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1章 魔法少女とは出逢わない
1章裏 4月26日 ①
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4月26日――
「――アイツ遅いッスね……」
新興住宅地の道と住宅とを仕切る塀の上の、さらに電柱の陰となる場所で身体を丸めているメロは気だるげな目をした。
その目が向けられる先にあるのは一つの店舗だ。
『amore fiore』
軒先の看板にはそう書かれている。
魔王率いる悪魔軍との大決戦――その翌日。
そしてその戦いで傷つき倒れた愛苗が目を覚ます前日。
その間の日の昼下がりに、メロは水無瀬家の前に来ていた。
何故ここに――というと、それは弥堂に言われたためである。
あの恐ろしいニンゲンのオスに、今日のこの時間頃にここで落ち合うから来いと――そう指示をされたのだ。
つまり、彼と待ち合わせをしているカタチになり――
そして、まだここには来ていない彼を待っていることになる。
ちなみに、これからここで何をするのかということについては、弥堂から一切何も聞かされていない。
そんな手持無沙汰な時間をメロは過ごしていた。
「くぁっ」っと欠伸をして、『カカカカ……ッ』と耳の付け根を後ろ足で掻いた。
それからまた身体を丸める。
メロには明日のこともわからなければ、昨日のこともわからない。
この日の翌日には愛苗が病室で目を醒ますことになるのだが、この時点のメロにはそれは知る由もない。
そして、その彼女が眠っている原因――昨日の結末についても、メロはその詳細をわかってはいなかった。
心臓に寄生した“生まれ孵る卵”が孵化して愛苗と同化してしまい、そして彼女は悪魔へとその存在が為り変わり、その中でも強力な個体である魔王と為ってしまった。
ニンゲン水無瀬 愛苗が、魔法少女に為り、悪魔に為り、魔王と為る。
そんな出来事だった。
そして、それを食い止める為に、弥堂 優輝が『ナニカ』をした。
彼と、彼の持つなんか邪悪っぽい剣がそのことについて会話をしていて、内容が少し漏れ聴こえてはきたが、メロにはその内容がほとんど理解出来ていない。
緊急時だったのでとにかく邪魔をしてはいけないと考え、彼女は大人しく神っぽいモノに祈りながら事態を見守った。
そして事が終わった後に「一体なにをして、どうなったのか」と質問をしようとしたのだが、タイミング悪く事件現場である埠頭に警官隊、消防隊、救急隊が勢い勇んで乗り込んできてしまった。
なので、人攫いのように愛苗を担いで走る弥堂と共に、メロも急いで現場からの逃走を余儀なくされた。
その後も、「ツテがある」と言う弥堂に従って、まず最優先で愛苗を病院へと運び込ぶ。
搬入先は偶然にも愛苗が定期検査で通っていた『美景台総合病院』だった。
そこまでを思い出して、スッとメロは半眼になる。
今にして思えば本当に“偶然”だったのだろうか。
あの男は何もかもが不審すぎて、全ての言動が怪しく思えてしまう。
とはいえ、それを調べる方法もなければ本人を問い詰める度胸もない。
黒ネコはまた一つ「くぁっ」と欠伸をすると今度はアゴの下を『カカカカ……ッ』と掻いて、弥堂の不審さをスルーした。
とにかく、事件当日の昨日はそんな慌ただしさのまま夜が過ぎていき、当事者の一人でもあったメロも疲れていたために眠くなってしまう。
一通りの検査が終わっても昏睡状態のままの愛苗が寝かされたベッドで眠りに落ちる寸前――
――今日のこの時間くらいにこの辺りに来るようにと、弥堂から指示されたのだった。
だから――
メロには、愛苗が本当に助かったのかどうか――それはこの時になっても未だにわからないままだった。
カタチ上愛苗を救ったことになっている弥堂本人も、「何が起こるかわからない」と言っていた。
目を醒ました愛苗にどんな影響があるのか――
そもそももう起きないかもしれない――
元々の心臓の病気がどうなるのかも不明――
これから愛苗に起こり得る可能性として挙げられたものを一つ一つ脳裡に並べていくと、メロは心配で落ち込んだ気持ちになってしまう。
明日に彼女が起きることも知らず。
昨日起こったことの真実も知らず。
そんな漠然とした“今”を過ごすネコの姿をした少女――
それが悪魔であり、魔法少女のマスコット妖精でもある、メロだ。
電柱の陰から陽だまりをぼんやりと見つめ、そんな陰鬱な気分に浸ろうとする。
だが、それすらも許さないとばかりに、空気の読めないことに定評のある男が現れた。
「――準備は出来ているな? 行くぞ」
出会いがしら、開口一番に命令をしてくる。
そんな無愛想というレベルを超えたコミュ障を、メロは塀の上からジト目で見下げた。
「オマエ……、ニンゲンのくせに挨拶もロクにできねェんッスか? まずは『ごめん、お待たせ』『ううん、今来たとこ』から始めるのがスジじゃろがいッ! デートとかしたことないんか?」
「お前のくせにナメたことを言うな。遊びに来たわけじゃない」
「だとしても、待たせてごめんくらい言えよッス」
「待たせてない。お前が見つかりづらいのが悪い。面倒をかけてすみませんとむしろお前が謝れ」
「コ、コイツ……」
小さなネコの姿で塀の上の電柱の陰にいるのは確かに見つけづらいかもしれない。
だが、たとえそうだったとしても、何があっても絶対に謝らないというニンゲンの傲慢な姿勢にネコさんは戦慄した。
「だったら尚更ちゃんと時間と場所を指定しろよッス! なんスか? 『だいたい昼過ぎ』に『だいたいあの辺で』って! 江戸時代の人ッスか⁉ オマエの生活に時刻の概念はねェんッスか? ホントに現代人ッスか?」
「うるさい黙れ。そんなもん無い場所で生きてたんだ。無くても問題なかった」
「時計がない場所ってドコよ……。今日びネコさんでも時計くらい……って――」
下手な言い訳に呆れた目を向けると、メロは弥堂の姿に違和感を覚える。
「――オマエ、もしかしてバイトしてたんッスか?」
「あ?」
弥堂の服装がいつもと違うことに気がついたのだ。
いつもと言い切れるほど、メロは弥堂の服装のバリエーションを把握しているわけではなかったが、これまでは制服かジャージしか着ているところを見たことがなかった。
それとは明らかに違う今日の姿に関心を向けた。
「それってUMAの制服ッスよね? オマエ配達にでも行ってたんッスか?」
メロの指摘どおり、今日の弥堂は“UMAイーツ”という配達サービスのスタッフ用の制服を着用していた。
「オマエもちゃんと普通のバイトしてんッスね。完全に犯罪で生計をたててると思ってたから、なんか微笑ましいというか、安心したというか……」
メロは制服姿の弥堂を見てほっこりと目元を緩めるが――
「――いや? 配達のバイトなんかしてないぞ」
「へ?」
本人から否定され、その目をすぐにまんまるにした。
「一日に何件も配達なんか回っていられるか。効率が悪い」
「いや、だって……、その服……」
「これか? ネットで買った」
「は?」
不審に思ったメロが聴き取りをしてみるが、弥堂の供述は聞くほどに要点を得ない。
「それ売ってるんッスか?」
「あぁ」
「働かないのに誰でも買えちゃうんッスか?」
「買えたな」
「…………」
“UMAイーツ”とは、登録された多数の飲食店のメニューを店の代わりに注文を受けて、店の代わりにユーザーの元まで配達をするサービスだ。
特徴の一つとして、店側も客側も気軽に利用できることがある。
そしてもう一つの特徴が、配達員の身元が未確認であることだ。
「……深く考えたことなかったッスけど、誰でも登録出来るってことは、コイツみたいなガチ犯罪者にも未確認で登録されちまうってことッスよね……。ジブン恐くなってきたッス……」
ニンゲンさんたちの暮らしに深い造詣のある様子のネコさんはブルリと背筋を震わせてからブワっと毛を膨らませ、目の前の未確認配達員を見る目に不審な色を灯した。
「つーか、配達のバイトしないのに何でそれ着てるんッスか? 一応言っておくけど私服としてそれ選ぶのはクソダセェと思うッスよ?」
「便利だからだ」
年中同じ毛皮しか着ないネコごときにファッショチェックをされるという屈辱を意に介さず――というか気もそぞろで、弥堂は淡々と端的な受け答えをする。
次の行動へ移る為の準備として、彼は目線を廻らせて周囲の状況を確認していた。
「便利って、なにが?」
「ん? あぁ、これを着てると住宅街を徘徊してても怪しまれないんだ」
「は?」
根気よく不審者への聞き取りをしていたら、ついに犯罪的な文言を引き出すことに成功した。だが、メロは全く嬉しくなかった。
急激に聞かなければよかった感が湧き上がる。
「今日は日曜だが、平日の日中に見慣れない人間が住宅地をウロウロしていると不審者扱いされるだろ?」
「扱いっていうか、普通に不審者だからッスね」
「だが、これを着ていれば、配達先を探しているのだと勝手に勘違いをしてくれるんだ。便利だから下見をする際には重宝している」
「…………」
一体なんの下見なのか――
それについてメロは尋ねなかった。
何故なら――
メロはジッと弥堂の手元を見る。
その手にはアタッシュケースが提げられていた。
現在の弥堂の姿をもう少し詳細に見ていくと――
まず服装は“UMAイーツ”の制服だ。そして肩からは同じく“UMAイーツ”の配達員が使用する配達バッグが提げられている。
そこまではよかった。
だがそれとは別に、彼の片手には鈍い銀色をした頑丈そうなアタッシュケースがあった。
メロの目には、それはどう見ても異物にしか映らず、そしてどう考えても不審の塊であった。
だから、メロは怖くてツッコむことが出来なかったのだ。
「――行くぞ」
耳とシッポをピンっとして警戒する小動物の内心になど一切慮ることなく、弥堂は無慈悲な命令を下した。
「……行くって、何処にッスか……?」
メロは背後の逃走経路を気にしながら恐る恐る訊く。
「あ? ここで待ち合わせたんだ。決まってるだろ」
弥堂も弥堂で『amore fiore』の店内の様子を窺いながら答えた。
「まさか、家に行くんッスか?」
「行かないんなら、こんなとこに来ない」
「こんなとこって――」
「――急ぐぞ」
まだメロがなにかを言おうとしていたが弥堂はそれを打ち切って歩き出し、水無瀬家の自宅側の玄関の方へと向かった。
現在は花屋の店内には数人の客が居て、水無瀬父が一人で対応をしていた。
そこそこに忙しいようだ。
それは、今なら自宅の方で何かあっても彼は気付きにくいということを意味する。
つまり、弥堂にとってはチャンスだった。
「オ、オイ……ッ!」
メロは塀の上から飛び降り、勝手に先行した弥堂を慌てて追いかけた。
「少年、一体どうする――っていうか、何しに行くんッスか?」
「色々と確認だ。あと、水無瀬の私物が必要だろ?」
並んで歩きながら見上げてくるメロに、弥堂は前方へ視線を向けたまま答える。
「私物……?」
「まず着替えが必要だ。病院のヤツにも持って来いと言われた」
「あぁ、そりゃまぁ、そうッスよね」
「それに、他にもあいつが普段から使っていた生活必需品みたいな物があるんじゃないか? 一緒に生活していたんだからお前にならわかるだろ?」
「あー、なるほど。だからジブンにも来いって言ったんッスね」
玄関前まで来てようやくメロにも今日の目的が共有された。
「それはわかったんッスけど。でも、どうやって持ち出すんッスか? 最初に言ってた色々確認って、マナに関する記憶がママさんたちにあるかってことッスよね? もしも憶えてなかったら……」
「任せろ。お前はただ何も余計なことをしなければそれでいい。借りてきた猫のように大人しくしていろ」
「“ように”っつーか、ジブン普通にネコさんなんッスけどね。借りてきたネコじゃなくて、帰って来たネコッス。むっちゃイキりたいッス」
「……くれぐれも余計な真似をするなよ」
勇んで玄関マットをバリバリし始めたネコさんへ弥堂は強めの警告をし、続いて水無瀬家の呼び出しボタンを躊躇いなく押した。
『ぴんぽ~んっ』と間抜けな音が鳴る。
「へ? 普通に正面から行くんッスか?」
到着するなりノータイムでインターホンを鳴らした弥堂にメロは目を丸くした。
「襲撃に来たわけじゃないんだ。訪問をしたら玄関のベルを鳴らすのは常識だろ」
「そ、それはそうッスけど……」
「本人たちから話を聞く必要があるしな」
「オ、オマエ、そういうの出来るんッスか……?」
メロは玄関扉が開いた際に死角になる位置へと慌てて移動しながら、不安そうに弥堂を見上げる。
「ネコよりはマシ程度にはな」
弥堂は自信満々にというか、出来て当たり前のことのように言い切った。
しかし、彼はメロが知る限り最もコミュニケーション能力に問題のあるニンゲンだ。
その弥堂へ疑いの眼差しを向けながらメロが身体を潜めるのとほぼ同時に、水無瀬家の玄関の扉が開いた。
「――アイツ遅いッスね……」
新興住宅地の道と住宅とを仕切る塀の上の、さらに電柱の陰となる場所で身体を丸めているメロは気だるげな目をした。
その目が向けられる先にあるのは一つの店舗だ。
『amore fiore』
軒先の看板にはそう書かれている。
魔王率いる悪魔軍との大決戦――その翌日。
そしてその戦いで傷つき倒れた愛苗が目を覚ます前日。
その間の日の昼下がりに、メロは水無瀬家の前に来ていた。
何故ここに――というと、それは弥堂に言われたためである。
あの恐ろしいニンゲンのオスに、今日のこの時間頃にここで落ち合うから来いと――そう指示をされたのだ。
つまり、彼と待ち合わせをしているカタチになり――
そして、まだここには来ていない彼を待っていることになる。
ちなみに、これからここで何をするのかということについては、弥堂から一切何も聞かされていない。
そんな手持無沙汰な時間をメロは過ごしていた。
「くぁっ」っと欠伸をして、『カカカカ……ッ』と耳の付け根を後ろ足で掻いた。
それからまた身体を丸める。
メロには明日のこともわからなければ、昨日のこともわからない。
この日の翌日には愛苗が病室で目を醒ますことになるのだが、この時点のメロにはそれは知る由もない。
そして、その彼女が眠っている原因――昨日の結末についても、メロはその詳細をわかってはいなかった。
心臓に寄生した“生まれ孵る卵”が孵化して愛苗と同化してしまい、そして彼女は悪魔へとその存在が為り変わり、その中でも強力な個体である魔王と為ってしまった。
ニンゲン水無瀬 愛苗が、魔法少女に為り、悪魔に為り、魔王と為る。
そんな出来事だった。
そして、それを食い止める為に、弥堂 優輝が『ナニカ』をした。
彼と、彼の持つなんか邪悪っぽい剣がそのことについて会話をしていて、内容が少し漏れ聴こえてはきたが、メロにはその内容がほとんど理解出来ていない。
緊急時だったのでとにかく邪魔をしてはいけないと考え、彼女は大人しく神っぽいモノに祈りながら事態を見守った。
そして事が終わった後に「一体なにをして、どうなったのか」と質問をしようとしたのだが、タイミング悪く事件現場である埠頭に警官隊、消防隊、救急隊が勢い勇んで乗り込んできてしまった。
なので、人攫いのように愛苗を担いで走る弥堂と共に、メロも急いで現場からの逃走を余儀なくされた。
その後も、「ツテがある」と言う弥堂に従って、まず最優先で愛苗を病院へと運び込ぶ。
搬入先は偶然にも愛苗が定期検査で通っていた『美景台総合病院』だった。
そこまでを思い出して、スッとメロは半眼になる。
今にして思えば本当に“偶然”だったのだろうか。
あの男は何もかもが不審すぎて、全ての言動が怪しく思えてしまう。
とはいえ、それを調べる方法もなければ本人を問い詰める度胸もない。
黒ネコはまた一つ「くぁっ」と欠伸をすると今度はアゴの下を『カカカカ……ッ』と掻いて、弥堂の不審さをスルーした。
とにかく、事件当日の昨日はそんな慌ただしさのまま夜が過ぎていき、当事者の一人でもあったメロも疲れていたために眠くなってしまう。
一通りの検査が終わっても昏睡状態のままの愛苗が寝かされたベッドで眠りに落ちる寸前――
――今日のこの時間くらいにこの辺りに来るようにと、弥堂から指示されたのだった。
だから――
メロには、愛苗が本当に助かったのかどうか――それはこの時になっても未だにわからないままだった。
カタチ上愛苗を救ったことになっている弥堂本人も、「何が起こるかわからない」と言っていた。
目を醒ました愛苗にどんな影響があるのか――
そもそももう起きないかもしれない――
元々の心臓の病気がどうなるのかも不明――
これから愛苗に起こり得る可能性として挙げられたものを一つ一つ脳裡に並べていくと、メロは心配で落ち込んだ気持ちになってしまう。
明日に彼女が起きることも知らず。
昨日起こったことの真実も知らず。
そんな漠然とした“今”を過ごすネコの姿をした少女――
それが悪魔であり、魔法少女のマスコット妖精でもある、メロだ。
電柱の陰から陽だまりをぼんやりと見つめ、そんな陰鬱な気分に浸ろうとする。
だが、それすらも許さないとばかりに、空気の読めないことに定評のある男が現れた。
「――準備は出来ているな? 行くぞ」
出会いがしら、開口一番に命令をしてくる。
そんな無愛想というレベルを超えたコミュ障を、メロは塀の上からジト目で見下げた。
「オマエ……、ニンゲンのくせに挨拶もロクにできねェんッスか? まずは『ごめん、お待たせ』『ううん、今来たとこ』から始めるのがスジじゃろがいッ! デートとかしたことないんか?」
「お前のくせにナメたことを言うな。遊びに来たわけじゃない」
「だとしても、待たせてごめんくらい言えよッス」
「待たせてない。お前が見つかりづらいのが悪い。面倒をかけてすみませんとむしろお前が謝れ」
「コ、コイツ……」
小さなネコの姿で塀の上の電柱の陰にいるのは確かに見つけづらいかもしれない。
だが、たとえそうだったとしても、何があっても絶対に謝らないというニンゲンの傲慢な姿勢にネコさんは戦慄した。
「だったら尚更ちゃんと時間と場所を指定しろよッス! なんスか? 『だいたい昼過ぎ』に『だいたいあの辺で』って! 江戸時代の人ッスか⁉ オマエの生活に時刻の概念はねェんッスか? ホントに現代人ッスか?」
「うるさい黙れ。そんなもん無い場所で生きてたんだ。無くても問題なかった」
「時計がない場所ってドコよ……。今日びネコさんでも時計くらい……って――」
下手な言い訳に呆れた目を向けると、メロは弥堂の姿に違和感を覚える。
「――オマエ、もしかしてバイトしてたんッスか?」
「あ?」
弥堂の服装がいつもと違うことに気がついたのだ。
いつもと言い切れるほど、メロは弥堂の服装のバリエーションを把握しているわけではなかったが、これまでは制服かジャージしか着ているところを見たことがなかった。
それとは明らかに違う今日の姿に関心を向けた。
「それってUMAの制服ッスよね? オマエ配達にでも行ってたんッスか?」
メロの指摘どおり、今日の弥堂は“UMAイーツ”という配達サービスのスタッフ用の制服を着用していた。
「オマエもちゃんと普通のバイトしてんッスね。完全に犯罪で生計をたててると思ってたから、なんか微笑ましいというか、安心したというか……」
メロは制服姿の弥堂を見てほっこりと目元を緩めるが――
「――いや? 配達のバイトなんかしてないぞ」
「へ?」
本人から否定され、その目をすぐにまんまるにした。
「一日に何件も配達なんか回っていられるか。効率が悪い」
「いや、だって……、その服……」
「これか? ネットで買った」
「は?」
不審に思ったメロが聴き取りをしてみるが、弥堂の供述は聞くほどに要点を得ない。
「それ売ってるんッスか?」
「あぁ」
「働かないのに誰でも買えちゃうんッスか?」
「買えたな」
「…………」
“UMAイーツ”とは、登録された多数の飲食店のメニューを店の代わりに注文を受けて、店の代わりにユーザーの元まで配達をするサービスだ。
特徴の一つとして、店側も客側も気軽に利用できることがある。
そしてもう一つの特徴が、配達員の身元が未確認であることだ。
「……深く考えたことなかったッスけど、誰でも登録出来るってことは、コイツみたいなガチ犯罪者にも未確認で登録されちまうってことッスよね……。ジブン恐くなってきたッス……」
ニンゲンさんたちの暮らしに深い造詣のある様子のネコさんはブルリと背筋を震わせてからブワっと毛を膨らませ、目の前の未確認配達員を見る目に不審な色を灯した。
「つーか、配達のバイトしないのに何でそれ着てるんッスか? 一応言っておくけど私服としてそれ選ぶのはクソダセェと思うッスよ?」
「便利だからだ」
年中同じ毛皮しか着ないネコごときにファッショチェックをされるという屈辱を意に介さず――というか気もそぞろで、弥堂は淡々と端的な受け答えをする。
次の行動へ移る為の準備として、彼は目線を廻らせて周囲の状況を確認していた。
「便利って、なにが?」
「ん? あぁ、これを着てると住宅街を徘徊してても怪しまれないんだ」
「は?」
根気よく不審者への聞き取りをしていたら、ついに犯罪的な文言を引き出すことに成功した。だが、メロは全く嬉しくなかった。
急激に聞かなければよかった感が湧き上がる。
「今日は日曜だが、平日の日中に見慣れない人間が住宅地をウロウロしていると不審者扱いされるだろ?」
「扱いっていうか、普通に不審者だからッスね」
「だが、これを着ていれば、配達先を探しているのだと勝手に勘違いをしてくれるんだ。便利だから下見をする際には重宝している」
「…………」
一体なんの下見なのか――
それについてメロは尋ねなかった。
何故なら――
メロはジッと弥堂の手元を見る。
その手にはアタッシュケースが提げられていた。
現在の弥堂の姿をもう少し詳細に見ていくと――
まず服装は“UMAイーツ”の制服だ。そして肩からは同じく“UMAイーツ”の配達員が使用する配達バッグが提げられている。
そこまではよかった。
だがそれとは別に、彼の片手には鈍い銀色をした頑丈そうなアタッシュケースがあった。
メロの目には、それはどう見ても異物にしか映らず、そしてどう考えても不審の塊であった。
だから、メロは怖くてツッコむことが出来なかったのだ。
「――行くぞ」
耳とシッポをピンっとして警戒する小動物の内心になど一切慮ることなく、弥堂は無慈悲な命令を下した。
「……行くって、何処にッスか……?」
メロは背後の逃走経路を気にしながら恐る恐る訊く。
「あ? ここで待ち合わせたんだ。決まってるだろ」
弥堂も弥堂で『amore fiore』の店内の様子を窺いながら答えた。
「まさか、家に行くんッスか?」
「行かないんなら、こんなとこに来ない」
「こんなとこって――」
「――急ぐぞ」
まだメロがなにかを言おうとしていたが弥堂はそれを打ち切って歩き出し、水無瀬家の自宅側の玄関の方へと向かった。
現在は花屋の店内には数人の客が居て、水無瀬父が一人で対応をしていた。
そこそこに忙しいようだ。
それは、今なら自宅の方で何かあっても彼は気付きにくいということを意味する。
つまり、弥堂にとってはチャンスだった。
「オ、オイ……ッ!」
メロは塀の上から飛び降り、勝手に先行した弥堂を慌てて追いかけた。
「少年、一体どうする――っていうか、何しに行くんッスか?」
「色々と確認だ。あと、水無瀬の私物が必要だろ?」
並んで歩きながら見上げてくるメロに、弥堂は前方へ視線を向けたまま答える。
「私物……?」
「まず着替えが必要だ。病院のヤツにも持って来いと言われた」
「あぁ、そりゃまぁ、そうッスよね」
「それに、他にもあいつが普段から使っていた生活必需品みたいな物があるんじゃないか? 一緒に生活していたんだからお前にならわかるだろ?」
「あー、なるほど。だからジブンにも来いって言ったんッスね」
玄関前まで来てようやくメロにも今日の目的が共有された。
「それはわかったんッスけど。でも、どうやって持ち出すんッスか? 最初に言ってた色々確認って、マナに関する記憶がママさんたちにあるかってことッスよね? もしも憶えてなかったら……」
「任せろ。お前はただ何も余計なことをしなければそれでいい。借りてきた猫のように大人しくしていろ」
「“ように”っつーか、ジブン普通にネコさんなんッスけどね。借りてきたネコじゃなくて、帰って来たネコッス。むっちゃイキりたいッス」
「……くれぐれも余計な真似をするなよ」
勇んで玄関マットをバリバリし始めたネコさんへ弥堂は強めの警告をし、続いて水無瀬家の呼び出しボタンを躊躇いなく押した。
『ぴんぽ~んっ』と間抜けな音が鳴る。
「へ? 普通に正面から行くんッスか?」
到着するなりノータイムでインターホンを鳴らした弥堂にメロは目を丸くした。
「襲撃に来たわけじゃないんだ。訪問をしたら玄関のベルを鳴らすのは常識だろ」
「そ、それはそうッスけど……」
「本人たちから話を聞く必要があるしな」
「オ、オマエ、そういうの出来るんッスか……?」
メロは玄関扉が開いた際に死角になる位置へと慌てて移動しながら、不安そうに弥堂を見上げる。
「ネコよりはマシ程度にはな」
弥堂は自信満々にというか、出来て当たり前のことのように言い切った。
しかし、彼はメロが知る限り最もコミュニケーション能力に問題のあるニンゲンだ。
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ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
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