童として名高い弥堂 優輝を以てしても、授業中にエロ通話を強行することは中々に難易度が高い。決して不可能ではないが、それをするには色々捨てるものが多すぎてリスクにリターンが見合わない。そういう話だ。


 だからタイムアップする前に、彼女が冷静さを取り戻す前に、一気呵成に攻め落とし可及的速やかにセクハラに漕ぎ着ける必要がある。


「今更逃げられるなどと思うな。お前自身が口にしたことだ。必ずセクハラをさせてもらう」


 血も情も通わぬ冷徹な黒い瞳で射貫く。

 情け容赦のない眼差しで白昼堂々と女生徒へ性的な要求をする。

 そんなある種凄絶とも謂えるような男の雰囲気に、希咲のみならず他の生徒達も圧倒された。

 特に男子生徒達は畏れをなす。


「す、すごいな……。公衆の面前でああまで自分を表現できるものなのか……?」
「……アイツはオレたちとはステージが違う……。社会的に死ぬことなんて何とも思っちゃいねえんだ……」
「それにつけてもオレたち一体なんなんだろうな……、悔しいぜ……。今そんな気持ちだ……」


 須藤くん、鮫島くん、小鳥遊くんがギャラリーとしてクソの役にも立たないコメントを述べる中、希咲は孤独な戦いに身を投じる。


『わ、わかってるわよ……っ。させる……っ、させてあげるけどっ、でも――』

「――うるせえな。いいからさっさと脱げよ」

『それよっ。そういうのはダメっ』

「あ?」

『しょうがないから、ちょっとだけセクハラしてもいいけど! でもちゃんとルールは守ってよね!』

「……ルール……?」


 弥堂は考える。


 ルール?

 セクハラのルール?

 セクハラにルールなどあるのだろうか、と。


 そもそもセクハラとは性的な嫌がらせのことを指す。

 そして性的な嫌がらせをしてはいけないという社会で定められたルールがある。

 つまり、セクハラをした時点でルール違反であるし、ルールを破ることこそがセクハラだとも謂える。


 だというのに、ルールを守ってセクハラをしろとは一体どういうことなのだろうか。


『……? ちょっと? あんた急に考え込んでどうしたの? コワイんだけど』

「ちょっと待て」


 不審そうにこちらの表情を窺う希咲に断って弥堂はさらに考える。


 例えばそのルールとは社会のルールを指すものではなかったとしたら。

 仮にセクハラを競技として捉えた場合、ルール内でOKとされるセクハラと、ルール外でファウルとされるセクハラがあるということなのだろうか。


(いや、そうではない可能性もある)


 プロフェッショナルファウルというものがある。

 試合の状況的に致し方なくわざとファウルをすることだが、失敗してやりすぎない限りは一発退場になることもなく、カードすら出ないことも多い。


 カードを伴わないファウルなら何度してもいいと、彼女はそういったことを示唆しているのかもしれない。


 だがあまりに悪質なセクハラには各種カードが提示され、場合によっては退場となる可能性もある。ルールを守るとはそういうことだ。


 つまり、基本的にはフェアプレイでセクハラに臨み、退場にならないようフルタイムしっかりとプレイをしろと、そういった意味なのかもしれない。


「……カードは何枚まで貰えるんだ?」

『は? カード? ポイントカード? セクハラにそんなもんあるわけないでしょ。バカじゃないの』

「……今のはミスだ」


 どうやら違うらしい。


 弥堂はさらに思考を巡らせるが、宇宙の成り立ちから解き明かさないとルールを守ったセクハラとはなにかという問題には答えが出なそうで、仕方なく諦めた。


「……悪いが哲学はあまり好きじゃないんだ」

『哲学? あんたなんの話してんの? セクハラは罪悪よ。この犯罪者っ』

「罪悪だと? 宗教的な話なのか? ルールとは教義のことか」

『競技? スポーツ感覚でセクハラすんじゃないわよ』

「やはりプロフェッショナルファウルのことか?」

『や。なに言ってんのか全然わかんないし。……あんたまた頭の中迷子になってたでしょ? そうじゃなくって! ちゃんと節度を守ってセクハラしてよねって言ってんの!』

「節、度……?」


 弥堂は混乱する。


 ルールと節度を守ったセクハラとはなんだ。

 節度を守らなかったボディタッチなどがセクハラとされるのではないのか、と。


「……悪いが哲学の話は――」

『――だーかーらっ! セクハラは哲学じゃないっつーの! なんでセクハラでそんな難しいこと考えるわけ⁉ あんた変態すぎっ!』

「お前が何を言っているのかわからん」

『なんでよっ。カンタンでしょ。節度は節度じゃない。ライン越えはしないでってゆってんの』

「……ライン、とは?」

『だからー、セクハラさせたげるってゆったけど、でもそれは仕方なくのセクハラなんだからホントのセクハラはダメってことよ。セクハラのフリってあんたも言ってたじゃん。だからジョーシキの範囲内でセクハラして。あたしがヤダなって思うセクハラは全部ダメだから。エッチなセクハラは全部ライン越えよっ』

「……⁉ ……⁉」


 多様性に富んだセクハラの価値観の嵐に、弥堂のCPUは処理落ち寸前に追い込まれた。

 それは周囲の者たちも同様のようだ。


「……解説のマホマホさん。ののか何言ってっかわかんなくて頭おかしくなりそうなんだよ……。エッチじゃないセクハラってなんのことかわかりますか?」
「うーん、わかんないなぁ……。でも気持ちはわかる、かも……。気持ちだけ、だけど……」


 早乙女と日下部さんも頭痛に見舞われたような苦い表情をしている。


「……エッチだとレフェリングされる基準はどこだ?」

『そんなのあたしがエッチだなと思うとこからに決まってんじゃん』

「お前の匙加減じゃねえか」

『は? そんなの当たり前でしょ! あたしがルールよ! あんまチョーシのんな!』

「ふざけるな、横暴だぞ。ルールを守れというのならきちんとファウルの基準を明確にするべきだ」

『なんでそんなこともわかんないわけ? だからぁ……、えっと、エッチなこと言ってきたりとかはダメね。ファウルよ。あとぉ、カード……だっけ? 見せろとかはカードよ。見たらイエローカードなんだから』

「おい、厳しすぎじゃないか?」

『そんなの当たり前でしょ! セクハラってだけでホントはダメなんだから。他にあんたがあたしにしてきたことだと……、えっちなこと言わせたりとかもイエローよ。あとは、触ってきたのはレッドだから!』

「ふざけるな。一発レッドは不当だ」

『ふざけてんのはあんたよ! 触ったら退場! そんなの当たり前でしょ! ホントはあんた先週レッドカードで、今日とか出場禁止だったんだからね! ごめんなさいしてよ! あと、おパンツリスペクトとかも頭おかしすぎだから今度やったらイエロー5個だかんねっ』

「……⁉ ……⁉」


 弥堂が混乱する中、周囲は騒めく。


『先週レッド』

 ということは先週に希咲 七海は弥堂 優輝に触られた――或いは、触らせた。

 そういうことになる。


 普段同じ教室に通う身近な存在であるクラスメイトの男女が、自分たちの与り知らぬところでそういったハードワークに励んでいる。


 そんな公序良俗に反する場面を想像し、女子生徒の何名かは顔を赤らめながらあることないことを言い合い、男子生徒の何名かは特定部位をふっくらさせ若干前屈みとなった。



 そんな周囲の状況には気付かずに弥堂は眉間に皺を寄せる。


 本人に触ったらレッドカードで退場1回。そのへんの女のおパンツをリスペクトしたらイエロー5枚で2.5回退場。

 弥堂には全く馴染みのないルール性と価値観が非常に受け入れ難かった。


 やはりギャルという人種は性的な倫理観や貞操観念が常人とは一線を画しているのだなと弥堂は彼女を見下すことで正気を保つ。


 だが――


「――いいだろう」


 それでもセクハラをしないことには何も始まらない。


「始めるぞ。セクハラを――」


 弥堂は前に出ることにした。


 その断固とした決意を感じとった希咲は心の底から彼を軽蔑する。


『真顔でバカなんじゃないの? なんなの? その何が何でもセクハラしてやるって態度。ガッつきすぎでマジキモい』

「ふん、お前こそそんな態度でいられるのも今のうちだ。甘く見るなよ。俺のセクハラを」

『や。甘くみてないからルールと節度を守ってって言ってんじゃん。ライン越え絶対NGだかんねっ』

「わかっている」


 どんなルールにでも必ず穴はある。

 どんなに難しい状況に追い込まれようともそんな穴――綻びは必ずある。

 どれだけ細く薄い勝ち筋の糸だとしても、その穴に通せば勝ちを掴むことは可能だ。


 これまでもそんな戦場を幾度も越えて来た。

 今回も、例え針の穴を通すようなことだとしても、必ずそこを通すセクハラを繰り出してみせる。


 些かも衰えることのない弥堂の戦意に希咲も周囲のギャラリーも気圧され、一様に真剣な表情を浮かべた。


「……普通に考えたらこんな厳しい制約の中でセクハラをするなんて無理……! でも、弥堂くんならもしかして……。なんでだろう。あの人はそんな風な気持ちにさせてくれるんだよ……っ!」
「アンタなんで楽しみにしてるのよ。七海の味方してあげなよ。カワイソウでしょ」

「やー、なんか面白くなってきちゃって……。弥堂くんも頑張ってるし応援してあげよっかなって……」
「頑張ってればいいってもんじゃ……」


 一方では瞳に僅かな希望を滲ませた早乙女と、非情な戦いを憂う日下部さんが見守り、そして他方では――


「――状況は絶望的に不利……。須藤、鮫島。お前らならどうする……?」
「……オレならムリだ。正直打つ手がねえ……っ!」

「そうか……。鮫島、お前は?」
「須藤の言う通りだ……。普通ならこっからの勝ちは拾えねえ……。だがっ、なにも出来ねえわけじゃねえ……!」

「なんだって……⁉」
「――っ! 鮫島っ! オマエ……、まさか……⁉」

「あぁ。そうだ。触るのもダメ、見るのもダメ。それどころかエロいこと言うのもダメ……! 何もかも封じられているようだが、このルールには一つだけ穴がある……! そして弥堂、アイツならそれに気付いているはずだ……!」
「そ、それは……っ⁉」

「チンコだ……! こんなんもうチンコ出すしかねェよ! オレならそうする……! だが――」
「――あぁ、失うものが多すぎる……」
「確かに、な……。これから体育祭に文化祭……、球技大会に修学旅行だってある……」

「それだけじゃあねぇ……、来年オレらはクラス替えなしだ……っ!」
「そうか……! 卒業するまでの学生生活……、その全てを対価に差し出すことになるのか……っ!」
「デケェ……っ! それはあまりにもデケェ犠牲だぜっ……!」

「そうだな。普通はやらねェ……。高校生活の全てを差し出してこの一回――たった一回のセクハラに全てを賭ける……っ! そんなことやる奴は狂ってやがる……。だが――」
「――あぁ。だが、弥堂……、アイツなら……!」
「……正直俺はアイツが嫌いだ。だが、それでもアイツなら……! そんな期待をしちまう……っ! 」


 須藤くん、鮫島くん、小鳥遊くんの三人組が世界の命運を賭けた戦いに赴く友の背中を見るような雰囲気で見守っていた。


「覚悟はいいか?」

『……っ⁉ す、すればいいじゃんっ、ほら……っ!』


 静かに問う弥堂に一瞬怖気づきそうになるも、勇気を振り絞って希咲はキッと睨みつける。


 彼らの発する空気に影響され、やがて教室に刹那の静寂が訪れる。


 その時、弥堂が動いた――


「――いくぞ」

『――っ⁉』


 ゴクリと、誰かが喉を鳴らした音がやけに鮮明に響く。


 だが――


「…………」
『…………っ』

「…………」
『…………?』

「…………」
『…………⁉』

「…………」
『……ちょっと?』

「…………」
『ちょっと、弥堂……?』

「…………」
『おいってば』

「…………」
『……あんたまさか……』


 攻勢を仕掛けると宣言してから一貫して沈黙を守る弥堂に希咲は胡乱な瞳を向けた。


『あんた……、なにも思いつかなかったんでしょ?』

「…………」


 えぇ……と、困惑と驚愕の声が周囲から洩れる。


『あ、あんたってば……、あんだけしつこくしといて、なんなの……っ⁉』

「うるさい黙れ」


 希咲の身の裡から湧き上がってくる怒りがヒクヒクと彼女の頬を引きつらせる。


 セクハラをしてもいいとは言ったが誓ってセクハラをされたいわけではない。

 だが、だとしてもあれだけセクハラセクハラ騒いでおいて何も思いつかないとは、なんてダメな男なんだろうと、そんな別種の失望と憤りが湧いてくる。


『なにもないならもう終わりでよかったじゃん! なんだったわけ⁉ この時間っ!』
「うるさい。なにもないとは言ってない」

『ないじゃん!』
「ある」

「じゃあ早くしてみなさいよ、セクハラっ! ほらほらぁ~っ!」
「貴様……っ!」


 俄然調子づき、挑発的なことを言ってくる希咲を弥堂は睨みつける。

 だが、実際手札が乏しいのも事実だ。


 なにせ、触っても見ても駄目だし、卑猥な言葉を投げかけることも駄目。

 エッチにならないようにセクハラをするのは至難の業であった。


『ぷぷぅ~、だっさぁ~い。ビトーくんってばぁ、セクハラの仕方もわかんないのぉ~?』
「うるさい。わかると言ってるだろ」

『えー? でもぉ~、セクハラさせろーとかあんだけイキってたくせにぃ~、いざしていいよって言ったらなぁんにも出来ないじゃぁ~ん? ださいねー? はずかしーねー?』
「お前その喋り方やめろ。引っ叩くぞ」

『きゃーこわーい! でもでもぉ? どうやってぶつのぉ~? ほらほら、やってみなさいよー。はい、ほっぺど~ぞっ』
「貴様……っ、必ず後悔させてやる……!」


 煽り度MAXでほっぺをカメラにグイグイ押し出してくる希咲に弥堂はコメカミを引き攣らせる。


(なんてムカつく女なんだ……!)


 そんな風に心中で毒づいてみても現実は変わらない。

 今は冷静になるべきだと己を戒める。

 確かにムカつく女であるしヤツが有利な状況だが、このまま何もしないわけにはいかない。

 何かしら手を打つべきだし、手を出すべきだ。


『えー? あたし後悔させられちゃうのぉー? やだやだぁー、泣いちゃうかもぉー。えーんこわいよぉー』
「このクソガキ、ナメやが――……っ! そうか、これなら……」

『ん?』


 何かを思いついたような様子の弥堂に希咲は呑気に目を丸くする。


「おい、脱げ。そして見せろ」

『はぁ~?』


 そして、端的な要求をしてくる弥堂に、すぐに眉を盛大に顰めることとなった。


『ルール守れって言ってんじゃん。散々考えてそれなの? 見せるわけないじゃん。マジだっさ』

「勘違いをするな。俺はお前の裸を見せろと言っているわけではない」

『じゃあなに見せろってのよ』

「おブラだ」


 ギロリと鋭い眼光を向ける。


「その場でおブラを外して、それをカメラに映せ」
『は? イヤなんだけど』

「何故だ」
『何故ってそんなの当たり前じゃん!』


 また意味のわからないことを言い出した最低男を希咲は睨みつける。


「だがこれならルール上問題ないはずだ。お前自身を見るわけではないんだからな」
『そうだとしてもブラなんてダメに決まってんじゃん』

「じゃあパンツでいい」
『“じゃあ”じゃねえんだわ。なにちょっとキレてんのよ。なんでパンツならオッケーだと思ったわけ?』

「どっちでもいいだろ。たかが布切れだろうが」
『たかがじゃないもん。覚えときなさい。下着は女の子の身体の一部なのよ!』


 不貞腐れながら言ってくる弥堂の要求を希咲はビシッと突き返す。


『だいいちっ! そんなことしたらあたし裸になっちゃうじゃん! バカなの⁉』
「映ってなければ関係ないだろ」

『あるから! だってそれじゃあたし裸であんたと通話してることになっちゃうでしょ⁉ えっちじゃん! そんなの!』
「やっぱりお前の匙加減じゃねえか。卑怯だぞ」

『あたしがルールなんですぅ~っ! はぁーい、エッチなこと言ったからアウトー! ピピーっ! 弥堂くんファウルでーす、イエロカードーっ!』
「不当なジャッジだ。ビデオを確認しろ」


 希咲がどこからともなく取り出した黄色いシュシュをヒラヒラとさせて警告を与えてくると、弥堂はVARでのジャッジを要求する。だがそれは認められることはなかった。


『はぁー、あんたホントだめだめね。あと一回で退場だから。退場したらあたしの勝ちね』
「ふざけるな。イエロー1枚もらった程度で俺がビビると思うなよ……っ!」

『あんたみたいな最低の変態なんてどうせ何言ってもエッチになっちゃうんだから、もう諦めたら?』
「そうはいかん。どれだけ不利だろうと諦めるなどという選択はない。セクハラをするか、死ぬかだ」

『バカじゃないの? じゃあ、ほら。次言ってみなさいよ。ソッコーで退場させてあげるから』
「……お前さっき野崎さんたちと対面する前に一度離席しただろ。お前あの時――」

『――殺すぞ』


 その言葉を口にしかけた瞬間、希咲の目からハイライトが全て消え去る。

 言葉どおりの殺す目で弥堂に死刑を言い渡した。


『――レッドだから。その先を言ったら赤いの10枚出すから』

「バ、バカな……」


 今後100年間レコードに残り続けるであろう、あまりに驚愕であまりに不名誉なカード枚数に弥堂は手札を引っ込めざるを得なかった。


 やたらと緊迫した雰囲気で口火を切った二人の争いは、圧倒的な希咲の勝利で趨勢を決しそうに誰も目からも映り、周囲の空気も弛緩していく。

 一人、また一人と興味を失っていく。


 そんな中、弥堂を叱ったり煽ったりする絶好調の希咲さんが映っているスマホを持った水無瀬さんは安堵の息を漏らした。


 二人のピリピリした空気に「もしかしてケンカしてるのかな?」とハラハラもした彼女だったが、「やっぱりいつもの仲良しだったかー」と、今ではそんな大好きなお友達たちの会話をニコニコしながら聞いていた。


 タイムアップは近い。
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