俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章54 drift to the DEAD BLUE ④

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「わたしじゃありませんよ」


 その柔らかな声音は蛭子や聖人が硬く張り巡らせた緊張感を些かもほぐさない。

 再度唾を飲み込み、蛭子は慎重な目で望莱を窺った。


「…………本当か?」

「えー?」


 殊更に明るく惚ける彼女の態度が逆に薄ら寒く感じる。


「わたしを疑ってるんですか? 親友の妹なのに?」

「そう、だな……。親友の妹だし、オレ自身の幼馴染でもある。だが、オマエは“オマエ”だ。正直やっててもおかしくねえとまで考えちまう。だから確認してる」

「ぶー、ひどいですー」

「……それでも。そんなオマエでも、腐れ縁だが、仲間だし、ダチだと思ってる。だから疑いたくねェ。そのために確認させてくれ」

「疑り深いのはメンヘラの始まりですよ? メンヘラヤンキーです」

「……もう一度聞くぜ? オマエがやったのか?」

「やってないですー」


 再度の否認。

 しかし、それでも蛭子としてはすぐには信じられない。


 本来であれば友人のことを疑うべきではない。

 しかし、紅月 望莱あかつき みらいという人物のことを友人として深く知っているからこそ、ここで話を終わらせることは出来ない。

 彼女は黙って座っていれば大人しそうな清楚系美少女で人畜無害に見えるが、その中身は他人を玩具だとしか思っていない人格破綻者だ。

 自分が楽しむためなら何をしてもいいと本気で考えている――どころか、そんなことは考えるまでもない当たり前のことだと、そのように世界を認知している。


 友人を疑うことに罪悪感はあれど、そんな彼女の言葉だけの否定を一言二言で「はい、そうですか」と受け入れるわけにはいかない。

 たったそれだけで信じる方がどうかして――


「――よかったぁー。そうだよね。みらいがそんなヒドイことするわけないよね」

「――どうかしてんじゃねェのかテメェはっ!」

「え?」


 あっさりと丸め込まれた聖人につい声を荒げてしまう。


「こんのお人好しバカがよぉ……っ!」


 毒づいてはみるものの、それも言っても無駄だと長い付きあいでわかっている。

 彼は基本的には人を疑わない。

 たまにこうして疑いを持っても、本人が否定をすればそれで信じてしまうのだ。


 信じるようにしているのではなく、本気で信じている。


 彼のこういった性質のせいで何度かトラブルが起きたこともあり、その対応や後始末に蛭子や希咲が散々苦労してきた。

 何度も矯正を試みたのだが、今日までにそれが変わることも直ることもなく、これはもうどうしようもない彼の性質なのだと半ば諦めてもいる。


「信じてくれるんですね、兄さん! すきーっ」

「当たり前だろ? 妹のことを信じないわけないじゃないか」

「あぁ、兄さんはなんて素晴らしい人なのでしょう……、さすおにっ!」

「いやぁ……、あはは」


 妹も妹だが、兄も兄だ。


 こうして頭のおかしい兄に無限に甘やかされて、頭のおかしい妹が際限なくつけあがるのだ。

 そしてこれが紅月兄妹だ。


「クソッタレが……」


 しかし、彼らの友人として、また彼らに仕える立場として、蛭子 蛮としてはそれで済ませるわけにはいかない。


「オイ、本当にやってねェんだろうな?」

「蛮くんしつこいですー」

「蛮、信じてあげようよ。疑っちゃ可哀想だよ」

「えー? でも兄さんも疑ってましたよね? わたしショックです」

「いやぁ、ほら。みらいってちょっとイタズラっ子なとこあるし、もしかしてって思っちゃったんだよ。ゴメンね?」

「ぶー、ひどいです」

「あはは、許してよ」

「じゃあ帰ったらパパに新しいグラボ買ってってお願いするの手伝ってください」

「あれ? 先月買ってもらったばかりじゃなかったっけ?」


 仲睦まじく聞こえる兄と妹の会話。

 だが――


(――他所の犬攫ってバラバラに切り刻むのがイタズラかよ……っ!)


 望莱だけなく聖人のこういった所にも蛭子は危うさを感じている。


 人は誰でも『このくらいはいいだろ』という自分だけの基準を持っている。


 頭の中で定規を当てて自分で定めた目盛を超えなければ、或いは目盛に満たなければ――法律でも法則でもない自分だけのその基準に照らして物事を許したり許さなかったりする。


 この紅月兄妹はその『このくらいはいいだろ』の“このくらい”が人よりも範囲が広い。


 妹の望莱は、その“このくらい”を自分に適用させ、世の中の常識を度外視して好き放題に行動する。

 そして兄の聖人は“このくらい”を他人に適用させ、世間よりも他人の駄目な所に寛容な部分が多い。


 これだけだと妹の望莱の方が危険人物のようで――事実そうなのだが――しかし、ある特定の条件下ではその評価が逆転することがある。


 それは聖人の“このくらい”を超える他人が現れてしまった時だ。


 聖人の“このくらい”を超える者、それは即ち悪人だ。


 その悪が彼の正義感に火を点けてしまった場合、彼は一気に危険人物と化す。


 聖人の正義は社会に存在する法などの規則や、警察などの機構に副って行使されるわけではない。

 かといって苛烈に即殲滅を掲げて相手を滅ぼすことによって行使されるわけでもない。


 彼は必ず話し合いや説得を以て相手に改心を求める。

 相手が凶悪な殺人犯だろうがマフィアのボスだろうがお構いなしに単独で突っ込んでいくのだ。


 しかし寛容な聖人の“このくらい”からハミ出しているような悪人がそんな言葉に応じるはずがなく、結局は毎回一つの例外もなく法の及ばない闘争に発展する。


 これが紅月 聖人という幼馴染に対して蛭子が、そして希咲 七海が気を配り苦心し、結果として苦労している部分である。

 彼の正義感には散々に悩まされているのである。


 しかし一方で、もしも彼にこの正義というリミッターが無ければ、一体どうなっていただろうかと――それを想像すると恐ろしくも感じる。

 おそらくは望莱のような方向性の人間になっていたのかもしれない。


 望莱は間違いなく危険な思想や思考を持っている。

 しかし、彼女の身体能力はクソ雑魚なので、対面した相手を直接的かつ物理的にどうこうすることは出来ない。


 だが、聖人は蛭子の知る限り最強の人間だ。

 そんな男が望莱のように好き勝手に振舞い、その力を好き放題に奮っていた可能性もあったかと思うと背筋が凍る。


 そう考えると人間とはよく出来ているものだとも思えた。


 聖人には正義というリミッターがあり、望莱には虚弱というリミッターがある。


 当たり前のことだが、彼ら以外にも自分を含めた全ての人間には長所と短所がある。


 自分を紹介する上で、また他人を評価する上で、長所ばかりを殊更にとりあげることが多い。

 その長所の数の多さや長さでその人物が素晴らしい者かどうかを判断するのが普通のこととなっている。


 自分自身に短所があることを知っているのに、他人にそれがあることは許さず、時には他人の短所を指摘することすらを許さないこともある。

 人は人という種が完璧であることを願い望んでいるから、人に短所があるという事実を忌み嫌い、その存在をなかったことにしようとする。


 しかし、時と場合がかなり限られるが、この短所があるおかげでその人物が人間の枠の内に留まっていられることもあるのだ。

 素晴らしくはないかもしれないが、ちゃんと人間でいてくれている。


 人間の臭いを感じさせる短所が存在せず、圧倒的な長所しか持たない者がもしも存在すれば、その者は神か悪魔になるしかないのかもしれない。


 目の前で普通の兄妹のような会話をする二人を見て、蛭子はそんなことをぼんやりと思った。



「――ぶー、兄さんはやっぱりわたしが嫌いなんです」

「い、いや、そうじゃなくってさ。ほんの少しの性能差で頻繁に買い換えるのは……」

「わたしはお嬢さまです。常に最高スペックを求められるんです」

「そんなことないと思うけどなぁ」

「もう許しません。妹のことは疑うし、グラボは買ってくれないし」

「いつの間にか僕が買うことになってない? ちなみにそれいくらするの?」

「たぶん60万円くらいじゃないですかね」

「ろくじゅうっ⁉ ダ、ダメだよそんな高い物……」

「ダメって言われました。兄に『お前はダメな妹』だと言われました」

「そんなこと言ってな――」

「――なんて鬼畜な兄でしょう。妹のことを信じず、そして罵倒する。なんとか言ってやってください、真刀錵ちゃん」


 すぐ目の前で繰り広げられる仲間たちの口論に一切の興味を持たず、目を伏せてただ脇に控えていた天津が望莱の声に「うむ」と応えた。


「みらい、お前は鬼子だ」

「ひどいです!」

「聖人。お前もいいように言い包められるんじゃない。もっと厳しく問い質せ」

「そうかなぁ?」

「こいつは嘘つきだ。きっちりと調べ上げろ」

「真刀錵ちゃんが意地悪です」

「そうされるのには理由があんだよ」


 ちょうど話が元の方向に戻ってきたので、このタイミングで蛭子も会話に参加する。


「そう言われてもやってないものはやってないとしか言えないです」

「その、なんだ……、証拠とかはねェのか……?」


 少し言いづらそうに告げた蛭子の言葉に望莱はキョトンとする。


「証拠と言われましても。やったことには証拠が残りますが、やってないことには証拠なんて存在しませんし」

「そうかもしんねェけど、なんかねェのかよ」

「いいですか、蛮くん。通常、容疑をかけた側が有罪である証拠を用意するものです。罪がないことを証明するのはとても難しいからです。中二病が大好きな悪魔の証明のお話でもします?」

「いらねェよ」

「じゃあ代わりに、同じく中二病が大好きなシュレディンガーの猫の話にしましょう」

「それはもう別の話になっちまうだろうが!」

「そうでもありません。箱を開けるまでは中の猫が生きてるか死んでるかはわかりません。なんだったら犬の生首が入ってるかもしれません」

「やめろや!」

「つまり実際に現場を観測しないことには常に有罪のわたしと無罪のわたしが重ね合わせで存在することになるのです」

「オマエが二人とか地獄なんだが。何が言いてェのかわかんねェけど、それだと結局オマエが無実だとも確定してねェってことになんねェか?」

「なんてことでしょう。それでは箱を開けてみることにしましょうか」


 そう言って望莱はスマホを手に取り、何やら操作をし始めた。


「証拠といえるかはわかりませんが、当時の社員からの報告書と彼とのやりとりがあります」

「社員?」

「はい。本家の周辺を嗅ぎ回らせていた社員です」

「でもそいつはお前の手下なんだろ?」

「そうですね。ですが、実は彼に命令していたのはただの調査ではないんですよ」

「どういうことだ?」

「はい。彼に下した真の命は『本家のワンちゃんをパクってくること』なんです」

「はぁ⁉」


 またも事態が転がるような発言に、蛭子は素っ頓狂な声をあげた。


「やっぱテメェが――」

「――落ち着いてください。攫ったのはわたしではありません」

「どういう話なんだよ」

「簡単に言うと、あの犬盗んでこいって行かせたら、もう他の人に盗まれてた。そういう話なんです」

「な、なんだそりゃ……」

「その時の担当した社員からの報告書にもそう書いてあります。当時とはスマホが変わっちゃったのでこの端末にはデータがないんですが、社員に送らせましょうか?」

「…………いや、いい」


 ヒラヒラとスマホを振って見せる望莱に蛭子は苦い表情で断った。


「なんでしたら今度その社員に会わせますし、その時に報告書の原本を持ってこさせましょうか?」

「……」


 気持ちよく納得することは難しい話だが、おそらく嘘ではないのだろう。


「……どう思う?」

「う、う~ん……、多分本当だと思うよ?」

「真刀錵は?」

「もういいんじゃないか?」

「…………」


 自信なさそうに答える聖人と、自分でもっと詰めろと言ってた割に興味の無さそうな天津の反応に、蛭子も追及を断念することにした。


 ちなみに、仮に犬の強奪が成功していた場合に彼女がどうするつもりだったのかについては誰も言及しなかった。恐かったからだ。


「……まぁ、いいだろ。疑って悪かったな……」

「ほんとですよ。お詫びにグラボを――」

「――買わねェよ」


 望莱の言葉を最後まで言わせずに切り捨てると、蛭子は重い溜め息を吐いた。


「参ったな……。オレの中にあった本家の連中への敵愾心みてェのがゴッソリ減っちまった……」

「僕もだよ……、なんか可哀想になっちゃったよ……」

「オレら、こんなんでこの先連中と戦っていけんのかな……」


 思わぬ方向からの衝撃の事実に、彼らは無意味に先行きに不安を覚えた。


「ねー? あんたたち。話逸れまくってんの気付いてる?」


 見兼ねて口を挟んだのはここまで会話に参加していなかった希咲だ。


 彼女の言葉に彼らは揃ってハッとした。


 希咲は両耳からシャンシャンと鳴ってるワイヤレスイヤホンを抜き取り、そんな彼らへ呆れの目を向けた。


 珍しく彼らの好きに話をさせて黙っていた七海ちゃんだが、実はこの紅月本家のワンちゃんの話は以前に望莱から聞いており、その際にワンちゃんが可哀想すぎて泣いてしまったことがあった。

 今聞いても泣く自信があり、しかし男子の前で泣くのは絶対にイヤなので、好きな音楽を耳元でガンガン鳴らすことで逃避していたのだった。


 なので彼らのやりとりは全くといっていいほど聞いていなかったのだが、長い付きあいで誰が何を言うかは大体想像がつき、会話している彼らの顔を見れば今がどういう状況かも予想出来るので、そろそろ修正してやることにしたのだ。


「なんの話してたか覚えてる?」


 希咲から問われ蛭子と聖人は顔を見合わせる。


「なんだったっけ? 蛮」

「いやオマエ、そりゃ……、アレだよ、アレ」

「どれ……?」


 そして二人揃って首を傾げてしまう。

 希咲はそれに溜息を吐き「んっんっ」と喉を整えてから望莱へ水を向ける。


「ねーねー、みらいちゃん。ここはどこー?」
「はーい。ここは災厄の封印された島ですー」

「なにしに来たのー?」
「封印のメンテですー」

「蛮たち大変だねー?」
「お前の仕事ですー!」

「えぇ? そうなのー?」
「紅月家の役目だよー?」

「なんで本家がやらないのー?」
「本家のイジワルなんですよー」

「なんで仲が悪いのー?」
「それはねー、兄さんのうんちパンツを本家のワンチャンに被らせたからだよ! ということで、いまここです」


 打合せなしで見事にアドリブで合わせ切ったみらいに希咲は満足げに頷き、再び蛭子と聖人に顔を向けた。


「お、おう……」

「ねぇみらい? その言い方だと僕が漏らしたみたいに聞こえるからやめてくれないかな?」


 若干引き気味の蛭子と何やらクレームをつける聖人へ、希咲はジロリと視線を強めて黙らせる。


「さすが七海ちゃん。有能カワイイです」
「そういうのいいから」

「さすなな!」
「うっさい!」

「それより何聴いてたんです…………、おや? これはLaylaレイラですか?」
「ちょっと! 勝手に聴かないでよ!」

「お前らが早速脱線してどうすんだよ……」


 蛭子に呆れられ、希咲は素早く望莱からイヤホンを回収し咳ばらいをして体裁を整える。


「あはは。それより七海は知ってたんだね? 僕の家のこと」

「え? うん」

「僕は今日初めて聞く話もあってびっくりだったよ」
「オレはオマエが知らねェことにビックリだわ」

「あー……蛮、それはね、しょうがない部分もあるのよ」

「アン?」
「そうなの?」


 不思議そうな目を向けてくる男子二人に若干気まずげに希咲は説明する。


「その、本家のワンちゃんのことはみらいに聞いてただけなんだけど、もっと大枠? あんたんとこと本家とのことは紅月パパから聞いてたのよ」

「父さんに?」

「そ」


 短く返事をしながら言葉を選ぶ。


「なんていうか、本家とパパとの関係はなるべく聖人に知らせるのは遅らせたいって……」

「え? ど、どういうこと……?」
「そりゃオレも初耳だな」


 強く興味を向けてくる男子たちに何とも言えない感情になりながら、続ける。


「その……、伝え方を間違えると聖人の正義感に火がついちゃって本家に殴り込みに行っちゃうかもしんないからって……」

「えぇ? 父さん心配しすぎだよ」
「いや、オレは納得しちまったぞ」

「そんで、折を見てあたしの方からやんわり伝えてくれないかって……」

「ぅげっ⁉ マジかよ……、もしかしてオレやっちまったか……?」

「や。だいじょぶじゃない? ほら」


 冷汗を流す蛭子に希咲はあっけらかんと答えて聖人の顔を指差した。

 二人に見つめられ、聖人は気まずげに心情を吐露する。


「いや、うん……、殴り込みに行くっていうか、むしろ謝りに行きたい気分だよ……」
「あー……、そうな? オレも同じ気分だわ……」

「……夏休みにでも一緒に行く?」
「……だな。ちょっとスケジュール調整するわ」


 ションボリと肩を落とす男子たちを希咲はシラっとした目で見る。


「これもこのみらいちゃんのおかげですね」
「あんたのせいだろが」

「えー?」
「えーじゃない」

「それより、実の息子よりも幼馴染のギャルの方が信頼されてる件について」

「あぁ、うん。僕それもわりとショックだったんだけど……」


 ただの幼馴染である自分よりも実の父に信頼されていない兄妹へ希咲は侮蔑の目を向けてから、表情をまた気まずげなものにする。


「んと、あたしもちょっとどうかなーって思ってるんだけど……。おじさんさ、あたしのとこに相談に来る時って、いつもこの世の終わりみたいな顔してるから断れないのよね……。かわいそすぎて……」


 沈痛そうな顔で俯く希咲に同情的な目をしたのは蛭子だけだ。


「オマエ、いつも大変だな……」

「なにがイヤって、パパさ、いつも悪いからってお小遣いくれようとすんのよね……。断るともっとヤバイ金額渡そうとしてくるし……」

「まぁ、どう聞いてもパパ活です!」

「うっさい! 受け取ってないから!」

「でもでも、それで済みます? うちのパパ基本的にお金で物事を済まそうとしますし」

「や。だからさ、代わりにウチのママが在庫抱えてる服買ってあげて?ってお願いしてる。娘さんいる社員さんたちにでもあげてって。基本ギャル服ばっかだし、水着とか下着もちょっとえっちぃから人選びそうで申し訳ないけど……」

「あぁ、なるほど。それであの部屋に……」

「ん? なんかあった?」


 ポンッと手を打ち合わせる望莱に今度は希咲が疑問を持つ。


「実はですね、気が付いたらウチの家にギャル服専門のクローゼット部屋が出来てたんですよ」

「は?」

「どうやらパパは処分に苦労しているようですね。ある日、使ってないはずの部屋の前で『そろそろ倉庫を借りるか』と呟いてたのを盗み聞きしたので、勝手に作っておいた合鍵を使って中を調べたんですよ。絶対エッチなものがあるって思いまして」

「オマエほんとロクなことしねェよな」


 蛭子からの軽蔑の視線を全く気にせずにみらいさんはニコやかに話す。


「それで面白いのはここからなんです。ギャル服だらけの怪しい部屋を見つけたわたしはすぐに隠しカメラの手配をしました」

「なんでそんなことすんの?」

「面白いかなって思いまして。そしたらホントに面白い映像が撮れたんです」

「……聞きたくないけど、なに?」


 みらいさんはとても嬉しそうにジト目のお姉さんに教えてあげる。


「なんとウチの母がですね。人気がない時を見計らってその部屋に侵入し、ギャル服コーデで一人でポーズキメてたんですよ! あの箱入り女、ババアになってから色気づきやがってマジ草です」

「……聞かなきゃよかった」

「そんな……、母さん……、嘘だろ……?」


 ゲンナリとする希咲を余所に、聖人も母の知られざる痴態に絶望の表情を浮かべた。


「服買ってって言えないじゃん……もぅっ」

「お金もらえばいいじゃないですか」

「そういうことしてないけど、おじさんの愚痴に付き合ってお金もらうって、なんかマジでパパ活っぽいからイヤよ!」

「そういうことってどういうことですか?」

「うっさい! ばかっ!」

「ちなみにリィゼちゃんも侵入してました。母3:リィゼちゃん1くらいの割合でギャル服でポーズキメてました」

「とんだとばっちりですわ!」

「ワンチャン嵌まるかもって思ってリィゼちゃんの部屋に合鍵を置いておいたんです。見事に罠にかかりましたね」

「おのれ、みらい……! わたくしこのような屈辱は生まれて初めてですわ……っ!」


 あーでもない、こーでもないと話しながら本題から遠ざかっていくニンゲンたちの鳴き声を聴いて、コディアックヒグマのペトロビッチくんは成人男性の頭部を丸かじり出来る大きなお口で「クァッ」と欠伸をする。

 自らの生存に関わることにすら集中力を保って当たることが出来ない。


 そんな愚かなニンゲンたちへの侮蔑の念を抱きながら退屈そうな目を川面へ向ける。


 人や動物が一所に留まろうとも、時は弛まず流れ、生命もまた流れていく。

 この川の流れのように。


 海へと辿り着くことが決まっているその流れを昏い瞳でジッと見つめていた。
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