ラジオの中の届かなかった想い

にまる いお

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⑧ ラップと録音と、夜の声

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いつもどおりの軽快なトークが続く中、モニターに質問が映し出された。

「『月島さん、どうしても肌が乾燥しちゃうんですけど、何か対策とかしてますか?』」

悠はほんの一瞬だけ考え込み――すぐに、明るい調子を作って答えた。
「いやー、実は僕も乾燥肌で困ってるんですよ。だから最近、全身にラップ巻いて寝てます!」

スタジオが一瞬静まり返る。

「……」

井上が慌ててマイクをオンにした。
「ちょっと!リスナーさん、真に受けないでくださいね!絶対やっちゃダメだから!」

悠は大笑いしながら両手を振った。
「冗談です冗談!僕のこと信用しすぎないでください。普通に保湿クリーム塗って寝るのが正解ですから!」

「いや~ほんとね、悠さんの健康法は“8割冗談”で聞いてください」
「ひどいな井上さん!……でもまあ、確かにその通りかも」

スタジオに笑いが広がり、リスナーからも(笑)マークが次々と飛んできた。

けれど悠の胸の奥には、別の緊張が貼りついている。
(……笑ってなきゃいけない。誰かが聞いてる。あの人が)

作られた明るさのまま、次の投稿に目を移す。



「『月島さんの声って、本当に癒されますね。できれば、その声を録音して、いつでも聞きたいくらいです!』」

悠は一瞬、息を詰めた。
だがすぐに笑顔をつくり、わざと大げさに肩をすくめる。
「おお、録音ですか。いや~、そこまで言ってもらえるなんて嬉しいですね」

「でも、毎晩こうして生でお届けしてますから。それで我慢してくださいね」

井上が軽口をはさむ。
「いやでもね、正直、悠さんの声データ欲しいって人、結構いるんじゃないですか?」
「ちょ、井上さん!そういうこと言わないでくださいよ!変に期待させちゃうじゃないですか!」

「リスナーの皆さん、もし“悠ボイス目覚ましアプリ”とか出たら買います?」

スタジオは笑いに包まれる。悠も「やめてやめて!」と頭を抱えた。
だが心臓は、笑い声とは裏腹に、ずっと早鐘を打っていた。

(“録音していつでも聞きたい”……その言葉、あの人がどう受け取るか)

胸のざわめきを押し殺し、番組は進んでいった。



翌朝。マンションの郵便受けを開けると、白い封筒が一通。

(……まただ)

取り出すと、薄紙の封筒は夜露にわずかに湿っていた。
昨夜、遅くに入れられたのだろうか。

中には丁寧な文字で綴られた便箋。
そして、しおれかけた花びらが一枚、指先に落ちた。

『昨夜の放送も素敵でした。
「声を録音したい」というリスナーの気持ち、とてもよくわかります。
でも、あなたの声は僕だけのものであってほしい。
他の人に優しくしているのを見ると、どうしても嫉妬してしまうんです。
もっと僕だけを見つめていてくれませんか?』

悠の背筋に、冷たいものが走る。

(……やっぱり、聞いてる)
昨日の軽口すら、すぐに歪められて返ってきた。

ほんの一握りのリスナーとの楽しいやり取りが、
誰かにとっては“独占の宣言”に変換される。

声は、人をつなぐためのもの。
けれど今、その声が――誰かを狂わせている。



その夜の放送。
悠は努めて明るい調子を保ちながら、マイクに向かった。

「今夜もたくさんのメッセージありがとうございます。一通一通、大切に読ませてもらってます」

声はどこか硬い。

モニターに映った次の投稿に目が止まる。
「『最近の放送、ちょっと緊張しているように聞こえます。無理しないでくださいね。私たちは、月島さんが元気でいてくれることが一番嬉しいんです』」

差出人は「四葉のクローバーさん」。
いつも温かいメッセージをくれる常連だった。

「……ありがとうございます、四葉のクローバーさん。そうですね、少し疲れてたのかもしれません。でも、こうして励ましていただけると、また頑張れます」

井上がにこやかに言う。
「悠さん、ほんとに支えられてますね」
悠はうなずいた。
「ええ。本当にそう思います」

言葉にしながら、必死に自分を奮い立たせる。

けれど心の奥底には――
“声”が人を狂わせるという現実が、重く沈んでいた。



放送を終え、夜道を歩く。
街灯の下、足音が背後にかすかに重なる気がして振り返る。
そこには誰もいない。

(……幻聴か、いや)

心臓が脈打つ。
昨夜の手紙はただの郵便受け。
だが確かに、夜更けに誰かが建物に入った証。

作り笑いの仮面を外した瞬間、悠の歩みは早くなる。
ラジオの温かさと、忍び寄る影――その狭間で、彼の心は張り裂けそうに揺れていた。
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