私の星見草【下】

ざこぴぃ。

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白の星見草

白の星見草【2】

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 ――2017年8月14日。
 夢なのか、現実なのか、亡くなったはずの娘を私は見た。そして何かを言いかけて消えた娘と、夢で見た祖父の古本が気になり、保管してあるであろうお寺の蔵の扉を開けた。

『ギィィィィィ……』
 長い間、開けてなかったのだろう。かび臭い匂いと、動物の糞尿の匂いが混じっている。入り口のドアを全開にし、二階へ上がる途中にある窓を開け、風を蔵の中へと入れる。
「はぁ……」
 新鮮な空気が入ってくると、ようやく深呼吸が出来た。蔵のどこかに外と出入り出来る穴でもあるのだろうか。一階は所々に何かの死骸があり、アンモニアの匂いが立ち込める。運が良かったのは書類や本は二階にあった事だった。一階部分には古い機械や掃除道具などが置いてある。
 私は窓を開けたまま二階へと向かうと、急な木製の階段はきしみ、ミシィ……と不気味な音すらした。
 二階は六畳程の広さで、棚があり、段ボールや木箱が所狭しと置いてある。しかし、天井からぶら下がっている裸電球は形だけで、電気も点かない。薄暗闇で一つずつ箱に顔を近づけ見てみるが、中身が何なのかさっぱりわからない。
 手間のかかる作業だった。二階の踊り場には、先程開けた窓から入り込む外の明かりがある。まずは棚の下にある段ボールを、そこまで一個ずつ持っていき、中を確認していく。住職には「古本以外にはなるべく触れない様に」と言われたが、こればかりは中身を見ないと分からない。中は書物や人形、仏像、空の段ボール……二十個ほど開けただろうか。まだ半分にも達していない様だ。
 蔵の中は外より比較的涼しく、時折風が入ってくると心地よく感じた。それでも、じっとしているわけではない。箱を出し入れする作業で汗はポタポタと流れ出る。
「……見当たらない。これ……全部を一人でやるには無理があるか……」
 そう思うと、急に体が重く、何をしているんだろうという気持ちがこみ上げてきた。一瞬、作業を止めようかと、顔を上げると棚の二段目に『星見』と書かれた段ボールが目に入った。
「えっ……!?星見?これかな!」
 暗闇に目が慣れてきたのだろう。来た時は分からなかった段ボールに書かれた文字も、薄っすらだが見える様になっていた。
 手を伸ばし、その段ボールを下ろすとホコリが室内に舞う。
「けほけほ……」
 ホコリを払い、段ボールを明かりのある踊り場へと引っ張り出す。中には十冊程、年季の入った本が入っており、一冊取り出し表紙を確認する。
「星見草……これじゃない」
 一冊ずつ表紙を確認しながら段ボールから出していく。中身は意外と綺麗で、まるで誰かが最近開けたかの様な感じすらする。
遷方巻せんほうまき……?」
 ペラペラと中を見ると、聞き覚えのある文章がたまたま目に入った。
「――生ある者いつかは死ぬ。亡くなった者の魂はまた生まれ変わり、生命を宿す。姿は変われど、それは永遠に続くだろう。仮にその姿をかりそめに留めれば、世にも恐ろしい地獄が待っている――あった!!これだ!!」
 私は夢中になり、消えかかった文字に太陽の光を当て、読み解いてゆく。
「――その魂を蘇らせし時、同じ重さの魂を天秤にかける事になるだろう……。どういう意味だろう……?」
 意味がわからない所は後回しにし、とにかくその方法を知りたかった。
 そして本の後半部分にそのやり方は明記されていた。
「8月の15日の夜。西方丸に乗せた魂は皆、居るべき世界へと帰って行く。しかし遷方丸に乗せた魂は時を戻し、次元を超える。そのやり方は――」
 手が震えた。それが本当に起こる事だとは思えない内容が記載されている。そして明日がその8月15日に当たる。
 この地方では昔から、8月15日にご先祖様を送り出す行事があった。
 8月14日にお寺で行われる施餓鬼供養祭、その際に寄付額に応じて『西方丸』と書かれた半紙と提灯、アサガラをもらう。それを持ち帰り、自宅で船に取り付けるのだ。船といっても、段ボールで作った船や、自作で立派な木製の船を作る者もいる。まるで夏休みの自由研究の作品の様だ。
 それを8月15日深夜、海に向かって流す。ご先祖様がまたあの世に無事に帰って行かれ、来年また来てもらえる様にと願い……。これがこの地方に古くから伝わる習わしなのだ。
 翌日にはほとんどの船が海に飲まれてしまうが、時々そのまま漂う船もあるという。
 この本に書かれている内容は至極簡単だった。『西方丸』と言う文字を『遷方丸』と言う文字に書き換える事と、いくつかの準備だけ。それ以上の記載はなかった。少し拍子抜けした半面、やはりこんな事で死んだ者が生き返るなどという話は無いのだろう……と現実を見た気もした。これでだめなら諦めもつくかもしれない……やるだけやってみよう……そう思い、『遷方丸』と書かれた本と『遷方丸~其之弐』と書かれた二冊の本を箱から取り出し、蓋をした。
 段ボールを元の棚に戻し、窓を閉め、外に出ると暑い陽射しがまた肌を焼く。
「あっつ……」
 軽くめまいがし、蔵の入り口の段差に腰掛けると、めまいが収まるのをしばらく待つ……。
「ふぅ……」
 五分ほどそうしていただろうか。すぅとめまいが引いていき、汗も少し落ち着いた。
 私は二冊の本を小脇に抱えて、蔵の扉を閉め、小走りで家へと帰ると、ちょうど入れ違いで母がお寺へと向かって行った。明日が8月15日。母がお寺にお参りに行っている間に準備する物がある。
 西方丸と書かれた半紙と提灯は母がお寺からもらって来るだろう。それらを乗せる船が段ボールで作られ、仏壇の横に置いてある。しかしそのままでは簡単に沈んでしまう……。船となる段ボールの底面を補強し、深夜二時を回る時まで持たせる必要がある。
 私は本を見ながら補強を試みる。祖父の時代にはなかったガムテープを底面に貼り、さらにサランラップを貼り、ガムテープを上から貼る。当時の本には「藁」と記されているが、これで十分だろう。側面にも同じ様にガムテープを貼り付ける。
 ここまでは本の通りだ。そして次に、船の行き着く先に目印となる菊の花を用意する。
「えぇと、目的地は……賽の河原……?どこよ、それ……。携帯……」
 私は携帯で調べると、全国の賽の河原が出てくる。
「近くだと……鳥取県の大山?山に行ってどうするの。海へ流すのよ、賽の河原賽の河原……」
 調べていくうちに、佐葦之浦さいのうらという地名に行きついた。
「近くだと、ここが地名は似てるけど……いや、待って。確か以前、何かの雑誌に載ってて……」
 そのままネットで調べてみると『月刊不思議7月号―佐葦之浦さいのうら特集』という雑誌を見つけた。
「あった!狐のウェディングベール……か。ここに何かありそうね」
 本を読み進めると、後は枕元に同じ菊の花を用意すれば良いみたいだ。
 私は早速タクシーを呼び、佐葦之浦さいのうらへと向かった。

 ――佐葦之浦さいのうら
 仏壇から拝借した菊の花を持ち、私は佐葦之浦さいのうらの海岸に着いた。今日は海風が強く、しばらく切っていない髪の毛が風でなびく。
「ここが佐葦之浦さいのうらの河原って解釈で良いのかしら……?」
 良くわからないまま来てしまい、ここからどうしたら良いのかわからない。
 しばらく海を眺めていると、急に背後から声をかけられた。
「あのっ!失礼ですが、大丈夫ですか!飛び込んだりされませんよね?」
「へ?」
 思わずすっとんきょうな声が出てしまい、慌てて振り返る。
「あはは……大丈夫です。すみません、ぼーっとしてまして」
「いえ。さっきから海を見て、神妙そうな顔をされていたので……。あっ、私、夢乃と言います」
「夢乃さん……。私は星見と言います」
「星見さん。失礼ですが、佐葦之浦さいのうらの方では無いですよね?」
「はい。車云生町くるいしまちの方から……」
「そうでしたか。私はここに住んで五年ほどしか経っていませんが、車云生町くるいしまちにもよく行くんですよ」
「そうなんですね……」
 いつ以来だろう。母以外の人と会話するのは……。他人と接する事を避け、引きこもっていた生活を思い返す。
「夢乃さん。つかぬ事をお尋ねしたいのですが、この辺りにこの花を供えられる場所は無いでしょうか?」
「お花を?あぁ、そのお持ちの菊の花ですか。分かりました、ご案内します」
 彼女は理由も聞かずに、海岸横に見える崖の階段を登り、墓地まで案内してくれた。
 墓地の中央にはお地蔵様が鎮座し、海を眺めているように見え、真新しい線香の煙が漂う。
「着きました、ここです。ここでお地蔵様を拝んでいたら、海辺にあなたの姿が見えて、下へ降りたんです」
「そうだったんですか。ご心配かけてすみません……」
「いえいえ!何事も無いのなら良いんです!それでは私はこれで行きますので――」
「あっ!はい!ありがとうございました!」
 そう言うと彼女は名刺を差し出し、墓地を下りて行った。
「夢乃咲絵、フリーライター……さんか」
 彼女がいなくなると、私はお地蔵様に手を合わせ祈る。
(……こんな事をしても娘は帰ってこない。そんな事はわかっている……。だけど……)
 私はお地蔵様に菊の花を供えると、しばらくしてからタクシーを呼び、家へと帰る事にした。
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