俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章59 最期の夜 ④

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 繁華街から住宅地へと歩いている。


 賑やかな繁華街と比較的新しい住宅エリアの中間地点であるこの辺りは、メインストリートから外れると一気に寂れた雰囲気になる。


 ここいらは18年前にあった地震や津波の災害からはギリギリ逃れ、被害が比較的軽微だった場所だ。

 それはとても幸運なことだったろう。


 しかし、災害後は多くの金が復旧や再開発に注ぎ込まれ、結果として当時無事だった場所は人の目が向かず、人の手が入らなくなる傾向にあった。

 結果として昔はこの辺に住んでいた者たちも新しくて綺麗で便利な場所へ移り住み、一所に長い時間居付かない者たちが出入りする場所へ変わった。

 その為、自治体もあまり機能しなくなって、道端には雑草も多く、空き地には無断で放棄されたゴミなども目立つ。


 そんな忘れかけられた一帯に弥堂は居心地のよさを感じながら歩いている。


 すると、ふと懐に入れたスマホが電話の着信を報せる音を鳴らす。

 制服の胸ポケットからそれを取り出そうとすると、制服ブレザーの上からスカジャンを着たままであったことを思い出す。

 先程のスケボー通りでの乱闘の際に敵の中に潜り込むため、その辺に倒れていたスカルズの兵隊から剥ぎ取って奪った物だ。


 3コールほど鳴って着信は切れた。


 弥堂は億劫そうにスカジャンを脱ぐ。

 周囲へ目を遣ると、道の端に生えている電柱の足元に勝手に棄てられていた古い洗濯機が目に入る。

 手に持ったスカジャンを適当に丸めて、洗濯機の開きっぱなしの口の中に放り込んだ。


 それからスマホの画面をようやく見る。

 そこはかとなく嫌な予感を感じながら着信履歴を確認し、最新の着信番号を視て眉間の皺を緩めた。


 画面右上に表示された時計へ目線を遣る。

 まだ多少の時間の余裕があることを確認し、弥堂は折り返しの通話を発信した。



『もしもし、黒瀬です』
「すまない。少々立て込んでいた」


 電話を掛けてきた相手は弥堂がケツモチ紛いのことをしているキャバクラ店“CLUB Void Pleasure”の実質的店主である黒瀬マネージャーだった。


『いえ……』
「何か問題か?」

『問題というか、その……、少し困ったことが……』
「……?」


 それを問題と言うのではないかと眉を顰めるが、しかし黒瀬マネージャーはキレ者で普段は効率のいい会話が出来る男だ。

 弥堂も一定の信頼を置くような彼がこのような歯切れの悪い様子を見せるのはとても珍しい。


(まさか――っ⁉)


 現在通話中の彼のコメカミには銃口が押し当てられているのではと推測する。


「わかった。すまないが忙しいので明日にでもまた掛け直す。では――」
『――あぁ、違います。脅されているわけではありません』

「……? そうなのか?」


 気付かないフリをして店を急襲するべく電話を切ろうとしたが、こちらの勘違いに気付いた黒瀬に止められる。


『危機的状況下にあるわけではありません。誤解を与えて申し訳ない』
「一体どうしたんだ?」

『えぇ、実は辰のアニキのことで……』
「なんだと?」


 辰のアニキは“皐月組”の構成員で生まれながらの鉄砲玉のような男だ。

 本日の路地裏の作戦開始前に、少々ヤクの取り分のことでモメて、仕方なく金を握らせて追い払ったのだ。

 名目上は、弥堂がケツモチをしている店を今日だけ代理で面倒を見てもらうという仕事を頼んだという建前で。


 店に呼ばれたら急行出来るように近くで呑んでいてくれと金を渡したのだが、その彼が問題を起こしたとなると――


「辰っさんがどうした? 呼んでも来なかったのか?」
『いえ、そういうわけでは……』

「まさか本人が店内で大暴れしたのか?」
『そう、ですね……、大暴れと言えば大暴れ……』

「ちょっとわからないな。悪いが順を追って説明してくれるか?」
『えぇ、こちらこそ言葉が拙く、申し訳ないです』


 息を一つ吐いて黒瀬は説明を始める。


『発端は客の中に少々怪しい動きをする者がいたんです……』


 自分でも物事を整理するように、黒瀬はポツリと語り出す――





「――指詰めんかいワレェッ!」

「詰めんかいワレェッ!」
「ヒュメンファイファレェッ!」

「ひっ、ひぃぃぃ……」


 ソファの背もたれにピッタリと背を押し付けて身を引かせながら男は怯える。

 その男の前に置かれたテーブルにドスを突き立ててアニキが威嚇の鳴き声をあげると、その半歩後ろでアニキの両サイドに展開して控えた子分たちもイキった。


「オドレこらヤク持っとんのじゃろ! 出せやコラァッ!」

「出せやコラァッ!」
「ファフェヤフォラァッ!」

「ヤ、ヤクなんて……、オレはただのスカウトで……」

「なんでスカウトが女と飲んどんのじゃぁ⁉ 女連れてくんのがオドレのシノギちゃうんけェ⁉」

「連れてこいやオラァッ!」
「フォンナファカフェンファイフォラァッ!」

「そ、その、今日は引き抜きを……」

「抜かせやボケがァ! ここはヌキナシじゃコラァッ!」

「抜いてみろよこのヤロウッ!」
「ファフェヤフォラァッ!」


 実業家のような爽やかな身なりの男が口を割ると、アニキたちは一層の剣幕で詰め寄る。


「い、意味がわから――」

「じゃかましゃあッ! それがホンマならエンコ詰めてみィッ!」

「ビビってんのかコラァッ!」
「ファレフォフォラァッ!」

「そ、そんな……」


 ヤクザ者たちには一切話が通じず、スカウトの男は絶望の表情を浮かべた。



『――といったトラブルが起こりまして……』
「客席で詰めてたのか……」


 弥堂は思わず立ち止まり眉間を押さえる。


「というか、そもそもなんだが」
『はい』

「たかが引き抜き如きで何故辰っさんを呼んだんだ?」
『あぁ……、いえ、呼んでないんですよ』

「ん? じゃあなんであいつらが店に来たんだ?」
『来たというか、最初から居たんです』

「なんだと?」
『最初から当店で呑んでたんですよ』

「あのオッサン……、近くの店で待機しろと言ったのに……。悪かったな」
『いえ。入店を断ると面倒そうだからと入れてしまった私にも落ち度はあるので……』


 そもそも建前で店のことを頼んだだけのつもりだったので、まさか張り切って仕事に取り組むとは思いもよらず、弥堂は自身のミスを認めた。


「それで? なんであの人出しゃばってきたんだ?」
『そのスカウト、エスコートする時にマキさんに名刺を渡して勧誘してきまして。その報告をすぐに受けたので最初から監視してたんですよ』

「すぐに尻尾を出したのか。間抜けなヤツだな」
『まぁ、確かにナメたヤツだったのでヤキを入れるつもりではあったんですが、そのマキさんの報告を聞かれてしまい……』

「キャストに何かする前に因縁をつけに行っちまったってわけか」
『出来れば帰りに摑まえて事務所に連れ込みたかったんですよね。営業中にホールで騒ぎにしたくなかったので……』


 溜め息混じりに黒瀬は続きを語る。





「――オゥコラこの野郎ッ! 男の癖に落とし前もつけれんのか⁉」

「沈めんぞコラァッ!」
「ファメフェンノファフォラァッ!」

「あの、よろしいでしょうか」

「なんじゃあオラァッ⁉ あん? なんじゃ黒瀬かい。ちょぉ待っとれ。今このガキャァイワしたるけェのぅ……」

「いえ、そうではなく。営業中に店内で刃傷沙汰は困ります」


 毅然とした黒瀬の主張にアニキは即座にブチギレる。


「なに抜かしとんならァ⁉ ケジメちゅーたらエンコやろがいッ!」

「エンコやろコラァッ!」
「フェンフォヨフォフェヨフォラァッ!」

「指なんか詰めさせたら金がとれなくなるでしょう? 汚い指なんかいりませんよ」

「アン? なんじゃ? どういうこった?」

「わけわからんこと言うなメガネコラァッ!」
「フェガネフォレヤァッ! イッファフイッファルフォフォラァッ!」

「やかましい、オマエらちょお黙っとれ」


 アニキは殺気だって黒瀬を威嚇する舎弟たちを宥め、話を聞こうとする。


「ですから。指詰めさせたらそれでケジメになってしまうでしょう?」

「そりゃそうじゃ。ケジメはとらんとあかんやろ」

「そうではなくて。その男から所属する会社や団体の情報を吐かせて、ケジメは金でとりましょうってことです」

「ン? おぉ……?」

「先に指詰めさせたらもうそれ以上要求出来なくなります。必要ないでしょ、こんな三下の指なんて」

「おぉ、なんじゃそういうことかい! はじめっからそう言わんかいや」

「い、いえ、最初からずっと――」

「――ほなら任せや! ワイがこんなぁのヤサ吐かせたるわいや」

「ほ、方言がムチャクチャ……、って、そうではなく――」

「――オゥコラ、ちょお座れやニイチャン」

「も、もう座ってますぅ……」

「なんじゃこらボケェッ! 口答えすなや!」

「文句あんのかコラァッ⁉」
「ファニフィファメフェンノファフォラァッ!」


 黒瀬の制止を振り切って、アニキはテーブルを蹴り飛ばしてどかすと男の襟首を摑まえて無理矢理床に座らせる。

 そして自身もその前にドカっと腰掛けた。


「オゥ、オドレどこのモンじゃい?」

「オ、オレ……、すんません、カンベンしてください……っ!」

「ドコのモンか聞いとんのじゃァッ!」

「ひっ⁉ オ、オレ、妹が病気で……、仕事なくなると……」

「アン? なんや? オノレなんぞ苦労でもしとんのけ?」

「い、妹だけでも大学に行かせてやりたくて……、でも病気のこともあるし金が――」

「――あぁ、ちょお待て。オイ、そこのバニーのネエチャン! ちょお酒持ってきてや! コイツにも一杯飲ましたってくれや!」

「待ってください困ります!」

「アン? なんじゃ黒瀬? オドレがコイツの話聞け言うたんやろ」

「そんなこと言って――いえ、いいです。せめて裏でやってくれませんか? 営業中ですし、他のお客様の目が……」

「ア~?」


 黒瀬に注意されたアニキは店内をグルっと見廻す。

 当然のことだが、これだけガラの悪い怒鳴り声で喚き散らしていれば注目は自然と集まる。

 ホール中の視線が集まっている。


 アニキは即座にブチギレた。


「なに見とんじゃコラァッ!」

「見せモンじゃねェぞコラァ!」
「ファメフェンファフェエフォフォラァッ!」

「ちょっと⁉」


 腕まくりをしながらその辺の客に絡みだすヤクザを黒瀬は慌てて追った。



『――という事態になりまして……』
「クソの役にも立たねえな、あのヤクザ」


 弥堂は頭痛を堪えつつ重い口を開く。


「損害はいくらになった?」
『いえ、それは大丈夫だったのですが……』

「気を遣わないでくれ。俺のミスだ。費用は俺が持つ」
『それがですね、本当に何か壊れたりとか、そういうのはなかったんですよ』

「そんなわけがないだろう?」
『本当なんですよ。私も目の前で見ていて何がどうしてそうなったのかわからないのですが……』

「……まだ続きがあるのか?」
『そんな長い話ではないんですけど、その後何故か店内中のお客様を巻き込んで宴会になってしまったんですよね』

「なんでだよ……」


 弥堂が理解に苦しむと、受話口の向こうから苦笑いを浮かべる気配が伝わる。


『「ワシのオゴリじゃぁー」とか言ってですね、ホールのテーブルとソファどかして全員で床に座っての飲み会が開催されてしまいました』
「意味がわからないが……、だが、まぁ、あのオッサンそういうとこあるよな……」

『フフフ、憎めない方ですよね。自然と人を集めるというか』
「それは認める。俺もあの人は嫌いじゃない」

『知ってましたか? あの人、若い頃暴走族を立ち上げてまとめてたらしいですよ』
「へぇ」

『金勘定が苦手だから出世していないですが、意外と上のポストに就けたら上手いこと回すかもしれませんね』
「どうせモメ事になったらドス持って真っ先にカチこんでハジかれちまうだろあの人」

『それは確かに』


 黒瀬の笑い声を聞きながら弥堂は嘆息をする。


「じゃあ、暴れる辰っさんをシメるために俺に来て欲しいって話じゃないんだな?」
『えぇ、少なくとも乱闘騒ぎにはならなそうです』

「そうか」
『強いて騒ぎというなら、集まったお客様たちからカンパを集め出しまして。病気の妹さんの為にと、さっきのスカウトの男に援助してましたね』

「そんなバカな」
『200万くらいありましたよ』

「絶対嘘だろ」
『でしょうね』

「まぁ、いいか」
『えぇ、いいですね』


 そういうことにしてなかったことにする。


「それで今は?」
『寝てますね』

「なんでだよ……」
『マキさんが』

「あのウサギ女、今度はなにしたんだ?」
『えぇ、お尻を触られた腹いせにと、辰さんにしこたま呑ませまして。潰してしまいました』

「どいつもこいつも仕事しろよ」
『全くです。今は潰れた辰さんの上に座って、自分は狂犬の女だと舎弟の方々を騙して酌をさせてますね』

「調子にのりすぎだ。懲りないな」
『一応今日の給料にペナルティをつけておきます』


 数時間前にあんな目にあったばかりなのに、全く行動を改める気のない女にも呆れる。


「それで? いくらだ?」
『え?』


 そしてまた同じ問いを繰り返す。


「あのオッサンに10万しか渡してないんだ。足りないだろ?」
『そうですね。人数が人数なので』

「明日オープン前に払いに行くから後で金額を送ってくれ。もしも行けなかったら惣十郎に立て替えさせる」
『フフフ、ありがとうございます』


 心付けには遠慮を見せるが、飲み代はキッチリと回収する。

 黒瀬のそんなスタンスに心地よさを感じた。


『首尾は?』
「及第点だな」

『そうですか。では――』
「あぁ、また」


 そしてこの後腐れのなさにも満足感を覚えて通話を終了させた。


 薄く息を吐いて周囲に注意を張り巡らせる。

 問題がないことを確認してから歩き出した。


 少し時間を空けて、手に持ったままのスマホを操作して電話をかける。


「俺だ」
『いよぉ兄弟。オレだ』


 3コール以内に繋がった相手と慣れた挨拶を交わす。


「状況終了だ」
『そうか。車は?』

「全員撤収させてくれ。ガラは確保できなかった」
『わかった』

「ヤサは二ヶ所は確定だ」
『そうかい。そいつは重畳』


 小気味よく短いやりとりをしていくと、電話の向こうでニヤリと嗤う気配を感じた。


『で?』
「一つは“South-8”、もう一つは“STARDUST”ってホストクラブだ」

『そいつらツルんでんのか?』
「いや、おそらく別だ。スカルズは外人街経由、ホストは半グレ経由だな。まぁ、元を辿れば同じだが」

『それはそうだな。ライブハウスは“叩き”に行ったのか?』
「あぁ。だがここにはブツはなかった」

『金は?』
「金庫に70しか」

『洗うか?』
「いや、もう使っちまった」

『ハッ、そいつは気持ちいいねェ』


 受話口から聴こえる「カッカッカッ」という嗤い声が止むのを待ってから弥堂は口を開く。


「予想だが、限られた売人が持ち歩いている。ブツも金も」
『ヤサの金庫に70しかねェのは、ちぃっと少ねェしな』

「おそらく小まめに上納しているんだろう」
『信用されてねェパシリってわけか』

「ここからは推測だが、ホストの方はある程度無差別にバラまかせている。スカルズの方はピンポイントに客を選定している」
『なんのために?』

「クスリで稼ぐことが目的じゃないからだ」
『なんだと?』


 通話相手の声が一段低くなり、弥堂も足を止める。


「もちろん収益も目的の内だろうが、それは最優先事項ではない」
『他に何があるんだ?』

「ヤツらの目的は“WIZ”をやって生き残った人間を見つけることだ」
『……どういうことだ?』

「さぁな」
『じゃあ何故そう思った?』

「勘だ」
『……へぇ』


 相手の思考の間、少しの沈黙を聞く。


『兄弟、オメェの勘は当たるのか?』
「あまり当たらないな」

『ハッ、そうかい』
「そういうことだ」

『生き残りをどうするつもりなんだ?』
「それはわからない。スカルズにヤマトと呼ばれているヤツがいる。フードを被っていてよく見えなかったが多分ガキだ。こいつは恐らくその生き残りだ」

『……聞いたことねェヤツだな』
「ホストの方はマジマ、店ではトキヤと呼ばれている」

『そいつも?』
「いや、こっちはただのカスだ。現物を押さえるだけならホスト、中枢に近づくにはスカルズのガキだな」

『そうか。わかった』


 本作戦の報告はこれで終わりだと、弥堂は次の用件を告げようとする。

 しかし、それよりも先に相手が声を発した。


『――なぁ、兄弟』

「……なんだ」

『オレぁまだ肝心なことを聞いてねェぜ……』

「なんだ」

『ブツは――?』

「…………」


 通話相手はここには居ない。

 だが、明確に空気が重くなった。


「手に入らなかった。言わなかったか?」

『……ヤサにはなかった、としか聞いてねェな』

「そうか。それは俺のミスだ。許せ」

『…………』


 スラスラと弥堂は答えるが、相手の雰囲気は変わらない。


『……なぁ兄弟』

「なんだ」

『もう一度聞くぜ?』

「なんだ」

『“WIZ”はどうした?』

「答えは変わらない。持っていない」


 少し言葉を変えただけでお互いに決定的なことは口にしない。


『なぁ――』

「――まだるっこしいな。失敗した落とし前をつけさせたいのか?」

『そうじゃねェ。わかってんだろ?』

「お前こそ、わかっているんだろ?」

『…………』

「…………」


 お互いに譲らず、周囲の環境音だけが受話口から流れる時間が何秒か続く。


 やがて――


『……信じていいんだな?』

「それはお前の勝手だ。俺の知ったことではない」


 相手の方が先に折れたようで、これみよがしに溜息を吐く。


『カァー……ッ! わぁーったよ。勝手にするぜ』
「そうしてくれ」

『ったくオメェはよぉ……』
「愚痴ならまた今度にしてくれ。まだ予定があるんだ」


 ようやく緊張感は霧散し二人の間の空気は弛緩する。


『他には? なんかねェか?』
「あぁ、金だ」

『アァ? 報酬か?』
「違う。“ヴォイプレ”にツケがある。明日払う予定なんだが、もしも俺が行けなかったらお前に請求がいくことになっている。その時は立て替えておいてくれ」

『なんだ、そんなことか。いくらだ?』
「多分300万くらいじゃないか?」

『ハァ? 結構使ったな。兄弟にしては珍しいな』
「俺じゃない。辰っさんだ」

『アァ?』


 溜息交じりに説明をする。


「あのオッサン、店中の客集めて自分の奢りだってイキまいたらしい」
『ったく、あのひとだきゃあよ……』

「代わりに今夜はケツモチやってくれと体よく追い払ったのは俺だからな」
『あぁ……、そりゃあ元を辿ればオレの不手際か。しゃあねェ、半分持つぜ』

「頼んだ」
『兄弟の頼みなら仕方ねェな』

「じゃあ」
『あぁ』


 短い別れの言葉で通話を切る。


 スマホの画面を落とそうとするといくつかの通知が来ていることに気が付く。

 しかし今から自分が用のある人間は特にいないので、弥堂は中身を見ずにスマホをポケットに仕舞った。


 その場で空へ顔を向ける。

 もう夜の時間になってきていた。


 目的地にはもうほど近い。

 時間管理としては上々だろう。


 眼を閉じて周囲へ注意を張り巡らせる。

 特に問題はなかったので眼を開けた。


 夜闇をカーテンのように遮っていた薄い雲が風に流され、月が顔を出した。



「――おにぃ~さんっ」


 ふと遠くない位置から声をかけられる。


 弥堂はそのままの姿勢でジロリと目玉を動かす。


 流れ落ちてきた月明かりに照らされ銀色の前髪が煌めく。


 その奥の魂のカタチを眼に映し、弥堂はほんの僅かに口の片端を持ち上げた。
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