ゲリラの王異世界にて

空見 大

文字の大きさ
上 下
1 / 2
未知の世界

幽霊達

しおりを挟む
最新鋭の技術が搭載され、その発売を世界中の誰もが待ちわびていたゲーム『アナザーワールド』。
地球丸々一つ分は入るのではないかと言われているほどの広大なマップに多種多様な武具、神話に登場する生物から果ては民話の怪物まで。
多種多様な伝説や民話などを取り込んで作られたこのゲームの最大の特徴は、GMゲームマスターがAIである、という事だろう。
常に未知を作り出し、飽きさせないように製作されたAIによって常に更新されるアイテム類は攻略サイトをもってしても完全な把握は不可能となっている。
またもう一つ特筆すべき点としては、レベル制によって強さが決まるアナザーワールドにおいては、最高レベルの明確な定義がなされていない事だ。
限界レベル150という現時点での縛りはあるものの、常にAIによって上限値の開放条件が変更されるので最高レベルが一体幾つなのかを知っているものは誰もいない。
ただし種族としての最高レベルは100までと決まっており、それ以降は職業やステータスに振るように出来ている。
装備品は装着できる数が種族ごとに異なっており、人間ベースの種族だと指輪×10ネックレス×1ブレスレット×2アンクレット×2ピアス×2となっている。
ただしアンクレット使用時はブーツ類などの装備品が着用不可だったりと、装備ごとに様々な組み合わせをする必要がある。
装備品は自分で作るもしくはダンジョンボスからのドロップが基本入手方法となっており、それを狙ってプレイヤー達は迷宮に潜り込む。
新たな迷宮を見つけアイテムを追い求めるプレイヤー達がここにも居た。
落ちてくる滴を気にする様子もなく、全身黒尽くめの人影を先頭にして五人組は前に進んでいく。
背中にはかなり大きな鞄が積まれており、腰には水筒がふらふらと揺れていた。
先頭を歩く男は何か装置のような物を持っており、不規則にそれは小さく点滅し、何かに反応しているようにも見えた。

「ギルマス、後どれくらいでつきそう?」
「うーんそうだねぇ…三十分くらいじゃないかな。勘でしかないけど」
「ギルマスの勘は信用している。それにしても珍しい迷宮だね、これだけ横も縦も狭いのは久しぶりだ」

アナザーワールドにおいて迷宮とは基本的に誰かの手が入った人為的な迷宮か、もしくは自然発生型の迷宮のどちらかが基本的な形になっている。
前者なのか後者なのかは迷宮の作りを見れば一目で分かるようになっており、後者である自然発生型の迷宮だとこういう少し狭い作りであることが多い。

「これまで狭いのは確かに久しぶりだ! ワクワクするなギルマス!」
「元気だねぇ神影みかげちゃんは。そうだね、どんな虫が出てくるのか少し楽しみだよ」
「私的には虫類は嫌いなので出て欲しく無いのですが」
「半兵衛さんって、意外とそういうの気にするよね。虫なんか気にしないって顔してるのに。ギルマスもだっけ?」
「ん? 僕かい? 僕は別に虫は嫌いじゃないよ。虫を嫌いな人って意外と多いけれど、それはあのグロテスクな見た目だったり何を考えてるか分からない所が無理なだけであって、潰してしまえば結局は死骸になるわけだし。だから嫌いとか好きとかは別にない」
「ギルマスのそういうところ、嫌いじゃないよ。害虫は畑仕事の時もよく邪魔をしてくるからね、いい虫もいるんだけれど」

会話をしながら進んでいた五人組は、小さい扉の前で立ち止まる。
先程までの自然物主体な建築物とは違い、明らかに人の手が入っているであろうその建築物を見て一行は装備を整えだす。
アナザーワールドのボス戦には三つの特徴がある。
一つ目はボスは扉に書かれたなんらかのモチーフによって決定されており、中に入るまでにそれを把握できる事。
二つ目はボス部屋に入るという行動をした段階で、ボスを倒すか全滅するまではそこから逃げ出せない事。
そして三つ目が自身にかけたバフ強化を持ち込めるということだ。
四人がバフをかけている間に、一人が前に出て門の解読を始め出した。

「へぇ、随分と簡単な暗号だね。漢字一文字だけか、私的にはもう少し面白いものが良かったけれど、これはこれで時間の短縮が出来そうでいいね」
「こんなに大きく虫と書いてあるが、中にいるのは虫ということなのだろうか? 霞城さん」
「いい質問だね神影ちゃん。だけどそれがそうとは言い切れないのよ、日本人だから普段使ってるけれど、やっぱり漢字って難しいね」
「ふむ、どう言うことだろうか?」
「専売特許だから僕から説明するよ。虫って漢字あるじゃない? そこにもおっきく書いてあるけど」
「うん、あるな!」

全身を黒装束で包み、ギルマスと呼ばれていた男は門に書かれた字を指差しながらそう言った。
いったいそれがなんだと言うのだろうか、そう思いつつギルマスの方を神影が見ていると、直ぐに答えを教えてくれる。

「虫って聞くと現代人の僕らはさっき言ったみたいな気持ち悪い虫、いわゆる昆虫を思い出すわけだけれど、昔はこの漢字は蛇、それもマムシなんかの毒蛇によく使われていた字なんだよ。なら昔の字で虫はなんだったのかと言う話になるわけだけれど、それは僕も知らない」
「博識だなギルマスは! 非凡の身である私には全く理解できなかったぞ」
「なら補填説明は私がさせてもらおうかな。虫はその昔、蟲と書くのが一般的だったんだよ。何故蟲を虫と呼ぶようになったかという事に関してはいろんな説があるね。むしがわちゃわちゃしていたからとか、画数だったりスペースが問題だったりとか、そこまで意味はないとか」
「ギルマスと霞城さんはさすがの知恵だね。つまりは毒耐性も必要とーーよし、人数分かけ終わったよ」
「それじゃあ行くよ」

ギルマスと呼ばれた男が扉に触れると、光に包まれて五人組は別の部屋へと転移する。
この扉は一見その後ろにボス部屋があるかのように思われがちだが、実際は別の空間に転移させることで戦闘区域を区切っているのだ。
白い光が視界から消えていくのと同時に、身の丈を優に越す体躯を誇る蛇が現れ、五人組は予想通りだったとばかりに動き始める。
それから物の数分もかからず蛇は討伐され、アイテム獲得画面を開つつ五人組は蛇の死骸に腰掛ける。

「それにしてもなんだか変だったね、手応えがないと言うか何というか。守るものないのも変だし、それにここまで弱いのも変だ」

一般的に隠しダンジョンは高レベル冒険者向けのものが多く、それなりに強い生物が相手であることが多い。
それだと言うのに今回の蛇は最初こそ様子見をしていたから時間こそかかっているが、実際の戦闘時間に表せば2分と経っていないほどだろう。
まだ誰もスキルすらろくに使用していないことを考えれば、この戦果ははっきり言って少し異常だ。
まるで初心者用の迷宮に紛れ込んでしまったような違和感を感じるが、道中何度か戦った敵性生物は決して弱くはなかった。
それならば何が原因なのかと全員の頭の中に疑問が浮かび、とりあえず可能性として考えられるものを挙げてみる。

「運営じゃなくて個人が趣味で作った迷宮とか? それならあの簡単な暗号の謎も解けるし、道中がやけに狭かったのも納得がいくんだけれど」
「そう思いたいけれど、どうやらそうではないらしいね。足元、見てみなよ」
「ーーほう、転移用の陣ですか。中々に珍しい」

答えを見つけたとばかりにギルマスが下を指差しそういうと、必然的に全員の視線が自分たちの足元に注がれる。
煉瓦造りのこれといって特徴もない普通の遺跡のようなこの場所で、戦闘していたとはいえ自分達が気づかれないように作られていたその魔法陣に驚きを隠せない。
基本これだけ大きな陣を隠そうと思うと大掛かりな魔法を使用する必要があり、そうなるとここに来る数分前程度には誰かがいて魔法をかけたはずである。
だがそれを自分達のリーダーであるギルドマスターが見逃すと思えず、いま下を指さしたということはギルドマスターですら気がついていなかったのだろう。
自分達の足元の異変に。

「ん? 罠か? 壊すかギルマス?」
「罠だったら既に発動してるーーだよね両兵衛」
「ええ。この部屋にあった時からあったにしろ、いま出来たにしろ、発動するまでが遅すぎます。一部の魔法職の能力は確かに数分の時間を有するものがありますが、この魔法陣はそのどれもと違います」
「魔法陣の種類を覚えてるのか? すごいなぁ」
「エンバルグさんが感心してるの久々に見たきがするよ。さて結構手詰まり感が出てきたけれどどうする? ギルマス」
「どうしようか。はっきり言ってしまうけれど、こういう状況に適した答えを僕は持ち合わせていないんだよね。転移も禁止されてるし、自動転移が開始しない以上まだ何か残されているのだろうけれど、それがなんだか分からない以上僕には何もできない」
「ーーほう」

その言葉を聞いてギルドメンバー達は、少しまずい状況だなと眉を潜める。
ギルドマスターは基本的に指示を出す時は的確に、それでいて迅速に動く。
もちろんそれがいい方向だけでなく悪い方向に働いたことも何度かはあったが、対応力の高さで言えば一番であるギルドマスターが後手に回ることを選択したのはそれだけ現状が理解不能だということだ。

「どうやら調べてみましたが発動する兆候はありませんね。いえ、この場合はそうですね、発動する兆候がないというより、既に発動して役目を終えているから発動する必要が無くなったと言ったところでしょうか」
「ーー既に発動している? 魔法が? どのタイミングで?」
「そうですね…私達がここに転移してきた直後のようです。この蛇はどうやら関係なさそうです」

手についた血を拭き取りながら、霞城は冷静に現状を分析する。
試しに〈マップ〉を出してはみるがerrorとしか表記されず、洞窟内は特殊アイテムを使用しない限り基本的にこうなる仕様なので特に疑問は感じない。

「んー、そうだね。もしかしたらではあるけれど新型のボスか、連続討伐型のダンジョンが追加されたか、どちらかじゃないかな。メニューは開けるけれどいくつかのシステムが封鎖されているし」
「運営に連絡してみようか? もしかすればバグかもしれない」
「そうね、神影ちゃんお願いするわ。ギルマスは周囲の警戒を、バルグさんはバフの掛け直し、両兵衛さんは状況打破の方法を考えていて。私も私で少し考えるわ」
「了解」

ギルドマスターが返事をすると、各々言われた通りの仕事を始め出す。
それからどれくらいの時間が経っただろうか、掛け直したバフ強化すらまた切れかかり出した頃、運営に連絡していたはずの神影からまるで叱られてでも居るかのような悲痛な叫びが漏れる。

「ギルマスぅ…ちょっと来て欲しいんだ、どうしても運営に連絡が付かないんだ」
「運営と? んーなるほど、そうかそうか。そんな悲しそうな顔しなくていいよ神影ちゃん。とりあえず全員警戒態勢といて運営に連絡できる方法を探して、場合によっては少し考えるよ」

悲しそうな顔をしている出雲を宥めつつ、ギルドマスターは他のメンバーに指示を出す。
今まで何度か予測不能な事態に巻き込まれたことはあったが、運営との連絡が取れなかったことは一度もなかった。
緊急通信用の回線はボス戦であろうと何であろうと、常にGMに対して通信が取れるようにはできている。
それが上手く動かないという事はゲーム側に問題があったか、もしくはそれすらも想定のうちである迷宮なのか。
常に更新されるアナザーワールドのゲームシステム上、それ以上はないという事は絶対にありえない。
そんな中、誰かのお腹が大きく音を立ててぐぅぅと鳴った。

「え! あっ! あの…ううっっ」

目の前で音を立ててお腹を鳴らしたのは、任せられていた仕事をこなせず焦っていた神影だ。
透き通るように白い肌は分かりやすい程に紅く染まり、恥ずかしさからか顔を伏せて霞城の背に隠れてしまう。

「構いませんよ別にお腹が鳴るくらい。人であれば誰でもーー」

そう言いつつなだめ役に入ろうとした両兵衛は、だがしかし会話の最中に自らが言っていることがおかしいことに気がつく。
本来それはあるはずのないもの、あまりにも自然な動作に流しそうになってしまったが、本来はあるはずがないものだ。
ギルドマスターがそのことに気づいた両兵衛に対し、肯定するように言葉をかける。

「ーーそう、不思議だよね。アナザーワールドはいくら精巧に作られていようが所詮はゲーム、せいぜいがそろそろ食事を取るように警告してくるだけで、実際にお腹が空いたり、ましてやお腹が鳴るなんて事あるはずがないんだ。だと言うのに全員の耳にはっきりと聞こえたこの音は明らかにいま体から出ていた、新たなSEが追加されたにしろ少しタイミングが変だ」
「そう言われてみれば確かに」

アナザーワールドにおいては空腹値と言うとものは確かに存在こそしていたが、直接食料を手ずから時間をかけて食べるわけではなくボタン一つで食事を終え回復するようにできていた。
このゲーム性ゆえに食事を何度かゲーム中で取っただけで食べた気になったプレイヤーに対し、食事を進めるよう促すプログラムは存在した。
十二時間以上連続ログインしているプレイヤーに対して警告は行われ、三六時間経過後には自動的にログオフされるように作られている。
何故この様な効果があるかと言えば、ギルドマスターが言った通りに所詮ゲームで現実の空腹感が満たされるわけもないからだ。

「えっと、私のお腹で考察しているところ申し訳ないんだが、空腹感に耐えられないのでご飯を食べてもいいだろうか…?」
「いいよ。たぶんボタン出ないと思うから、パンとか素手で簡単に食べられるものにしたほうがいい。両兵衛、霞城、神影ちゃんが食べてる間に二人の意見を聞かせてくれ」
「私からは…そうですね。二通りが考えられます、一つ目は他のゲームなどに何かの拍子で入ってしまった。二つ目は考え難いですがもう一つの現実に引っ張られた、というところでしょうか」
「私もおおよそは両兵衛さんの意見に賛成です。ただ強いて言うなら後者はまだもう少しだけ時間をかけて精査したくはあります」
「答えはいまから出雲ちゃんが教えてくれるよ」
「ーーギルドマスター! 美味しいぞこのパン!」

神影がかじりかけのパンを見せつつそう叫ぶと、両兵衛と霞城の両方が眉を潜める。
五感の内味覚だけはアナザーワールドにおいて実施されておらず、また料理に特化したゲームでない限り全部こんにゃくの様な味しかしない。
それが思わず笑顔を浮かべてしまうほどの味だったのだ、半分は冗談で言ったつもりの事が的中している確率が非常に高くなり表情が固まってしまうのも仕方がないだろう。
だがそんな中で一人、笑顔を浮かべたまま楽しそうにしている人物がいた。
何を隠そう、ギルドマスターだ。

「良かったね神影ちゃん。それと良い話があるんだけど聞く?」
「ふむふむ、いい話とはなんだギルマス!」
「久々に楽しそうな事がまた起こったんだ。それも今回はかなり大きな山だ、一生かかっても終わらないかも知らないくらいに」
「本当か!?」
「ーープラス思考なのはいい事ですが全く…。誰か家族を残してきたものは? ちなみに私は構いません」
「私は大丈夫。家族はいない」
「俺も大丈夫だ。爺ちゃんも婆ちゃんももう逝った」
「私も大丈夫だ! みんなの居るところが私のいるところ。たとえどこだろうとついていく覚悟だ!」
「よし、なら当面の活動目標は今まで通り楽しいことを探しに。もしかすればゲームの中の可能性も考慮して、最初は警戒を強めつつGMに連絡が取れそうだったら連絡を。よし、それじゃあ今まで通り行こうか!」

自分達からみて後ろ、おそらくはこの扉から入ってきたと言う設定であろうその扉を、ギルマスは力を込めて押し上ける。
広がるのは見たこともないほどに広がる大きな大草原、確かな異世界の実感を握りしめながら溢れる笑みを隠そうともせずに子供の様な無邪気さで飛び出すのだった。
しおりを挟む

処理中です...