ハロー。最強な貴方へ

空見 大

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二章

31話

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「まさか勝つとは、やるやんリナちゃん」

激闘を制したリナから戦車の宝玉を受け取り、グノシーは笑みを浮かべながらその肩を叩く。
戦車が敵として出てきた時点で既に引き返そうと考えていたグノシーの考えに対して、リナは何とか辛勝して見せた。
最後に見せた戦い方はとても安心して見れるものではなかったが、彼女の才能の片りんというものを垣間見れるような戦いを見せてもらっただけでもグノシーとしては満足である。

「勝たせてもらっただけだよ、なんなんだあの魔族は。あんなのがごろごろしているものなのか?」
「まぁせやね、中堅ってとこちゃう? それでも勝てるとは思てへんだからびっくりしたわ。髪上げてからなんかアデル見たいやったで」

疲れからか膝を着いて言葉を発するリナの肩に手を差し伸べ回復魔法をかけてやりながらそうして話を聞いていると、しまっていた扉が開かれて一人の男が部屋の中に入って来るではないか。

「──アイザックッ!」

入ってきたのはアイザックの跡を追いかけていた彼の父親と兄だ。
扉の外はまさに死屍累々と言ったほどに兵士が倒れており、リナが戦車と戦っている間彼らはここで兵士達と戦っていたのだろう。
外傷を負っており致命傷こそなさそうではあるが全身傷だらけのその姿は、彼がどれだけアイザックを助けるために本気を出したのか証明しているようであった。
駆け出して行った父と兄は五体満足で生きているアイザックを目に入れると安堵から涙を流しながら、無事なことを確かめるようにして抱きしめる。

「良かった、無事で……。すまなかった、私の信念のせいで私はお前を見殺しにしてしまうところだった」
「お父様……ありがとうございます、助けに来てくれて。兄様もありがとうございます」
「私達はあと一歩間に合っていなかった。本当に感謝するべきはリナ殿の事だろう」

アイザックが外に出てから二人が追いかけるのにかかった時間は20分ほど。
屋敷の人間にある程度の概要を伝え後からついてくるように言いながら早馬を動かした二人であったが、すんなりと兵士達の検閲を越えられたアイザックとは違い完全武装の二人は当然止められる。
こんなところで時間をかけていては仕方がないからと無理やり目の前の敵全てを蹴散らしてこうしてやってきた彼らは、確かにリナがいなければアイザックを救う事はできなかっただろう。
だがリナからしてみれば彼らから感謝を送られるのと同じくらいに彼らに感謝しているのだ。

「ご謙遜はおやめください。お二人が廊下にいた騎士を倒してくれていなければ私もあいつを殺すことはできませんでしたから」

混戦がいくら得意とはいえ、戦車を相手取りながら兵士の相手もしろと言われればさすがに厳しいものがあった。
死人が出れば出るほどに確かにリナの武器は増えるがリナの能力の特性上最低一度は死体に触れる必要性があるし、むやみやたらに犠牲者を増やすというのもさすがに死を覚悟している兵士が相手とは言え気が引ける。
だがアイザックはそんなリナの言葉を聞いて、それでも重ねて感謝の言葉を口にする。
自分の命を助けてもらった事、それが何よりもアイザックにとっては大切だった。

「それでも僕の命を救ってくれたのはリナさんです、ありがとうございます」
「どういたしまして。さて、どうするかこの状況……」
「惨状だな。臭いもひどい」
「そう言えば他の兵士はまだか? ここに来るまで相当無力化したが、街中に居る兵士がそろそろ来てもおかしくはないころだが……」

城の中に常駐している兵士はそれほど多くないのでなんとか突破は出来たが、もし街に出ている兵士達が戻ってきていたのならばまず間違いなくいまごろここら一体は兵士で鮨詰め状態だ。
なるべく連絡を取らせないためにも行き道で見かけた兵士全てをのした二人だったが、それでも連絡されていないというのはおかしな話である。
そう考えていたアイザックの父の後ろから、のっそりと巨大な影が現れる。
返り血を浴びながらも元気いっぱいと言わんばかりのその姿は、リナが見慣れたアデルと真っ向から戦闘することができる唯一の魔族。

「そこはまぁ、俺らのおかげだわな?」
「ハイベリアさん、来てくれたんですね」
「こおへんと思ってたわハイベリア」
「まぁ最初はそのつもりだったけど、孫娘に泣きつかれちゃあな」

最強の魔族であり魔神とも呼ばれた男をして、結局のところはやはり孫には勝てないらしい。
豪快に笑いながらポリポリと頬をかくハイベリアの名前を聞いて驚きの声を上げたのは、アイザックの父であった。

「ハイベリア・オスガルドといえば──もしやかつての大戦で拳一つで国を滅ぼしたとされるあの魔神の事ですか!?」
「おうそうだ、俺がその魔神様だ。安心しろよ、後から来た奴らは俺の主観でクソな奴以外は生かしてある」

魔族であり強さを至上とするハイベリアの価値基準でいい奴と悪い奴がどう分けられているのか。
下手をすれば血の海が作られていそうだななどと思いつつ、それでもリナを含めてこの場にいる人間でハイべリアに感謝をしないものはいない。

「それにしても嬢ちゃんがこいつをねぇ、よくやったじゃないか」
「まだまだだ。アデルならたとえ私と同じ力しかなくても、もっと上手くやっていただろう」
「アレと比べるのは悲しくなるだけだからやめておいた方がいいぜ。戦闘経験の桁が違うからな」
「リナちゃんの成長は喜ばしいからええとして……それで? これからどうすんねん王国は」
「一つだけ、方法があります。諸外国にて勉強中の王族の方を引き戻せばなんとかなるかもしません」

グノシーから聞かれた言葉に対して反射的に言葉を返せるあたり、アイザックの父はここに来るまで、いやそれよりも前からその計画を考えていたのだろう。
確かに王位を奪われることを恐れて優秀な者達を現国王は国外に追放しているので、それを回収できればまだ王国に未来はあるのかもしれない。

「それまでの間、帝国含め諸外国が攻めてこなければ、ですがね」

だが問題はその国王候補達が帰ってくるまでにかなりの時間を必要とするというところだ。
国の結束力の象徴である国王がいなければ、たとえどれだけ強い兵隊を抱えている国でもいつかは耐え切れず瓦解する。
帝国に既に何度も攻め込ませる理由を作ってしまっている王国としては、時間を稼ぐことこそがもっとも難しいことだと言ってもいい。

「飾りは飾りでも王としての役割を多少こなしていたっちゅうことか。そういや龍王は共和国と連合国の神として君臨していたな……」
「なぜここで龍王が? あと失礼なのですが貴方は……」
「ウチか? ウチは魔王や。リナの付き添いできただけだけやからほっといてくれ」
「魔王!? いや魔神もきているのだからおかしくはないのか……?」

魔神の次は魔王。
ここ千年確認されていなかった強大な力を持つ魔族が二人もいきなり王国に現れるなど悪夢もいいところだが、もはや今更どうこうできるはずもない。
諦めるようにして肩を落としため息を吐いた男の少し前、アイザックの背面にふと人影があった。
出入口を確認していたハイベリア、周囲を常に警戒していたグノシー、その二人の監視網をまるでなんでもないかのように避けきったのは龍の鱗をその身にまとう長身の女王、龍王である。

「──ふむ。アデルの残した武装か」

彼女がこの場にいることに気が付くよりも少し早く。
鼓膜を破くほどの轟音を立てながら龍王は部屋の隅へと弾き飛ばされた。
ハイベリアが何か攻撃をしたのかとも思ったリナだったが、どうやらアデルが分かれる際に渡していた保険がきのうしていたようである。
そうでなければいまごろアイザックは死んでいただろう。
想定される可能性はもはや事実と相違がなく、滝の様な汗をかきながら反射的にアイザックはその膝を折る。
心が折れる人の中で再び立ち上がれたのはやはりリナだけだ。

「来たな龍王。何を企んでいるのかは知らないが、アデルに止めてくれと頼まれからな。止めさせてもらいに来たぞ」
「私の悪口をみんなで言い合ってるらしいので、ちょっと嫌がらせに来させていただきました」
「龍王様!? なぜこのような! 大丈夫かアイザック!!」

戦況は先ほどまでに比べて最悪と言ってもいい。
ハイベリアがいるとはいえ、相手はかの龍王である。
これならば先程の戦車10人を相手にして素手で挑めと言われた方がまだ勝機があるだろう。
この場にいる全員が本能的にそう思ってしまうほど、龍の王は最強に近い何かであった。
そしてそんな最強を前にしてリナの頭は現実的に一番最適解でありながら、自分が最も頼りたくなかった選択肢を無理やり選ばせる。

「グノシー、アデルを呼んでくれ。それまでの時間稼ぎはなんとかしてみせる」

最強には最強をぶつけるしかない。
この場をなんとかできる人間がいたとすれば、それはアデルしかいないだろう。
だがグノシーはそんなリナの言葉に苦笑いを浮かべていた。
先程からそうしようと頭では考えているのに、指先すらピクリとも動かすことができずにいたからだ。

「ははっ、悪いけど無理やね。アデルならまだしもこの距離で殺しに来てる龍王相手にそれは無理やて、分かって言ってるやろハイベリア」
「とはいえ龍王はアデルが出てくる以前は最強と言われた女、俺なら時間稼ぎはできるが、この都市にいる全員死ぬぞ。やれと言うならやるが本末転倒だろう?」
「つまり我々は人質というわけか」
「そういうわけです。リナちゃんはアデルのお気に入りだから見逃すとして、そこの三人は死んでもらわないと計画が上手く回らないんだ。ごめんね、貴方達家族には大義のために死んでもらいます」

これ以上の交渉はしないという龍王側からの拒絶。
言い終わる前に状況を理解したリナがアイザックの身体を庇うようにして前に出るが、気がつけば龍王はリナという障壁などまるでなかったかのようにすり抜けていた。
だが今度はしっかりとリナの目にもアイザックの身体を守っている猿翁の尻尾が、かつてアデルと戦ったというこの地にいたらしい王の力が見えている。

「一度ならず二度までも、私の攻撃を止めるなんてね。猿王の力は健在か」
「ハイベリアさんグノシーの前に! 一撃喰らうくらいの時間は私が──ッ!」
「止めないから召喚しなよアデルをさ」

あせるリナやグノシーとは違い、二度の攻撃に失敗した時点で龍王は攻撃することをやめていた。
猿翁の尻尾がある以上はリナを巻き込まないようにして攻撃をするのは竜王といえども面倒だ。
であるならばこの尻尾の所有者であるアデルを一度呼び出し、アイテムを回収させることでアイザックを無防備にした方が楽だと判断したからである。

「ホンマにごめんなアデル」

苦虫を噛み潰したような顔をして召喚魔法によって無理やりにアデルを呼び出したグノシーは、これからどうなるのかを予知していた。
だが魔界からやってきたアデルはそんなグノシーの頭を軽くポンポンと叩いて問題ないと言いたげな笑みを浮かべると、剣を抜いて龍王の前に立つ。

「ウチの可愛い嫁と嫁候補が随分とお世話になってますね師匠、お礼参りに来ましたよ」
「おはようアデル。随分と顔色が悪いよ?」
「誰のせいだと思ってるんですかこのバカ師匠」

アデルと龍王の間に特に普段と変わった様子はない。
戦場こそが日常である彼等からしてみれば、別に相手が家族よりも長い年数を生きてきた相手であってもなんら普段と変わることはなかった。
それが他人から見ているとなんとも奇妙で、恐ろしい。

「教えたでしょアデル。可愛いやつには飯を奢れ、性格がいい奴には恩を売れ、尊敬する人間には態度で示せ、愛した人間は常にそばにいろ、それ以外はゴミと一緒、敵対するなら全部殺せ。いまの私は貴方にとってなんでしょう?」
「師匠は可愛くて性格が悪くて尊敬できて俺の家族で……いまは敵だよ。残念だけどね」
「ならかかってこいアデル。私を止めて見せろ」

龍王が言葉を発したのと同時に、アデルが先に仕掛けた──のだろう。
早すぎる戦闘はどちらが何をしているのかリナでは到底理解できず、いままでアデルが相手を全力で殺そうと戦ったていたのはハイベリアを倒したあの一撃だけだった。
だが全力というのはたった一撃だけというわけではなく、ずっと続けられるものだ。
1分間の間にいったいどれほどの回数攻撃が行われ、それらを効率的に弾いているのだろうか。
掠めれば山すら壊せるほどの戦いでありながら周囲にこれといった被害はなく、それが二人の技術力の高さを物語っている。
数百年もの間互いにそうして剣を交わし続けた二人はお互いの力量を知り尽くしているからこそ、剣による攻撃など所詮相手のスタミナを削っているだけで勝利には繋がらないと分かっていた。

「──なんて、速度だ。それに技術も理解不可能なほどの力、これが最強同士の戦いか」
「だが問題はアデルが尋常ではないくらいに弱ってることだな。戦闘経験で龍王に勝っていない以上、技量と力がアデルの強みだったのにそれが潰されている」

体力勝負になれば普段ならいざ知らず、体力のない今では無理やり付き合わされている形になっているアデルに軍配が上がるはずもない。
徐々に押され始めているアデルの額には脂汗が浮き始めていた。

「弱いねアデル。いまの君は最強なんかじゃない。分かっているだろう? 忘れられたことがどれだけの弱体化を招いているか」

人に忘れられることは、時に肉体の弱体化を招く。
たとえばこの世界から魔王という役職が無くなれば、グノシーはそのしがらみから解放される代わりに魔王としての力を振るうことはできなくなる。
代償があるからこその力であり、故に孤高であったアデルは最強だったのだ。
だが人に忘れられた事でアデルはまだこの世界を生きていたいと思えた。
他でもない自分を生かせてくれた師匠を前にして、アデルは絶対に負けられないと一歩前へと足を踏み出す。
引かないという意思表示であり正面から叩き潰さんとするアデルを見て、龍王はただただ目を細め何か物思いに耽っている。

「最強じゃなくても、アンタには勝って見せる」
「いけアデル! 龍王なんてぶっ倒せ!!」
「頑張りやー!」
「応援されているな。だがいまのアデルじゃ無理だよ、だって技のキレも力も発想力も魔力も能力でさえも、いまは何もかも私以下なんだから」

龍王が手のひらを空へと向けると、白い火球がその手の中に生まれる。
あれだけの身体操作技術を持ち武装を扱えるというのに魔法も使えるのか。
その場にいたアデルを除いた全員がそう思ったが、全てができるアデルの師匠なのだから龍王に言わせてみれば当然のことだ。
この場において火球の威力を理解しているのはアデルと龍王だけ。
冷や汗をかくアデルを前にして龍王はにっこりと笑みを浮かべた。

「あれは……火球? だが熱くない」
「分かるなアデル。よければこの場にいる全員、死ぬぞ」 

言うが早いが龍王はその火球をアデルに向かってまるで子供がボールを投げるような速度で投げる。
先ほどまでの戦闘のことを考えれば欠伸をかみ殺さなければいけないほどの速度だが、アデルが自分からその火球を迎えに行くようにして前に出ると目を開けていられないほどの光が周囲を覆いつくす。
目の奥が焼かれるように痛くなるほどの光を発したその玉、圧倒的な熱量を保有するそれに突っ込んでいったアデルは当然無事ではない。
上半身を覆っていた特性の衣装は焼けただれ、ひどい火傷をしたからだがあらわになる。
この場にいる全員を救うにはこうするしかなく、まさに英雄的な行動をしたアデルを見て龍王はひどくご満悦なのか口を三日月のようにして涙すらうっすらと浮かべながら龍王は手を叩いて弟子の行動を喜ぶ。

「よく耐えたなアデル。えらいぞ」

だがそんな龍王よりもこの場で目を引いたのは、やけどなど日にならないほどの傷をその体に隠していたアデルだ。
火傷で傷ついた前面は当たり前で、上半身のありとあらゆるところが――服を着ていなければわからないところではあるが――無数の傷に覆われているのである。
見るからに致命傷だろう傷もいくつか見受けられ、とてつもない戦歴が彼にあるのだということを四角的に強烈なインパクトと共に証明していた。
だがここで一つ問題が発生する。
800年以上は前のこと、連戦の末に当時で魔神と呼ばれていたハイベリアをギリギリまで追い込んだアデルは最強ではなかったにしろ最上位ではあったはず。
一体どんな敵がいればこれほどの傷をつけられるというのか。

「──なんちゅう傷の量やねん」
「耐えれたご褒美に、傷を増やしてあげます」

言うが早いが龍王が先程までよりも更に早い一撃を放つと、防御したアデルの腕が弾き飛ばされ逆袈裟懸けに薄く線が入る。
血を出すアデルを見て龍王はどこか満足げだ。
彼の行動に対して記録をとるように龍王はその傷跡を愛おしそうに見つめながら、彼女の本性をもはや隠すことなく言葉を発する。

「これで五千八百十二回目、私が貴方を認めた証拠がまた増えましたねアデル」
「師匠、前々から思ってたけど言わなかっただけで、相当キモイですよこれ」
「分かっていますよ。ですがこれは個人の趣味、口を出さないでください」

千年も万年も生きていれば生物というのは狂ってしまう。
遺伝子を残すことこそが目的であるはずの生物が、自分が死なないことで自己完結することを悟った時に狂気に陥らない方が難しいというものだ。
アデルにとってはそれが死であり、龍王にとってそれがアデルであった。
だからこそこの二人は殺し合いの最中で睦言のように言葉を交わすし、相手に対して殺意を向けこそすれど敵意を向けることはない。
そうはいってもこれ以上攻撃を喰らうことのできないアデルは、武器を構え直すと大きく深呼吸をする。
次の一撃、それに己の全てを賭けるために。

「そうですか……次、これで師匠を止めて見せます」
「私を止めるとは、大きく出ましたねアデル。無理をすれば死んでしまいますよ、そうすれば正真正銘の魔王がこの地に君臨することになります。その覚悟が貴方にはありますか?」
「残念ですけどやる前に失敗を考えるような人間じゃないんですよ俺は」

不可能を可能にできるからこそ、アデルは英雄と呼ばれた。
ならばいまこそ再び不可能を可能にしよう。
武器を手に取り全身に迸る力をいつもなんとなく使っていただけの能力に全て注ぎ込み、全盛期の力をほんの一瞬だけ解放する。
それは理外の力、誰も逆らえない最強の力。
あまりにも押し固められた魔力が圧力によって結晶となり、この世界最強の男の周りを煌びやかに飾る。
誰も勝てない最強、孤独から解放されたからこそ放てる必殺の技。

「神威顕現――ッッ!!」

アデルが剣で空間をなぞれば、その先にいる龍王の腹から大量の臓物が溢れ落ちる。
人の体に無理やりに詰め込まれた龍の臓物はその体の大きさからは考えられないほどの量を吐き出し続ける。
明らかな致命傷、龍王の外皮に傷をつけることができる唯一の技でありアデルが最強の称号を手に入れるに至った至高の技。
──だがそれでも、いまのアデルでは一歩足りていない。
龍王が己の腹に自分の腕を無理やり突っ込み、空間ごと断絶され回復魔法では癒着しない傷口を周囲の肉ごと無理やりに引きちぎる。

「神威顕現とは名ばかりの特殊技能に毛が生えた程度の威力……ですがこの傷はさすがにまずいですね。今回は見逃してあげます、次は私に騙されないようにするんですよアデル」
「俺の敵に、なるんですね師匠」
「私はなんにだってなるよ、私の目的を維持し続けるためにね」

転移していく龍王の後ろ姿を追えるものはこの場には誰もいない。
災害が過ぎ去った後のようになんとも言えない空気に皆が浸る中、アデルただ一人だけが不器用な師匠の感情の意味に気がつき小さくため息をつくのだった。
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