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紫の星見草
紫の星見草
しおりを挟む――2016年7月末。
【サマージャンボ宝くじ!発売中!明日まで!】と、書かれた真っ赤なのぼり旗をくぐり、窓口で宝くじを買う。
「おばちゃん、サマージャンボ10枚……バラで」
「はい。3000円になります」
「はい」
「当たりますように!」
10枚程の宝くじを買い、俺は車に戻る。宝くじをサンバイザーの上に隠し、車を走らせた。それは昔からのクセで、サンバイザーに宝くじを隠す事がジンクスでもあり、いつかこの借金地獄から抜けれる様にと夢見て……。
「――おいっ!いるんだろ!哲也!おい!出てこい!」
8月。お盆明けの朝の目覚めは最悪だった。定期的にやってくる借金取り……。ボロい工場のドアを叩く音が近所中へと響く。もう慣れたもので、30分も居留守を使っていれば諦めて帰って行く為、息を殺し、その時をじっと待つ。
父親が1年前に他界した。大阪で機械部品の工場を経営していたのだが、仕事中に倒れ、入院。それから2年程で亡くなった……。母親は俺が産まれた後すぐに亡くなったと聞いて育った。
男手でひとつで育った俺は父親が倒れたと聞き、勤めていた会社を辞め、すぐに実家の工場を建て直す為に戻って来たのだが、慣れない経営でそう上手くいくはずもなく……。借金は増すばかりであった。そうこうしているうちに親父は亡くなったのだ。あれからもう1年が経つ。
実家と工場は併用して建っている。工場が無くなれば、実家も無くなってしまうだろう。何とか実家を残そうと必死で3年ほど頑張ってはみたが……それがもう限界だった。見る見る間に借入した融資も無くなっていき、従業員も一人、また一人と辞め、残されたのはボロい小さな工場の機械と、5000万円もの借金だった。最低でも毎月50万円の返済がやってくる。
「詰み……や。親父すまん、もう駄目やわ……」
俺は位牌と写真だけの仏壇に声をかけた。通電停止のお知らせのハガキが机の上で開かれたまま、扇風機の風に揺られる。
「――あっ、もしもし?工藤機械工業の工藤です。いつもお世話になってます。近藤先生はいらっしゃいますでしょうか……?」
俺は税理士の先生に電話を掛け、いよいよ会社を閉める話を始める。携帯も今月末には止まるだろう。
「ジ・エンドやな……あっ!もしもし、工藤です。お世話になります。今日ってお時間ありますか?実は――」
8月末、あれは道路の舗装も焼ける様な暑さの日だった。夕方、人目を避ける様に税理士の事務所へと向かう。会社の軽トラックもこれで乗り納めかと思うと、少しずつ……どうでも良くなってくる。何の為にここまでしてきたのか。俺の中で、何とかなるだろうというプライドが邪魔して、無理を承知でやってきたのではないだろうか。親父が亡くなった時に、全てを畳むべきではなかったのか。
信号で止まるたびに、自問自答をし、30分程車を走らせると税理士事務所ではなく、なぜか大阪埠頭に辿り着いていた。
『バンッ!』
軽トラックから降り、波止場から海を眺めると、ちょうど夕日が海の向こうへと沈んで行く。
「ふぅ……疲れたなぁ……」
海面を見ると、浮いているゴミの合間に、汚れたツナギ姿の自分が揺れる。煙草に火を付け、空になった煙草の箱を握り潰す。
「ふぅ……」
海を眺めながら、最後の煙草を吸い終えた。
軽トラックに戻ると、座席に何かが落ちている。
「何や、これ?」
薄暗い中、それを手に取り顔に近付けた。
「あぁ、宝くじやないか。忘れとったわ……」
お守りにと買った宝くじ。それをポケットに突っ込み、車のエンジンを掛けると税理士の事務所へと向かった。
その日の夜。
税理士からたくさんの書類を渡され、一人暗い部屋へと戻って来る。
「はぁ、疲れたわ……あれ?電気……?」
部屋の電気の紐を引いてみるが、、電気が点かない。
「まじか。今、電気止まったら何も見えんやないか……」
書類をテーブルの上に投げ、椅子に腰掛ける。
「あかん、電気止まるんはきついで……」
真っ暗な部屋に、窓から町の明かりが差し込み、うっすらと部屋の中を照らす。
「親父……すまんな。ここまでやわ。あっ、煙草も、のうなってしまったんやった……」
煙草に火をつけようとポケットを漁ると、煙草の空箱とくしゃくしゃになった宝くじが出てくる。灰皿に残ってる吸えそうな煙草を一本拾い、火をつける。
「お守りも、神頼みも何も……何もあかんかったなぁ……。うぅ……」
震える手で煙草を口まで運び、一吸いすると、悔しくて涙が出てきた。
会社を経営するには3年5年7年という節目の波があり、その波を乗り越えると一人前になれるそうだ。俺はその最初の波で沈没してしまったらしい。5年で約60%の会社が倒産に追い込まれると、先輩の社長に教えてもらった事がある。漏れる事なく自分も当たり前の様にその中に含まれていたらしい……。
『ブゥゥゥィン――』
ふいに、隣の部屋から異音が聞こえた。この時期には聞かない音だった為、すぐに違和感を覚え、煙草を消し隣の部屋へと向かう。
「何や……?」
窓から入る明かりを頼りに音がする方へと近付くと、ストーブに給油する為の給油ポンプが動いている。
「あれ?何やこれ?」
給油ポンプは冬場にしか使わない為、電池を抜き、ゴミ袋で梱包してある。
「何で動いとるん……」
接触だろうか?それにしても電池は抜き取ってあるはずだ。恐る恐る給油ポンプに近付くと、ピタっと給油ポンプは静かになった。
「……」
しばらく給油ポンプを見つめていたが、もう動く気配はない。
「何や……気味の悪い……」
そう思い、ふと上を見ると埃を被った神棚がうっすらと光って見える。窓からの明かりでそう見えたのか、それとも……。
部屋の中では、時々車のライトと思われる明かりが入ってくる。ただの見間違いだったのかもしれない。しかしその時は何を思ったか、踏み台に乗り、神棚の上を覗いた。
「白蛇神社……?」
そこには枯れた紫の菊の花の横に、御札と封筒が置いてある。手探りでそれを取り、踏み台から降りると、明るい窓辺へと持って行く。
白蛇神社と書かれた御札の裏には住所があり、封筒には何も書かれていない。
「車云生町……。あぁ、親父の友達の円香おじさんと良く釣りに行ってたとこや。小さい頃、連れて行かれた事あるわ……」
御札は車云生町にある白蛇神社のものだった。もう何年も前のものだろう。煙草のヤニか、外の明かりのせいか、ひどく黄ばんで見えた。
そして封筒には一枚の……宝くじが入っていた。
「親父も好きやったもんな、宝くじ。大事に神さんに供えて……」
そう独り言を言った所で気が付いた。もしかして、この宝くじ……?
慌ててテーブルの上に置いていた携帯で宝くじの番号と日付を探す。
「あった!2015年サマージャンボ……。もしかして当たっとるんか……?これ?」
封筒にしまい、大事そうに神棚に置いてあった。もしかしてもしかしてと気がはやる。
「1等……ちゃう、前後賞……もちゃう。何やこれ、当たってへんやないか……!?2等……もちゃう!……え?」
そこで手が止まった。
「3等……?当たっとるやん……!金額は……!!」
何度も見返した。1等でも2等でもなく、3等の……1万円が当たっている。
「何やねん!1万かいな!」
思わず宝くじを宙へと投げた。期待した自分にも、それを大事に封筒に入れてた親父にも腹が立った。
「はぁ……もう!期待して損したわ……何やねん……」
ついでに自分で買った宝くじも、確認する。いつもは、発表から数ヶ月……忘れた頃に確認する様にしていたが、今日はそんなジンクスはもうどうでも良くなっていた。
「2016年サマージャンボ……あったあった。これや……。1等1等……」
さっきまでどん底で、この世の全てが終わりだと思っていたのに、お気楽なものだ。
「あっ……え?え?これ当たって……え?」
1等とまではいかなかったが、まさかの3等が当たっている。
「3等……1万円か。初めて当たったわ……」
手元には2枚の宝くじがある。親父が大事にしまっていた宝くじと、自分がお守りにと買った宝くじ。合計で2万円と引き換えが出来るだろう。
「……これを明日、引き換えたらタバコが買え――」
「ビィィィィィ……!」
そんな事を思った時だった。工場の時計が19時のチャイムを鳴らした。
工場のチャイムは朝8時、お昼12時、夕方17時と最後に19時に鳴る。これは親父が決めたやり方で19時以降はいくら仕事が残っていても、翌日に響かない様にと、配慮したチャイムだった。従業員は17時以降、残業をしていても19時のチャイムには決まって終業する事になっていた。もう……何十年前からずっと。
そのチャイムが終わると同時に電話が鳴る……。
「ジリリリリ!!」
工場の機械音に負けない様に、最大音量の電話の音が、工場の事務室から聞こえてきた。同時に部屋にある子機が光り出す。
「あれ……?電気が止まってるはずなのに、なんでや……?」
不審に思いながらも、子機を取り、耳に当てた。
「も、もしもし?工藤機械工業です……」
「……工藤さん?私――」
それは思いもよらぬ相手からの電話だった。
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