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2章 バイト先で偶然出逢わない
2章20 皐月組 ②
しおりを挟む惣十郎は一つ頷いて弥堂の質問に答える。
「あぁ、あの件か。身代わりならちゃんと――」
「――違う。そうじゃない」
しかし、弥堂はそれを遮った。
「違う?」
「身代わりのことより、まずはあの件、誰のタレコミだ?」
「ふむ……」
惣十郎は顎に手を遣って少し答えるか迷う。
チラリと横に控える山南に視線を向けると、山南がコクリと頷いた。
「ホントなら言わねンだが、今回はトクベツだ。あれはチャンさんからのタレコミだ」
「あのジイさんか……」
ビッグな夢を追い求める老ホームレスを弥堂は頭に浮かべる。
「それがどうした?」
「いや、ハメられたんじゃないかと思ってな」
「オイオイ、待てよ兄弟。オレらはオマエをハメてなんか――」
「――違う。そうじゃない」
弥堂は再び同じ言葉で否定した。
「お前らがじゃない。俺はそうは考えていない。ただあのホームレス、俺を張ってたんじゃないかと思っただけだ」
「兄弟を……?」
「あの野郎普段はどこに?」
「……駅前の外人街の近くだな。ホームレスのコミュニティに居たヤツだからよ。調子コイてあちこちに囀るから弾かれたみてェだな」
「そうか」
「なんか覚えがあンのか?」
「さぁ、どうだろうな。どっちみちもう殺しちまったから、逮捕でもされてみないとわからないな」
「身代わりもう行かせるか?」
「いや――」
弥堂は惣十郎の申し出を止めて少し考える。
そして――
「――身代わりは一旦ナシでいい」
「なんだと?」
やはり断ることにした。
怪訝そうにする惣十郎に結論を伝える。
「もしかしたらこの件チャラに出来るかもしれない」
「……コロシだぜ?」
「だから『もしかしたら』だ。俺のガラが持ってかれるか、俺から改めて頼むまで保留にしておいてくれないか?」
「まぁ、いいけどよ。パクられ方によってはどうにもしてやれねェこともあるぜ?」
「その時は大人しく諦めて、真面目にお勤めでもしてくるさ」
「ハッ、そしたらバッジ用意して待っててやるよ」
肩を竦めあって、その話はそれで終いにした。
「話ってそんなことなのか?」
「あぁ。あと、相談なんだがスーツを用立てられないか?」
「スーツだとォ?」
急に深刻さのランクが下がって、惣十郎は素っ頓狂な声を出す。
弥堂は変わらぬ表情で頷いた。
「あぁ。実は単発のバイトに行くんだが、どうやらドレスコードがあるようなんだ」
「どんなバイトだよ。だが、それならちょうどいいな」
「ちょうどいい?」
「あぁ」
眉を寄せる弥堂に惣十郎は頷き、また山南に目配せする。
「オイッ――」
山南はコクリと頷くと、また部屋の外へ声をかけた。
「ヘイッ!」
そして威勢のいい返事とともに、障子を開けて組員さんが現れる。
「例のヤツ、持って来い」
「わかりました――」
端的に下された命令に組員は頭を下げてから何処かへ歩いていく。
「例のやつ?」
「あぁ、こっちもオメエにプレゼントがあんだ」
「へぇ。それより俺が頼んだことは」
「まぁまぁ、ちっと待てよ。そんくれェどうにでもしてやっからよ」
弥堂は不可解そうにしながらも、とりあえず相手に合わせることにした。
「少し時間かかるから、他の話に進めよう」
「構わない」
「売人のガラに比べたらここまでの報酬じゃ見合ってねェな。他には欲しいモンねェのか?」
「いや、まだある。これがメインの頼みだ」
「なんだ? 言ってみろよ」
「あぁ――」
弥堂は今日ここに来た一番の目的を切り出す。
「立ち退きの依頼は可能か?」
「立ち退きだァ……?」
惣十郎が眉を顰めると、似たような表情をした山南が質問を口にする。
「それは誰かを立ち退かせて欲しいという話で?」
「そうだ。可能か?」
「…………」
ヤクザ二人は少し真剣な顔をして慎重に言葉を選ぶ。
「いくつか聞きてェんだが、そいつに貸した金が回収不能だとかで、代わりに土地建物をかっぱぐってことか?」
「違う。ターゲットと俺に契約的な関係は何ひとつなく、金銭的な利害関係にもない」
「……なんか周囲から嫌われてて、それで頼まれたとかって話か?」
「いや、まったくそんなこともない。むしろ近隣住民との関係は良好なんじゃないか?」
「カタギか?」
「あぁ。何の罪もない一般人だ。なんなら恨みもない」
「何故?」
「俺のごく個人的な理由だ」
「……これが最後の質問なんだが、兄弟……、なんでオメエが直接やらねェ?」
「俺は面が割れてる。あと、この件に俺の関与があることを知られるわけにいかない」
「ふむ……」
そこで惣十郎は口を閉ざして熟考する。
部屋の中はシンと静まった。
弥堂の頭の上でメロがモゾモゾと動く。
うつらうつらとしながら話を聞いていたが、とんでもなく悪い相談だ。
しかし、その悪い相談が、自身の悪いご主人に似合いすぎてメロは呆れてしまう。
とはいえ、所詮は他人事だ。
興味なさそうに顎の下を後ろ足で掻くと、またむにゃむにゃと微睡んだ。
やがて、惣十郎が答えを出す。
「……まず結論からだが――難しい」
「そうか」
「理由は二つある。道理的な問題と実質的な問題だ」
包帯の巻かれた指を二本立てて、惣十郎は重い声で語る。
「まず道理だが――相手に非がねェ。負債やらがあるわけでもねェのに、こっちから一方的に仕掛けることになる。こっちの世界の話ならそれも出来なくはねェが、相手はカタギだ。いくらなんでもそれはスジが通らねェよ。だから、難しい」
「そうか。次は?」
「あぁ。次に、実質可能か不可能かって話だ。これも難しい。ひと昔……、いや、ふた昔くらい前ならこんな強引なこともやろうと思えば出来たろうが、今の時代じゃあキツイな。やるとしたらウチの組員にはやらせられねェ。組の看板ごと持ってかれる。だから、難しい」
「なるほど」
“出来ない”ではなく“難しい”かと――答えを受けて弥堂は惣十郎へ視線を向ける。
「もしも。もしも、だ。やるなら実行犯は闇バイトで調達するしかない。だが、空き巣や強盗やらすならまだアリだが、立ち退きをさせるってなると仕込まなきゃならねェ。アイツらホンキで頭悪いからな。そのままでやらせたら何するかわかんねェし、最悪教えてもモノにならねェ。それにそうやって関わりを増やしちまうと、闇バイトの利点が無くなる。ちなみに住民に危害は?」
「出来れば出さないで欲しい。可能な限りゼロに。やむを得ずということなら、死なせたり、その後に不具合の残るようなケガをさせなければ許容は出来る」
「……そうなると余計に難しいな。遠回しな嫌がらせで時間をかけてもいいなら選択肢はあるが、そんな悠長な話じゃねェんだろ?」
「そうだな。可能な限り急ぎたい」
「暴対法がどうしてもなァ……。いっそのこと、適当に攫った外人シャブ漬けにしてトラックに乗せて突っこませるか……? いや、それもなァ……」
「――あの、横から失礼。よろしいでしょうか?」
惣十郎が腕を組んで頭を悩ませてしまうと、ずっと黙っていた山南が口を挿し入れた。
「なんだ山南さん? 何かいい手段が?」
「いえ。そういうわけでなく。質問をしても?」
「あぁ、構わない」
「興味半分で申し訳ないんですが。相手は一体誰なんです? かの狂犬がそこまで慎重になる相手ってだけで興味深い」
「あぁ、そういや肝心の相手を聞いてなかったな。確かにオレも興味あるぜ。なんせ兄弟ときたらいつもなら、『ジャマだ』と思った時にはぶん殴ってるもんな」
「そんなわけがあるか」
心外だと否定をしてから、弥堂は山南の質問に答える。
「相手はここの住民だ」
「ここ?」
「あぁ、ここの新興住宅地に住んでいる」
「へェ? こんな近所に兄弟とモメるヤツがいるたぁな」
「モメたわけじゃないんだが。店があるだろ? 花屋だ」
「花屋ァ……?」
(――っ⁉)
なんだそりゃと惣十郎が眉を顰めたのと同時――
弥堂の頭の上で、半分寝ていたメロの耳がピンっと立つ。
嫌な予感からくる不安が急激に微睡みを塗り潰していく。
「多分まだ出来て数年のはずだ」
「ふぅん? 普段自分で花屋なんか行かねェからなァ……。知ってっかい? 山南」
「花屋……。もしかして先日事件のあった……?」
「ア? なんかあったけか? 兄弟?」
「あぁ、多分その店で間違いない。店の名前は――」
やめろ、聞きたくないと――
メロは反射的に起き上がる。
「――“amore fiore”という店だ」
だが、その先は無慈悲に伝えられてしまった。
「その店の夫婦を他所へ追いやって欲しい。二つか三つ以上離れた県まで飛ばせれば理想だが、そこまでは求めない」
「う~ん、やっぱムジィなァ……。いっそ殺す方が簡単かもしれねェ……」
メロは急いで念話を繋いだ。
<――オイッ! 少年……ッ!>
<……うるせえな。急になんだ?>
<オマエなに考えてんッスか……⁉>
メロは怒りの念を直接ぶつける。
<なにって、言ったとおりだが?>
だが、弥堂からはごく当たり前のことだという答えが返ってくる。
愛苗の両親が住む店に犯罪者を嗾けて、二人をこの街から追い出す――
この男にとってはそれはごく当たり前の行為で、それをすることに何の感情もない。
そのことが伝わる。
(お、同じだ……っ)
今日ここに来るまでの道で、少し彼との関係に慣れたようなことを口にしていたが、それはまた勘違いだったとメロは気が付く。
この致命的な“ズレ”――それに背筋が凍る。
この恐怖感と悍ましさには覚えがある。
使い魔の契約を結ばれた時と一緒だった。
その恐怖が蘇ると、今湧いていた怒りが萎んでしまった。
「……なァ兄弟。時間はどれくらいなら待てる?」
「なにかあるのか?」
「花屋ってことなら、仕入れ先とかの取引相手を攻めてみるって手もある。店を開けられなきゃそこで生活は続けらんねェだろ?」
「回りくどいが……、多少妥協するべきか……」
その間に話は進んでいってしまう。
メロはハッとして、再び弥堂に呼びかけた。
<少年、やめろ! やめてくれ!>
<うるさいな。何故邪魔をする?>
<何故って、当たり前だろ⁉ なんでママさんたちに――>
<――お前の意見など聞いていない。黙っていろ>
<そ、そんな……⁉ とにかくやめて、話を聞いてくれ……!>
<…………>
<少年ッ! オイッ!>
<…………>
メロは必死に呼びかけるが、弥堂からはもう返事が返ってこない。
水無瀬夫妻はメロのパートナーである愛苗の両親で、メロ自身もお世話になった人たちだ。
二人とも優しい人で、メロは二人とも大好きだ。
特に母親とは、愛苗が学校に行っている間は一緒に過ごす時間が長く、家事をするのに付いて回ったり、一緒にテレビを見たり――
――なにより、自分に毎日エサをくれていた人だ。
ただでさえ、愛苗の記憶を失ってこんなことになってしまったというのに。
さらにあの人たちが不幸な目に遭うだなんてことはあってはならない。
だから、どうにかしないといけない。
しかし、この男は話を聞こうともしない。
混乱し、焦り、追い詰められたメロは――
「――聞けよ! このクズやろう……ッ!」
「は……?」
「な……?」
直接肉声で弥堂へ言葉をぶつけた。
「な、なンだァ……? ネコが喋ったァ……?」
心底驚いたとヤクザたちが瞠目する前で、さらに――
――バフンっと。
煙のエフェクトを出してメロは変身する。
「はァ……ッ⁉」
その煙が晴れるとそこには女児の姿が。
ヤクザたちはさらに驚いた。
「少年ッ! たのむ……! パパさんとママさんに手を出さないでくれ……ッ!」
弥堂とヤクザたちとの間を塞ぐようにして立ち、メロは両腕を拡げて弥堂に訴えかけた。
スッと眼を細めて弥堂は身体に魔力を巡らせようとし――
「――ど、どうなってんだこりゃあ……っ?」
――だが、茫然とした目をメロへ向ける惣十郎たちを視て、戦意を抑える。
(失敗したな……)
チッと舌を打って、この後の修正を頭の中で組み立てた。
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