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第一章
第12話 森へ
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太陽の光が燦々と照りつける中、外では兵士役のエキストラと、化け物の着ぐるみを来た大勢の人々が武器を手に戦っていた。馬車は騎馬や兵士に周囲を取り囲まれ、人で溢れ返っている。
馬車周辺の人たちは護衛役だからだろうか、戦闘行動を行っていなかった。
彼らの外周では、呻き声をあげる者や、血糊で血まみれの着ぐるみが、あちらこちらに多数横たわっている。ふと外周を掻い潜った着ぐるみ数体が馬車付近まで『ギギェェ!』という叫び声と共に猛然と迫り来る。
彼らが馬車に接近しようと試み、騎馬や兵士達が迫る方向へと走り寄る。
「絶対に馬車まで到達させるな!」
「アインツ将軍に不甲斐ないと笑われてしまうぞ!」
と彼らはお互いを叱咤し、武器を正面に構え着ぐるみを待つ。
間もなく双方が接敵すると、武器と武器が激しくぶつかり合い火花を散らした。
その光景に、私は瞠目する。
恐ろしい速度で振るわれる剣を、刃で受け拮抗してみせる兵士と着ぐるみ。
その戦いは実践的で、あたかも実際の戦闘をみているかに感じられた。
どちらも相当手馴れた役者に違いない。
最近の殺陣は、ここまでリアルに再現できるのかと思わず感嘆する。
今後の参考に、ゆるりと見物したいのは山々だが、今はそれどころではないと我に返る。
何しろ私のアイドル生命が掛かった一大事だ。
この窮地を切り抜けなければ、トップアイドルへの道は閉ざされ、儚い夢へと消えてしまう。
馬車周辺に居る兵士の間を潜り抜けようと、小走りに接近を試みるが人が密集し困難だった。小走りなのはハイヒールを履いている所為で、こればかりは如何ともし難い。踵が高くバランスが取りづらい為、走ろうにも速度が出ない。
殺陣を演じている兵士の救援に他の兵士達が加勢に加わるため移動を開始した。
直後、移動した兵達の間に隙間が生じ、潜り抜ける程度の道ができる。
(チャンス!)
一瞬の隙を見逃さず、人と人の間に身を潜らせ駆け抜けようと試みる。
「カリン殿、待つんだ!戻れ!」
馬車の開かれた扉から、アインツさんが叫んだ。
(急がなくちゃ!)
彼の姿を遠目で確認した私は、走る速度をなるだけ速め兵達の間をくぐり抜ける。
途中、人と何度もぶつかりながらも、必死で森へ向かって駆けた。
「その女性を捕まえよ!」
このままでは取り逃がすと判断したアインツさんが、周辺の兵に向かい大声で命令を下した。
だが馬車周辺で再度爆炎が巻き起こると、動揺による喧騒により声は掻き消され、兵達の耳には届かない。
(ラッキー!)
幸運を神に感謝しながら、私はひた走る。
「くっ。ロ……ホ……ン、私につい……こい!」
既にアインツさんの声が届かない程、私と彼の距離は広まっている。
そうして私は人の雑踏を抜け出すと、森の中へ踏み入ることに成功した。
走りながら潜めそうな物陰を探すが見当たらない。
それにここでは用を足すにしても距離が近すぎる。
誰かに見られる恐れがある場所は避けたい。
息も切れ切れに、更に森の奥へと進む。
森の奥は枯葉や枯れ木が地面に落ち、草が鬱蒼と生い茂る中、掻き分けて進まねばならず困難を極めた。これだけ草木の陰があれば平気かな?と腰を下ろそうとした直後。
「カリン殿危険だ!戻れ!」
なんとアインツさんが兵士二人を伴って追いかけて来た。
その光景に私は思わず、唾液を口からブ~と噴出してしまった。
アインツさんのことちょっとかっこいいなと思ってた。
貴公子然として素敵だなって。でも、今は違う。
彼に対する私の評価は地に落ちた。
彼はとんだ変態、ド変態だ。
そうまでして私の痴態をドッキリで曝きたいのだろうか。
諦めることなく必死な形相で、アインツさんは追いかけてきている。
一体プロデューサーに報酬を幾ら提示されれば、ここまで必死になれるというのか。
何とお金に汚い人なのだろう。最低だ、アインツさん。
彼の姿を視界に入れると慌てて立ち上がり、全速力で再び疾走する。
走るたびに地面に落ちた枝葉を踏みしだくザシュザシュという音と、私の荒い呼吸の音が響く。
必死で両手両足を素早く動かしているため、息があがり呼吸が乱れる。
こんなに必死に走ったことなど小中高校の運動会ですらないよ。
もはや髪が乱れようが、玉のような汗が顔中に浮かび上がろうが構っていられない。
(ドレスを汚す訳にいかないのに!)
走るたびに布地が草木に触れ、汚れやしないか内心ひやひやしていた。
このドレスはレンタル衣装なのだ。汚しでもしたら買上げを行わねばならなくなり、余計な出費を余儀なくされる。
このようなステージ衣装、普段着で身に着ける機会などそうない。
そうないというより絶対ないと断言できる。
自腹で買上げになりでもしたら、間違いなく箪笥の肥やしになってしまう。
しかし、もはやそれも已む無しと諦めることにする。
ドレスより、アイドル生命、いや女としての尊厳を守ることのほうが大事だ。
もはやヒールが折れようが構わぬ勢いで、小走りから全力疾走へとシフトチェンジする。
逃げる私に追うアインツさん達三名。
男性の速度に私が敵うはずもなく、徐々に距離は狭まってゆく。
そんな四者の構図が崩れたのは、直後のことだった。アインツ達の側面から、馬車周辺でも見かけた二本の角を頭に生やした着ぐるみが五体現れたからだ。
「アインツ将軍、食人鬼です!」
「五体だと!?くそっ!!」
連れ立っている兵士は慌てふためき、アインツも悪態を吐く。
着ぐるみは大きな棘付きの棍棒を振るい、アインツ達に襲い掛かっていった。
彼らは足を止めると着ぐるみに対し、戦う意思を示すように武器を抜く。
(やった!再びチャンスが到来したよ!)
私は脇目もふらず、彼らを置き去りに駆け出した。
恐らくマネージャーさんが、事情を汲んでディレクターに懇願し、エキストラをこちらに差し向けたのだろう。
(ありがとう 足立 さん!)
心の中で喝采をあげ尚ひた走ると、殺陣を繰り広げる彼らの姿は次第に遠くなっていき、やがて見えなくなった。
どれくらい走っただろう、やっと私は目的が達成できそうな場所に辿り着いた。
森の先の開けた場所に小さな丘があり、その丘に空洞があるのを発見したのだ。
(長い戦いだった。本当に険しい道のりだった)
私は感慨深げにほら穴を見つめる。
そうして周りに人が居ない事を注意深く確認してから、ほら穴に入った。
中は薄暗く、かなり奥まで続いているようだ。
灯りになるようなものを持っていない私は、あまり奥まで進まないよう注意し、
目的を果たすため腰を落とした。
───しばらくお待ち下さい───
ふぅ、なんて清々しい気分なのだろう。
こんなに爽快な気分は久しぶりだ。
ポケットにティッシュ忍ばせておいて良かった……。
どこか水場を探して、手を洗わなくちゃ。
そう考えて、ほら穴から外に出ようと歩き出すと入り口が閉じた。
「へ?」
一体何が起こったのだろう?
周囲に誰も居ないことを確認したのに、なぜ?
まさかこれもドッキリ用のセットだったとでもいうの!?
私は顔面を蒼白とさせる。
ま、まさか撮影されてた!?えええええええ!!
どうしよう!え?うそ?こんなに頑張ったのに?
終った……。
──藤崎かりんが入ったほら穴の正体。動物や人間、魔物が中に踏み入ると口を閉じ捕食する"洞窟擬態"と呼ばれる魔物だった。
馬車周辺の人たちは護衛役だからだろうか、戦闘行動を行っていなかった。
彼らの外周では、呻き声をあげる者や、血糊で血まみれの着ぐるみが、あちらこちらに多数横たわっている。ふと外周を掻い潜った着ぐるみ数体が馬車付近まで『ギギェェ!』という叫び声と共に猛然と迫り来る。
彼らが馬車に接近しようと試み、騎馬や兵士達が迫る方向へと走り寄る。
「絶対に馬車まで到達させるな!」
「アインツ将軍に不甲斐ないと笑われてしまうぞ!」
と彼らはお互いを叱咤し、武器を正面に構え着ぐるみを待つ。
間もなく双方が接敵すると、武器と武器が激しくぶつかり合い火花を散らした。
その光景に、私は瞠目する。
恐ろしい速度で振るわれる剣を、刃で受け拮抗してみせる兵士と着ぐるみ。
その戦いは実践的で、あたかも実際の戦闘をみているかに感じられた。
どちらも相当手馴れた役者に違いない。
最近の殺陣は、ここまでリアルに再現できるのかと思わず感嘆する。
今後の参考に、ゆるりと見物したいのは山々だが、今はそれどころではないと我に返る。
何しろ私のアイドル生命が掛かった一大事だ。
この窮地を切り抜けなければ、トップアイドルへの道は閉ざされ、儚い夢へと消えてしまう。
馬車周辺に居る兵士の間を潜り抜けようと、小走りに接近を試みるが人が密集し困難だった。小走りなのはハイヒールを履いている所為で、こればかりは如何ともし難い。踵が高くバランスが取りづらい為、走ろうにも速度が出ない。
殺陣を演じている兵士の救援に他の兵士達が加勢に加わるため移動を開始した。
直後、移動した兵達の間に隙間が生じ、潜り抜ける程度の道ができる。
(チャンス!)
一瞬の隙を見逃さず、人と人の間に身を潜らせ駆け抜けようと試みる。
「カリン殿、待つんだ!戻れ!」
馬車の開かれた扉から、アインツさんが叫んだ。
(急がなくちゃ!)
彼の姿を遠目で確認した私は、走る速度をなるだけ速め兵達の間をくぐり抜ける。
途中、人と何度もぶつかりながらも、必死で森へ向かって駆けた。
「その女性を捕まえよ!」
このままでは取り逃がすと判断したアインツさんが、周辺の兵に向かい大声で命令を下した。
だが馬車周辺で再度爆炎が巻き起こると、動揺による喧騒により声は掻き消され、兵達の耳には届かない。
(ラッキー!)
幸運を神に感謝しながら、私はひた走る。
「くっ。ロ……ホ……ン、私につい……こい!」
既にアインツさんの声が届かない程、私と彼の距離は広まっている。
そうして私は人の雑踏を抜け出すと、森の中へ踏み入ることに成功した。
走りながら潜めそうな物陰を探すが見当たらない。
それにここでは用を足すにしても距離が近すぎる。
誰かに見られる恐れがある場所は避けたい。
息も切れ切れに、更に森の奥へと進む。
森の奥は枯葉や枯れ木が地面に落ち、草が鬱蒼と生い茂る中、掻き分けて進まねばならず困難を極めた。これだけ草木の陰があれば平気かな?と腰を下ろそうとした直後。
「カリン殿危険だ!戻れ!」
なんとアインツさんが兵士二人を伴って追いかけて来た。
その光景に私は思わず、唾液を口からブ~と噴出してしまった。
アインツさんのことちょっとかっこいいなと思ってた。
貴公子然として素敵だなって。でも、今は違う。
彼に対する私の評価は地に落ちた。
彼はとんだ変態、ド変態だ。
そうまでして私の痴態をドッキリで曝きたいのだろうか。
諦めることなく必死な形相で、アインツさんは追いかけてきている。
一体プロデューサーに報酬を幾ら提示されれば、ここまで必死になれるというのか。
何とお金に汚い人なのだろう。最低だ、アインツさん。
彼の姿を視界に入れると慌てて立ち上がり、全速力で再び疾走する。
走るたびに地面に落ちた枝葉を踏みしだくザシュザシュという音と、私の荒い呼吸の音が響く。
必死で両手両足を素早く動かしているため、息があがり呼吸が乱れる。
こんなに必死に走ったことなど小中高校の運動会ですらないよ。
もはや髪が乱れようが、玉のような汗が顔中に浮かび上がろうが構っていられない。
(ドレスを汚す訳にいかないのに!)
走るたびに布地が草木に触れ、汚れやしないか内心ひやひやしていた。
このドレスはレンタル衣装なのだ。汚しでもしたら買上げを行わねばならなくなり、余計な出費を余儀なくされる。
このようなステージ衣装、普段着で身に着ける機会などそうない。
そうないというより絶対ないと断言できる。
自腹で買上げになりでもしたら、間違いなく箪笥の肥やしになってしまう。
しかし、もはやそれも已む無しと諦めることにする。
ドレスより、アイドル生命、いや女としての尊厳を守ることのほうが大事だ。
もはやヒールが折れようが構わぬ勢いで、小走りから全力疾走へとシフトチェンジする。
逃げる私に追うアインツさん達三名。
男性の速度に私が敵うはずもなく、徐々に距離は狭まってゆく。
そんな四者の構図が崩れたのは、直後のことだった。アインツ達の側面から、馬車周辺でも見かけた二本の角を頭に生やした着ぐるみが五体現れたからだ。
「アインツ将軍、食人鬼です!」
「五体だと!?くそっ!!」
連れ立っている兵士は慌てふためき、アインツも悪態を吐く。
着ぐるみは大きな棘付きの棍棒を振るい、アインツ達に襲い掛かっていった。
彼らは足を止めると着ぐるみに対し、戦う意思を示すように武器を抜く。
(やった!再びチャンスが到来したよ!)
私は脇目もふらず、彼らを置き去りに駆け出した。
恐らくマネージャーさんが、事情を汲んでディレクターに懇願し、エキストラをこちらに差し向けたのだろう。
(ありがとう 足立 さん!)
心の中で喝采をあげ尚ひた走ると、殺陣を繰り広げる彼らの姿は次第に遠くなっていき、やがて見えなくなった。
どれくらい走っただろう、やっと私は目的が達成できそうな場所に辿り着いた。
森の先の開けた場所に小さな丘があり、その丘に空洞があるのを発見したのだ。
(長い戦いだった。本当に険しい道のりだった)
私は感慨深げにほら穴を見つめる。
そうして周りに人が居ない事を注意深く確認してから、ほら穴に入った。
中は薄暗く、かなり奥まで続いているようだ。
灯りになるようなものを持っていない私は、あまり奥まで進まないよう注意し、
目的を果たすため腰を落とした。
───しばらくお待ち下さい───
ふぅ、なんて清々しい気分なのだろう。
こんなに爽快な気分は久しぶりだ。
ポケットにティッシュ忍ばせておいて良かった……。
どこか水場を探して、手を洗わなくちゃ。
そう考えて、ほら穴から外に出ようと歩き出すと入り口が閉じた。
「へ?」
一体何が起こったのだろう?
周囲に誰も居ないことを確認したのに、なぜ?
まさかこれもドッキリ用のセットだったとでもいうの!?
私は顔面を蒼白とさせる。
ま、まさか撮影されてた!?えええええええ!!
どうしよう!え?うそ?こんなに頑張ったのに?
終った……。
──藤崎かりんが入ったほら穴の正体。動物や人間、魔物が中に踏み入ると口を閉じ捕食する"洞窟擬態"と呼ばれる魔物だった。
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