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序章
十二話
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死について人はマイナスのイメージしか持てない。
持っていないではなく持てないのだ。
死を恐怖するのは生物として基本的な思考であり、頭でどれだけ考えたとし手もその恐怖を乗り越えることはできない。
自ら死ぬ人間だって、本当の意味で死を恐れていないわけでない。
現実がその死よりも恐ろしいから自分から命を絶つだけであって、死の恐怖を超越したとはとてもではないが言えないだろう。
つまり目の前で死にたいといっている彼は、とてもそうは見えないがこの世界が自意識すらなくなり世界から消えるという事の恐怖すらも超越するほどに怖いというのだ。
だからこそヨナは笑う。
知識をつかさどる彼女はいままで一度も見たことのないものに対して尋常ではないほどの執着を見せることが多いのだが、アデルという人間が自死したいと願うこの状況こそが彼にとって何よりもおかしく楽しかった。
「──最強の死を私が作れるなんて、なんとも楽しそうじゃないか」
獰猛な笑みで笑うヨナは、初めて彼女が人のようであると思わせるだけの表情をしていた。
だがそんな彼女の言葉に対して怒りの感情を見せるのはリナだ。
「ま、まて! なぜそうなる!? なぜ死ななければならないんだ!」
周囲の客から視線が突き刺さる。
それなりに騒がしい店の中であるとはいえ、リナの声はそれらすべてをかき消すほどの大きさだった。
一体何事かとよってくる店員を手で静止して、立ち上がったまま肩を震わせる彼女を座らせるとアデルは慎重に言葉を選びながら、それでも嘘を彼女に対してつく気にもなれずただただ事実だけを述べる。
「俺がそれを望んでいるからだよ」
その声はリナがアデルから向けられた言葉の中で最も冷たかった。
罵倒をされたり馬鹿にされたり、とてもではないが口がいいとは言えないアデルだがあれらは彼なりのコミュニケーションの方法だ。
相手が傷つかないと思っているギリギリのラインの言葉を投げかけ、相手がそれに対して不快感を示さなければそれでもって自分への好感度を推し量ろうというもの。
はじめそのことに気が付いたときは面倒くさい男だと思っていたが、それだけ他人の好意に対して敏感にならなければいけない生活を送ってきたのだろうということを考えれば面倒ではあったが苦ではなかたった。
言葉の端々に感じられる優しさや思いやりがそこにはこもっていたからなのだが、先ほど彼から投げかけられた言葉にはそういったものはどこにもない。
自分とはかかわってくれるな、という彼の心の声が聞こえそうになるほどに彼はどうしても自分を殺したいらしい。
「九百年の孤独は人の心を狂わせる。瞬きのような時の中で必死に生きることはなんとも素晴らしいが、無限に感じる時間はどれだけ必死に生きても終わることがない苦痛しか産むことはできないんだ」
「それは──」
否定しようとして、言葉が喉を詰まらせる。
体験したことのあることと頭の中で考えたことの差がどれだけ大きいかなどというのは、大人になれば人間だれしもある程度分かるものだ。
戦場に立ったことのある兵士とそうでない兵士。
目の前で大切な人間を失ったことのある者とそうでない者。
彼らがその点において相互に理解するなどということはまさしく世迷いごとであり、いままさしく彼に対して自分の価値観を押し付けようとしている自分は到底発することのできない言葉だということをリナは自覚してしまっていた。
「だけど、なぜ死を望むんだ。あんなに楽しそうに……」
「俺は楽しそうに見えたか?」
私は彼の笑顔を見たことはあっただろうか。
朧気ながら脳裏に浮かぶのは幼少の頃の記憶、強くなろうと決意したときの記憶。
あの時、ほんの少しの間だけではあったが、彼は私に対して笑いかけてくれていたはずだ。
だが大人になって、温情で彼の隣にいさせてもらっている今、彼の笑顔というものは見たことがない。
苦笑いや馬鹿にするような笑いというのは何度か見たことがあるが、心の底から幸せそうだと思えるような笑いというのは思い返してみればたったの一度も見たことがなかった。
その事実がリナを絶句させる。
否定しようとしてもしきれない、だってそこにあるのはただ事実だけなのだから。
「残念だけどそう言うことだ。独りじゃ何も楽しくない、独りじゃ生きていられないんだ」
表面上はアデルのそばに人は多く寄ってくるが、彼が何度か口にしたとおりそれらは最強という名前に惹かれてやってきただけのただのノイズだ。
ノイズは一度そうなってしまえばもはや二度と対等に肩を並べる存在ではなくなり、見限られた者たちはそれと知ることなく彼に対して媚び続ける。
「その独りというのは一人っきりと言う意味ではないのだろうな。私も軍に入って多くの人間を見てきた、そうして生きていく中で独りだった人間を多く見てきた。
大体はみんな役者不足なことをして死んでいったが、それで死ねなかったのがアデル。お前と言うことなんだろうな」
「別に戦って死にたかったわけじゃない。ただ普通に生きて、次世代に次世代に何かをつなげたかっただけのことだ。ただまあ……自分が役目だと思えるものの為に死ねたその人たちはうらやましくも思うよ」
何かをなそうとして、そうできずに死んでいくことだって彼に言わせてみればまた美談だ。
物語というのは終わりがやってくるからこそ価値が生まれ、終わりがやってくることを知っているからこそ人はあがこうとするのだから。
何を言い返そうとしても彼の意思を覆すことなどできそうもなく、言葉に詰まったリナが助けを求めるようにしてヨナへと目線を送ってみれば彼女は嬉しそうにリナに質問してくる。
「そもそもリナ、君はどうしてこの男のそばにいられる?」
「どうしても何も私とアデルはそれこそ運命なのだろう。先程お前もそれらしいことを口にしていたじゃないか」
「運命か、いいねなんだかドラマチックで。だけど君さ、彼の本当の恐ろしさを理解しているのかな?」
本来ならば自分が彼のそばにいられるような実力でも美貌でもないことはわかっている。
そういうつもりで口にしたリナの言葉に対して逆だとヨナは口にする。
どうしてアデルを自分の横におけるのか、それがヨナがリナに対して問いかけたことだ。
「彼は本気を出せば……いや、その全力のほんの少しだけでこの首都にいる人間を1秒もあれば全員殺せる。それを止める術は誰にもない、だって彼は最強なんだからね」
「アデルはそんなやつじゃない。そんなことを口にするなっ!」
「なぜそんなに怒る? 君はアデルの何を知っているんだ? 彼の胸の内も知らなかったのに」
「自分のことを救ってくれた人間に対して恩を感じるのはおかしいことか? ましてやその人物を侮辱している人間に怒りをぶつけることが」
「だんだんと言葉の感覚が短くなってきたね、わかりやすい怒りの表れだ。自分でも納得するところがあるのだろう」
強すぎるということはつまりそういうことだ。
たとえば龍を飼っている人間が居たとして、街中にその龍を連れて来れば混乱が起きるのは必至だろう。
どれだけ龍は他者に対して害をなさないと言い続けたところで人はそれを信用することなどできないし、それよりもはるかに強いアデルが害をなさないと言ったところでそれをはいそうですかと信じられるわけがない。
「もし彼が自分の体に触れている気体を毒に変えたらどうなると思う? 死を撒き散らす存在になった彼を誰が止められる?」
「私はそんな事をしないと信じている」
「依存に近いね、君はアデルが随分とお気に入りな様だ。だがどちらにせよ、人は彼を恐れる。味方が誰も居ない世界でそれでも君は彼に生きろというのか?」
「違う、私がアデルの味方だ。だから勝手に死ぬなんて私が許さない。私が生きている間はアデルに自殺なんてさせない」
「……恩を返すつもりなら殺してくれ。それが俺の望みなんだ」
「一つ目の望みはいいのか? 私がいれば両方の望みが叶うのだろう? ならせめて一つ目が叶うまで私と生きないか?」
なんの望みを持つのかは知らないが、それがたとえ世界を滅ぼすことだったとしてもアデルには死んでほしくない。
リナにとってアデルとは目標であり憧れの対象であり、そして唯一異性として意識している相手だ。
彼が居なくなればそれこそリナはいまのアデルと同じく、この世界で生きることよりも死ぬことの方が楽だと思えるだろう。
「もういいんだ、本当にもう」
だが所詮は自分勝手な願いで、彼がそれでも死にたいというのならばそれを止める術はない。
(……諦めるしかないのか)
心のどこかでそんな事をリナが思い始め、とうとう言葉も発さなくなり騒がしい店内でアデル達の周りだけが静まり返る。
せめて最後に楽しい思い出を彼に、そう思い何かを提案しようとしたリナの耳に、ふとドタバタとした音が店の外から聞こえてくる。
まるで巨大な何かが街中で暴れているかの様なその音は、確かにこちら側へと近づいてきていた。
「──はいどーんッッ!!」
爆音と共に店のドアが木っ端微塵に破壊され、悲鳴が店内を駆け巡る。
自然と視線はその壊れたドアが元あった場所に注がれるわけで、店内へとズカズカとやってきた人物を見て共和国の人間達は一斉に視線をずらした。
2メートルを超える背丈、彫刻と見間違うほどのその顔付き。
なんらかの民族衣装のような衣服を纏う彼女は、その特徴的な頭の上に生えた八つの角とを宝石で装飾し、丸太よりも随分と太く長い尻尾を店内の至る所にぶつけながら店の中へと入ってくる。
体から迸る
「辛気臭っっっさ! なにここくっせぇなぁ! くっせぇくっせぇ、誰がクセェ?」
低音の効いた心地よい声から発せられるとは思いたくないほど汚い言葉遣い。
どこか聞き覚えのあるそんな言葉を操る彼女は一直線にアデル達のいる場所へ向かって歩いてくるではないか。
「臭いの元はどうやら私の可愛い可愛い愛弟子くんじゃないか」
「いま大事な話をしてるんだ。師匠とはいえ邪魔するなら──」
「殺すか? 随分と軽々しくその言葉を口にするようになったな。その言葉を口にしていいのはいつだって私はお前に教えたかな?」
アデルの言葉を遮りながら、アデルの師匠と呼ばれた人物は尻尾でアデルの口を押さえる。
ずいぶんと器用に尻尾を扱う彼女は初めて見せるアデルの怒りを受けて、涼しい顔をしながらまるで何事もないかの様にそれをいなす。
たとえ修行した人間であっても平気で意識を刈り取るほどのアデルの威圧を前にしてこれだ。
彼の師匠というのはどうやら嘘ではない様である。
「敵対した人間は全員を殺せ、そう教わったと記憶しているけど」
「なるほど、機嫌悪かっただけだな! 許せ許せ!」
いまにも手を出しそうなアデルを前にニコニコと満面の笑みを浮かべる彼女は、どかりと音を立てながらヨナの隣に座り込む。
どこかへ行って欲しそうなアデルの視線に対して行動で示した彼女は、その表情を少しだけ真剣なものへと変えて話を続ける。
「ただまぁ自殺なんてしょうもない事を考えるくらいお前がこの世界を生きてくれて良かったよ」
「師匠まで俺にまだ生きろっていうのか?」
「ははっ、泣きそうな顔だな。ああそういえば自己紹介が遅れたな、龍王ラヴェインだ。よろしくぅ!」
泣きそうになっている弟子の真横でサムズアップしながら自己紹介をしてくるあたり、どうやらアデルの性格というのはずいぶん目の前の人物の影響を受けたらしい。
龍王ラヴェインといえば人の世界の治安を維持する龍の王としてその名が広く知られ、共和国を先導して人同士の戦いを無くそうと尽力している人物である。
そんな人物がアデルの師匠と知り、驚きと共に彼の師匠ならばそれくらいの人物だろうというという予想がリナの中にはあった。
師匠であるならばいまのアデルをなんとかすることができるはず。
本来龍王に対してもはや市井の人間であるリナが何かを口にするなどできるはずがないと知りながら、それでも強気で彼女に対して問いかける。
「いまはそんな事よりアデルをどうにかしてくれませんか。貴方の大事な弟子が、ここまで思い詰めているんですよ」
「連れないなぁ。龍王が来たって言ったら普通みんな五体投地してひれ伏すのにさ、まぁいいんだけど」
状況が状況ならリナもそうしているだろうが、いまはそんな場合ではない。
睨みつける様なリナの視線を特に意に返した様子もなく、ラヴェインは何も言わずとも店員が持ってきたやけに巨大なパフェをほうばりながらアデルへと言葉を投げかける。
「んで、最強のアデル君。お前の望み私とその子で叶えてやろう」
「俺を殺してくれるのか?」
「そうそう、もうめんどいからそうでいいよ。ほら復唱して」
「な、何を──」
ラヴェインにこれ以上何かを言わせてはいけない。
そう感じたリナが抗議とともに立ちあがろうとすると瞬きよりも速い速度で立ちあがろうとした体を押さえつけられた。
まるで手を添えられたかの様な優しさで押し戻されているが、その尻尾が自分の命を瞬時に奪えるものであるという事をどこか冷たく感じるその感触が教えてくれる。
「いーからいーから」
止められない。
死を覚悟して止めようとしても、比嘉の力量差はその比ではない。
最強は死ぬのだ、力が足りていないから。
龍王を黙らせるほどの力を持っていないから。
「覇王、天使威、龍弟、英雄王、勇者、神使、魔王、デア」
唱えられるのはこれまでアデルが歩んできた道筋で、人々が彼を称えて呼んだ名前。
ありとあらゆる最強として、彼はその名を世界に刻んできた。
カタカタとテーブルの上にあるティーカップが震え、近くの窓から順番にミシミシと音を立てながら割れていく。
なんらかの魔法的儀式が行われる時、その儀式が大きくなればなるほどに周囲に影響を与える。
魔法に対して直接詠唱していないにも関わらず周囲の物質へ影響を与えるほどの魔素の高まりは、ひっそりとではあるがこの場で大魔法が行使されていることの証明である。
「消失」
本来ならばあるだろう詠唱を全て破棄し、アデルの手をとったラヴェインが魔法を口にすることで世界はその通りに変化する。
アデルの全身を光が包み、その光の量は時間の経過に比例して加速度的に増加していく。
体全身が光に包まれ、もはやアデルの体が見れなくなると自然とリナの頬から涙が伝って落ちていく。
彼は死んでしまったのだと、気配の感じられなくなった彼自身が教えてくれる。
膝から崩れ落ちてしまいたい、泣き叫んでしまいたい。
やっと手に入れられた宝物だったのに、手に入った途端彼はどこかへ行ってしまった。
思い人をろくに助けてやることもできず、ただ死ぬところを眺めることしかできない自分の不甲斐なさに涙が止まらない。
拳を握りしめてなんとか気持ちを落ち着かせようとするがそれでも落ち着かずに、アデルの方を見てみればそこにはなんら変わりない姿のアデルがいた。
「……はぁ?」
涙で喉が掠れているが、自分の喉からなんとも間抜けな声が出たものだ。
確かに彼は居なくなったはず、だというのに視界には確かに彼がいる。
「死んで……ない?」
ようやく死ねたと、終われたと思ったアデルはただ純粋に疑問の言葉を口にした。
自分でも確かに死ぬという予感が全身を走ったのに、身体はどこも変わらず無事なままである。
「教えてやろうか? おいそこのウェイトレス」
「は、はい! なんでしょうか龍王様。パフェのおかわりでしたら少々お時間頂きたく……」
「いまはそう言うのはいい。龍弟を知らないか?」
「龍弟ですか? ……すいません、私は知りませんね」
知らない?
アデルの名前を知らないなんて、そんな筈がない。
見た目だけであれば確かにアデルを最強と呼ばれる人物かどうか判断することは難しいだろう。
彼の見た目はこれと言って特別なものはなく、眼光や威圧感、纏っている立ち姿は分かる人間が見ればおおよそ目安をつけられるほどのものではあるが逆にいえばそうでない物には他の人間と大差ない。
だが龍弟というのは共和国では知らぬものがいない名であり、今朝だって闘技場を震わせるほどの人を呼び込んだほどの名前だ。
それを知らないと言われれば、アデルが呆けたような顔をしてしまうのも仕方のないことだろう、
「おい、何をほうけた顔をしている」
「なんっ……俺を知らない? なんで?」
「この場にいる私達とお前のフルネームを知る人間以外の全てからお前につけられた忌み名の記憶を消した」
なんでもないことかのようにして龍王は神業を口にする。
世界中の人間の記憶をいじる? そんな事が出来ればこの世界は彼女の都合のいいように回せるという方に他ならない。
だが事実人がアデルの事を忘れてしまい、自分自身もアデルが居なくなったと存在を認識するまで思ってしまっていた。
だがこれはアデルにとっては救いだった。
アデルは今日社会的にではあるが確かに死ねたのだから。
「つまりお前はもうただのアデル・ゼルドリエということだ」
「なぜアデルの記憶を他人から消したんだ?」
「呪縛だったからだ。何をするにも名が知れ渡っている、これ以上嫌なことはない。利用され、利用し、そんなのにこの子が巻き込まれるのは私は勘弁ならないんだよ」
「まるでアデルが小さな子供みたいな言い方をするんだな」
龍王に理由を問いただしながら、リナは心の底から安堵する。
これで彼は少なくとも早急に死にたいと思えてしまうような状況から脱する事ができた。
あとはこの世界で大切だと思える物を彼自身が見つけられるかどうかだ。
「私はショタコンなのでね、彼が小さな子供に見えないと困るんだよ」
「師匠の性癖なんて聞きたくもない。というかお前はなんなんだ? 師匠はまだわかる。だけどお前は……」
「私はこの世界の辞書、名を司る神。龍王がどうしても手伝って欲しいと言うから来た」
王の次は神と来れば驚くべきなのだろうか。
とはいえこの世界における神というのは精霊が上位の力を持った存在のことであり、全知全能の生命体を指す言葉ではない。
珍しいが一生に何度かは見る事ができるくらいの相手というのが神に対しての正しい認識だろう。
「肉体を作るのに200年くらいかかったからね、いつ君が死ぬか焦ってたんだけど死ななくてよかったよ」
「事実上は最強だが、これで最強じゃなくなった。デアの名を亡くしたから死にたければいつでも死ねる。
どうする? 一つ目と二つ目の願いを叶える前にそれでも死にたいか? いま死ねば泣くのはこの場にいる私と彼女だけだ」
「俺が人助けをしてた理由、知ってたんですね」
「そりゃあ師匠だからな」
「そうですか………そうですか」
何もない天井を見上げ、色々と頭の中でごちゃごちゃしている思考を整理する。
いまさらすぐに死にたいかと聞かれれば、正直もうそれはどうだっていい。
死のうとするのには相当のエネルギーを使うわけだがアデルにはもはやそんな物残っては居ないし、もし残っていたとしてもわざわざもう一度死ぬことに向けようとも思えない。
自分がこれからまた何をするべきなのか、人を助けるべきなのかと考えて、ふと思い立った結論をアデルは口にする。
「彼女が俺の夢を叶えてくれる。それでいいんだな世界の辞書」
「私の名前はコードと呼んでくれ、単体呼称名がないのは何かと不便だろう。それと答えはYESだ」
名称をヨナ・コードとでもしておこう。
彼女は力強い言葉でアデルの言葉を肯定するとアデルはそのまま視線をリナへと向ける。
今日初めて見るリナの顔は酷く腫れており、随分と心配をかけてしまったらしいとふと思う。
自分勝手に生きているだけの自分が彼女のどんな琴線にふれたのかは知らないが、自分のために泣いてくれる人間のために一日を使うのは悪いことではないだろう。
「リナ、俺は君にどれくらいの貸しがある?」
「……返せないくらいの貸しがある。命を助けられた訳だからな」
「なら明日一日を俺にくれ。それで決める、俺が生きるか死ぬか。何をするべきなのか」
今日決められないことは明日決めよう。
きっと明日の自分がどうにかしてくれるはずだ。
口いっぱいに緩くなったコーヒーを含み、喉を過ぎ去っていく香りを楽しめる余裕もなくアデルは遠くを眺めるのだった。
持っていないではなく持てないのだ。
死を恐怖するのは生物として基本的な思考であり、頭でどれだけ考えたとし手もその恐怖を乗り越えることはできない。
自ら死ぬ人間だって、本当の意味で死を恐れていないわけでない。
現実がその死よりも恐ろしいから自分から命を絶つだけであって、死の恐怖を超越したとはとてもではないが言えないだろう。
つまり目の前で死にたいといっている彼は、とてもそうは見えないがこの世界が自意識すらなくなり世界から消えるという事の恐怖すらも超越するほどに怖いというのだ。
だからこそヨナは笑う。
知識をつかさどる彼女はいままで一度も見たことのないものに対して尋常ではないほどの執着を見せることが多いのだが、アデルという人間が自死したいと願うこの状況こそが彼にとって何よりもおかしく楽しかった。
「──最強の死を私が作れるなんて、なんとも楽しそうじゃないか」
獰猛な笑みで笑うヨナは、初めて彼女が人のようであると思わせるだけの表情をしていた。
だがそんな彼女の言葉に対して怒りの感情を見せるのはリナだ。
「ま、まて! なぜそうなる!? なぜ死ななければならないんだ!」
周囲の客から視線が突き刺さる。
それなりに騒がしい店の中であるとはいえ、リナの声はそれらすべてをかき消すほどの大きさだった。
一体何事かとよってくる店員を手で静止して、立ち上がったまま肩を震わせる彼女を座らせるとアデルは慎重に言葉を選びながら、それでも嘘を彼女に対してつく気にもなれずただただ事実だけを述べる。
「俺がそれを望んでいるからだよ」
その声はリナがアデルから向けられた言葉の中で最も冷たかった。
罵倒をされたり馬鹿にされたり、とてもではないが口がいいとは言えないアデルだがあれらは彼なりのコミュニケーションの方法だ。
相手が傷つかないと思っているギリギリのラインの言葉を投げかけ、相手がそれに対して不快感を示さなければそれでもって自分への好感度を推し量ろうというもの。
はじめそのことに気が付いたときは面倒くさい男だと思っていたが、それだけ他人の好意に対して敏感にならなければいけない生活を送ってきたのだろうということを考えれば面倒ではあったが苦ではなかたった。
言葉の端々に感じられる優しさや思いやりがそこにはこもっていたからなのだが、先ほど彼から投げかけられた言葉にはそういったものはどこにもない。
自分とはかかわってくれるな、という彼の心の声が聞こえそうになるほどに彼はどうしても自分を殺したいらしい。
「九百年の孤独は人の心を狂わせる。瞬きのような時の中で必死に生きることはなんとも素晴らしいが、無限に感じる時間はどれだけ必死に生きても終わることがない苦痛しか産むことはできないんだ」
「それは──」
否定しようとして、言葉が喉を詰まらせる。
体験したことのあることと頭の中で考えたことの差がどれだけ大きいかなどというのは、大人になれば人間だれしもある程度分かるものだ。
戦場に立ったことのある兵士とそうでない兵士。
目の前で大切な人間を失ったことのある者とそうでない者。
彼らがその点において相互に理解するなどということはまさしく世迷いごとであり、いままさしく彼に対して自分の価値観を押し付けようとしている自分は到底発することのできない言葉だということをリナは自覚してしまっていた。
「だけど、なぜ死を望むんだ。あんなに楽しそうに……」
「俺は楽しそうに見えたか?」
私は彼の笑顔を見たことはあっただろうか。
朧気ながら脳裏に浮かぶのは幼少の頃の記憶、強くなろうと決意したときの記憶。
あの時、ほんの少しの間だけではあったが、彼は私に対して笑いかけてくれていたはずだ。
だが大人になって、温情で彼の隣にいさせてもらっている今、彼の笑顔というものは見たことがない。
苦笑いや馬鹿にするような笑いというのは何度か見たことがあるが、心の底から幸せそうだと思えるような笑いというのは思い返してみればたったの一度も見たことがなかった。
その事実がリナを絶句させる。
否定しようとしてもしきれない、だってそこにあるのはただ事実だけなのだから。
「残念だけどそう言うことだ。独りじゃ何も楽しくない、独りじゃ生きていられないんだ」
表面上はアデルのそばに人は多く寄ってくるが、彼が何度か口にしたとおりそれらは最強という名前に惹かれてやってきただけのただのノイズだ。
ノイズは一度そうなってしまえばもはや二度と対等に肩を並べる存在ではなくなり、見限られた者たちはそれと知ることなく彼に対して媚び続ける。
「その独りというのは一人っきりと言う意味ではないのだろうな。私も軍に入って多くの人間を見てきた、そうして生きていく中で独りだった人間を多く見てきた。
大体はみんな役者不足なことをして死んでいったが、それで死ねなかったのがアデル。お前と言うことなんだろうな」
「別に戦って死にたかったわけじゃない。ただ普通に生きて、次世代に次世代に何かをつなげたかっただけのことだ。ただまあ……自分が役目だと思えるものの為に死ねたその人たちはうらやましくも思うよ」
何かをなそうとして、そうできずに死んでいくことだって彼に言わせてみればまた美談だ。
物語というのは終わりがやってくるからこそ価値が生まれ、終わりがやってくることを知っているからこそ人はあがこうとするのだから。
何を言い返そうとしても彼の意思を覆すことなどできそうもなく、言葉に詰まったリナが助けを求めるようにしてヨナへと目線を送ってみれば彼女は嬉しそうにリナに質問してくる。
「そもそもリナ、君はどうしてこの男のそばにいられる?」
「どうしても何も私とアデルはそれこそ運命なのだろう。先程お前もそれらしいことを口にしていたじゃないか」
「運命か、いいねなんだかドラマチックで。だけど君さ、彼の本当の恐ろしさを理解しているのかな?」
本来ならば自分が彼のそばにいられるような実力でも美貌でもないことはわかっている。
そういうつもりで口にしたリナの言葉に対して逆だとヨナは口にする。
どうしてアデルを自分の横におけるのか、それがヨナがリナに対して問いかけたことだ。
「彼は本気を出せば……いや、その全力のほんの少しだけでこの首都にいる人間を1秒もあれば全員殺せる。それを止める術は誰にもない、だって彼は最強なんだからね」
「アデルはそんなやつじゃない。そんなことを口にするなっ!」
「なぜそんなに怒る? 君はアデルの何を知っているんだ? 彼の胸の内も知らなかったのに」
「自分のことを救ってくれた人間に対して恩を感じるのはおかしいことか? ましてやその人物を侮辱している人間に怒りをぶつけることが」
「だんだんと言葉の感覚が短くなってきたね、わかりやすい怒りの表れだ。自分でも納得するところがあるのだろう」
強すぎるということはつまりそういうことだ。
たとえば龍を飼っている人間が居たとして、街中にその龍を連れて来れば混乱が起きるのは必至だろう。
どれだけ龍は他者に対して害をなさないと言い続けたところで人はそれを信用することなどできないし、それよりもはるかに強いアデルが害をなさないと言ったところでそれをはいそうですかと信じられるわけがない。
「もし彼が自分の体に触れている気体を毒に変えたらどうなると思う? 死を撒き散らす存在になった彼を誰が止められる?」
「私はそんな事をしないと信じている」
「依存に近いね、君はアデルが随分とお気に入りな様だ。だがどちらにせよ、人は彼を恐れる。味方が誰も居ない世界でそれでも君は彼に生きろというのか?」
「違う、私がアデルの味方だ。だから勝手に死ぬなんて私が許さない。私が生きている間はアデルに自殺なんてさせない」
「……恩を返すつもりなら殺してくれ。それが俺の望みなんだ」
「一つ目の望みはいいのか? 私がいれば両方の望みが叶うのだろう? ならせめて一つ目が叶うまで私と生きないか?」
なんの望みを持つのかは知らないが、それがたとえ世界を滅ぼすことだったとしてもアデルには死んでほしくない。
リナにとってアデルとは目標であり憧れの対象であり、そして唯一異性として意識している相手だ。
彼が居なくなればそれこそリナはいまのアデルと同じく、この世界で生きることよりも死ぬことの方が楽だと思えるだろう。
「もういいんだ、本当にもう」
だが所詮は自分勝手な願いで、彼がそれでも死にたいというのならばそれを止める術はない。
(……諦めるしかないのか)
心のどこかでそんな事をリナが思い始め、とうとう言葉も発さなくなり騒がしい店内でアデル達の周りだけが静まり返る。
せめて最後に楽しい思い出を彼に、そう思い何かを提案しようとしたリナの耳に、ふとドタバタとした音が店の外から聞こえてくる。
まるで巨大な何かが街中で暴れているかの様なその音は、確かにこちら側へと近づいてきていた。
「──はいどーんッッ!!」
爆音と共に店のドアが木っ端微塵に破壊され、悲鳴が店内を駆け巡る。
自然と視線はその壊れたドアが元あった場所に注がれるわけで、店内へとズカズカとやってきた人物を見て共和国の人間達は一斉に視線をずらした。
2メートルを超える背丈、彫刻と見間違うほどのその顔付き。
なんらかの民族衣装のような衣服を纏う彼女は、その特徴的な頭の上に生えた八つの角とを宝石で装飾し、丸太よりも随分と太く長い尻尾を店内の至る所にぶつけながら店の中へと入ってくる。
体から迸る
「辛気臭っっっさ! なにここくっせぇなぁ! くっせぇくっせぇ、誰がクセェ?」
低音の効いた心地よい声から発せられるとは思いたくないほど汚い言葉遣い。
どこか聞き覚えのあるそんな言葉を操る彼女は一直線にアデル達のいる場所へ向かって歩いてくるではないか。
「臭いの元はどうやら私の可愛い可愛い愛弟子くんじゃないか」
「いま大事な話をしてるんだ。師匠とはいえ邪魔するなら──」
「殺すか? 随分と軽々しくその言葉を口にするようになったな。その言葉を口にしていいのはいつだって私はお前に教えたかな?」
アデルの言葉を遮りながら、アデルの師匠と呼ばれた人物は尻尾でアデルの口を押さえる。
ずいぶんと器用に尻尾を扱う彼女は初めて見せるアデルの怒りを受けて、涼しい顔をしながらまるで何事もないかの様にそれをいなす。
たとえ修行した人間であっても平気で意識を刈り取るほどのアデルの威圧を前にしてこれだ。
彼の師匠というのはどうやら嘘ではない様である。
「敵対した人間は全員を殺せ、そう教わったと記憶しているけど」
「なるほど、機嫌悪かっただけだな! 許せ許せ!」
いまにも手を出しそうなアデルを前にニコニコと満面の笑みを浮かべる彼女は、どかりと音を立てながらヨナの隣に座り込む。
どこかへ行って欲しそうなアデルの視線に対して行動で示した彼女は、その表情を少しだけ真剣なものへと変えて話を続ける。
「ただまぁ自殺なんてしょうもない事を考えるくらいお前がこの世界を生きてくれて良かったよ」
「師匠まで俺にまだ生きろっていうのか?」
「ははっ、泣きそうな顔だな。ああそういえば自己紹介が遅れたな、龍王ラヴェインだ。よろしくぅ!」
泣きそうになっている弟子の真横でサムズアップしながら自己紹介をしてくるあたり、どうやらアデルの性格というのはずいぶん目の前の人物の影響を受けたらしい。
龍王ラヴェインといえば人の世界の治安を維持する龍の王としてその名が広く知られ、共和国を先導して人同士の戦いを無くそうと尽力している人物である。
そんな人物がアデルの師匠と知り、驚きと共に彼の師匠ならばそれくらいの人物だろうというという予想がリナの中にはあった。
師匠であるならばいまのアデルをなんとかすることができるはず。
本来龍王に対してもはや市井の人間であるリナが何かを口にするなどできるはずがないと知りながら、それでも強気で彼女に対して問いかける。
「いまはそんな事よりアデルをどうにかしてくれませんか。貴方の大事な弟子が、ここまで思い詰めているんですよ」
「連れないなぁ。龍王が来たって言ったら普通みんな五体投地してひれ伏すのにさ、まぁいいんだけど」
状況が状況ならリナもそうしているだろうが、いまはそんな場合ではない。
睨みつける様なリナの視線を特に意に返した様子もなく、ラヴェインは何も言わずとも店員が持ってきたやけに巨大なパフェをほうばりながらアデルへと言葉を投げかける。
「んで、最強のアデル君。お前の望み私とその子で叶えてやろう」
「俺を殺してくれるのか?」
「そうそう、もうめんどいからそうでいいよ。ほら復唱して」
「な、何を──」
ラヴェインにこれ以上何かを言わせてはいけない。
そう感じたリナが抗議とともに立ちあがろうとすると瞬きよりも速い速度で立ちあがろうとした体を押さえつけられた。
まるで手を添えられたかの様な優しさで押し戻されているが、その尻尾が自分の命を瞬時に奪えるものであるという事をどこか冷たく感じるその感触が教えてくれる。
「いーからいーから」
止められない。
死を覚悟して止めようとしても、比嘉の力量差はその比ではない。
最強は死ぬのだ、力が足りていないから。
龍王を黙らせるほどの力を持っていないから。
「覇王、天使威、龍弟、英雄王、勇者、神使、魔王、デア」
唱えられるのはこれまでアデルが歩んできた道筋で、人々が彼を称えて呼んだ名前。
ありとあらゆる最強として、彼はその名を世界に刻んできた。
カタカタとテーブルの上にあるティーカップが震え、近くの窓から順番にミシミシと音を立てながら割れていく。
なんらかの魔法的儀式が行われる時、その儀式が大きくなればなるほどに周囲に影響を与える。
魔法に対して直接詠唱していないにも関わらず周囲の物質へ影響を与えるほどの魔素の高まりは、ひっそりとではあるがこの場で大魔法が行使されていることの証明である。
「消失」
本来ならばあるだろう詠唱を全て破棄し、アデルの手をとったラヴェインが魔法を口にすることで世界はその通りに変化する。
アデルの全身を光が包み、その光の量は時間の経過に比例して加速度的に増加していく。
体全身が光に包まれ、もはやアデルの体が見れなくなると自然とリナの頬から涙が伝って落ちていく。
彼は死んでしまったのだと、気配の感じられなくなった彼自身が教えてくれる。
膝から崩れ落ちてしまいたい、泣き叫んでしまいたい。
やっと手に入れられた宝物だったのに、手に入った途端彼はどこかへ行ってしまった。
思い人をろくに助けてやることもできず、ただ死ぬところを眺めることしかできない自分の不甲斐なさに涙が止まらない。
拳を握りしめてなんとか気持ちを落ち着かせようとするがそれでも落ち着かずに、アデルの方を見てみればそこにはなんら変わりない姿のアデルがいた。
「……はぁ?」
涙で喉が掠れているが、自分の喉からなんとも間抜けな声が出たものだ。
確かに彼は居なくなったはず、だというのに視界には確かに彼がいる。
「死んで……ない?」
ようやく死ねたと、終われたと思ったアデルはただ純粋に疑問の言葉を口にした。
自分でも確かに死ぬという予感が全身を走ったのに、身体はどこも変わらず無事なままである。
「教えてやろうか? おいそこのウェイトレス」
「は、はい! なんでしょうか龍王様。パフェのおかわりでしたら少々お時間頂きたく……」
「いまはそう言うのはいい。龍弟を知らないか?」
「龍弟ですか? ……すいません、私は知りませんね」
知らない?
アデルの名前を知らないなんて、そんな筈がない。
見た目だけであれば確かにアデルを最強と呼ばれる人物かどうか判断することは難しいだろう。
彼の見た目はこれと言って特別なものはなく、眼光や威圧感、纏っている立ち姿は分かる人間が見ればおおよそ目安をつけられるほどのものではあるが逆にいえばそうでない物には他の人間と大差ない。
だが龍弟というのは共和国では知らぬものがいない名であり、今朝だって闘技場を震わせるほどの人を呼び込んだほどの名前だ。
それを知らないと言われれば、アデルが呆けたような顔をしてしまうのも仕方のないことだろう、
「おい、何をほうけた顔をしている」
「なんっ……俺を知らない? なんで?」
「この場にいる私達とお前のフルネームを知る人間以外の全てからお前につけられた忌み名の記憶を消した」
なんでもないことかのようにして龍王は神業を口にする。
世界中の人間の記憶をいじる? そんな事が出来ればこの世界は彼女の都合のいいように回せるという方に他ならない。
だが事実人がアデルの事を忘れてしまい、自分自身もアデルが居なくなったと存在を認識するまで思ってしまっていた。
だがこれはアデルにとっては救いだった。
アデルは今日社会的にではあるが確かに死ねたのだから。
「つまりお前はもうただのアデル・ゼルドリエということだ」
「なぜアデルの記憶を他人から消したんだ?」
「呪縛だったからだ。何をするにも名が知れ渡っている、これ以上嫌なことはない。利用され、利用し、そんなのにこの子が巻き込まれるのは私は勘弁ならないんだよ」
「まるでアデルが小さな子供みたいな言い方をするんだな」
龍王に理由を問いただしながら、リナは心の底から安堵する。
これで彼は少なくとも早急に死にたいと思えてしまうような状況から脱する事ができた。
あとはこの世界で大切だと思える物を彼自身が見つけられるかどうかだ。
「私はショタコンなのでね、彼が小さな子供に見えないと困るんだよ」
「師匠の性癖なんて聞きたくもない。というかお前はなんなんだ? 師匠はまだわかる。だけどお前は……」
「私はこの世界の辞書、名を司る神。龍王がどうしても手伝って欲しいと言うから来た」
王の次は神と来れば驚くべきなのだろうか。
とはいえこの世界における神というのは精霊が上位の力を持った存在のことであり、全知全能の生命体を指す言葉ではない。
珍しいが一生に何度かは見る事ができるくらいの相手というのが神に対しての正しい認識だろう。
「肉体を作るのに200年くらいかかったからね、いつ君が死ぬか焦ってたんだけど死ななくてよかったよ」
「事実上は最強だが、これで最強じゃなくなった。デアの名を亡くしたから死にたければいつでも死ねる。
どうする? 一つ目と二つ目の願いを叶える前にそれでも死にたいか? いま死ねば泣くのはこの場にいる私と彼女だけだ」
「俺が人助けをしてた理由、知ってたんですね」
「そりゃあ師匠だからな」
「そうですか………そうですか」
何もない天井を見上げ、色々と頭の中でごちゃごちゃしている思考を整理する。
いまさらすぐに死にたいかと聞かれれば、正直もうそれはどうだっていい。
死のうとするのには相当のエネルギーを使うわけだがアデルにはもはやそんな物残っては居ないし、もし残っていたとしてもわざわざもう一度死ぬことに向けようとも思えない。
自分がこれからまた何をするべきなのか、人を助けるべきなのかと考えて、ふと思い立った結論をアデルは口にする。
「彼女が俺の夢を叶えてくれる。それでいいんだな世界の辞書」
「私の名前はコードと呼んでくれ、単体呼称名がないのは何かと不便だろう。それと答えはYESだ」
名称をヨナ・コードとでもしておこう。
彼女は力強い言葉でアデルの言葉を肯定するとアデルはそのまま視線をリナへと向ける。
今日初めて見るリナの顔は酷く腫れており、随分と心配をかけてしまったらしいとふと思う。
自分勝手に生きているだけの自分が彼女のどんな琴線にふれたのかは知らないが、自分のために泣いてくれる人間のために一日を使うのは悪いことではないだろう。
「リナ、俺は君にどれくらいの貸しがある?」
「……返せないくらいの貸しがある。命を助けられた訳だからな」
「なら明日一日を俺にくれ。それで決める、俺が生きるか死ぬか。何をするべきなのか」
今日決められないことは明日決めよう。
きっと明日の自分がどうにかしてくれるはずだ。
口いっぱいに緩くなったコーヒーを含み、喉を過ぎ去っていく香りを楽しめる余裕もなくアデルは遠くを眺めるのだった。
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