私の彼岸花

雑魚ぴぃ

文字の大きさ
上 下
2 / 5
私の彼岸花

赤い彼岸花

しおりを挟む

『――ちゃん、ごめんね――』
「……ん……誰……?」

……



「……お姉ちゃんっ!お母さんが起きなさいって!お姉ちゃん!起きてっ!」
「……は……夢……」

 私の布団を引きはがし、体を揺さぶる妹。だんだんと意識がはっきりしだし、夢と現実の境目から、現実世界へと戻る感覚がある。

「ん……起きた、起きた。美央ミオ、ゆすらないで……」
「んもう!早く支度してね!」

 美央がバタン!と部屋を出ていき、私は目をこすりながらカーテンを開ける。
 朝日が部屋に入り込み、世界がオハヨウと言ってるようだった。

「オハヨウ世界……」

 SNSで見たフレーズを言葉にしてなんだか急に恥ずかしくなり、目が覚めた。

 今日はお母さんと妹と3人で、おばあちゃんの家へ行く予定だ。おばあちゃんの家は都内から離れた海辺の小さな街。

家から電車に揺られ3時間……

◆◇◆◇◆

「着いたぁぁぁ!!」
「美央!走ったら危ないって!もうっ!」
「お姉ちゃん早く!早く!」
アカネ!この荷物持って行って」
「うん、お母さん!先に行って……こら!美央!待ちなさい!」
「――ちゃん、ごめんね――」

 駅のホームで美央を追いかけながら、後ろでお母さんの声が聞こえた。

「よう来たねぇ!美央ちゃん大きくなって!茜ちゃんも大人になったねぇ!」
「おばあちゃんっ!」
「おばあちゃんお久しぶりです!」

 駅の改札口にはおばあちゃんが迎えに来てくれていた。美央がおばあちゃんと手を繋ぎ、早く行こうと急かす。

(美弥、茜ちゃんには……?)
(母さん、その話は後で……)

 おばあちゃんとお母さんが何やら小声で話したのが聞こえた。私のこと?気にはなったが美央に急かされ、タクシーに乗り込む。
 タクシーで10分ほど走ると海が見え、おばあちゃんちに着いた。

「茜、ちょっとお墓参りに行くから付いてきてくれる?」
「うん、いいよ?」
「美央も行くっ!」
「美央ちゃんは、ばっばとおやつでも食べようか!」
「美央おやつでも食べる!」

 そう言うと、さっさとタクシーを降りおばあちゃんに付いていく美央。

「運転手さん、すいません。お寺までお願いします」
「はい」

 タクシーはお母さんと私を乗せ、街が見渡せる高台に向かう。途中、花屋さんで一束の花を見繕う。

「ありがとうございました。後は歩いて行きますので……」

 私達はタクシーを降り、お寺さんまで歩く。途中、参道で綺麗な赤い花が目に止まる。

「お母さん、この花はなんていうお花?」
「あぁ、彼岸花ね」
「彼岸花?」
「花言葉は忘れちゃったけど……」
「ふぅん……」

 お寺さんに着くと、住職さんが迎えに出てきてお墓まで案内してくれた。
 私は水汲みを頼まれ、お母さん達から少し遅れてお墓に向かう……

『――ちゃん、ごめんね――』
「お母さん、いつの間に後ろに……?」

後ろを振り返るが誰もいない。

「え?」

そう言えば、駅のホームでも聞こえた言葉だった。

「お、お母さんっ!!」

私は小走りで、お母さん達が待っているお墓に向かう。

「今ねっ!誰もいないのに後ろでお母さんの声が――」

お墓の前で、振り返るお母さんは手を合わせ泣いていた。

「ど、どうしたの……?」
「あぁ……茜……」

住職さんはお墓に手を合わせお経をあげている。

「――菩提僧莎訶般若心経」

お経が終わるのを待ち、矢継ぎ早にお母さんにさっき聞いた声の話をしようとする。

「お母さん!さっき――」
「茜……このお墓はね。お母さんの妹のお墓なの」
「後ろから声が聞こえ……え?妹って……?」

 今、お母さんが発した言葉にきょとんとしてしまうと同時に妙な脱力感を感じた。軽く目眩がする。
 お経を唱え終わった住職さんが振り返り、話しかけてきた。

「茜さん。ここは美弥お母さんの妹さんのお墓なんですよ。あなたの本当の名前は秋音さん……」
「何を言ってるの?私は茜……だよ?」

住職さんは茜の言葉をよそに話を続ける。

「ちょうど20年前になります。一人の女性がここの海で身投げをしました。近くにいた方が海に飛び込み助けようとしましたが……残念なことに、お二人共お亡くなりになりました。お腹にはお子さんがおられ――」

なぜか行ったこともない海の風景が頭の中で作られていく。

「え?え?言ってる意味がわかんな――」
「茜、今まで黙っててごめんね。私はあなたのお母さんの姉。あなたの本当の名前は……」
「いやよ……二人共、何の……冗談……やめてよ」

 足が震える。20年生きてきて、お母さんだと思っていた人が……本当の母親は目の前のお墓だって言われても……!!

「無理無理無理……」

 頭の中がぐっちゃぐちゃになる……冷静に、落ち着こうとするのに!!……なのにさっきから、遠い記憶が邪魔をする。
 でも幼い頃に……私は……この海に何度か来たことが……

「美弥さん、もう今日はもうこの辺で……秋音……いや、茜さんも混乱されているみたいですし。お茶でも入れますので、本堂へ上がってください」
「はい。色々とありがとうございました。茜、行きましょう」

 そう言うと住職さんと、お母さんは本堂へ向かい歩き出す。

 私は一人、お墓の前で呆然とした。持っていた花束をギュッと握りしめる……

「……お母さん?そこにいるの……?私の……お母さん……?」

チリーン――

 風が吹き、住職さんの持っていた鈴が音を立て、境内に咲いていた彼岸花が揺れる。

「茜さん、あなたのお母さんを助けた方には娘さんがいてね、名前は春子――」

住職さんの言葉が頭で何度も繰り返される……

「もうやめてっ!!」

チリーン――

 強い衝動に襲われ、その場から逃げようと走り出す。

 気がつくと、なぜか私は記憶で見た防波堤に立っていた。

ビュウゥゥゥゥゥゥゥ!!

 強い風が吹き、潮風の匂いが脳を抜け、彼岸花が揺れる。

「あの……すみません。春子さん?ではないですか?」
(どういう事?私の体なのに私じゃない人が話してる……)

 目の前に泣きじゃくる女性の姿がある。その女性に、私が話しかけている。 
 くしゃくしゃの顔を袖で拭きながら女性は振り返り答えた。

「はい……春子です。あなたは?」

途切れ途切れに答える。

「私は秋音……ようやくお会い出来ましたね」
(この人が春子さん……そして話をしてるのが秋音さん……)

そう言うと、秋音は花束を海へ投げ入れた。
水面に映る秋音の背格好は、どことなく私に似ていた。

「20年前――私の母はここで自殺をしました。と同日、私は奇跡的に母が運ばれた病院で産まれました……」

 住職さんが言っていた言葉を思い出した。遺体が上がったのは二人だったと……そしてお腹には秋音さんがいたんだ。

「あの時、母の発見が少しでも遅かったら私はこの世に産まれていませんでした……春子さんのお母さんが大声を出して飛び込む姿を偶然、釣り人が見て警察に通報したそうです」

秋音は続ける。

「もちろん覚えてはいませんが、あなたのお母さんは私にとって命の恩人なのですよ」

そう言って、ニコッと笑う秋音さんの顔がなぜか自分の笑顔と重なって見えた。

「私、一度だけでもいい『お母さん』て呼んでみたかったんです。産まれてから今までずっと一人ぼっちなんですよ」

春子さんは答える。

「そうね……私はもう一度、母さんに会ってありがとうって――」

『茜ちゃん、ごめんね――』

唐突に、お母さんの声が聞こえ目の前が真っ暗になった……

◆◇◆◇◆

「……んん……ここは……?」

 気が付くと、天井が見える。綺麗な装飾のされた高い天井だ。

「おや、気が付いたみたいですね。美弥さん、茜さん気付かれましたよ!」
「良かった!今、救急車来るからね!もう心配で心配で……」
「……私、どうして」

 住職さんの説明では、お経が終わると同時にその場に倒れ込んだらしい。意識が戻らず本堂へと住職さんとお母さんが運び、救急車を呼んだそうだ。
 意識はしっかりある。体も不思議と軽くなった気がする。

「私……行かないと……」
「ちょ、ちょっと!茜!どこ行くの!」

 フラフラしながらも、私はお墓に向かう。途中、お母さんの肩を借りて……

「お母さん……たぶんだけど、この人のお墓の横にある小さいお墓が……茜ちゃんのお墓なんでしょ……?」
「え……どうして……!?」

びっくりした表情のお母さんを見ながら続ける。

「私はたぶん……本名は秋音。茜ちゃんは産まれてすぐに……亡くなった」

意識が遠くなる中、お母さんの声が聞こえたんだ。

『茜ちゃん、ごめんね……元気に産んであげれなくてごめんね……』

て……私は茜ちゃんの代わりに育てられた子供。でもね――

「お母さん。私が秋音でも、茜でも、今までと変わらないからね……産んでくれたお母さんも、育ててくれたお母さんも大好きだよ」
「茜……」

涙が止まらなかった。お母さんも一緒に泣いていた。

お墓の横では、彼岸花が風に揺れお別れを言っているようだった――



赤い彼岸花の花言葉は情熱……

そして『悲しい思い出』



この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

『異世界雑魚ぴぃ冒険たん』外伝
しおりを挟む

処理中です...