ふための少女

ざこぴぃ。

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ふための少女

第1話・美少女

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 ――2017年8月5日。
 僕は中学3年生になり、今まさに反抗期を迎えている。
「お兄ちゃん!行くの!行かないの!」
「ったく、うるせーなー!面倒くさい!」
「何!その態度は!お母さんに言いつけるからね!」
「はいはい、好きにすれば――」
「きぃぃぃぃ!」
 妹の千草とは毎日口喧嘩をしている。喧嘩をしているはずなのに、翌日にはその事を忘れ、また顔を見ては同じ事を繰返す。
 その年の夏、僕達は3年ぶりに【ホテル百鶴ひづる】に行く事になった。母の故郷でもあり、毎年帰っていたあの場所。
 しかし去年、ホテルを経営していた叔父が亡くなった。それからホテルは営業をしていない。母の話では、廃業となったホテルの相続やら、土地の売買やら、大人の事情があるらしく、母が1週間程仕事を休んで行く事になったそうだ。
 僕と千草は当初留守番の予定だったのだが、祖母が「孫に会いたいから連れて来い」と言う話になり急遽連れて行かれる事になったらしい。
 それから毎日、千草と同じやり取りを繰り返していた。
「……また湖にでも行ってみようか」
 僕が行こうと決めたのは出発前日の事。母は喜んでくれたが、何も準備していない僕と、準備万端の千草はまた口喧嘩に発展したのは言うまでもない。

 ――8月6日。
 【ホテル百鶴ひづる】。何でも元々は曽祖母が始めた旅館を叔父が譲り受け、旅館からホテルに建て替えたそうだ。
 下から眺めるホテルは、山の中には似つかない地上12階建のコンクリート造り。何も知らない僕と妹に取っては、ちょっとした遊園地にでも行く気分になる。
 ホテルに着くとフロントには数人の大人が既に集まっており、談笑していた。祖母、不動産関係者、顔は知ってるけど名前は知らない親戚の叔父……。母はこのホテルの経営者だった亡くなった叔父の姉になる。
「あぁ、来たみたいね。こっちよ!」
「いたいた。お母さん!」
 母が祖母に呼ばれフロントへと向かう。ホテルの電源は既に落とされているのだろう。自動ドアは開けっ放しでホテル内は昼間でも暗かった。
「はる、ちぐさ。待合室でしばらく待ってなさい」
「うん」
「はぁい」
 母達はフロントで名刺交換を始める。大人の長話がこれから始まるのだ。僕と千草は小一時間ここで時間を潰すのか……?
「はぁ……」
「ねぇねぇ、お兄ちゃん!401号室行ってみない?」
「え?いいよ、面倒くさい」
「行こうよ!もしここが取り壊しとかになったらもう行けないんだよ!」
「……それもそうか」
「ねっ!行こ!」
 僕達は母の目を盗み、エレベーター横の階段へと向かう。母達はフロントで設計図らしき物を広げ話に夢中な様だ。
 階段は薄暗く、非常灯すら点いていない。窓から差し込む陽の光だけが頼りだ。
「千草、足元気を付けろよ。お前、ドジなんだから」
「はぁ?お兄ちゃんこそ転ばないでよね!私が巻き添え食らうんだから!あっ……」
「どうした?」
「廊下に懐中電灯あるじゃん!」
「本当だ、これ借りよう」
 消火器の側に非常灯として置いてある懐中電灯を外し、スイッチを入れると問題なく使えそうだった。
「これで足元は見えやすいな」
「そだね」
 足元が見えやすくなり、そのまま階段を上って行く。2階、3階、4階……。4階の角部屋に着くとドアノブに手をかけた。
 ギィィィィ……。ドアがきしむ音が廊下に響き、室内のほこりっぽい匂いが鼻を突く。
「カーテンを閉めてるのか。千草、そっちの窓を開けてくれ」
「はいはーい」
 手分けして部屋の窓を開け、換気をする。時計は15時半を指している。どうやら時計はまだ動いているらしい。
「はぁぁ!この感じ!懐かしいなぁ!」
 窓を開け、いつものソファに座る千草。
「ここも無くなるのか……何だか寂し――」
 僕は窓の縁に手をかけ、そう言いかけて言葉に詰まった。眼下に見える道にあの子がいたのだ。
 びっくりしすぎて、千草との会話が一切入ってこない。
「――それでね、お母さんと温泉に行った時ね!蛇口の中に光る……」
「千草……すまない。ちょっと出てくる」
「綺麗な――は?出てくる?どこにって!ちょっ!」
 千草を部屋に置き、そのまま廊下に出てエレベーターのスイッチを押す。
「あっ!使えないんだった!」
 完全にテンパっていた。エレベーターを諦め、階段を2段飛ばしで走って降りて行く。辺りは薄暗いが、体が覚えているものだ。前のめりになりながらも3階、2階と階段を飛ぶ様に降りる。
 1階まで戻ると母さん達はフロントには既にいなかった。事務所に行ったのだろうか。

 開きっぱなしの自動ドアからホテルを出ると、上から千草の声がする。
「お兄ちゃん!どこ行くの!お母さんに怒られ――」
「わかった!ちょっと行って来る!」
「もうっ!」
 呆れた千草の声が聞こえてくるが、今はそれどころではない。さっき確かに見えたんだ。髪は短く、黒いワンピースを着ていたが、あの後ろ姿はたぶん彼女だ。
 あれから3年経っている。僕の事なんか覚えていないかもしれない。でも一言、一言謝らないと!
 僕が道路から湖へと向かう遊歩道に入ると、草が生い茂り、手摺が無かったら道がどこかもわからないくらいに草が伸びている。草をかき分けながら遊歩道を上り、丘を越えると湖が見えてきた。あの時と同じ様に地面が雨でぬかるんでいて、足を取られそうになる。
「はぁはぁはぁ……どこだ……?」
 丘の上から湖のほとりを見渡すが、霧がかかり、彼女の姿はここからは見えない。ここまでの道は確か一本道だ。どこかで入れ違いになるはずはない。
「いや……?待て……」
 この時、1つの疑問が浮かぶ。ここに来るまでの道で、草があれだけ生い茂っていたのに誰かが歩いた形跡が無かった気がする。振り返って見ると、今走って来た道の草は方々に倒れている。それは僕が通って来たからだ。彼女が先にここを歩いたのなら……先に人が通った跡があるんじゃないか?と言うことは……!
「僕が道を間違えた……のか」
 頭の中が彼女の事でいっぱいになりすぎて、間違った答えでも正解にしてしまいそうだ。
 丘の上の松の木に手をかけて息を整え、どうするか考えていると……。
「えっ!いたっ!」
 思わず声に出てしまう。少しわかりにくいが霧の中で、湖の上をゆっくりと進むボートが1槽見える。僕は湖までの遊歩道を駆け下りる。さっきまでの考察は何だったんだ。彼女はどうやってこの丘を越えて湖まで行ったんだ。それは明らかにおかしい疑問だった。しかし走っていると僕は彼女に会いたい一心で、そんな小さい事はどうでも良くなっていく。

「はぁはぁはぁ……」
 湖のほとりにあるボート貸し出し小屋に着いた。丘の上から見えたボートはここからは見えない。
 そして……そこでようやく全ての疑問が解けた。もしかしたら、彼女は……もうこの世にいない人なのかもしれない……そうどこかで思っていたのだ。
「はぁはぁ……」
 見るとボート小屋の横に赤い自転車が1台止まっている。
「自転車かいっ!」
 思わずツッコミを入れ、同時に思い出した。ホテルの前の道路をそのまま進み、遊歩道を過ぎて湖の反対側からなら道が付いている。徒歩だと30分はかかるだろうが、自転車なら10分もあれば着く距離だ。彼女は遊歩道を使わず、自転車で大回りして湖に行っただけだったみたいだ。
 するとボート小屋の後ろ、桟橋から見えない場所で音がする。奇妙にも同じリズムで刻むカタン……カタン……カタン……!と言う音。
「誰か……いる!」
 僕は急いで小屋の後ろへと周る。そこには真っ白な姿の……!
 鳥がいた。
「なんでやねん!」
「ギャァァァァ!」
「こっちがギャァァァァ!だっ!ギャァァァァ!」
 バサバサバサバサッ!その大きな白い鳥は、僕の声に驚き羽根を広げて湖の上へと飛び上がる。
「おい、お前。わしは動物をいじめるやつは好かん」
「いや、だって今のはアイツが――」
 振り返るとそこには黒いワンピース姿でショートカットの彼女がいた。
「お前、どこの者だ?わしの縄張りでヤンチャすると痛い目に遭うぞ?」
「あっ……あっ……」
「なんじゃ、人を化け物みたいに指差しおって」
「いつき……さんっ!」
「いつき?」
 彼女は不思議そうな顔をする。
「お前、なぜ姉の名前を知っておる」
「姉……?え?君は……?」
「わしの名は、ゆいか。美少女と書いてゆいかと読む」
「美少女と書いて……ゆいか……。え?ちょっと意味が良くわから……」
「冗談じゃ」
「冗談かいっ!」
 完全にもて遊ばれている。いつきはおしとやかなお嬢様の様な人だった。しかし目の前にいるゆいかを名乗る彼女は、姿はいつきなれど……喋り方がおっさんだ。
「君、まさか……!」
「ほぅ、お前気付いたか。なかなかするどいの」
「ボート小屋のおっさん……か?」
「ちがわいっ!ボケェ!」
 ゴンッ!ゲンコツをプレゼントされた。柔らかい手と握手した綺麗な思い出が汚れていく。
「いてぇ……!」
「いつきはあの日……」
 急に真面目な顔をして、ゆいかが湖の方へと歩いて行く。
「あの日……ここでいなくなったのじゃ」
「え……?いなくなった……?」
 僕はゆいかの言う意味がわからず、聞き直した。そして、ゆいかの口からあの日の起きた出来事が語られた……。
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