俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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2章 バイト先で偶然出逢わない

2章01 introduction

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「誰か――」



 少女の声。


 その声に乗る想いイロは、穏やかだった朝の空気を切り裂くような悲痛色。



「――誰か……、愛苗のこと知らない……っ⁉」



 誰へ――というわけでもなく、ただ『世界』へと発せられたその問い。

 それに答える者はいない。

 応えられる者も、いない。


 彼女の声を聴いた者たちは、その声に因って塗り替えられた空気に只々戸惑うばかりだ。

 誰も彼女の視線を正面から受け止めることすらも出来ない。



 希咲 七海きさき ななみ――


 水無瀬 愛苗みなせ まなの親友で、親友だった少女だ。



 常ならば虹を内包したように彩鮮やかに煌めくその強い瞳は、今は不安げに行き場無く寄る辺無くゆらめいている。

 虹の架け橋は終着点を見つけられずに彷徨う。

 故にその橋は何処にも架からない。

 道は答えゴールへと繋がらない。


 やがて、彼女の視線がこちらを向く。


 ほんの一縷の希望を水晶体の中心に宿し、まるで縋るようにも視える瞳を俺に――


――弥堂 優輝びとう ゆうきへと向けてきた。


 揺れる希咲の瞳に、いつも通りの揺れない自分の瞳が映る。


 その絵をジッと見つめる。



 俺が彼女へと渡す答えは――












――と、その前に。





 早ぇんだよ。

 帰って来るのが。

 ふざけんなよこのクソギャル。



 俺は希咲への怒りを努めて堪え、その感情が表情に表れていないかを彼女の瞳に映った自分を見て確認する。



 確かに近い内にこういう状況になるとは思っていた。

 それは昨日届いていた希咲からのメッセージを見て、それを無視して返事をしなかった時からわかってはいた。


 だが、まさかそのすぐ翌日に、“こう”なるとは全く想定していなかった。


 もしかしたら彼女からのメッセージにきちんと返信をしていたら、その時に彼女が美景に帰ってきているという情報を得られたのかもしれないが、それはそれでその時に問題が起こる。

 不都合の前倒しだ。

 だから考えても仕方がない。


 なら、どうしてこうなったのかと原因を究明した時に槍玉に上がるのが、大きな戦いの直後とはいえ、俺が油断して緩んでいたのではないかということだが――


――そういうわけでもない。


 謂うなればこれはそう――


――運が無かったのだ。


 だからやはり仕方がない。

 とはいえ、俺にも言い分が無いわけでもない。


 俺は戦争にも等しい悪魔との戦いの中で、水無瀬を守ると決めた。

 彼女を守るのが自分という存在だと、そう決めた。


 4月25日までの一連の事件の中で水無瀬は何もかもを失ってしまった。


 誰しもがもう彼女を覚えていないこの『世界』で、彼女を守るためにまず俺がするべきこと――

――それはまず生活基盤を作り、新たに彼女を社会へと溶け込ませることだと俺は考えていた。


 だから水無瀬を俺の義理の妹だということにして偽造した戸籍を用意し、この学園に転入させようと考えた。そしてその準備をしていたのだが――

――その矢先に届いたのが昨日の希咲からのメッセージだ。



『――愛苗と連絡とれないの! あんたなんか知んない⁉』


 誰ももう水無瀬のことを覚えていないはずなのに。



 このたった一件のメッセージ、たった一行程度の文章で、俺はプランの変更を余儀なくされた。


 G.Wが始まる前だというのに学校を休んで幼馴染たちと暢気に旅行などに行っていたこのバカ女が帰ってきたら、この件で必ずひと悶着が起こることが約束されたのだ。


 だから現在のこの状況は想定済みのはずで、そして実際に想定もしてはいた。

 だが、あまりにこうなるのが早すぎた。


 少なくともあと一週間ほど。

 G.Wが終わるくらいまでは猶予があると――


 間抜けにも俺はそう思い込んでいたのだ。


 だから俺はこの件を優先順位の最上位には置いていなかった。

 自分に都合よく見積もっても精々上から三番目か四番目くらい。

 その位のタスクとしていた。


 だが、考えてみればそれは甘かったのだろう。

 さっきはああ言い訳をしたが、結局俺の手落ちなのだろう。


 希咲 七海は、水無瀬 愛苗に対して過保護だ。

 俺のような人間が見ても眉を顰めるほどに。


 だからこの状況は――


 希咲が仲間たちを置いて旅行を途中で切り上げ、一人だけで水無瀬の為に帰って来る――


――そんなことは十分すぎるほどに起こり得ることだったのだ。


 だから、やはり俺の見積もりが甘く、完全無欠に俺に手落ちだと認めるべきなのだ。


 だが待ってほしい。

 もう少し言い訳をさせて欲しい。


 確かに俺にも落ち度はあったが。

 さっきはああは言ったが、俺にも甘く緩んでいた部分はあったのかもしれないが。


 しかし、だ。


 いくらなんでも早すぎるだろう。

 あのこの世の終わり――と謂うのもあながち比喩でもないような、そんな最終決戦からたったの数日だ。


 これからも戦いはあるし、敵はいくらでも出てくると思っていて。実際そのつもりだったが。いくらなんでもたったの中二日でこれはないだろう。

 近年ヨーロッパでも問題視されているというのに、あまりにも過密スケジュールだ。


 いくら水無瀬が特異な存在で、いくら俺の人生が最底辺レベルのクソッタレだったとしても。

 それでも限度があるだろうと。

 そう声を大にして言いたい。

 聴かせたい相手は居ないが。


 もしも今回のこの出来事を『運が無かったのさ』の一言で片づけないのならば。

 しっかりと自分自身に矢印を向け、自分に甘いところはなかったか、油断でないのならこれではまだ足りないのではないかと――そのように向上を図るべきで。

 こうしてらしくもなく、まるで廻夜めぐりや部長のような語り口で無様に言い訳を連ねるべきでもない。

 無様だと称したのはあくまでも俺のこの体たらくで、決して部長がそうだと言ったわけではない。


 兎も角。

 なのに、何故俺がこうして無意味な自己弁護を重ねているかというと。

 この事態が誰によって齎されたものなのかということについて、強い引っ掛かりを覚えているからだ。


 希咲 七海――


 当然俺の落ち度も認めはするが、今のこの状況は間違いなくこのいけ好かない女によって齎されたものだ。


 その事実が、俺は酷く気に入らない。


 何故かと言えば、それは俺がこの女のことがとても嫌いだからだ。


 だが、そう主張してしまうと、そこでまた俺の落ち度が露呈してしまう。


 だから結局は俺が甘かったということになるのだが、じゃあ具体的に何がどう甘かったのかというと――


 それは俺の想定、準備、行動というよりは――

――彼女に対しての認識、評価が甘かったのだろう。



 希咲 七海といえば――


 俺にとってあらゆる状況下で遍く不都合を齎す存在で――

 俺の効率を落とし、面倒ばかりをかけてきて、とにかく邪魔な存在で――

 まるで天敵のような女なのだ。


 付き合いは短いのにも関わらず自然とそう思えてしまうほどに、彼女は“そう”で、そして俺も“そう”なのだ。


 これは運命だ――


 俺と彼女は――


 弥堂 優輝びとう ゆうき希咲 七海きさき ななみは――


 結局何処までいっても、どんな時でも――


 こうして向かい合い、真正面から身体を向け合い、視線をぶつけ合い――


 必ずこうなってしまうのだ。


 俺と彼女の間には、ちょうど中間点に白線が引かれ。

 その線のこっち側に俺が立ち、その線の向こう側に彼女が立つ。


 俺と彼女は必ずこういう立ち位置になる。


 そういう運命なのだ。


 運命という言葉があまり好きではないが、しかし、『世界』が俺と彼女をそうデザインしていると――

――そう言い換えれば飲み込み、受け入れることも出来るだろう。


 仮にそれでも足りなければルヴィの言葉も借りて、『運が無かった』と諦めればいい。


 とにかく、自分と彼女が“そう”であるということはとっくにわかっていて、そう結論を出してもいたはずだ。


 だから結論、やはり俺が悪いと――そういうことになる。

 ムカつくぜ。


 しかしだ。

 それにしても、あと一日――昨夜にでもこれに気付くことが出来ていれば、もう少し有利な立場でこの状況を始めることも出来たはずだ。


 俺は自分が無能であることを知っているし、認めてもいる。

 なので、こんな程度のことでいちいちパニックになったりはしないが、それでも自分が嘆かわしいとは思う。

 きっと俺のこの体たらくにエルフィも頭を抱え、俺を鍛え直す為の拷問トレーニングを組み立て始めていることだろう。


 そして、それに加えて、希咲――この女と関わるたびに、俺の予定や想定の変更を余儀なくされるのがこの上なく業腹だ。



 もしも時間を戻せるとしたら、昨夜の自分マヌケに“零衝ぜっしょう”をぶちこんでやりたい。


 だってその間抜けときたら――


 夜の自宅にて――

 滞りなく明日の登校の準備が出来たと思い違いをし――

 飲みもしないコーヒーを淹れてから流しに捨てながら――


――金のことばかりを考えていた。


 これからの水無瀬の養育費と、喫緊の自分たちの身の振りに必要な金額を丼の中でサイコロを転がして数え、それをどう短期間で効率よく稼ぐかを考えるのに夢中になっていた。

 これからも危険とは切っても切れない人生を歩むことはわかってはいた。

 それを拒絶するつもりもない。


 だが、それでもすぐには敵も直接近づいて来ないだろうし、バイトに行くだけで他には特にイレギュラーもないだろうと――そんな風に軽く考え暢気に構えていた。


 馬鹿め。


 俺のバイトは基本リモートでの勤務だが、割りよく金を得るなら現場に赴くことも視野に入れるべきかと考えていた。

 仮に何かあるとしたらバイトの勤務中に多少トラブルがあるかもしれない。

 しかしアレはそういう仕事でもあるから多少は仕方ないことかと、その程度の認識だった。


 暴力は俺の人生から切っても離せないモノなので、今更それを避けようとは思わない。

 だが、バイト先で起こるトラブルはそっちの範疇のことで、悪魔だの魔法少女だのと、そういったカテゴリーの揉め事にはならないだろうと考えていたのだ。


 それがなんだ。


 バイトに出勤する以前に。


 まさか翌朝に学園でこんなことになるとは思いもせず、俺というマヌケは如何にG.W中に纏まった金を手にするかということばかりを考えていた。

 希咲たちが帰ってくるまでには――と。


 しっかりきっちりと記録された鮮明な記憶を視ると、我が事ながら――我が事だからこそ、深く恥じ入る気持ちになる。

 出来れば映像に映るマヌケに、今すぐ病院から水無瀬を攫って可及的速やかに夜逃げをするように薦めたい。


 だが当然それは叶わないことだし、映像に呼びかけても過去の自分は未来の自分の声を聴くことはない。

 今の俺が未来を知ることが出来ないように。


 記憶の中に記録された昨夜のマヌケは、何も無い宙空をボーっと見上げながら、何杯目かのコーヒーをシンクに流し捨てている。


 そのマヌケはマヌケらしくマヌケにもこんなマヌケなことを考えていた。




第二章 『俺は普通の高校生なので、バイト先で偶然出逢わない』




――と。
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