エンシェントドラゴンは隠れ住みたい

冬之ゆたんぽ

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離宮2

ギュンターとエックハルト/ザシャとミセス・ガーベラの謀略

(グレン様……)

 ギュンターは大切な主を思い浮かべる。
 あれから彼は何度も暗殺されかかった。ギュンターはそれを都度撃退し、彼を守り抜いたのだ。
 そんな厄介な暗殺者も、前国王が亡くなってからピタリと来なくなった。王の子はグレンしかいなかったからだ。

 七年。長いようで短い平和な時間だった。

 アンフェールが見つかった事により、条件は変わった。
 王の血を持つ者は二人になった。
 しかもアンフェールの方が血筋が良く、魔力も強い。幼いから懐柔しやすく、見目も良いから神輿として使いやすい。

 この国は長子継承制を採っている。
 何事もなければ決まりによってグレンが王位につく。
 アンフェールを王に、と狙う勢力が出来上がれば当然長子であるグレンの存在は邪魔になる。再び彼の命が狙われ始めるかもしれない。
 グレンの周囲はそれを恐れていた。
 だから、グレンが王位につくまでアンフェールの存在を隠す事にしたのだ。

 今の所、離宮に入り込んだミセスガーベラが、アンフェールの事を吹聴して回る様子はない。
 だからアンフェールの存在は外部に漏れていない。向こうは向うで漏らさない事に何か狙いがあるのかもしれないが、その理由は分からない。

 今後の事を考える。

 グレンが王位を継承し、アンフェールが王弟として臣下の位置につくのが一番望ましいパターンだ。
 逆にアンフェールが王に、という事になれば、グレンの立場は厳しくなってしまう。
 もしかしたら、災いの目は潰すとばかりに始末されてしまうかもしれない。
 いや、確実に殺しに来るだろう。
 母親の身分が低いグレンを、蹴落とそうとする権威主義者は多いのだ。

(グレン様は勿論、アンフェール殿下もお守りしたい。……ゆくゆくはご兄弟、仲良く幸せな時間が過ごせたら)

 思い出すのはいつも『ぎゅんた、おにいさまして!』と言ってしがみ付いてくる幼子の姿だ。
 ギュンターは、小さなモミジの手を思い出してジンと痛む目頭を抑えた。歳のせいかすっかり涙もろくなってしまった。


 トントンとノックの音がする。

 
 その音で現実に引き戻されたギュンターは、長椅子から身を起して室内へ戻った。
 訪れたのはギュンターの乳兄弟である宰相エックハルトだった。
 城にいた頃、彼はしょっちゅうギュンターの部屋へ来ていた。息抜きだ、と言っていた。離宮と城は少し距離がある。息抜き感覚では来る事が出来ないんだろう。
 離宮に来てからは初めての訪れだった。

 ギュンターはいつも通り、エックハルト好みの茶葉で紅茶を淹れて、数滴ブランデーを垂らした。彼のお気に入りの飲み方だった。
 テーブル席に着座している彼の前に紅茶を置くと、数口くちづけて、懐かしそうに相好を崩した。
 ギュンターも向かいの席に座る。

「最近は忙しいのか? エックハルト」
「ああ。暇ならもっと、お前に会いに来ている」

 そう言ってエックハルトはぐっと眉を寄せた。
 会えない事に不満を感じているらしい乳兄弟の様子に、ギュンターは笑いそうになってしまい、いけないいけないと口元を引き締めた。

 現在この国の王は女王陛下だ。殺害されたグレンの父親の妹に当たる。中継ぎの王である。
 王となる予定も無かった彼女はお飾りだ。仕事は夫であるエックハルトをはじめ、周囲を優秀なもので固めて回している状態だ。
 彼女は中継ぎであることを十分理解し、年若いグレンの為にその椅子に座ってくれている。グレンが育てば早々に退いてしまいたいと零していると、ギュンターはエックハルトから聞いている。

「ギュンター、アンフェール殿下の様子はどうだ? 寂しくなさってはいないだろうか」
「ああ。問題ない。年の近い側仕えと仲良く過ごされている」

 エックハルトの問いにギュンターは滑らかに答える。

 勿論年の近い側仕えなんていない。アンフェールに暗示によって、実際いなくとも、ギュンターの中では存在することになっている。
 信頼する男の淀みない受け答えに、エックハルトは何も気づかない。

「そうか……殿下の事をよろしく頼む。全力でミセス・ガーベラの連れて来た女から守って欲しい」
「勿論だ」

 ギュンターは強く頷いた。
 アンフェールは七歳だ。丁度グレンが虐待を受けていた時期に重なる。
 ギュンターはグレンに会えない上に、憎いミセス・ガーベラと顔を突き合わせないといけない職場が嫌でしょうがなかった。
 しかし、嫌だ嫌だとも言っていられない。
 アンフェールの生母であるマグダレーナは、ミセス・ガーベラの縁者なのだ。
 元々ミセス・ガーベラは、それを理由に離宮に入り込んできたのだ。放っておいたら確実に、あの女に懐柔されてしまうだろう。

 実際に会い、話したアンフェールは優しく穏やかで、教会育ちだからか幼いのに慎ましやかだった。見た目も中身も本当に天使だ。
 グレンも父王に似なかったが、アンフェールも父王と生母に似ていないのだ。
 純粋に育ったアンフェールをミセス・ガーベラの手に落とし、歪めてしまってはいけないとギュンターは思った。
 だから執事として頑張る事にしたのだ。

「……グレン様は、元気でいらっしゃるだろうか?」
「ああ。閨の神父が良い仕事をしてな。最近は表情も明るくなられた」
「そうか、よかった」

 ギュンターは神父の顔を思い出した。
 神父はギュンターよりずっと年下だが『同志!』と呼びたくなる程グレンに対して父親目線でいる男なのだ。気が合って、城にいた頃はよく飯を食った仲だ。
 あの男がグレンの心も身体も守ってくれるなら、ギュンターはアンフェールの護衛に全力を傾ける事が出来る。

「アンフェール殿下の閨係の候補も決まったそうだ」
「早くないか?」
「そうでもないだろう。閨係は五年は教育が必要だ。殿下が十四歳を迎えるまで後七年だしな」

 グレンの閨係はエックハルトが選定していた。

 グレンが九歳の時に十七歳の神父――当時は神父でなかったが、分かり良い様に神父と呼ぶことにする。――が引き合わされた。
 虐待を受け、心の傷で委縮していたグレンを見て、神父は驚いたという。王子であるのにどうしてこんな状態に、と。
 その姿を見て神父は、閨係を引き受けたそうだ。

 体力も魔力も強く頭脳も優秀だった神父は、元々閨の仕事なんて考えていなかったと言っていた。
 それはそうだろう。
 神父は閨の仕事をするタイプの見た目ではない。閨よりも戦場の方が似合う見た目だ。なにせ神父はギュンターよりも逞しい。

 教会には事情を抱えた子供も多い。だから、神父はボロボロのグレンを放っておけなかったらしい。
 身体に触れる閨の仕事はデリケートだ。心の傷を増やす可能性のある人間には任せたくなかったのだそうだ。
 神父は根気強くグレンと接していた。閨だけでなく日中も読書の時間や、祈りの時間などを、グレンと共に過ごしていた。
 神父がグレンに関わるようになって三年半。
 ここ半年の姿をギュンターは見ていないけれど、グレンは神父に大分心を開いていた。歳の差は八歳であるものの父子のようだった。

(グレン様が明るくなられたというのは何よりの話だ。アンフェール殿下にも、あの神父のように信頼のおける閨係がついてくれるといいのだが。
 ……アンフェール殿下が十四歳を迎えるまで、お守りするのは私だ。グレン様の唯一の弟君なのだ。グレン様が幼い頃から、あんなに欲しがっていた『兄弟』なのだ。……必ずお守りせねば)


 ――そのギュンターの決意はここから長らく空回りすることとなる。
 アンフェールを守ってやりたいという気持ちがいくらあっても、暗示により関わる事も出来なかったのだ。



◇◇◇



「まぁ! よくいらしてくださいました、ザシャ所長」
「いえ、こちらこそお招きいただけて光栄です。ミセス・ガーベラ」

 ここは離宮にあるミセス・ガーベラの自室だ。
 豪奢な椅子に座り、三人のメイドを侍らせたミセス・ガーベラが、白衣の男――ザシャを迎える。
 ザシャはミセス・ガーベラに対して礼の姿勢を取る。それから背筋を伸ばして姿勢を正し、モノクルの位置を直した。
 仕草の一つ一つが機械仕掛けのような印象の男だった。

 ザシャは『ヴィシュニア中央魔導研究所』の所長だ。
 三十歳になる若手で、アンフェールが殺した前所長ボルドの後釜に収まった男だ。

 ザシャは優秀で野心の強い研究者だ。
 ボルドが殺された後、その凄惨すぎる死に怯えて、年寄り連中は皆所長になりたがらなかった。なのでトップの椅子が空いたのだ。
 そこにこれ幸いとザシャが座った。彼にとって前所長の死は、喜ばしいことで、若くして出世する大きいチャンスだった。

「多大なる寄付をありがとうございます」
「素晴らしい研究に投資するのは当然の事ですわ。当主も先代の所長に関しては残念がっておりますの」

 ザシャもミセス・ガーベラも貼り付けたような笑みを浮かべて社交辞令を交わした。
 ザシャは目の前の女狐を観察する。
 どうプレゼンすれば目の前の女が食いつくか前情報を含めて計算するためだ。

 ミセス・ガーベラは今の王統をどうとも思っていない。
 自分の血の方が遥かに尊いと思っている。それは社交界にいれば良く聞く話だ。『自分は神の血が濃いのだ』と公言していると。
 王統の簒奪機会があれば簒奪したい位に思っているだろう。
 だとすれば、資金はあればあったほうがいい。ザシャが持ってきたのは金になる話だ。
 
「先代の所長を悪くいう訳ではありませんが、もういない竜種を復活させるなんて現実的でない話です。産み出せたとしても、竜種は繁殖力が低い。それが原因で滅んだのですから。掛ける資金に対して成果が見合わないのです。
 それよりも私は飛竜の改良を提案したい。飛竜は繁殖力が強い。個体の魔力強化により、大型の魔石の量産も可能です」

 ザシャは分かりやすく金になる話をした。魔石はエネルギーだ。エネルギーは金になる。
 ミセス・ガーベラの家――筆頭公爵家当主から手に入れた情報だが、どうやら前所長ボルドは王命で竜種の復活の研究をしていたようだ。
 竜種は魔石や素材にもなり、何よりも人間と交配が可能だ。
 しかし、結局研究は上手くいかなかったという。やはりもういない生き物を再生させるなど夢物語なのだろう。

 この国は守護竜を失って久しい。

 現在の王統の正当性は、竜種を虐げた王を倒し、竜種を王妃として迎えた賢王の子孫、といったものだ。
 古代、神であった古代竜エンシェントドラゴンは人間に『力』を与えた。それが原初の魔術という力だ。魔術を得て、人間社会はそこから飛躍的に発展したと言われている。人間の創世神話だ。
 だから、竜種を正妃にした血統は神の子、と言っても過言でない。神話から連なる血統という扱いだった。

 しかし現在、竜種達は死に絶え、それは歴史書のみに残り、人々の記憶からは薄くなってしまっている。
 王統に対する求心力が薄くなっていたのだ。
 だから死んだ前国王は、竜種の復活という研究に傾倒していた。

 ミセス・ガーベラは現王統を守る気なんか無いだろう。だから竜種なんてどうでもいいと思っている。
 それよりもエネルギーだ。それが自在に手に入る様になれば策略の幅も広がる。戦争だって負けないだろう。単純に魔石を金に換えたって、その金で懐柔できる人間も多い。
 だからこの研究にミセス・ガーベラは食いつくはずだ。

「素晴らしいわ。竜種の魔石に近い大きさまで増強できるのかしら」
「ここ六年の成果をまとめた資料です。竜種と違って飛竜は知能が低い。だから家畜に向きます。品種改良も家畜と変わらず出来ます」

 頬を染め、うっとりと笑うミセス・ガーベラにザシャは恭しく資料を渡す。
 ミセス・ガーベラはパラパラと資料を捲り、満足そうな顔をしてザシャに目を向けた。
 目が合う。
 ザシャはゾクリとした。底知れない、ドロリとした汚泥を思わせる、恐ろしい目だった。

「……今後も出資させていただきます。定期的に研究結果を届けなさい」
「ありがとう存じます」

 ザシャは深々と頭を下げる形で視線を外し、逃げる様に部屋から退出した。
 ザシャの見たことの無い目をする、恐ろしい女だった。




 アンフェールが暗示を掛けた事により、ミセス・ガーベラは時間が有り余っていた。

 その有り余った時間はアンフェールの仇敵である『ヴィシュニア中央魔導研究所』の為に使われる事となったのだ。
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