ラジオの中の届かなかった想い

にまる いお

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⑥ はじまりのマイク

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「夜の住人」の件で警察に相談してから数日が経った。パトロールが強化され、幸い新たな接触はなかったものの、悠の心にはまだ小さな不安が残っていた。

そんな中、悠のもとに一通の丁寧な手紙が届いた。差出人欄には「葉月みどり」と記されている。

見覚えのある名前に、悠は思わず目を見開いた。

「まさか...あのみどりか?」



手紙には、文化交流イベントの一環として行われる「高校生向けラジオ体験セッション」への参加依頼が書かれていた。
地元の高校放送部が企画したイベントで、参加者は放送部員と一部の関係者に限定される少人数制。プロのラジオパーソナリティによる実演と交流を通じて、高校生たちに放送の魅力を伝えたいという内容だった。

悠は少し迷った。「夜の住人」の件があったばかりで、人前に出るのはリスクがあるかもしれない。
だが、「葉月みどり」という名前が気になって仕方がなかった。もし同級生なら...

悠は井上に相談した上で、校舎内外に数名の警備員を配置し、出入り口を制限するなど安全対策を徹底することを条件に参加を決めた。



イベント当日。
悠は正門からではなく、職員通用口から校舎に案内された。
「今日は念のため、正門は施錠し、生徒と関係者は通用口からのみ出入りすることにしました」

井上の説明に、悠は小さく頷いた。

廊下を歩くと、要所ごとに立っている警備員の姿が目に入る。
普段の学校には似つかわしくない光景に、悠はわずかに肩を強張らせた。

応接室を訪れると、ドアがノックされた。

「失礼します。放送部の顧問をしている葉月です。今日はお忙しい中、本当にありがとうございます」

現れたのは、セミロングの黒髪をすっきりまとめた落ち着いた雰囲気の女性だった。その声を聞いて、悠は確信した。

「やっぱり、みどりだったんだね」

女性——みどりは、ふっと目元を緩めて微笑んだ。

「やっぱり気づいた?久しぶりね、悠くん」

「びっくりしたよ。まさか君が顧問をしてるなんて」

みどりは悠の高校時代の同級生で、当時の放送部の副部長でもあった。二人は同じマイクの前に立ち、数えきれない放送を共にした仲だった。

「悠くんの活躍、ずっと聴いてるよ。昔と変わらない、優しい声」

その言葉に、悠は少し照れたように笑った。胸の奥に、懐かしい想いがよみがえる。

「それで、今日の生徒たちは?」

「とても熱心な子たちよ。特に一人、すごく真剣に放送に取り組んでる子がいるの。きっと悠くんの話、喜んでくれると思う」



放送室に案内されると、三人の女子高生が緊張した様子で待っていた。

「こんにちは!今日はよろしくお願いします!」

一番明るい声で挨拶したのは黒崎つばさ。ショートカットで人懐っこい笑顔が印象的だ。

「よろしくお願いします」

少し控えめに挨拶したのは成宮さち。ふわっとしたボブヘアで、緊張しているのがよく分かる。

「今日は...本当にありがとうございます」

最後に挨拶した一ノ瀬すずりは、長い黒髪をきれいにまとめていたが、その声は明らかに震えていた。

すずりの心臓は激しく鐘を打っていた。

(あの声の主が、目の前にいる...!)

廃校の放送室で何度も聴いた、あの優しい声。月島悠本人が、今、目の前にいる。でも、そのことは絶対に言えない。どうしよう、緊張で声が出なくなりそう。

でも、この機会を逃すわけにはいかない。憧れの人に、どうしても聞きたいことがたくさんあるのだから。



体験セッションが始まった。悠は丸テーブルを囲むように設置されたマイクの前に座り、隣にはすずり、向かいにさちとつばさが座った。

「緊張する?」悠がすずりに声をかけると、すずりは小さく頷いた。

「大丈夫、君たちの言葉でいいんだよ」

その優しい声に、すずりの胸が熱くなった。あの廃校で聴いた声と同じ。温かくて、包み込むような声。

実演が始まると、つばさが元気よく口を開いた。

「今日は特別ゲストとして、ラジオパーソナリティの月島悠さんをお迎えしています!」

悠が軽く手を振りながら答える。

「こんにちは!高校生の放送部...未来のライバルたちかな?」

その軽妙な言葉に、三人の緊張が少しほぐれた。

「全校生徒から集めた『好きな言葉』を紹介していきます」

悠がいくつかのメッセージを選び、丁寧に、時にユーモラスに読み上げていく。その姿を見つめながら、すずりは思わず見入ってしまった。

(やっぱり、素敵な人だ...)



体験セッション後、控室で悠が生徒たちに声をかけた。

「放送部の活動はどう? 大変?」

「今度『ラ杯』の地区予選に参加するんです!」つばさが目を輝かせて答える。

「ラジオ杯全国高校放送コンテストね。通称ラ杯、すごいじゃない」

さちが続けて質問した。

「月島さん、緊張とかしないんですか?今日もすごく自然で...」

「いや、実は最初の頃はすごく緊張してたよ。でも、リスナーと一緒に作る番組だって思うようになってから、自然体でいられるようになったかな」

すずりは内心で葛藤していた。聞きたいことがたくさんあるのに、どこまで質問していいのか分からない。でも、この機会を逃したら...

意を決して、すずりが口を開いた。

「月島さんは、どうしてラジオを始めたんですか?」

悠は少し目を細めて答えた。

「僕がラジオを好きになったのは、高校時代に自分たちで作った放送がきっかけだったんだ。声だけで誰かの心に届くって、すごいことだなって思ってね。それが今こうして仕事になってるんだから、不思議なものだよ」

すずりの心が震えた。高校時代の放送。もしかして、あの廃校での録音のことを言っているのかもしれない。

「私も...」すずりが小さく呟いた。
「私も、月島さんのラジオに元気をもらったことがあります」

その言葉に、悠は少し驚いたような表情を見せた。

「ありがとう。そう言ってもらえると、この仕事をやってて良かったなって思える」



帰り際、三人が去ろうとした時、すずりが振り返った。

「月島さん...もしよろしければ、また私たちの放送を聞いてもらえませんか?まだまだ未熟ですけど、いつか月島さんみたいに、誰かの心に届く放送ができるようになりたいんです」

その真剣な眼差しに、悠は心を動かされた。

「もちろん。君たちならきっと素晴らしい放送を作れると思う。その夢、絶対に諦めないでね」

三人が去った後、みどりが悠の隣に立った。

「どうだった?」

「すごく真っ直ぐな子たちだね。特にすずりちゃんは...何か特別な想いを持ってる気がした」

みどりは微笑んだ。

「そうね。あの子、本当に放送が好きなの。きっと悠くんの言葉、心に響いたと思う」

悠は窓の外を見つめた。もしかしたら、未来のどこかで同じマイクの前に立つ日が来るかもしれない。
そのとき彼女たちは、どんな言葉を紡ぐのだろう。

そして、自分はまた、誰かの心に届く声を出し続けられるのだろうか。

「夜の住人」のことで不安を抱えていた心は、ほんの少し軽くなった。
だが校庭の門の外、見知らぬ視線が潜んでいるかもしれない──
その思いだけは、拭い去ることができなかった。
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