10年後の君へ

雑魚ぴぃ

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終業式

第23話・未来のお話

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――2020年8月8日(土曜日)。

 駅前にある喫茶店『KAMINO』で、僕は猿渡夢夢と待ち合わせをしていた。

カランカランカランッ!

「いらっしゃいませ!お1人様ですか!あっ、猿渡さんの――!」
「千家様、こちらです!」
「あぁ、夢夢。久しぶりだな。すいません、アイスコーヒーを1つ――」
「かしこまりました!3番テーブルさんアイスコーヒーワン!猿渡さんごゆっくり」
「ありがとうございます。神野じんの店長」

 あの災害から10年の月日が流れ、夢夢もすっかり大人の女性になった。今はこの喫茶店で働いている。

「凛子と美甘は元気か?」
「はい、息災でござる。2人共今日はここへ来たがっていましたが、村長の命令で警護の仕事をしています」
「はは、2人共大きくなったんだろうなぁ」
「はい――」

 ――10年前の3月10日。最大震度7の地震が起き、この町は至る所で停電や火災が発生した。そして午後15時30分に津波が町を襲う……。

 僕は愛する西奈真弓を守るべく奔走したが奮闘虚しく、数日後に遺体となって見つかった。
 真弓の側には偶然にも車椅子が流れ付き、寄り添う様に息を引き取っていたそうだ。
 あの日、真弓の母親は専門学校まで迎えに行こうとして東浜交差点で立ち往生していた。そこで津波に遭遇し、近くにいた車で逃げ帰ったという。その車は僕と夢夢が送ってもらった片桐刑事の部下、早乙女さおとめ刑事だったらしい。当時、中央病院の事情聴取の際に母親の顔を覚えていたのだ。
 娘を亡くした母親は毎日毎日、娘を探し東海浜医療専門学校から3キロ離れた内地でようやく見つけたと連絡をもらった。
 葬儀で号泣する母親の後ろ姿は今でも覚えている。

 ――2011年3月11日、有珠が未来で見た災害発生日。災害時刻になったが震度5弱の地震が来た以外は何も起きなかった。きっと有珠と黒子が、白子を止める事に成功したのであろう。あれから夢夢も有珠と黒子の姿を見ていないそうだ。
 
「千家様、これをお渡ししておきます」
「これは?」
「有珠様からお預かりしておりました。今日の日にこれを千家様にお渡しする様にと――お手紙です。後でお読み下さい」
「わかった」
「千家様、今日の日にお呼びしたのには理由があります」
「ん?僕の結婚記念日の祝いとかか?」
「いえ、違います。でもそうなのですね……それも運命なのかもしれませんね」
「どういう事だ?」
「今日、2020年8月8日。10年前の今日、千家様は2010年にタイムスリップされたのです」
「……あぁ、そうか。あれからもう10年も経つのか」

 アイスコーヒーの氷が溶け、グラスから氷の溶ける音が聞こえる。そうか10年も経つのか……。窓の外を見ると遠くに入道雲が見えた。

「いらっしゃいませ!何名様ですか!2名様ですね!どうぞ!」
「あっ!あれ?春彦さん!ここにいたんですか!」
「あれ?もしかして夢夢さん?ですか!」
「あら、真昼君と奥さん。ご無沙汰してるでござる」
「夢夢さん、主人がいつもお世話になってます。主人は何にも話してくれないもので。わかってたら手土産でも用意したのに!」
「いえ!私が千家様に用事があったので!もう用事は済んだのでこちらへどうぞ」
「あら、何かごめんなさい。この人と待ち合わせは16時だったんですが、駅に早くに着いてしまって。近くで喫茶店を探してたんです」

真昼と僕の妻は同じ席に着きアイスコーヒーを頼む。

「真昼君はいくつになられたのですか」
「夢夢さん、僕は18歳になりました。今年受験です」
「まぁ、大きくなって!」
「春彦さん達のおかげです。あの日から……母を亡くした日から僕の面倒をずっと見てくれていたので」
「夢夢さん聞いて下さい!今日はね、この子が私達の結婚祝にプレゼントをしたいと言い出しまして。ディナーを予約してくれたんです!」
「まぁ!本当に優しいでござるな!受験と言う事は東海浜医療専門学校へ?」
「はい!その予定です」
「そうでござるか……」

 思い出したように夢夢は窓の外を眺める。真昼の母親、霧川小夜子は津波で流され未だに行方不明とされている。残酷な最後は誰も知らない。

「僕はあの日……母さんと病院に行く為にタクシーに乗ってたんです。母さんが警察署に用事があるって言って、待ってる間にウトウトと寝てしまい……」
「アイスコーヒーお待たせしました。どうぞ!」
「ありがとう」
「それで……目が覚めたら確か東浜交差点にいたんです。タクシーから降りて走って行く母さんが見えて、慌てて追いかけた……」
「そうね、真昼がタクシーから飛び出すのを私がたまたま見つけてね。あの日、信号がちょうど消えてたんだったかな。スピードを出した車が見えて、とっさに……」

 アイスコーヒーをかき混ぜる彼女の手首にはあの日渡した念珠が光っている。

「小夜子さんと春彦さんがいなければ僕はここにはいません。本当にありがとうございます」
「馬鹿ねぇ、本当の子供みたいに思ってるのよ。そんなにかしこまらないの」
「そうだぞ、真昼。小夜子と話合って決めたんだ。真昼が1人前になるまでは助けてやろう……てな」
「うん……ありがとう……」
「こらこら、こんな所で泣かないの……うぅ」
「小夜子さんだって……」

 歴史は確実に変わった。僕は南小夜子と結婚し、霧川真昼を児童福祉施設から引き取り面倒を見ている。

 風のうわさでは、北谷美緒は渡米して歌手になったとか。雑誌に掲載されたインタビューで『高校生の頃に聞いたAkaneの歌に衝撃を受けた』と書いてあった。初詣でAkaneの歌を聞いた時の話だろう。あの時は美緒は口が開きっぱなしだった思い出がある。

 東方理子は現在自衛隊で働いている。震災の翌日、避難所で見つけて声をかけた。片桐刑事の友人が自衛隊の救護班におり、ちょうど人手不足だったそうだ。今では東浜地区の救護班を任せられ立派に任務をこなしている。そう言えば自衛隊特集のテレビにも出ていた様な……。

「おっと……そろそろ時間だな。小夜子、真昼、行こうか」
「えぇ、あなた。夢夢さんまた来ますね!今日はありがとうございました」
「夢夢さん!ありがとうございました!」
「はい!いつでもいらして下さいでござるよ」
「それじゃ夢夢。元気でな」
「はい、千家様も――」

カランカランカランッ!

「ありがとうございました!またのお越しをお待ちしております!」

 喫茶店を出て、交差点を渡り3人でレストランへと向かう。

「春彦さん!お盆休みに友達とキャンプに行きたいんですけど――」
「おいおい、ご先祖様が帰って来る日に――」

………
……


 ――交差点を渡った後、小夜子は1人喫茶店を振り返りお辞儀をする。

「美緒、良雄君、春彦君……今日はもう1人の私の命日に来てくれてありがとうね。……それだけ言いたくて――」

 横断歩道の向こうでもう1人の春彦が不思議そうに小夜子を見ている。

「さようなら――」


……
………

「おぉい!小夜子!行くぞ!」
「はぁい!あなた!ごめんなさい、知り合いに似てた人がいて――」
「小夜子さん!もしかして春彦さん以外に誰かいるの!」
「馬鹿!そんな事ないわよ!春彦を愛してるもの!」
「ひゅーひゅー」
「真昼、やめろ。小夜子もこんな所で何を言ってるんだ。まったく……」
「あらいいじゃない!減るもんじゃないし!ねぇ!真昼!」
「ねぇ!小夜子さん!あははは!」

 その日は3人でディナーをし結婚祝をした。少量ながらもアルコールも飲み、帰りはタクシーに乗った。尽きない昔話に花が咲く。
 その日の夜。小夜子と真昼は疲れて早々に寝室に戻って行く。

 ――2020年8月8日(土曜日)23時55分。

 僕は夢夢から預かった手紙を開く。有珠からの手紙だ。

「相変わらず、字が下手だな……」

そんな事を思いながら目を通す。

『春彦よ、息災か。息災で無くとも生きておればそれで良い。『時空の目くそ』……もとい、『時空の砂』を貴様に託す。アイスコーヒーに溶かすと美味しく飲めるぞ。尚、貴様が喫茶店で飲んだアイスコーヒーには既に溶かしておくように夢夢に言ってある。だが安心せい。は貴様の気持ち次第じゃ――』

「おい……有珠……お前は何て事を……!!」

スマホを見ると23時58分を過ぎていた。

「僕の……気持ち次第……!」

激しく動悸がする。

『――2020年8月9日0時になった時、貴様がもう1度2010年に戻りたいと願うならそれは叶う。しかし願わないのであれば時間は進み、新しい日が訪れよう。ではさらばだ。中和有珠ちゃんより』

「自分で『有珠ちゃん』とかあり得ない……!いや、そこじゃない!もう23時59分……!!」

――自分の心臓の鼓動が大きく聞こえる。

どっくん……どっくん……どっくん……!!

 南小夜子と霧川真昼との幸せな家庭。しかし少なからず、西奈真弓を亡くした事の後悔はある。

「これが有珠の言っていた究極の選択……だったのか……」

 時計が8月9日0時になる。アルコールのせいか、だんだん眠たくなる。次に目が覚めた時、朝を迎えられるのか、それとも……。

僕は机の上で……あの日と同じ様に眠りについた。




―完―

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