誰より平和を望んだ二人

空見 大

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会話から聞き取った情報によって、どうやら蒸気車というものに自分たちが乗っていることがわかってから、早いことで半日ほどだろうか。
陽は完全に落ち切っており夜の闇が辺り一体を占めている中、光り輝く街の中にヘクター達はいた。
夜間に電気をつけるという技術が無かったわけではないので、街灯がついて居ても腰を抜かすほどの驚きというものはない。
むしろ彼らに取って驚きだったのは街の中を行き交う人の多さと、直感的に高度に文化的であるということを理解させられる程の多種多様な店の数々である。
服装一つとってもヘクター達の様に地味で目立たないものではなく、煌びやかで自分を着飾るものばかりであり、周りから浮かない様にすることの方が難しい。
そうして街中になんとか頑張って潜り込んでいるヘクター達は、お互いに拾った情報についてすり合わせを行なって居た。

「冒険者組合ねぇ」
「我々がいた時代には聞かなかった制度だな」

他にも様々話は聞くが、冒険者という職業の数は他業種に比べて多い様に感じる。
業務内容が雑用が多い為おそらく国が作った失業者対策の仕事だと考えるヘクターとしては、戸籍も身分もろくに通用しないだろうこの時代においてヘクター達の働き先としては適していると思われた。

「300年も経ってると仕事の幅も多岐に渡るってことなんだろうな。言語は通じているみたいだし、とりあえずどこかで宿を取りたいな」
「宿か、宿ならあそこじゃないか?」
「そうだな、行ってみるか。」

拠点がなければ何をするにも不便だ。
それを分かっている二人はまずは寝床を確保しようと、近くにあった宿へと向かうことにした。

「──ダメだよ」

宿の受付、人がよく行き交っているがその中でも一際目を引く巨漢の受付嬢を前にして、ヘクター達は門前払いを食らって居た。
宿屋を見かけてまず入ってきたヘクター達が求めたのは物々交換。
いまヘクターの手に握られているのは小さな金の塊であり、いつの時代だって少なくともヘクターが生まれて決戦があるまで人類史では常に価値を持つ金属だったはずだ。
それが拒否された理由が理解できず、ヘクターは純粋になぜなのだろうかという疑問に包まれる。

「物々交換じゃ駄目なのか? 割と質のいい金なんだが……」
「アンタどこの国のもんだい?」
「俺はグランシア王国の者だ、随分と昔にあの国を出たがな」

あるかどうかわからないが、どうせあの国ならあるだろうと自分の出身国を教えると、受付嬢の顔が面倒なものを相手とった時の物に変わる。
世間知らずを知る様な──実際に世間を全く知らないのだが──目を向けてくる理由が国だけだとしたら、どうやらあの国はいまもそう変わって居ないらしいとヘクターに思わせるには十分だった。

「ああ、あそこのもんか。確かに一部のところはいまだにそんな文化が残ってるって聞いたことがあるわね」
「なんとかならないだろうか? 無理を言っているのは承知の上だが、二人でここまでなんとか旅をしてきて疲労困憊なんだ。無理を聞いて欲しい」
「確かにそんな小さい子を連れての旅は大変だったろうが……」

視線が向けられた先にいるのはエスペルであり、当の本人は子供扱いされたことが気に入らないのが不機嫌そうな顔をしているが、ヘクターとしてはまたとないチャンスである。
情に訴え掛ければどうにかなるという判断をしたヘクターは、なるべく悲痛な顔をしながら言葉を発した。

「頼む、ここを追い出されたら後がないんだ」
「……申し訳ないんだけどうちの国では指定の通貨以外を使用しての商売をすると国に怒られるんだ。ただまぁあそこならアンタらが金稼いで来るまで使わせてやってもいいよ」
「ありがたい。屋根さえあればどこでも大丈夫だ」

棚からぼたもち、というほどではないが宿を取れたのは嬉しい誤算だ。
宿についての簡単な説明をされながら案内されるがままに跡をついていくと、想像とは違ったところに案内される。
てっきり馬小屋か何かに案内されると思って居たヘクターだったが宿屋の敷地内にはそれらしき物がなく、いったいどこに案内されるのかと内心ドキドキしながらも後を付いていくと敷地のはずれにあった物置小屋の様な場所に案内された。
鍵を渡され、一週間以内には稼いで来るんだよとだけ言われた二人はとりあえず部屋の中へと入ってみる。
窓から入って来る光だけが光源となっている部屋の中は誇りと薄汚れた窓ガラスのせいで暗く、おそらくは必要なくなったものを入れているのだろう部屋の奥にはごみと変わらないようなものがゴロゴロと転がっていた。

「どこでもいいとは言ったが、何だこのぼろ小屋は」
「文句言うなよエスペル。魔王様には厳しいか?」
「魔王どうこう以前の問題だろう。ここ穴空いてるし、いま目の前鼠走ったし、多分足元から感じるこのカサカサしたの蟲だし」

指さした先は見てみれば天井から一筋の光がさしており、目の前を走っていった鼠は猫と勘違いしてしまえるほどのサイズで、足元を見てみれば何なのかよくわからない虫が点在しているではないか。
外で行動することが多かったヘクターとしてはまぁこんなものかと思う程度の物だったが、意外だったのはエスペルが嫌悪感を感じている先が蟲よりもどちらかといえば屋根に穴が開いていたりする方だったことだ。

「虫行けるのか?」
「まぁ魔族にはそういった見た目の物もいるから自然となれた。肌に感じる感覚はキモい地悪いがな」

思い返してみれば魔族には様々な見た目の物がいたので、蟲に対して嫌悪感をあまり感じにくいというのはヘクターとしても納得がいった。

「いたなぁ確かに。なんだっけあの人の名前、カマキリみたいな見た目した手下突っ込ませてくる人」
「キュラリスの事か? 彼女は女王主だったからな、配下の使いかたは一級品だったぞ」
「あれ女の人だったんだ」

外見から年齢を判断することだって難しいのに、性別などどうやって見極めろと言うのだろうか。
カマキリの雄雌を判断する方法などというものを持ちえないヘクターとしては、分からないのがデフォである。
とにもかくにも作業を始めなければいつまでたってもこの部屋の状況を変える事はできないので、ヘクターが重たい腰を上げて部屋の掃除を始めるとエスペルがそんなヘクターの事を眺めながら不思議そうに声をかけた。

「……さっきから言いたかったんだがまさかこの量のごみを素手で処理するつもりか?」
「俺だっていやだけど、仕方ないでしょ。ここの掃除も含めて泊めて良いって事だろうし」
「それはそうだろうが魔法ですればいいだろうこの程度の仕事。ヘクター魔力をよこせ」
「よこせって言われても他人に渡す方法とか知らないんだけど」
「そういえばほとんど一人で戦っていたな。手を貸してくれ、それと抵抗するな」

言われるがままにヘクターが手を出すと、エスペルはその手を握りしめて何かを口にする。
それはこの世界で使われる共通語ではなく魔族の言葉であり、魔法を使う時に無意識にそうしてしまうのは相手に何んの魔法を使っているか気が付かれたにようにとエスペルが研鑽を重ねた結果だ。
手の先から魔力が吸われていく感覚と共に精巧な魔力操作によってエスペルが魔法を発動させると、小屋の中に有った邪魔なものすべてが外へと運び出され、長い年月によって固まった埃は魔法で作り出された水によって流されていく。
戦闘用の呪文しか習ってこなかったヘクターでは到底扱えないような魔法であり、それは大戦がはじまる前に魔法使いと呼ばれる者達が好んで使って居たような正当な魔法の使いかたであった。

「見事なもんだな。さすがは魔王か」
「この程度そう難しい魔法ではないだろう? 戦闘中にこんなものよりもよほど難しい魔法を鬼のように連打してきていたではないか」
「戦時中だったからな、敵を倒すために使えそうな魔法とかは覚えてたけどそれ以外の魔法の管理はからっきしで」
「魔王軍を単身で相手取り世界最強と言われた男がこれとは頭が痛いな」

言われても使えないのだから仕方がない。
魔法によって既に大部分が綺麗になった小屋の中を改めて細かいところまで掃除し、見違えるほどきれいになった下手の中でギリギリ使えそうな椅子を二つ持ってきた二人はそこに腰を下ろしていた。

「よし、これで綺麗になったな」
「入ってきたときは寝れるかどうかと思って居たが、こうしてすべて掃除してみれば意外と広いな。活動拠点としては十分だろう」
「魔王城に比べれば随分と狭いけどな」
「文句ばかりも言ってられん……ん? この線はなんだ?」

エスペルの視線の先に有ったのは天井からぶら下がっていた線だ。
先程まで垂れてはいなかったので、何かの拍子に上から落ちてきたのだろう。
線の先を視線で手繰ってみればどうやら壁に埋まっているらしく、元からそうやって建築されたのだろうという事は見て取れる。
すこし警戒しているヘクターを他所に自分の知識欲を満たしたいからか、エスペルは躊躇いもなくその線に触れるとバチンッ!という音共に何かがエスペルの手を攻撃した。

「――ほう、未知のエネルギーか」
「なんだなんだ? 俺も触ってみるか」

市街地にある物の時点でそれほど危険なものではないだろうという予想と、エスペルが触った時の反応でなんとなくエネルギーの正体に憶測を立てたヘクターは線を先程のエスペルと同じように触ってみる。
すると電線を持ったヘクターは当然先程のエスペルのように感電していた。

「雷? 何か微妙に違う気もするな、びりびりする感じはそうだけど」
「300年も経っていれば新たなエネルギーが発見されて居てもおかしくはないだろう。あの馬車の様なものを動かしていたものと同じエネルギーかもしれん」
「冒険者組合とやらに行って金を稼ぐ目途が立ったら調べてみるか」

この場所に慣れ親しむためにも、必要なのは情報だ。
生きていくうえで必要なお金を稼ぐためにもまずは仕事を探すため、ヘクターたちは早速冒険者組合へと足を運ぶことにするのだった。
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