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離宮2
ギュンターと壊れたグレン
国王は女好きで側室が多かった。
しかし、子供はグレンしかいなかった。種が薄かったのかもしれない。後から見つかった兄弟もアンフェールのみだ。
側室が多かった――はずなのだが。
王の死後、後宮の女の数が減っていた。一人や二人じゃない。出入記録と照らし合わせても数が合わないのだ。
消えた側室がどこへ行ったのかは未だにわかっていない。アンフェールの母も行方不明だ。
そんな側室の多い好色王だけあって、女のトラブルも多かった。それに巻き込まれたのがグレンだ。
七歳になり、マーヤから離されたグレンは後宮の敷地内にある王子宮に移された。帝王学を本格的に受けるためだ。
護衛だったギュンターは当時、王子宮に部屋を与えられていなかったので通いだった。
朝から夕方までの勤務だ。目の届かない時間も多かった。
ある日の夕食前の時間。
一緒に食事をとると約束していたグレンは、約束の時間になっても部屋に戻って来なかった。しばらく待てども一向に来る気配が無い。
いつも夕方になると帰ってしまうギュンターと、食事を共に出来るなんて――と、この約束をグレンは楽しみにしてくれていた。
帰りたくないのだが、規定時間を過ぎると使用人の女どもに追い出されていたのだ。
今日は特別だった。グレンの誕生日だから、と主張して居残りを取り付けたのだ。
遅れるなら、誰かに伝言を頼みそうなものだが、そういったものすら来る気配が無かった。
嫌な予感がした。
何がそう感じさせたのか分からない。とにかくグレンに良くない事が起きたのではないか、と胸騒ぎが止まらなかった。
こんな感覚は戦場ではよく経験したものだった。
それを安全なはずの王子宮で感じるなんて。
(安全なはず? はっ……そりゃあ外敵からはそうだろうよ。前々からここの女どもは胡散臭かったじゃねぇか)
ギュンターはすぐに部屋から出た。
グレンの姿を探して王子宮の扉を片っ端から開けていく。
途中、使用人の女どもから睨まれたり絡まれたりしたが、とりあえず睨みつければ黙ったので無視した。こういう時に凶悪な面相だと効率がいい。
そうしているうちに、廊下を走る使用人の姿が目に入った。
使用人とはいえ貴族の女だ。廊下を走るなどはしたないとか言う女が走っているという事は何かある。
ギュンターは後を追い、その女を捕まえた。
「おい」
「ヒッ……! 知らない……私何も知らない……」
分かりやすく知っている反応だ。ギュンターは思わず笑みがこぼれた。
但し、貴族のご令嬢として育ってきたなら震えあがるであろう、悪人の笑いだ。
「折るならどちらからがいい? 右か? 左か?」
ギュンターは分かりやすく、押さえつける女の手首に力を入れた。
ギュンターは躊躇わない。脅しでなくどこまで折ったら話すだろうか、と考えている。
頭の悪い女から早く情報を引き出すには、このやり方が手っ取り早い。この手の女は、口でのやり取りではぐちぐちとよく分からない事を言い、時間を引き延ばそうとしてくるのだ。
「いっ、言います……! 折らないで!!」
女は気持ちが折れるのも早かった。
「お前の顔は覚えた。嘘偽りを教えてくるなら相応の覚悟をしろ。私の名はギュンター。勿論知っているだろう?」
「は……はい。嘘偽りは申しません!」
ギュンターは騎士団団長をしていた時代『白銀の餓狼』という二つ名を付けられていた。
戦場の猛攻からついた名前だったが、同時に拷問の際に躊躇が無いという残虐性もその名前に乗って有名になってしまった。
仕事に対して真摯に向かっていただけなのだが――と当時ギュンターは不服に思っていた。
しかし、名乗ると余程の事が無い限り、相手は素直に話を聞かせてくれるという事に気がついたので、なかなか便利なものだと今は思っている。
「グレン……様……」
「ギュンタ……」
ギュンターは女の白状した部屋に踏み込んだ。
そこは見るからに折檻部屋だった。
その部屋でグレンはぐったりと床に横たわっていた。どう見ても異常がある様子に、駆け付けたギュンターの血の気は引いた。
全裸に布が一枚掛けてあるだけだ。布はやや湿っている。身体は乾いていたものの髪は若干濡れていた。脇にバケツが転がっているから水を掛けられたのかもしれない。
グレンの顔は真っ青で、触れれば死体の様に冷たかった。
『――乾燥――』
慌てて乾かし、ギュンターは己の上着のボタンを全て外し、胸と腹を露出させてからグレンを抱き込んだ。マントを外しその上から包むようにする。
グレンはギュンターの顔を見て安心したのか寝落ちてしまった。
ギュンターは通信の魔道具を使い、救援を呼ぶ。
腕の中のグレンは、呼吸も浅く弱弱しい。
幼い子供が水を掛けられて裸で放置されるなんて考えられない。一体、王子宮の使用人は何をしているのか。
(いや。何もしない、という選択をしたんだな。……チッ、胸糞悪ィ)
先程捕まえた女だけでない。
こんな所にこんな状態で放置されているのは使用人も知っての上で、という事だ。
でないとおかしい。宮の主がいないのだから普通探すだろう。
ギュンターは部屋を見回す。
上部に小さな明り取りの窓があるだけ。打ちっぱなしの床と壁。壁と天井にはフックのみがある。ここに手枷足枷が常設されていれば立派な拷問部屋だ。
取りつけてないのは部外者に見られても言い訳が利くように、という事だろう。
よく見ればフックに繊維片が付いている。という事は取り外し可能な枷が使われているという事だ。
グレンはこの部屋で何をされていたのか。
ギュンターは顔を歪めて強く奥歯を噛む。一応身体は確認したものの、特に残る様な古傷も出血も無かった。
ギュンターは本能的に王子宮の使用人たちに違和感を持っていた。ギュンターの前で何をするという訳では無いが、以前からグレンに対する目に温かな温度を感じなかったのだ。
ここにグレンは置いていけない。ギュンターは決意し、そのままグレンをマーヤの住む屋敷に連れて帰った。
すぐに宰相エックハルトに連絡をし、療養という形でグレンをマーヤの屋敷に匿う許可も得た。
王子宮での帝王教育は必須という事で、エックハルトに直訴し、王子宮のグレンの部屋の隣に自室を用意させた。
護衛であるギュンターの出来る事と言えばグレンを守る事だけ。幼いうちは絶対に目を離さないとギュンターは誓った。
調査の結果は翌日出た。グレンは使用人の女どもからイジメを受けていた事が分かった。予想通りだ。
使用人とは言え王の側室が連れてきた連中だ。身分も派閥もある。
グレンの母親は正妃だったが、彼女の元の身分は低く、侮られていた。
その上彼は王妃によく似ていた。唯一子を成した王妃に対する女達の嫉妬は強かったのだろう。
翌々日にはグレンをこの状態にした実行犯の女を捕らえた。
『教育係の女』だ。
「――だってあの下女の子供が、王子宮の主なんておかしいですわ。私は間違いを正そうとしたのです。
私が正しいから、皆協力してくれたのですわ。間違っていたら、誰も手を貸そうとはしないでしょう?
ですから、正しいのです。正義なのです。
貴方、知ってて?
あの穢れた子供は鞭を打っても泣きもしませんの。本当に可愛げがないったら。だから誰からも愛されないんだわ。
皆、あんな子いなくなってしまえば良いって。ふふ。いなくなったらさすがの国王陛下も、子づくりに熱心になって下さるって。そう言ってますの。
あの日も教育指導の後、わざわざ『治癒』を掛けて差し上げましたのに、起きようとしなくて。
さっぱり反応が無いから、気付けに水を掛けたんですの。そうしたら、目を覚ましましたわ。
そこまでしないと起きないなんて、本当に手間がかかる子。
私がそこまでして差し上げたのに、立ち上がりもしないで、礼すら言いませんの。
立つように言ったら『さむい』としか返事をしませんでしたわ。
懲罰ものですわよね。
でも私も教育指導で疲れていましたし、明日でいいわと切り上げましたわ。
寒いとおっしゃるから優しさで拭き布を投げ渡して差し上げましたのに。
拭きもせず、部屋にも戻らず、怠惰に寝たままだったなんて。本当に愚鈍で嫌になるわ」
女は『自白』を掛けられて、楽し気にペラペラと話した。
この女は教育という名のもと、些細な事で罰だといってグレンの服を脱がせ、その身体に鞭を打っていた。一度や二度でない。常習的にだ。
特に、性器に対する害意が激しかった。そこに鞭が向いたのはグレンの生殖機能を害したい、という意識だ。
女は散々鞭を打ち、あるかどうかも分からない――というか無いだろう罪に対し、謝罪させてから『治癒』を施していた。
傷が残ればバレる事だ。一々治されていたせいで発見が遅れたのだ。
女の醜悪な表情に、正直吐き気がした。
(この女も、命じた相手も殺してやりたい……!!)
ギュンターはその時冷静でいられなかった。よく手が出なかったと思う。それもこれも主犯を聞き出したいからだ。
必死で耐えたというのに、命じた相手を聞き出そうとしたところで女に自害されてしまった。そういう契約魔術が施されていたのかもしれない。
死んだ女の遺体は壊すつもりで何度も蹴った。
天国になど行かさない。地獄に堕としてやりたい。
綺麗な身体で送らないとないと『天界の門』をくぐれない――この国のクソッタレな宗教観だ。復讐の殺意はそんな宗教観に縋った。
教会では肉体の損壊部分を石膏で補完すると城にいる神父から聞いた。これだけ壊せば棺には本人かどうかも分からない石膏像が収まるんだろう。
だというのに、気分は晴れない。女の顔面が拉げても怒りが収まらない。
本人確認が取れないほど壊すなと上から叱られたが、後悔はしていない。
後悔するとしたら、あの女が生きているうちに殺さない程度に殴っておけばよかったという事位だ。
発見から三日後、眠り続けたグレンが目を覚ました。
グレンは身体が上手く動かなくなっていた。外傷はなく、内臓も問題ない。精神的なものだ、と医者は言っていた。
医者からはしばらく介助が必要だと言われた。ギュンターはどこまでもグレンの世話をしようと思った。
部屋で横たわり休むグレンを治療に連れていく為、抱き上げようとする。そのギュンターをグレンは手で制し、拒んだ。
「ギュンター、抱っこはいりません」
「何をおっしゃるのです、グレン様。まだお身体が……」
グレンはベッドから降り、フラフラしながら自分の脚で立った。
それでも不安定でカクリと膝が曲がる。慌ててギュンターはグレンを支えた。
「大丈夫です、ギュンター。触れないでください……」
「しかし、ふらついています。危ないです」
「自分で立たなければ……」
「グレン様!」
「私はとても汚いと……自分の事は自分でしなければ……」
ギュンターはグレンの言葉に息を飲んだ。よく見ればグレンの目は虚ろで、発した言葉もうわ言のようだった。
これはきっとグレンが日頃ギュンターに隠していた部分だ。このままではいけない、とグレンの抵抗を無視して、無理やり抱きあげた。
グレンは、身体をギュッと縮こませて、何度も「ごめんなさい」と口にしていた。
グレンが王子宮に入って一年。
こんなに幼い彼が、自分の身体を『汚い』と『醜い』と言うのだ。どれだけの言葉の暴力を浴びせられたのか。
無い『罪』を謝罪させられ続けたせいで、自罰的な考え方に陥りやすくなったらしい。『ありがとう』より『ごめんなさい』を口にする事が多くなってしまった。
愛らしい、天使のようなグレンが、羽をむしられてしまったように感じた。
痛ましさが見ていてとても辛い。
ギュンターの心をギュッと締め付けるのだ。
何故ここまでの状態になるまで気がつかなかったと、ギュンターは己を何度も責めた。
グレンは幼いのに聡い子供だった。
自分の立場をよく理解していた。――帝王教育は受けないといけない。母の身分も低く、後ろ盾が弱い自分は、自力である程度戦わないといけない。ギュンターに自分の状況を知られたくない。心配をかけるまい――と。
その優秀さが、良くない方向で発揮されてしまった。ギュンターは本当に欺かれてしまった。発見の時まで、グレンはいつもと変わらないように振舞っていた。
今は大分回復してきたとはいえ、心の問題だ。グレンの心が完全に治るという事は無いのだ。
それを考えただけでギュンターの心は殺意に満ちる。
(あのクソ女め……。殺してやりたい)
教育係はミセス・ガーベラの派閥の人間だった。
あの虐待行為だってミセス・ガーベラの命令だろう、とギュンターは未だに思っている。
しかし、子供はグレンしかいなかった。種が薄かったのかもしれない。後から見つかった兄弟もアンフェールのみだ。
側室が多かった――はずなのだが。
王の死後、後宮の女の数が減っていた。一人や二人じゃない。出入記録と照らし合わせても数が合わないのだ。
消えた側室がどこへ行ったのかは未だにわかっていない。アンフェールの母も行方不明だ。
そんな側室の多い好色王だけあって、女のトラブルも多かった。それに巻き込まれたのがグレンだ。
七歳になり、マーヤから離されたグレンは後宮の敷地内にある王子宮に移された。帝王学を本格的に受けるためだ。
護衛だったギュンターは当時、王子宮に部屋を与えられていなかったので通いだった。
朝から夕方までの勤務だ。目の届かない時間も多かった。
ある日の夕食前の時間。
一緒に食事をとると約束していたグレンは、約束の時間になっても部屋に戻って来なかった。しばらく待てども一向に来る気配が無い。
いつも夕方になると帰ってしまうギュンターと、食事を共に出来るなんて――と、この約束をグレンは楽しみにしてくれていた。
帰りたくないのだが、規定時間を過ぎると使用人の女どもに追い出されていたのだ。
今日は特別だった。グレンの誕生日だから、と主張して居残りを取り付けたのだ。
遅れるなら、誰かに伝言を頼みそうなものだが、そういったものすら来る気配が無かった。
嫌な予感がした。
何がそう感じさせたのか分からない。とにかくグレンに良くない事が起きたのではないか、と胸騒ぎが止まらなかった。
こんな感覚は戦場ではよく経験したものだった。
それを安全なはずの王子宮で感じるなんて。
(安全なはず? はっ……そりゃあ外敵からはそうだろうよ。前々からここの女どもは胡散臭かったじゃねぇか)
ギュンターはすぐに部屋から出た。
グレンの姿を探して王子宮の扉を片っ端から開けていく。
途中、使用人の女どもから睨まれたり絡まれたりしたが、とりあえず睨みつければ黙ったので無視した。こういう時に凶悪な面相だと効率がいい。
そうしているうちに、廊下を走る使用人の姿が目に入った。
使用人とはいえ貴族の女だ。廊下を走るなどはしたないとか言う女が走っているという事は何かある。
ギュンターは後を追い、その女を捕まえた。
「おい」
「ヒッ……! 知らない……私何も知らない……」
分かりやすく知っている反応だ。ギュンターは思わず笑みがこぼれた。
但し、貴族のご令嬢として育ってきたなら震えあがるであろう、悪人の笑いだ。
「折るならどちらからがいい? 右か? 左か?」
ギュンターは分かりやすく、押さえつける女の手首に力を入れた。
ギュンターは躊躇わない。脅しでなくどこまで折ったら話すだろうか、と考えている。
頭の悪い女から早く情報を引き出すには、このやり方が手っ取り早い。この手の女は、口でのやり取りではぐちぐちとよく分からない事を言い、時間を引き延ばそうとしてくるのだ。
「いっ、言います……! 折らないで!!」
女は気持ちが折れるのも早かった。
「お前の顔は覚えた。嘘偽りを教えてくるなら相応の覚悟をしろ。私の名はギュンター。勿論知っているだろう?」
「は……はい。嘘偽りは申しません!」
ギュンターは騎士団団長をしていた時代『白銀の餓狼』という二つ名を付けられていた。
戦場の猛攻からついた名前だったが、同時に拷問の際に躊躇が無いという残虐性もその名前に乗って有名になってしまった。
仕事に対して真摯に向かっていただけなのだが――と当時ギュンターは不服に思っていた。
しかし、名乗ると余程の事が無い限り、相手は素直に話を聞かせてくれるという事に気がついたので、なかなか便利なものだと今は思っている。
「グレン……様……」
「ギュンタ……」
ギュンターは女の白状した部屋に踏み込んだ。
そこは見るからに折檻部屋だった。
その部屋でグレンはぐったりと床に横たわっていた。どう見ても異常がある様子に、駆け付けたギュンターの血の気は引いた。
全裸に布が一枚掛けてあるだけだ。布はやや湿っている。身体は乾いていたものの髪は若干濡れていた。脇にバケツが転がっているから水を掛けられたのかもしれない。
グレンの顔は真っ青で、触れれば死体の様に冷たかった。
『――乾燥――』
慌てて乾かし、ギュンターは己の上着のボタンを全て外し、胸と腹を露出させてからグレンを抱き込んだ。マントを外しその上から包むようにする。
グレンはギュンターの顔を見て安心したのか寝落ちてしまった。
ギュンターは通信の魔道具を使い、救援を呼ぶ。
腕の中のグレンは、呼吸も浅く弱弱しい。
幼い子供が水を掛けられて裸で放置されるなんて考えられない。一体、王子宮の使用人は何をしているのか。
(いや。何もしない、という選択をしたんだな。……チッ、胸糞悪ィ)
先程捕まえた女だけでない。
こんな所にこんな状態で放置されているのは使用人も知っての上で、という事だ。
でないとおかしい。宮の主がいないのだから普通探すだろう。
ギュンターは部屋を見回す。
上部に小さな明り取りの窓があるだけ。打ちっぱなしの床と壁。壁と天井にはフックのみがある。ここに手枷足枷が常設されていれば立派な拷問部屋だ。
取りつけてないのは部外者に見られても言い訳が利くように、という事だろう。
よく見ればフックに繊維片が付いている。という事は取り外し可能な枷が使われているという事だ。
グレンはこの部屋で何をされていたのか。
ギュンターは顔を歪めて強く奥歯を噛む。一応身体は確認したものの、特に残る様な古傷も出血も無かった。
ギュンターは本能的に王子宮の使用人たちに違和感を持っていた。ギュンターの前で何をするという訳では無いが、以前からグレンに対する目に温かな温度を感じなかったのだ。
ここにグレンは置いていけない。ギュンターは決意し、そのままグレンをマーヤの住む屋敷に連れて帰った。
すぐに宰相エックハルトに連絡をし、療養という形でグレンをマーヤの屋敷に匿う許可も得た。
王子宮での帝王教育は必須という事で、エックハルトに直訴し、王子宮のグレンの部屋の隣に自室を用意させた。
護衛であるギュンターの出来る事と言えばグレンを守る事だけ。幼いうちは絶対に目を離さないとギュンターは誓った。
調査の結果は翌日出た。グレンは使用人の女どもからイジメを受けていた事が分かった。予想通りだ。
使用人とは言え王の側室が連れてきた連中だ。身分も派閥もある。
グレンの母親は正妃だったが、彼女の元の身分は低く、侮られていた。
その上彼は王妃によく似ていた。唯一子を成した王妃に対する女達の嫉妬は強かったのだろう。
翌々日にはグレンをこの状態にした実行犯の女を捕らえた。
『教育係の女』だ。
「――だってあの下女の子供が、王子宮の主なんておかしいですわ。私は間違いを正そうとしたのです。
私が正しいから、皆協力してくれたのですわ。間違っていたら、誰も手を貸そうとはしないでしょう?
ですから、正しいのです。正義なのです。
貴方、知ってて?
あの穢れた子供は鞭を打っても泣きもしませんの。本当に可愛げがないったら。だから誰からも愛されないんだわ。
皆、あんな子いなくなってしまえば良いって。ふふ。いなくなったらさすがの国王陛下も、子づくりに熱心になって下さるって。そう言ってますの。
あの日も教育指導の後、わざわざ『治癒』を掛けて差し上げましたのに、起きようとしなくて。
さっぱり反応が無いから、気付けに水を掛けたんですの。そうしたら、目を覚ましましたわ。
そこまでしないと起きないなんて、本当に手間がかかる子。
私がそこまでして差し上げたのに、立ち上がりもしないで、礼すら言いませんの。
立つように言ったら『さむい』としか返事をしませんでしたわ。
懲罰ものですわよね。
でも私も教育指導で疲れていましたし、明日でいいわと切り上げましたわ。
寒いとおっしゃるから優しさで拭き布を投げ渡して差し上げましたのに。
拭きもせず、部屋にも戻らず、怠惰に寝たままだったなんて。本当に愚鈍で嫌になるわ」
女は『自白』を掛けられて、楽し気にペラペラと話した。
この女は教育という名のもと、些細な事で罰だといってグレンの服を脱がせ、その身体に鞭を打っていた。一度や二度でない。常習的にだ。
特に、性器に対する害意が激しかった。そこに鞭が向いたのはグレンの生殖機能を害したい、という意識だ。
女は散々鞭を打ち、あるかどうかも分からない――というか無いだろう罪に対し、謝罪させてから『治癒』を施していた。
傷が残ればバレる事だ。一々治されていたせいで発見が遅れたのだ。
女の醜悪な表情に、正直吐き気がした。
(この女も、命じた相手も殺してやりたい……!!)
ギュンターはその時冷静でいられなかった。よく手が出なかったと思う。それもこれも主犯を聞き出したいからだ。
必死で耐えたというのに、命じた相手を聞き出そうとしたところで女に自害されてしまった。そういう契約魔術が施されていたのかもしれない。
死んだ女の遺体は壊すつもりで何度も蹴った。
天国になど行かさない。地獄に堕としてやりたい。
綺麗な身体で送らないとないと『天界の門』をくぐれない――この国のクソッタレな宗教観だ。復讐の殺意はそんな宗教観に縋った。
教会では肉体の損壊部分を石膏で補完すると城にいる神父から聞いた。これだけ壊せば棺には本人かどうかも分からない石膏像が収まるんだろう。
だというのに、気分は晴れない。女の顔面が拉げても怒りが収まらない。
本人確認が取れないほど壊すなと上から叱られたが、後悔はしていない。
後悔するとしたら、あの女が生きているうちに殺さない程度に殴っておけばよかったという事位だ。
発見から三日後、眠り続けたグレンが目を覚ました。
グレンは身体が上手く動かなくなっていた。外傷はなく、内臓も問題ない。精神的なものだ、と医者は言っていた。
医者からはしばらく介助が必要だと言われた。ギュンターはどこまでもグレンの世話をしようと思った。
部屋で横たわり休むグレンを治療に連れていく為、抱き上げようとする。そのギュンターをグレンは手で制し、拒んだ。
「ギュンター、抱っこはいりません」
「何をおっしゃるのです、グレン様。まだお身体が……」
グレンはベッドから降り、フラフラしながら自分の脚で立った。
それでも不安定でカクリと膝が曲がる。慌ててギュンターはグレンを支えた。
「大丈夫です、ギュンター。触れないでください……」
「しかし、ふらついています。危ないです」
「自分で立たなければ……」
「グレン様!」
「私はとても汚いと……自分の事は自分でしなければ……」
ギュンターはグレンの言葉に息を飲んだ。よく見ればグレンの目は虚ろで、発した言葉もうわ言のようだった。
これはきっとグレンが日頃ギュンターに隠していた部分だ。このままではいけない、とグレンの抵抗を無視して、無理やり抱きあげた。
グレンは、身体をギュッと縮こませて、何度も「ごめんなさい」と口にしていた。
グレンが王子宮に入って一年。
こんなに幼い彼が、自分の身体を『汚い』と『醜い』と言うのだ。どれだけの言葉の暴力を浴びせられたのか。
無い『罪』を謝罪させられ続けたせいで、自罰的な考え方に陥りやすくなったらしい。『ありがとう』より『ごめんなさい』を口にする事が多くなってしまった。
愛らしい、天使のようなグレンが、羽をむしられてしまったように感じた。
痛ましさが見ていてとても辛い。
ギュンターの心をギュッと締め付けるのだ。
何故ここまでの状態になるまで気がつかなかったと、ギュンターは己を何度も責めた。
グレンは幼いのに聡い子供だった。
自分の立場をよく理解していた。――帝王教育は受けないといけない。母の身分も低く、後ろ盾が弱い自分は、自力である程度戦わないといけない。ギュンターに自分の状況を知られたくない。心配をかけるまい――と。
その優秀さが、良くない方向で発揮されてしまった。ギュンターは本当に欺かれてしまった。発見の時まで、グレンはいつもと変わらないように振舞っていた。
今は大分回復してきたとはいえ、心の問題だ。グレンの心が完全に治るという事は無いのだ。
それを考えただけでギュンターの心は殺意に満ちる。
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