君を知る前の僕には戻れない

にまる いお

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61話、誤解と理解

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翌日、成瀬は緊張で手汗をかきながら、財前グループの応接室で香澄を待っていた。

香澄が入ってきた時、いつものような穏やかな笑顔ではなく、どこかよそよそしい表情を浮かべていた。

「お疲れさま、成瀬くん。今日の打ち合わせの件ね」

「あ、はい……その前に……少しお時間をいただけませんか」

香澄は一瞬動きを止めたが、静かに椅子に座った。

「……この前のことなら、もう忘れて。私が勝手に境界を越えただけだから」

成瀬は慌てて首を振った。

「違います!俺……ちゃんと説明したくて……」

成瀬は深呼吸をして、香澄の目を見つめた。

「俺が『怖い』って言ったのは……香澄さん自身が怖いんじゃないんです」

香澄の表情が少しだけ変わる。

「香澄さんは令嬢で……すごく素敵で……俺なんかとは格が違いすぎて……そんな自分が情けなくて、怖かったんです」

成瀬の声が少し震えている。

「香澄さんは何も悪くないのに……俺の勝手な思い込みで傷つけて……本当にすみませんでした」

香澄は静かに成瀬を見つめていた。

「……格差、か」

「はい……俺、香澄さんのこと素敵だと思ってます。でも、釣り合わないって……」

香澄は小さくため息をついた。

「成瀬くん、私はそんなこと気にしたことないのに」

「……え?」

「私が好きになったのは、飾らない成瀬くんよ。格差なんて関係ない」

香澄の表情が少しずつ柔らかくなっていく。

「でも……気持ちは分かる。私も、いつも『すごい人』って言われるのに慣れてて……それが壁になるなんて、考えたことなかった」

成瀬は安堵の表情を浮かべた。

「香澄さん……」

「ありがとう、ちゃんと説明してくれて。誤解が解けてよかった」

香澄は自然な微笑みを浮かべた。今度は作り物ではない、本当の笑顔だった。

香澄は微笑んで立ち上がろうとした時、成瀬が慌てて声をかけた。

「待ってください!」

香澄が振り返ると、成瀬は真っ赤な顔で立ち上がっていた。

「俺……香澄さんの涙を見た時、初めて気づいたんです。失いたくないって」

香澄の目が大きく見開かれる。

「え……?」

成瀬は震える手を握りしめながら続けた。

「格差とか、怖いとか……そんなのより、香澄さんと一緒にいたい気持ちの方が強いんです!」

「成瀬くん……」

「俺、不器用だし、香澄さんに釣り合わないかもしれません。でも……でも、香澄さんの涙を見た時、守りたいって思ったんです!」

成瀬は一歩前に出る。

「だから……だから、俺と……付き合ってください!」

応接室に静寂が落ちる。夕日が窓から差し込んで、二人を優しく包んだ。

香澄の目に、今度は嬉し涙が浮かんでいた。

「……本当? 本当に私を失いたくないって思ってくれるの?」

「はい!香澄さんじゃなきゃダメです!」

成瀬の必死な声に、香澄はくすりと笑った。

「……ずるいわね。そんな風に言われたら、断れないじゃない」

「え……じゃあ……」

香澄はそっと成瀬の手を取った。

「はい。よろしくお願いします」

成瀬の顔が一気に明るくなる。

「本当ですか!? 本当に俺と……!?」

「ええ。でも条件があるの」

成瀬は慌てて身を乗り出した。

「なんでも!何でも言ってください!」

香澄は少しいたずらっぽく微笑んだ。

「格差なんて、もう気にしないこと。私はただの香澄よ」

成瀬は力強く頷いた。

「はい!絶対に!」

香澄の手がまだ成瀬の手を握っている。成瀬は顔を真っ赤にしながら、でも確かな幸せを感じていた。

「あの……香澄さん……いや……香澄ちゃん……?」

「ふふ、まだそれは恥ずかしいわ。もう少し慣れてからにしましょう」

夕日が二人の笑顔を金色に染めていた。応接室に響く二人の笑い声が、新しい恋の始まりを告げていた。
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