シーツで溺れる恋は禁忌

流月るる

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1巻

1-1

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 誰もが誰かの『一番』になりたいと願っている。
 誰もが誰かの『一番』になれる可能性を持っている。
 けれど私はいつも『一番』になれない。
『二番目』にしかなれない。
 誰かの『二番目』――――それが私のポジション。



   第一章 SIDE 恵茉えま


 好きな男以外には触れられたくない。
 それが女のセオリーなら、早川はやかわ恵茉にとってやはりこの男は『好きな男』にあてはまるのだと思う。
 薄い唇が肌をなぞる感覚が好きだ。男性にしては細い指も、体を重ねた時の重みもしっくりくる。
 セックスに相性があるのだとすれば、まさしく彼との相性はいいのだろう。
 それともこれは経験を重ねたせいなのか。
 男とのセックスを繰り返すたびに、自分の中から生まれてくる女としてのよろこび。
 覚えて馴染んでしまった快楽を、知らず自ら追い求めてしまう。
 彼がそれを与えてくれるから好ましく思うのか。
 恵茉はうっすらと目を開けて男を見つめた。
 眼鏡をはずしたその顔は、いつも冷静な彼と違って見える。ムースで固めている髪が一筋、ひたいにかかる。眉根を寄せて欲に耐える。そんな艶のある姿を見られるのは、きっとこの時だけ。
 穏やかで落ち着いた関係は居心地がいい。だからこのまますんなり続いていけばいいと思っていた。自分たちの間に激しい恋情はなくとも、人としての好意はあったはずだから。

「ごめん……」

 体を起こしてベッドに座った男の背中を、恵茉はぼんやり眺めた。その背中は広いはずなのに、今は小さく見える。
 恵茉はわからないように小さく息を吐いた。

「いいえ。私じゃ高城たかしろさんを満足させてあげられないみたい」
「そういうわけじゃ」

 恵茉もシーツで体を覆いつつ上半身を起こした。膝をたてて乱れた髪をかきあげる。ベッドサイドのライトが男の影を壁に映していた。うなだれた影の形にさえ哀愁あいしゅうが漂う。
 恵茉の中では、かすかに逡巡しゅんじゅんが生まれていた。
 今夜はうまくいかなかった。男性は疲れていればそんなこともある。
 このまま黙っていればいいのだ。
 彼だって、自分の本音にあえて気づかないふりをしている。
 彼との関係をこのまま続けていきたいのであれば、恵茉はなにも言わないほうがいい。彼の本心など見ないふりをして、今まで通りそばにいればいい。
 けれど――この男は誰かの『一番』になれる可能性を持っている。

「もしかしてあの子が本命ですか?」
「え?」
「さっきホテルのロビーですれ違った……かわいらしくて、明るくて元気そうな子」

 結婚式にでも出席していたのか、甘い感じのする薄桃色のミニドレスを身にまとい、それがとても似合っていた。
 彼らは互いに気づくと、ほんの少し戸惑いつつ挨拶を交わした。
 彼は『結婚式?』と聞いて、頷いた彼女は『デートですか? 綺麗な彼女でびっくりしました』と言った。『君も今日は馬子まごにも衣装だな』『高城さん、なにげに失礼ですね』と親しげに会話を続けた。
 敬語を使っているのに、どことなく二人の間には対等な空気があった。
 そんな気さくな態度をとる彼を初めて見た。それは恵茉が知らなかった男の姿。
 そうして彼女が頭を下げて去っていくと、彼は無意識にそのうしろ姿を目で追った。
 おそらくいつもと違う雰囲気の着飾った彼女のかわいらしさに惹きつけられたのだろう。目を細めて、優しくいつくしむような眼差しを向ける彼を見た時、恵茉は男の本心に気づいてしまった。
 高城の好みがああいうタイプだとは意外だった。だったら、どうして自分と付き合っているのだろうと恵茉は不思議でならない。
 高城が本気になるとしたら、自分みたいなタイプか、もしくはお嬢様タイプの穏やかな女かと思っていた。
 恋愛なんかあまり興味がなくて、むしろ出世のための結婚さえしそうな感じもあったのに。
 恋愛に興味がないんじゃない。淡白なわけでもない。
 相手が彼女でなければ、彼の熱は生まれないだけ。
 高城は恵茉の台詞せりふに目をみはると、じっと見つめてきた。予想外だったのか反論するすべも失っているように見える。
 いつも冷静で落ち着いている高城の小さな狼狽ろうばいを見ると、もっとこんな表情を引き出して、いろんな彼を見つけていきたかったなと思う。
 けれどそれを見せてもらえるのは恵茉ではない。
 高城はきゅっと口を結んだ後、開いては閉じる動作を繰り返してから最後に細い息を漏らした。

「……なんで、そう思う?」
「あの子に対する高城さんの態度や表情を見て、かな。あんなあなた見たことなかったから」
「そんなにあからさまに態度に出しているつもりはないんだけど」
「こんな風に戸惑っている時点で、あの子が本命だって言っているようなものです」
「君は意地悪だな」
「意地悪ですよ」

 彼が前を向いた後、彼女が振り返って見せた表情まで教えてあげるつもりはない。それぐらいの意地悪は許してもらおう。

「今、僕が付き合っているのは君だ」
「そうですね、大人のお付き合いですけど。こういう関係を続けていたら、高城さん、幸せを逃がしちゃいますよ」
「僕は……」
「今なら私、高城さんを笑って見送れます。あの子への気持ちが生まれているのを自覚しているんでしょう? だったら、素直になってください」
「恵茉」
「私、これでもプライドはあるんですよ。高城さんの一番になれそうにないなら、私はリタイアさせてもらいます。シャワー先にいただきますね」

 なにかを言いたそうな高城をおいて、恵茉はバスルームへ向かった。
 彼の気持ちすべてが自分に向いているとは思っていなかった。
 恵茉だって、彼でなければならないと思うほどの強い気持ちはなかった。
 それでも二人で積み重ねてきた時間が確かにあって、肌を合わせて生まれた感情がお互いの中にはあった。
 シャワーを浴びながら鏡に映る自分の顔を見る。
 泣きそうなその表情で、恵茉は自分が傷ついていることに気づく。
 だったら余計なことを言わなければよかったのだ。高城の本心など見ぬふりをしていれば、二人の関係はこれまで通り、淡々としながらも平穏に続いたはずだ。
 でも恵茉は今日、彼の本命の姿を目にした。
 明るくて元気で無邪気な、まるで恵茉とは正反対の女の子。
 素直じゃないところさえかわいらしくて、甘やかしたくなるような存在。
 だから傷ついているのはきっと高城のことを好きだったせいではなく、彼の本命を知ったせい。
 自分がやっぱり『一番』じゃなかったことを思い知らされたせい。

「やっぱり、ああいう女の子がいいのかな……」

 恵茉は思わずそう口にした。その瞬間ある顔が浮かんで、すぐに慌ててうち消す。
 鏡には黒髪が肌にへばりついた女の顔が映る。それはまるでみにくさといやしさを内包しているように思えた。


   * * *


 休憩のために寄った社内のカフェスペースで、恵茉は何気なくスマホの画面を見た。普段はあまり気にしないのに、金曜日の夕方近くになるとこうして確認する癖がついている。それは、この時間帯に高城から誘いのメッセージがくることが多かったせいだ。
 別れて数週間経つのだから当然、着信もメッセージもあるはずがない。それでもこんな瞬間、恵茉は不意に高城のことを思い出してしまう。
 だけど多分これは未練じゃない。
 高城とあの女の子がうまくいったかどうか気になるのは、彼女が恵茉とは正反対のタイプだからだ。彼女の姿を思い浮かべると、自分には女としての魅力がどこか欠けているのかもしれないと気落ちして、ため息をつきたくなった。
 別れをほのめかしたのは自分でも、あの状況だときっと振られたのは恵茉のほうだ。
 おかげでみじめな感覚がずっと残っている。
 不意に隣に人の気配を感じて恵茉は顔をあげた。

「お疲れ」
「お疲れ様」

 同期の男に声をかけられて、恵茉はわずかに緊張した。
 堤湊つつみみなとは恵茉と目を合わせることなく、自動販売機の前に立って飲み物を選ぶ。海外事業部の彼がこのフロアのカフェスペースに来ることはあまりない。社内でこうして会うのは久しぶりだった。
 一日の疲れなど感じさせない濃紺のスーツの背中。隙のないその姿は相変わらず独特の存在感を放つ。少し髪が伸びただろうか。涼し気な目元にかかる前髪が、やけに色気をかもし出している。
 後輩の女の子たちがこの場にいれば目の保養だと騒ぎそうだが、振られたばかりの恵茉にしてみれば、リア充そうな男の姿はただ気が滅入めいるだけだ。
 こんな時は仕事に精を出すしかない。
 自分の部署に戻ろうと椅子から腰をあげかけた時、恵茉の目の前にカップが差し出された。

「なに?」
「ミルクココア。おまえ好きだろう?」

 恵茉は湊をじっと見上げた。
 入社当初から落ち着き払った男だった。整った容姿も冷静な仕事ぶりも社内では際立つ。
 そんな自分の魅力を存分に理解して、それを上手に利用するしたたかさもある。年齢を重ねてきた今、そんなずるささえも魅力の一部になっている。
 ただの同期の女の好みを把握はあくしている時点で、その手練手管てれんてくだがわかるというものだ。

「……ありがとう」

 恵茉はくやしさを隠して素直にカップを受け取った。自分がいつも飲むホットであることがさらに憎らしい。
 湊はわずかな距離をあけて恵茉の隣に座る。

「珍しいわね、ここに来るの」
「……まあ、そうだな」

 彼の所属する部署の近くにもカフェスペースはある。それなのにわざわざここに来たのは、このフロアに用事でもあったのだろうか。それともお気に入りのドリンクの銘柄めいがらでもあるのか。
 不意に別の理由を思い浮かべそうになって、恵茉はすぐさまそれを振り払った。
 さっさと飲んで仕事に戻ろうと口に含む。

「別れたって聞いた」

 火傷やけどしそうなほどの温度ではないのに、口の中が熱くなった気がした。
 幸い周囲に人の気配はない。そういうところはきっと抜かりがない男だ。

「そう……傷心なのをからかいにでもきたの?」

 恵茉はわざと明るい声で言った。
 男と別れたなんて、できれば知られたくない。だから友人にだってすぐに教えたりはしなかった。
 どうしてこの男に自分のプライベートが筒抜つつぬけになるのか、不思議でならない。

「まさか! 傷心ならメシでもおごろうと思っただけ」
「ふうん、おごってくれるんだ」
「ありがたいだろう?」

 そうね、と恵茉は思う。
 この男と一緒に食事をしてみたい女はたくさんいる。
 湊を誘う女はいても、こうして誘われる女は少ないはずだ。
 自尊心をくすぐり優越感を与える。
 男と別れたばかりの女には、いつも以上に魅力的に思える申し出。
『結構です』と言って断ればいいのに、年を重ねるとずるくなる。
 そんな自分が嫌な気もするし、受け入れられるほど大人になったのかもしれないとも思う。

「堤くん、残業ないの?」
「あったら誘わない」
『どうして誘うの?』

 いつも口をついて出そうになる言葉。
 それを聞けば、自分たちの関係は呆気あっけなく消えてなくなってしまうほどはかないものでしかない。

「そう。じゃあ今日はイタリアンな気分かな」
「了解。後で連絡する」

 湊は椅子から立ち上がると、恵茉の持つカップがからなのを確かめてすっと取っていく。二つのカップを重ねてダストボックスに入れ、そのまま去っていった。
 男には二種類。
 好きな男か、それ以外か。
 もしくは、抱かれていい男か、触れられたくない男か。
 堤湊は恵茉にとって、抱かれていい男だった。


   * * *


『堤さん、S社の受付嬢とこのあいださ……』

 そんな噂話が恵茉の耳に入ったのは三か月ほど前だ。あの男が恋人と別れると、すぐに女子社員の間で噂になって広まるから、おそらく付き合いは今でも続いているはずだ。
 綺麗系よりかわいい系。
 しっかりしている女より愛嬌あいきょうのある女。
 気さくで親しみやすくて、ふわふわとした女の子らしさがある子。
 堤湊が付き合うのはそういうタイプの女だと噂が広がったのはいつだったか。その噂には、でも社内の女とは付き合わないらしいけど――と続く。
 だから社内の同期でなおかつ彼の好みとは正反対のタイプである自分が、湊とこういう関係になるとは想像もしていなかった。


 この男が選んだイタリアンは、高級すぎず、カジュアルすぎず、なおかつちょっとシックな雰囲気で本命相手にならぴったりのお店だ。
 コース料理ではなく、本日のお薦めであるアラカルトをいくつか頼んで二人でシェアをした。
 周囲からはきっと仲のいい恋人同士に見えたに違いない。同期のみんなと集まって食事をする時はなにもせずに飲んでいるだけのくせに、こうして二人きりで食事をする時、湊はあれこれ世話を焼く。
 恋人にはマメなんだなと感心したのは、二人で食事に行き始めた最初のほうだけだ。
 今ではこんなのは、後の欲望を満たすための初期投資か、お楽しみを盛り上げるための演出でしかないと知っている。
 それなのに、湊とプライベートで過ごす時間は心地いい。
 落ち着いた口調に低く優しい声音こわね。甘さを浮かべる眼差しに尽きない話題。さりげないエスコート。
 女の緊張をほぐし、なおかつ特別だと思わせて雰囲気に酔わせる。
 もっと一緒にいたいと、離れたくないと勘違いしたバカな女は、食事だけでなくその後の誘いにも簡単にのってしまう。

(本当に……バカ)

 この男の思惑通りに、食事を終えた後、恵茉は湊と二人でホテルの部屋にいた。
 ふわりと抱きしめられて顔をあげると、どちらからともなく近づいて目を閉じた。重なる唇の角度と感触で湊とキスをしていることを実感する。
 表面だけを軽く触れあわせた後、彼の舌はすぐさま恵茉の唇を割った。そのままゆっくりと舌を絡める。
 唇の感触、絡む舌の動き、頬に触れるてのひらの大きさ、それらは恵茉の記憶にきちんとインプットされている。
 こうしてすぐに思い出してしまうぐらいには。
 湊の舌は恵茉の口内を確かめるように深く入り込んだ。歯列を舐め頬の裏を探り、舌が届く範囲すべてをゆっくりとなぞっていく。
 高城とのキスを塗り替えるのに充分な愛撫。
 唾液の味も舌の感触も、これから先にこの男が与えてくるものを思い出させる。
 それは恵茉の女のスイッチを確実に押す行為だ。
 激しいキスをしながら湊は恵茉の衣服をいでいく。ジャケットを脱がしてブラウスのボタンをはずす。スカートのホックをはずし、ストッキングとともにおろしてしまう。
 呆気あっけなく下着姿になると、少し乱暴にベッドに押し倒された。

「堤くんっ、待って」
「待たない」
「シャワー浴びたい!」
「それは後」

 湊との行為は初めてじゃない。
 それでも久しぶりだから羞恥しゅうちはある。なにより高城とはいつもシャワーを浴びてから始めていた。男と別れたって下着にもムダ毛の処理にも気をつけてはいるけれど、一日仕事を終えた後の汗や体臭までは防げない。

「でもっ!」
「そのままのおまえを感じたい」

 恵茉にまたがると、湊はネクタイを引き抜いてシャツを脱いだ。均整のとれた綺麗な裸体が現れ、恵茉は息を呑む。欲をはらんだ男の眼差しに射抜かれれば、拒否の言葉など出てきはしない。
 そのまま湊は、恵茉の背中に腕をまわすと、ぎゅっと抱きしめてきた。

「おまえの感触、久しぶり」

 かすれた声が恵茉の耳元に吐き出された。
 まるで、久しぶりに会えて嬉しいと遠距離の恋人に告げるような甘いささやき。触れたくてたまらないと抱き寄せる腕。
 恵茉は思わず湊の背中に腕を伸ばしそうになって、それをなんとか止めた。

「なによ、それ」

 あえて素っ気なく言い放つ。
 自分たちはそんな甘い間柄ではない。
 この男が『久しぶり』と思うぐらいの期間、恵茉は他の男と付き合っていた。
 男と別れた途端こうして誘ってくるのは、傷心につけ込めば恵茉が落ちることを経験上知っているからだ。
 ブラをはずして下着をおろす。恵茉を全裸にすると、湊は肌の感触を確かめるように大きなてのひらで触れていった。頬から首、そして肩から腕、わき腹を伝って腰を撫でまわし、太腿ふとももをなぞる。
 恵茉がぴくんと反応を返すと、湊は苦笑を漏らした。

「おまえ……今回はなんか、ちょっと開発された?」
「なに、言って」

 見れば湊は目を細めて、感情の読めない複雑な光をそこに宿している。

「反応が違う。他の男に抱かれると、やっぱり女は変わるんだな……」
「嫌なら触らないでよ」
「嫌なんて言っていない……興奮するだけだ」
「バカじゃないの!」
「ああ、バカだよ」

 乱暴に唇をふさがれる。
 恵茉の舌は湊の口内にみちびかれ、小さく痛みを感じるほど強く吸われた。のがれようとすれば拒まれ、舐めては吸うを繰り返される。口の隙間からこぼれた唾液があごを伝った。
 そんな激しいキスとは裏腹に、恵茉の胸を揉む手は優しい。大きなてのひらで包み込んで何度となく揺らされる。たったそれだけで胸の先端はとがっていった。
 さらにとがらせるかのように指で挟んで小さくねじる。指先で外側を小刻みにこすられると気持ちがいいのだと彼は知っている。
 舌を絡めて唾液をまぶし合うようなキスをしたまま、胸の先をいじられ続けた。
 腰が小さく跳ねる。一切触れられていない中心は、はしたないほど潤っているだろう。

「やんっ……んっ」
「いいところは変わってないな。むしろ弱くなった?」

 バカなのは湊じゃない。こうして呆気あっけなく反応する自分のほうだ。
 体は覚えている。
 彼に与えられる気持ちよさも、その先にある深い快楽も。それらに期待しているから素直に体は反応してしまう。
 熱い舌がゆっくりと乳首を舐めまわした。激しくされるよりもゆっくりされるほうが気持ちいい。さらに強く吸いつかれればなおさらだ。

「やっ、堤くん、やだっ」
「もしかして胸だけでイきそう? まじで開発されたんだな」
「違うっ。そんなのっ」

 違わない。
 高城とのセックスの相性はよかった。愛撫は丁寧だったし、じっくりと時間をかけてみちびかれていった。
 指先と舌とで両方の胸の先をきゅっと締められ、恵茉は全身に緊張が走るのがわかった。

「はっ。腹立つ」

 軽く達した恵茉に向かって、強い口調で湊は言い放った。
 鋭い胸の痛みを感じながら、けれど恵茉は湊をにらんだ。
 他の男に開発された女が嫌なら、抱かなければいいのだ。
 それなのににらんだ先の湊は、はっとしたように恵茉から視線をそらした。

「悪い。腹が立つのはおまえにじゃない……余裕がない俺自身だ」
(なによ、それ……)

 謝罪交じりの呟きに疑問が浮かんだのは一瞬で、湊は恵茉の脚を開くと、すぐさま敏感な場所に触れた。すでに濡れていたせいで彼の指はスムーズに動き始める。
 達したばかりの体はすっかり目覚めて、恵茉はすぐさま彼の指の動きに翻弄ほんろうされた。

「やっ……ああんっ」

 中と外を同時に軽く刺激されると高い声が出た。いやらしい自分の声が嫌で口を手で覆うと、湊はその手を掴んで離す。

「声、聞きたい」

 ひたいがつきそうなほど顔を近づけて湊が言った。
 合わせた目にはからかいもさげすみもなく、心から願うような真剣さがあった。

「俺に感じる、おまえの声が聞きたいんだ」

 恵茉の両腕を掴んでひとまとめにすると、湊は軽く体重をかけて覆いかぶさった。ふたたび複数の指が恵茉の中に入り込んでくる。
 恵茉の顔を見ながら、湊は探るように優しく指を動かした。漏れてくる蜜の音が、はしたないリズムを刻む。それに合わせて響くあえぎが嫌で唇を噛めば、湊はぺろりと舌で舐めてくる。

「あっ……んっ、はぁん」

 感じている顔なんか見られたくない。けれど顔をそむければ湊は恵茉の耳を舐めまわす。下から響く蜜の音と、耳が濡れる音とが重なって恵茉はますます追い詰められた。
 蜜で滑りをよくした指先は、恵茉の花芽を優しく撫で続ける。円を描くように動かすその範囲が広がっていって、大きく膨らんでいることを教えた。

「すっごい濡れている。ほら、掻きだすとたらたらこぼれてきた」

 恥ずかしいことを言わないでほしくて首を横に振った。でも彼はきっとそれで恵茉の興奮が増すことに気づいている。

「前はこのへんが感じやすかったのに、今はこっちが好きか?」
「バカ! 黙って、よ」

 言い返すと、いましめるみたいに恵茉の花芽を小さくはじいた。

「ひゃっ、ああんっ」

 一際ひときわ大きな声が出る。そうなるともう恵茉は声を止められなくなった。湊は許さずに反応の強い場所へと刺激を与え続ける。
 恋人でもない、ただの同期の男の前であられもない姿をさらす羞恥しゅうち
 追い詰められて怖いのに、乱れるのを抑えられない。
 中をかきまぜられてぐちゃぐちゃになり、卑猥ひわいな声を発してみだらな表情を浮かべる自分を、湊はどう思っているのだろうか。
 幾度いくどとなく達するうちにそんな戸惑いも消えて、恵茉はただ与えられるものを素直に受け止める。
 大きな声をあげて激しく達した後、避妊具をつけた湊が恵茉の腰を掴んで、ためらうことなく入ってきた。

「あんっ」

 入った瞬間、言い表せない感情が恵茉の中に広がっていく。
『ああ、またこの男と繋がってしまった』そんな後悔と、『もう一度繋がることができた』いやしい喜び。

「恵茉」

 そしてようやく呼ばれた名前。
 こんな最中の時にだけ呼ばれる自分の名前の響きに、泣きたい気持ちにさせられたのはいつだったか。


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