ハロー。最強な貴方へ

空見 大

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二章

22話

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場所は変わって魔王城。
アデルによって強制的に転移させられた魔王はアデルに手を引かれるままに魔王城の中を歩き回っていた。
魔王城には魔族を元祖帰させる特殊な能力があるので、先程までのオロオロした魔王の姿はなく随分と肝が据わっているように見える。
魔王城は途方もなく広い上に合言葉を知らなければ入れない部屋が幾つも存在しているので、初見の人物はまず間違い無く遭難する。
だというのにアデルはまるで道を知っていますと言わんばかりにズンズンと進んでいき、進めば進むほどに魔王の知らない新たな道が現れる。
なぜ人間である彼がこの魔王城についてここまで知っているのか、聞いてみたくなるがそれよりもまず魔王が確認しなければいけないことは彼の行先だろう。

「ウチを連れ出してどこに行く気やねん。」
「魔王が秘密にしてる場所だ」
「魔王の秘密ぅ? 何を言ってんねんそんなもん聞いたこともないで?」

魔王が秘密にしているといわれても、自分が秘密にしている部屋はない。
だとすれば彼が魔王として呼んでいるのはおそらく前代の魔王のことだろう。

「そりゃあ魔族が魔族に秘密にしてるんだからな、ほらついたぞ」

アデルに連れられるままに部屋の中へと入ると、魔方陣が起動し別の部屋へと飛ばされる。
飛ばされた先は魔王城のどこか、そのことについてだけはわかるのだがそれ以外は魔王ですらもわからない。
室内に置かれた調度品はどれもが魔法的意味合いを持つように配置されており、部屋の中央に刻まれた魔方陣はどうやら転移に関するもののようである。
魔力の残り香からしてどうやらこの場所に来ていたのは先代の魔王のみのようである。

「魔王城にこんなとこがあったなんてな……ちゅうかアンタなんでここの事知ってんねん?」
「前代の魔王に教えてもらったから。そういえば魔王城に入ると勝手に元祖帰りするんだな」
「この城にはそう言った効力が備わってんねん。もし勇者がやってきた時に全力で迎撃できるようにな」

そもそも魔王城まで侵入されている時点で意味がないのではないかとも考えたことはあるが、この城の中において魔王だけが常に元祖帰りできるのはその縛りがあってこそだ。
そもそも元祖帰りの状態を維持するのはそれなりの負担を体に強いることになり、そのデメリットを無効化できているだけまだましといえるだろう。

「聞いておいてなんだけど話してよかったのか?」
「知ったところでどうにもならんし、そもそもウチじゃアンタに勝てへんやろ。そんで結局どこに繋がってんねんここ」
「魔王が欲しがった世界」

アデルがそう言うと同時に部屋の中が光り輝いていく。
アデルが魔力を投入したことによって部屋の中にあった魔方陣が起動したのだ。
しろくなっていく視界を煩わしく思いながら魔王が瞬きをすると、気が付けば全く別の空間へと変わっていた。
足元から感じるのは土の感触であり、空を照らしている太陽は魔界にある疑似的なものではなく本物である。
湖のほとりで小さな木陰の下にいながら魔王は人生で初めての人間界というものを全身で実感していた。

「ここは……人間界?」
「最果ての湖と呼ばれる法国最北部にある、正式記録にはいまだかつて誰一人として足を踏み入れたことのない神域がここだ」
「なぜそんな場所に前魔王が……?」
「戦好きで知られる前魔王だけど、実際彼はここが欲しかっただけなんだ。ただまぁ勝手に決められただけとはいえここは神域だから人がどうしても譲らなかったんだ。それが戦争の原因だよ」
「何を欲しがってたんかと思ってたら、ここがその場所やったんか……」

前代魔王についての情報は魔界において特に秘匿されている情報の一つである。
その徹底ぶりはまさに異常であり、現魔王ですら彼についての情報は全くと言っていいほどに与えられていない。
当時を生きていたハイべリアならば何かを知っているかと聞きに行ったこともあるがうまくごまかされたのは魔王の苦々しい思い出だ。
魔王が恋焦がれたというその景色を見てその素晴らしさに驚いていると、ふと湖の中から人が現れる。
ライトブルーの透き通る髪に魔族の特徴である赤い目、角こそ生えていないが白い翼を背中に宿した少年は人形のような無表情を魔王に浮かていたのにアデルを目にしたとたんその表情を劇的に変化させる。

「誰かと思えばアデルさんじゃんっ! 久しぶり~元気してた!?」
「久しぶりだなメル。元気にしていたか?」

湖から飛びだしてアデルに飛びついたメルと呼ばれる少年に対してアデルの表情は随分と優しげだ。
魔王が恋焦がれた地にいる一人の少年、知恵の魔王と呼ばれる身として興味を抱くなという方が難しいだろう。
魔力によって衣服を形成するという上位の魔族にしかできない芸当をさも当然のようにしながらメルは上目遣いにアデルに対して微笑みかけながらその腰に腕を回した。

「元気も元気だよ。ただ一個最近悩みがあってさ」
「なんだ? 悩みがあるならなんとかしてやるぞ?」
「昔からの知り合いで、父が唯一頼れって言ってた兄みたいに思ってた人がさぁ……」

表情も雰囲気も変わっていないが確かに何かを感じとったアデルが無意識に逃げようとして、メルが回していた腕にその動きを止められる。
先ほどまではかわいらしく見えた上目遣いの目がいまや狂気をはらんだ危険なものへと変貌を遂げており、とっさにメルの腕を切り落とさなかったのはアデルの理性がギリギリのところで働いたからだ。

「自殺、しようとしたよね?」
「──ッッ! なんちゅう威圧感! さすがは前魔王のお子さんか」
「よく知ってるなメル。なんで……知ってるんだ?」

振りほどこうと力を込めてみるアデルだったが、さすがに完ぺきに決まった状況から返せるほど目の前の相手が弱くないことを知っている。
命の危険まではないと思いたいが、もしものことを考えて臨戦態勢へと移行したアデルに対してメルはいたって平然としていた。
まるでアデルが自分を傷つけることなどないとすら言いたげなその態度はリナですらできないだろう。
そんなメルの態度こそ驚きだが、アデルからしてみれば自分が監視されていることに気が付かなかったことの方が驚きだ。
確かにいつも監視されていても面倒だからと放っておいているが、監視してきている相手が誰なのかわからないほど耄碌したつもりもなかった。

「湖と魔王の子、それが僕。風の噂にすらならない事だって僕は知っている、たとえばアデル。君の名前がこの世界から消えたことも」

だが今回に限って言えば相手が悪い。
人はただそこにあるものに警戒などするはずもないし、メルに対して何かを隠そうとするのがまず無理なのだ。

「随分と物知りなんだな。そんなに嫌か? 俺の名前のこの世界から消えたのは」
「僕の父を倒した名誉を持つものが無名だなんて、そんなの父の名誉にかけて許されるべきはずがない。どうしても名誉がいらないというのなら、僕が下に行って人間達に教えてやろう。英雄でなければ倒すことのできない本物の恐怖を」

ほんの一瞬だけ殺意をむき出しにしたメルを見て魔王はその力量を理解させられる。
アデルほどではないにしろそれに近いだけの威圧感であり、もし人間界に下りればとてもではないが対処不可能だろう。
なぜこんな実力者がこんなところに隠れているのだろうか。

「人の敵になるなメル。俺はお前を殺したくない、俺にお前を殺した罪まで背負わせないでくれ」
「……どうしても名を捨てるの? 僕はアデルの二つ名が好きだったのに」
「残念なことに俺にはもうあの名前は重すぎるんだ。もしそれでも俺に名前を背負わせたいなら、背負った俺を殺してくれメル」
「僕が君を殺すなんて、そんなこと出来るはず無いじゃないか」
「なら名前のなくなったただのアデルで俺がいる事を許してくれ」
「償罪のためにソレを連れてきたの?」

まるっきり二人の世界に入ってしまったアデル達を退屈そうに眺めていた魔王は、突如名前を呼ばれたことで意識を取り戻す。
ソレ呼ばわりされれば普段ならば不機嫌さをあらわにするが、自分よりも圧倒的に強い人物が二人も相手となっては魔王に文句が言えるはずもない。
人柱として扱うつもりならばアデルも随分とひどいことをするものだと抗議でもするべきかと考えていた魔王の前でアデルたちは話を進める。

「ソレ呼ばわりは酷いんちゃうか。これでも今代の魔王──つまりキミのお父さんの後継人やで?」
「分かってる。君が実は魔族のことを心から愛しそのために知識を追い求め、己の罪と抱き合わせになった欲望を受け入れるうちに魔王の座を手に入れてしまった知恵の王、博王グノシー・メガロフィア。
それが始祖帰りしたのがいまの君だ。重ねて言うがそれくらい知っている。そしてそんな君をなぜアデルが連れてきたのかもね」
「全てお見通ししな上で、それでも俺の話に乗ってくれると?」

グノシーはここまで来て自分が意図的に話から外されている理由をある程度理解した。
魔王であることを強調されたうえで、ソレをわかっていながら前代魔王の息子である人物がどうでもいいということはつまり何かほかに求めるものがあるのだろう。
そうしてそれはアデルだけが与えられるものであり、この場においてグノシーの優先順位が極端にひどく設定されているのもそれが原因だ。

「僕はね…アデル。本当だったらアデルと二人でこの世界を見ていたかったんだ、疲れたアデルがもし本当に自殺するならここに呼ぼうと思っていた。だけど君は残念ながらこんな世界をあって欲しいと願っている」
「つまり何が言いたいんだ……?」
「魔王の継承をして君を正式に魔王にする。そうすればはれて君は正式に魔族の王となり、魔王としての力を発揮する術を手に入れる」
「……何も悪いことがないように思えるんやけどなんでそれをこんな、さも悪いことが起きるみたいな言い方してんの?」

自分が魔王として正式な手続きを踏んでいないといわれてグノシーは頭の上に疑問符を浮かべずにはいられない。
何も勝手に玉座に座って王を名乗ったから魔王だと言うわけではなく、政治的な立ち回りや実際の戦闘などで極めて優秀な成績を収めたからこそグノシーは魔王として周囲に認められているのだ。
ハイベリアのような一部例外こそ確かに存在しているが、魔王としてグノシーが認められているのは魔界を見れば一目瞭然だろう。
だが今回アデル達が話の主軸にしているのはそこではない。
魔王として認められているかではなく、魔王として適切なレベルの実力を保有できているかどうかというところだ。
そしてその問題に対してグノシーの戦闘能力は極端に低いと言わざる負えない。

「起きるんだよ悪いことが。魔王の力は神の力だ、魔界で地位を築けたことと魔王になれることはまた別だ。玉座に座って王に成れるのは人や亜人だけの事、魔族として生きる以上は魔王の力を制御する必要がある」

言われて納得はできる。
そして魔王として自分が世界に認められていないというのであれば能力の制御に努めよう。
だがそうなると湧き出してきた疑問の一つはその力を目の前の少年は制御しているのだろうかというものである。
先ほどの威圧感もそれだけの力を制御できているのであれば納得がいくというもの。
だが残念ながら――いやこの場合は将来性を考えて喜ばしいことに、そういうべきなのだろうか。
どちらにせよグノシーが思っていたのとは違う答えが返ってくる。

「その力をキミは制御できてるん?」
「残念ながらできていないよ。この神域に僕がとどまり続けているのは一瞬の封印だ、ここから外に出れば最後。僕は破壊の意思に飲まれて魔王としてこの世界を破壊にかかる。お父さんは何とか耐えてたけど、アデルに殺される前なんかそれはそれはひどかったよ。一年の内にまともなのは一時間となかった」

歴代の魔王が徐々に狂っていくといわれていた理由はこれだ。
強すぎる力に対して器が出来上がっていなければ力に器は浸食され、そして徐々に崩壊していくのだ。
(自分がそれほどの力を制御できるのだろうか)
グノシーがそう思えてしまうのは歴代の魔王たちの誰もが制御不可能だったからだ。
魔王というのはその当時魔界において最も優れた魔族がなれるもの。
血筋や民族というものをどうでもいいと吐き捨てる魔族の感性を考えれば完全に実力のみで選ばれた魔王たちですら無理だったということは、いままで生まれてきたどの魔族よりも優れた人物であることを求められるわけである。
これに対して不安感を抱くなという方が無理な話だろう。
だがアデルだって何も考えずにグノシーでギャンブルをするつもりもなく、もちろん採算の取れる方法が存在する。

「そんな不安そうな顔をするなよ。言っただろ、俺はお前を落とすって」
「は、はぁ!? さっきも思ったけどそ、それとこれがどう関係するっちゅうねん!」

攻めている分には問題なかったようだが、攻められると途端にグノシーは顔を赤くする。
恋愛観を文字面だけで覚えようとした弊害がそこにはあった。

「先代魔王に有って歴代の魔王になかったもの、それは他者を慈しむ心だ。それがあってもいずれ限界が来ることも魔王が証明してくれているが、それでも魔王の力をいったんは受け入れることができる」
「別に君が魔王としてこれから生きていく気がないというのであれば、別に僕は君に力を渡すつもりはないよ。ただその場合は魔王と名乗ることは二度とさせないけれどね」
「つまり魔王の力を操れるようになるためだけにこの男に惚れろちゅうんか?」
「言いぐさ酷いね」

魔王であることをやめる道だってあるのだ。
探求者としての側面が強いグノシーはもともと魔王を目指していたわけではない。
彼女が求めるものを実現しようと考えていたら、いつの間にか魔王になっただけである。
だが今となってはグノシーにとって魔王であるということは己のアイデンティティーの一部にすらなり替わっていた。
打算的に考えてみて惚れるだけで魔王の力を扱えるようになるという利点は大きい。
ましてやアデルとそれなりに関係を築いてひいては魔界の統治を手伝ってもらえる可能性があるだけ御の字。
王国に取られていたアデルという鬼札を手に入れられるのならば自分の体くらいくれてやっていいとそうグノシーは判断する。

「ウチにとって魔王ちゅうんはそう安い言葉やない。確かにウチは生まれたそん時から魔王になりたかったわけやないし、誰よりも魔王になりたかったのかと聞かれたらそんなことない。
……やけどこの魔界で、ウチ以上に魔王としてふさわしい魔族なんておらへん。ウチこそが魔王であり、その名を名乗り続ける為ならどんなことにだって手を出す」
「良い覚悟だ。では魔王の力を授けよう」

自分を見るグノシーの目から王としての覚悟を感じとったメルは、これならば問題ないだろうと魔王としての力を受け渡す。
力に名残惜しさというものは感じない。
むしろこの力を渡してしまうことに言葉にはしないが罪悪感すらメルは感じていた。

「新たなる魔王の誕生を心の底から祝うよ。おめでとうグノシー・メガロフィア」

できることならばこの力を彼女が制御できるように。
そうメルは心の底から願うのだった。
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