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第一章

第18話 誤解

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 目を閉じ、デビュー曲『セピア色のフォトグラフ』を最後まで熱唱し終えた私は、充足感に満たされていた。

「最後まで聴いてくれて、ありがとうございました」とお礼の言葉を述べ、深々とお辞儀をする。

 そうして腰を折った状態のまま、しばらく停止した。
 高揚からか体が火照り、顔が上気しているのが自分でもわかる。
 忘れかけていた大切なものを、不本意極まりない形ではあったけれど、思い出すことが出来た。
 大切な事なので二回言うけど、心底遺憾で不本意極まりない最悪の形ではあったけれど、思い出すことが出来た。
 今は、この余韻に長く浸っていたい。──現実逃避してるわけじゃないよ?

 ──のは山々なんだけど。
 なんか目を閉じてるのに明るくない?
 さっきまで真っ暗だったのに、光の下に居るみたいっていうか。
 それに、周囲に気配を感じるのは気のせい?
 う~ん、気になる。
 よし、薄目を開けて様子を窺ってみよう。そうしよう!
 恐る恐る瞼を上げてみる。チラッ。

 瞳に、兎、猿、リス、キツネ、狸など、周りを埋め尽くす程の動物達が映った。
 おまけに見たこともない動物まで大勢いる。
 後方にいる大きい動物……あれ熊と虎じゃない?
 何かの冗談だと思い、再び目を瞑る。
 いやいや、そんなはずないから。
 あまりにショックなことがあったから幻覚を見てるに違いない。
 そうに決まってる。
 気を静め再確認しようと、再び瞼を上げてみる。チラッ。

 ──全く同じ光景が広がっていた。
 目をしばたかせ、何度も手で目元を擦ってみるけど、状況に変化はない。
 えーと、つまり……。
 はて?
 ん?
 ……。

 現実だ~~!!
 思わず身を起こし、ブ~と唾液を撒き散らし噴出してしまった。
 我ながら汚いとは思うけど、突然こんな光景見せられたら誰だって驚くよ!
 驚くなってほうが無理だから!思わす顔が引き攣ってしまう。
 私、今すごく変な顔してるだろうな。
 身を起こし恐れのあまり一歩後ずさると、

「ウホウホ!」
「ピーピー!」
「ウォォォ!」

 一斉に動物達が奇声を叫びだした。
 ギャー!!
 た、食べられちゃう!逃げないと!
 すぐさま振り向き、脱兎の如く逃走を図ろうとした矢先。

 おびただしい数の拍手が後方から起こった。

「へ?」

 拍手の渦が瞬く間に広がり、広場一体を包み込む。
 なに?何が起こってるの?
 そろりと首だけ向けてみると──動物達が拍手していた。
 手が短い動物は地面を踏みしだいていたし、鳥達は羽をバサバサと動かして音を出している。
 虎は、なんか地面をゴロゴロ左右に転がっている。
 ……何してるか良く解らないから、気の毒だけど放っておこう。 

 なにこれ?何なの?頭に無数の疑問符が浮かぶ。

「カリン殿!」

 誰かが私の名前を呼んでる。誰だろう?
 辺りをキョロキョロ見渡すと、動物の中に人が居ることに気付いた。
 アインツさんと、あとの二人は誰だろう?知らない人だ。
 アインツさんも、あとの二人も汗びっしょりだった。
 撮影のためにそこまで、頑張らなくてもいいじゃん……。

「へんた……アインツさん!」

 私は彼の名前を呼ぼうとし、うっかり変態と途中まで口を滑らせてしまった。
 危ない。
 彼が変態だと確定いるにしても、さすがに言葉に出すのは不味いよね。

「いま、へんたとか聞こえたが」
「お、おほほほ、気のせいですよ!気のせい!」

 適当にごまかしておいた。
 と、アインツさんの姿を目にしたことにより、私は置かれた状況がどのようなものかを閃いた。
 そっか。ドッキリの最中だった。
 さっきまで、とてもいい気分だったのに現実に引き戻され落ち込む。
 学校でホームルームが終わり、さぁ帰ろうって時に、先生に今日お前に日直だろ掃除しろと言われた時くらい落ち込む。
 なんて、色々思案してたら、この状況について、完全に把握することができた。
 ようは眠っている間に、サファリパーク・・・・・・・に連れてこられたってことだ。
 そこでドッキリを仕掛けられたと。
 ──手間の掛かることをするものだね。
 何かに襲われる演出などしなくとも、寝起きドッキリでいいじゃん。
 おかげでこっちは催して、尿ドルになるかどうかの瀬戸際、分水嶺じゃん。
 あ~。仕掛け人のアインツさんの顔を見てたら、なんか腹が立ってきた!

「カリン殿、無事で良かった!それに、素晴らしい歌だった。感動した!」

 近づいたアインツさんが私の手を取り、興奮気味に語る。
 いや、あの、さっき用を足したばかりで……手を洗ってないんですが。
 離してくれませんかね?
 
「そ、それは、どうもありがとうございます」

 手を離そうと試みるけど、ギュっと固く握られているから離せない。

「しかし、一人でこんな森の奥に踏み入るなど、一体何ゆえこのような行動をされたのだ?」

 盗撮してたんだから、貴方知ってるでしょうよ!
 私の口から言わせようとでもいうの!?このド変態!

「ちょっと緊急事態だったものですから」

 私の下腹部がね。

「何?ここで何かやりたいことがあったと、そう申されるのか?」

 貴方が追ってこなければ、ここじゃなく、もっと近くで済ませた・・・・よ!
 あ、知らない二人がアインツさんの近くに歩いてきた。

「閣下、あれをご覧下せえ」
「どうしたロジャー、何か気付いたのか?」

 ロジャーと呼ばれた身長がちょっと低めの男性が、白いふかふかした羽毛をもつ動物を指差していた。
 羊みたいに見えるけど、額の部分に一本角が生え、体には羽がついる。
 それでビー玉みたいな瞳をしていた。
 わ、何あの動物?超かわいい!
 あれって羊に仮装させてるのかな?
 かわいいけど……動物愛護団体からクレームきそうだけど大丈夫?
 
「シルシャール森林の守り手、聖獣ミーシアではないか!何故こんなところに!」
「将軍、カリン殿が先程申してやした"緊急事態"と何か関係があると、あっしは思うんですがね?」
「はっ!そうか!」

 アインツさんは私を問いただす。

「カリン殿、緊急事態とは何だ!?」

 ……だから言えないってば。しつこいな、この変態。

「口が裂けても言いませんし、絶対に答えません」

 はっきり意思表示した。

「どうしても言えぬか?」
「どうしても言えません!」アインツが溜息を吐いた。

「そうか。無理に聞こうとは思わない。諦めよう」

 やっと引いてくれたよ。よかった~。

「将軍、きちんと事情を追求すべきです」

 体の大きい、もう片方の男性が余計な事を言い始めた。
 余計なことを言わないでよ!
 この人も私の敵確定。

「いや、いい。王都に招いたのはこちらの勝手によるものだ。彼女には彼女の都合というものがあるだろう。詮索すべきではないさ」
「将軍がそう仰るなら、俺は構いません」
「ああ、助言してくれたのに済まないな」

 グッジョブ、変態!

「将軍、話の途中すいやせん。借りてたブツを返しやす」

 とロジャーと呼ばれてた男性がアインツの直近まで近づき、布を手渡そうとする。
 アインツは片手で受け取ろうと掌を出したけど、丁度風が吹き、布が飛ばされ地面にひらりと落ちた。
 落下の際、布が開いてしまったみたい。
 私の足元近くだったので、

「私が拾います」と告げ、身を屈ませ手を伸ばした。

 布の上には、一本の糸、じゃなく髪の毛が置かれていた。
 しきりに髪の毛を見つめたあと……ロジャーって人の言葉を思い出す。

『借りてたブツを返しやす』

 つまり、これはアインツの私物ということ。つまり……。

 アインツさんは、変態なんかじゃなかった。
 人の髪を収集するような収集者。
 いや、この場合は蒐集者と呼ぶべきかもしれない。
 アインツさ、いや、こやつ……犯罪者予備軍だ。
 ド変態の皆さん、ごめんなさい。
 貴方達はまだまともでした。
 皆さんの想像の遥か上をいく人物が、私の目の前に居ます。 
 
 私は、布を拾うとアインツさんの掌に叩きつけるように置いた。

「どうぞ!」全く汚らしい!

「あ、ああ、ありがとう。なんだか、顔が怖いのだが。カリン殿?」
「何でもありません!へんた……インツさん」
「なんだそのヘンタインツさんというのは?」

 アインツさんは、ちょっと憤慨してる様子だ。

「あー……愛称、そう愛称です!」と引き攣った笑みを浮かべ答えた。
 するとパァっと顔を輝かせて、
「愛称!そうか、愛称か!それだけ、距離が近づいたということか」
 と何かとても幸せそうな笑顔を浮かべていた。
「では、カリン殿が私を呼ぶときは今後も、ヘンタインツと呼ぶことを許そう」

 え" その呼び名気に入っちゃったわけ?
 自意識のない変態だと思ってたら、自他共に認める変態さんだったとは……。
 これは処方する薬はないかもしんない。
 お手上げだ。

 話は変わるんだけど、私が立ってる石畳、すこし柔らかいんだよね。
 弾力があるというか。
 あ、スポンジなのかな?セットの一部ってえことかー。
 と、洞窟を見ようと思って振り返ったんだけど。
 中ほどの石畳が濡れてる・・・・のに気付いた。
 まさか……。
 私が、いたした・・・・ところだ。
 
 ……。

「アインツさん、早く馬車に戻りましょう!」私は大慌てで言う。
「突然どうしたカリン殿?」
「い、いいから、早くこっちこっち!」
 と私はアインツさんの手をひいて、ズンズン森の着た道へ戻ろうとする。
「お二人も早くいきますよ!」と二人にも声を掛けた。
「あ、ああ」

 大男と小男も私の後をついてくる。ホッ、なんとか事なきを得たみたいだ。
 発見・・されたら堪ったものじゃないからね。
 この場から一刻も早く立ち去らないと。

 私に手を引かれながら、アインツさんが後ろで何か言ってたみたいだけど、聞こえなかった。
 まぁ、いいや。どうせ髪の毛に纏わる薀蓄でも聞かせる気だったに違いないし。

 ──カリンの手から伝わる温もりを感じながら、アインツは
「積極的なのだな、カリン殿は」と小声で呟いていた。


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