水しか出ない神具【コップ】を授かった僕は、不毛の領地で好きに生きる事にしました

長尾 隆生

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1巻

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 第一章 水しか出ない神具と不毛の地と


 僕、シアン=バードライの人生は、十五歳を迎えたその日まで順風満帆じゅんぷうまんぱんだった。
 王国を支える二大貴族の一つであるバードライ家の次男に生まれ、何不自由ない暮らしをしてきた。
 兄のアルバは優秀だが、僕に比べれば努力が圧倒的に足りない。
 今の僕は全ての面で兄を上回っていると自負している。
 だから、将来は僕が家督かとくを継ぐことになるはずだと、そう信じていた。
 それは父が、僕と、もう一つの大貴族家であるファリソン家の長女ヘレンとの婚約を早々そうそうに決めたことからも明らかだ。
 兄のアルバはいまだに婚約者が決まっていない。
 バードライ家の長男という立場にありながら、成人のを過ぎてなお婚約者がいないなど前代未聞みもんである。
 確かに兄が成人の儀で授かった『炎』の力は強力だし、将来有望だと誰もが口にする。
 王国の歴史の中でも『炎』の力を得た者は、王族以外ではまれだと聞く。
 だから、その話が広まった時には貴族の間でかなりの騒ぎになったことを覚えている。
 だが長きにわたって他国との間に小競こぜい程度しか起こらず、魔獣まじゅうによる襲撃もほぼない平和な時代に、そんな戦いのための力は必要なのだろうか。
 この国を治めるには、もっと別の力が必要なはずだと僕は確信していた。

たとえば、愛……とか」

 僕は机の引き出しから、婚約者であるヘレンから送られてきた手紙のたばを取り出す。
 そこにつづられているのは、可憐かれん清楚せいそな彼女らしい文字。
 僕との婚約が決まってどれほど嬉しかったのか。そして僕のことをどれほど好きなのかが書かれている。
 これらの手紙を読み返すたびに照れてしまい、体の奥がむずむずしてくる。
 だけど、僕にはそれすらも喜びであった。

「待っていてくれ、ヘレン。僕は今日、成人の儀で兄を超える力を得て君を迎えに行くからね」

 そう呟き、僕は手紙の束を机の引き出しの奥にそっと仕舞しまい込む。
 コンコン。
 まるで僕が手紙を仕舞うのを待っていたかのように、ちょうどいいタイミングで部屋の扉がノックされる。

「シアン様。そろそろ成人の儀へ出発のお時間ですが、準備はよろしいでしょうか」
「ああ大丈夫だ、今行く」

 ドア越しに呼びかけた使用人にそう答え、最後に引き出しの中に向けて「行ってくる」と小さく呟き、僕は部屋を出る。
 今日、この時から僕の順風満帆な日々がさらに加速するはずだ。
 この時の僕は、そう信じて少しも疑わなかった。
 そう……この時までは。


     ◇     ◇     ◇


「あら、シアンじゃない。そういえばあなた、今日が成人の儀でしたっけ」

 長く広い廊下を玄関に向かって歩いている途中のこと。
 僕はちょうど自分の部屋から出てきた姉のアイラと、ばったり顔を合わせてしまった。

「はい、姉上。これから向かうところです」

 僕は正直、この腹違いの姉が苦手である。
 バードライ家の第一夫人の子供である彼女と兄は、僕にとっては目の上のたんこぶと言ってもいい。
 この国では第一夫人の子だろうと第二夫人の子だろうと、扱いは変わらない。
 家の継承に必要なのは実力であり、それは成人の儀で女神様からどれだけ強力な加護を授かるかと同義である。
 強力な加護を授かるためには、日々の努力や本人の資質が不可欠だと、長年の研究で判明している。
 僕は努力においても資質においても、兄や姉に負けないと自負していた。
 そんな僕がこの姉を苦手としている理由は、彼女が生まれ持った資質のみで今まで人並み以上に全てをこなせてきたからだ。
 ひそかに勤勉な兄はまだいいが、努力を重ねてきた僕に才能だけで匹敵ひってきする姉は、内心許しがたい存在だ。

「せいぜい女神様からまともな加護を授かりますようにと願うがいいですわ」
「ええ、姉上や兄上に負けないほどの加護がいただけるものと信じております」

 僕は自分より少しだけ背の高い姉を下から見上げ、満面の笑みを浮かべてそう答えた。
 すると、姉は途端に表情をゆがませる。
 僕の笑顔の中に少しだけ潜ませた悪意を、敏感に感じ取ったのだろう。

「はんっ、せいぜいハーベスト家の長男みたいに追放されないことね」
「ご冗談を」

 ウェイデン=ハーベスト。
 それは、二十年ほど前のこと。
 王国の貴族家の一つ、ハーベスト家の跡取りであった彼は、女神様より与えられた加護があまりにひどく、失敗作とののしられはるか遠方の国へ追放されたという。
 僕がそんな男と同じ悲劇の道をたどるわけがない。
 なぜなら、僕はすでに女神様の『神託しんたく』を授かっているからだ。
 この国の歴史書によれば、ごく稀に成人の儀の前に女神様から『神託』を授かった者が現れるという。
 通常、成人の儀で女神様と会うことはないが、『神託』では女神様と直接会話ができるのだ。
 その人物たちは、例外なく国を大きく変革する英雄として名を残している。
 そして、僕にも一年前に『神託』が下った。成功の道が約束されたも同然である。『神託』によれば、僕は……


     ◇     ◇     ◇


「それが一体、何がどうしてこんなことになったのだろう」

 僕は一人、馬車の中で、右手に持ったなんの変哲もない陶器製のコップを見つめながら、この旅に出てから何度目になるかわからないため息をこぼしていた。

「はぁ……こんな水しか出ないコップで、どうやって領地を運営しろっていうのさ」

 そうひとりごちながら、そのコップに軽く魔力を流し込む。
 すると、今まで何も入っていなかったコップの中に、水がどんどん溜まっていく。
 ある程度まで水が溜まったことを確認すると、中身を一気にのどに流し込んだ。
 不味まずくはないが、かと言って美味うまいわけでもなく、熱くも冷たくもないごく普通の水だ。
 コップの中身がなくなっても、また魔力を流し込めば水が再び満ちる。

「ウェイデン=ハーベスト。君も今の僕と同じ気持ちだったのかい?」

 僕にとっては悪夢でしかなかった、成人の儀から既に一ヶ月。
 あの日、僕が女神様より授かった加護。
 それはこの右手に握られたコップだった。
 女神様から与えられる加護は魔法の力であることが多く、兄は火を生み出す魔法の力を、姉は氷を生み出す魔法の力を授かった。
 だが、時に魔法の力以外を与えられる場合がある。
 それが『神具しんぐ』と呼ばれるものだ。
 大体の場合、女神様の力を宿した聖剣せいけん聖鎧せいがいといった武器や防具が与えられるのだが、稀に今回の僕みたいに使い道がよくわからない『神具』を授かる時がある。
 かつてウェイデン=ハーベストが、僕と同じように魔法の力ではなく、用途の不明な『神具』を授かった。
 その結果、跡継ぎの立場を追われ、その後の彼の行方ゆくえは誰も知らない。
 僕に与えられた『神具』は、正直に言ってただの役立たずなコップだ。
 確かに普通のコップと違い、僕の魔力が続く限り水を出せるという能力はある。
 だが、それだけである。
 出るのは魔を払う聖水でも、病気や怪我を治せる薬でもなんでもない、ただの水。
 僕はコップを授かったあとも、儀式が終わるまでの間コップから水以外のものも出せないかと何度も頑張ってみた。
 だが全ては徒労に終わった。
 失意に沈んだ僕が屋敷に戻ると、既にその情報は我がに届いていた。
 それどころか国中の貴族の間に、バードライ家の次男がなんの役にも立たない『神具』を授かったとの話が知れ渡っていたのだ。
 王国を支える大貴族の、跡取り候補の一人として注目されていた僕。
 そんな僕が跡取り候補の座から脱落したも同然なわけなのだから、周りの貴族たちの驚きはいかほどであったろうか。
 屋敷では、僕を更にどん底へ突き落とす出来事が待ち受けていた。

「は? 父上、今なんと?」
「お前とヘレン嬢との婚約を破棄させてもらうとの通告が、先ほどファリソン家から届いたと言ったのだ」
「婚約破棄ですって! そんな、ヘレンもそれを認めたのですか⁉」
「ああ、むしろヘレン嬢がみずから、お前との婚約破棄を申し出たと聞いている」
「そ、そんな……ありえない」

 僕が彼女から今まで大量にもらった恋文こいぶみ
 そこに綴られていた言葉の数々は、全て嘘だったとでもいうのだろうか。
 大貴族家の跡取りでなくなる僕は、彼女には必要のない存在なのか。
 信じられない。
 信じたくない。
 僕の頭の中には、そんな言葉がぐるぐる回っていて。
 短いながらも、ヘレンと過ごした素晴らしい時間。
 彼女が浮かべていた屈託くったくのない笑み。
 それらの思い出が霧消むしょうし、僕はその場に崩れ落ちる。
 目の前が真っ暗になるとはまさにこのことを言うのだろう。
 父上はしばらく複雑な表情で僕を見下ろしていたが、一つ咳払せきばらいをすると、僕の肩に手を置いて口を開いた。

「お前も今回のことで、王都にも屋敷にも居辛いづらくなったろう。そこでだ――」

 父上から語られたその提案に、僕は静かに了承の意を伝える。そしてゆっくり立ち上がり、うつむきながら扉に向かった。
 しばらく一人になりたかった。
 誰もいないところで混乱している心の中を落ち着けなければならない。
 部屋を出ると、廊下には今一番会いたくなかった兄と姉が立っていて、僕をさげすみの目で見つめていた。
 あとから聞いた話によると、二人とも僕が父上から沙汰さたを言い渡されるのを、ご苦労なことに部屋の外でずっと待っていたらしい。
 なんという根性の腐った連中だろう。
 こんな奴らと半分だけでも血がつながっているかと思うと反吐へどが出る。

「おめでとう、シアン。あなた、お父様から領地を下賜かしされたのですってね」
「えっ、どうしてその話を」

 姉上の言葉に僕が疑問の声を上げると、今度は兄上が得意げな顔で言い放つ。

「実はな、私が父上にそう提案したからだ」
「兄上が?」
「ああ、お前のような出来損ないは我が家の恥でしかないからな」
「……」
「私は数年後、イスナ様との婚約を発表する。婚姻の場に我が家の恥は不要だ。そうだろ?」

 兄上が王国の第二王女であるイスナ様と婚約?
 イスナ様はまだ八歳になったばかりで、兄上は十八歳だ。
 だが、貴族の間では十歳程度の年の差婚はめずらしくない。
 もしかして兄上が今まで婚約者を持たなかったのは、内々にイスナ様との婚約が決まっていたからだったのか?
 兄上は言葉を続ける。

「だから私が父上に進言したのだ。お前をこの家から追放することをな。今回お前に与えられる領地は、我がバードライ家にとってお荷物の地だ。大貴族家のお荷物となったお前に似つかわしい領地をくれてやるんだ。感謝しろよ」

 続いて、姉上が楽しそうに言う。

「砂におおわれた不毛の領地、でしたっけ? 半分枯れたオアシスと、それにすがりついて生きている小さな町しかないせいで、納税の義務すら果たせないと王国からも見捨てられた領地でしたわね」
「不満か? 家名を奪わない上に、領地も家臣も与えられるのだからむしろ感謝してもらいたいものだな」

 馬鹿にするような声音でそう告げる二人に、僕は何も言い返せない。
 大貴族家の者がなんの役にも立たない神具しか与えられなかった。
 本来は家から追放されるだけでなく、家名を奪われても文句は言えない事件である。
 この国はそういう国だ。
 だから父上は最大限僕に配慮してくれたと言ってもいい。
 なんせこんな僕に領地だけではなく家臣まで与えてくれるというのだから。
 たとえそれが王国から見捨てられた不毛の大地と、厄介払やっかいばらいのように押し付けられた、解雇寸前だった十人たらずの家臣団だとしても。


     ◇     ◇     ◇


ぼっちゃん、見えてきましたぜ」

 御者ぎょしゃ台からデルポーンの声が聞こえる。
 彼は僕に与えられた家臣団の一人で、馬に関する全ての仕事を受け持っている馬丁ばていだ。
 馬のことを誰よりも熟知し、馬に対する愛情も人一倍強い。
 馬が好きすぎるあまり、他の世話係と何度も対立し解雇されかけたところを、彼の才能を買った僕が専属の家臣の一人としたのは、もう何年も前のことだ。

「やっと着いたか」

 僕は手に持っていたコップを消し、外を見るために馬車から顔を出す。ちなみに、コップは僕の意思で自由に出したり消したりすることが可能だ。

「あれが、僕が治める町か」

 馬車に揺られること一週間。
 砂漠の中で砂に埋もれかけた道をずっと進んで、ようやくたどり着いた場所。
 エリモス領唯一の町、デゼルト。
 陽炎かげろうらめいているあの町が、僕がこれから一生住む場所である。
 町を囲むへいにゆっくりと近づき、それほど大きくない門を開け中に入る。
 バートライ家が先触さきぶれを出していたはずだが、領民たちの出迎えはない。
 それどころか家の中に隠れてでもいるのか、往来にもほとんど人影はなかった。
 随分と長い間国から放置され、領主に対してもかなりの不信感を持っているのだろうか。
 先が思いやられるな、と考えながら町の中を抜け、その先にある小高い丘の上を目指す。
 そこに領主館があると聞いていたのだ。
 しばらく丘を登り、やがて馬車が停車すると僕はほろを開けて外に出た。
 そして眼前に建つ建物を見て思わず声を上げる。

「本当にここが領主館なのか?」
「はい、坊ちゃま」
「坊ちゃまはやめてほしいんだけど……まあいいか。なんだい、バトレル」

 馬車のかたわらに歩み寄ってきた執事のバトレルに、僕はそう言った。
 彼は僕が生まれた時に専任として付けられた執事で、僕にとっては一番付き合いの長い信頼できる家臣である。
 領主館は三階建てで広い庭もあり、かつてはそれなりに立派な建物であったろう。
 だが手入れもほとんどされていなかったようで、今にも崩れ落ちそうだった。
 周りの設備はボロボロ。馬小屋や兵舎などは「ここらへんにあったんだろうな」といった痕跡しか残っていない。
 庭にいたっては、わずかに草が生えている場所以外は完全に砂に埋まっている。

「バトレル。これが本当に領主館なのか?」

 震える声で僕は再度尋ねる。

「はい坊ちゃま。ここがこのエリモス領を治める領主の館にございます」
「それにしてはオンボロすぎないか。もうかなりの間使われてないみたいだが」

 そう言って僕は、敷地入り口の門扉もんぴを振り返る。
 つい先ほど、あの扉を無理やり開いて庭の中に入ってきたところだ。
 今回護衛として唯一同行することとなったロハゴスが、その怪力を使ってようやく開いた門扉は、無理やりこじ開けたせいで壊れてしまい、仕方なく脇に打ち捨てられたままである。

「先代のエリモス領主様が亡くなり廃領になってから、十年ほどになりますか」
「廃領⁉ 税収が期待できなくて、王国のお荷物になっている領地だとは聞いたが、廃領扱いになっているなんて初耳だぞ。もしかして来る前に聞いた『王国が見捨てた地』という言葉は、比喩ひゆではなかったということか?」
「左様です。さすが坊ちゃまは理解がはようございますね」
「いや、誰でもわかるだろ」

 どうもバトレルは、僕のことを過大評価する傾向にある。
 少し前まではそれも自尊心を満たせて心地よかったが、落ちぶれた今では、嫌味にしか聞こえない。

「そんな土地をなぜバードライ家が預かることになったのだろう?」

 幼い頃からバードライ家の跡継ぎになるべく教育を受けてきたが、この地が廃領扱いになっていたことは知らなかった。
 バトレルが詳しく説明してくれる。

「不毛の地とはいえ王国の一部。完全に放棄するわけにも行かず、バードライ家に押し付けられたのだと旦那様がぼやいていらっしゃいました」
「押し付けられたって、誰に?」
「王室にでしょう。とはいえ廃領扱いにすることによってこの領地で起こったことの責任は、バードライ家には及ばないということにしていただいたそうですが」

 責任を持たなくてよい。
 つまり形式上は我が家の管理地だが、世話は一切しなくてもいいということだろうか。
 僕はこの地に来るまでに見てきた風景を思い出し「さもありなん」と嘆息たんそくする。
 僅かに生える、環境に順応した植物以外は何もない、砂漠。
 唯一のオアシスを囲むように作られた町であるこのデゼルトには、さっき見た限りだと住む人たちの数も少なく、これといった産業もなさそうだ。
 こんな地では税収もほとんどなかったに違いない。
 むしろ治めるために必要な経費で、大赤字だったのではなかろうか。
 それで前領主が亡くなったのを機に、王国はこの地を捨てたというわけだ。

「そんな領地をもらって、僕はどうすればいいんだ」
「ご安心ください、坊ちゃま」
「何か手立てでもあるのか?」

 僕の恨みがましい視線をどこ吹く風といった感じで流し、バトレルは答える。

「旦那様より、この領地の税は全て免除するとの書状を預かっております」
「もともと廃領扱いなのだからそれは当然だろ。むしろこっちが王国に援助してもらいたいくらいだ」
「確かにこの地を発展させるのは並大抵のことではありません。ですがその代わり、この地の権利の全ては坊ちゃまに譲るともあります。私は坊ちゃまの力を信じております」

 そう言うバトレルの目は真剣そのもので、とても冗談や嫌味を言っている風ではなかった。
 彼は本気で信じているのだ。
 僕が、この不毛の領地を発展させることができると。

「国は助けない。その代わりに義務も課さないし手も出さない。そういうことか」
「左様でございます」

 やるしかないのか。
 僕にはもう他に道は残されていない。そのことはわかっている。
 そして今の僕には、養っていかなくてはならない家臣たちが、領民たちがいる。
 領主館の建つ小高い丘の上から町を見下ろすが、人影はまばらで活気もない。
 人々が生きていくだけで精一杯の地だと、旅の途中で出会った人々から幾度いくどとなく耳にした。
 そういった話を聞くたびに、僕の心の中に少しずつ溜まっていったものがある。
 そんなことを言う人たちや、あの兄と姉、そして父をいつか見返してやるのだといった思いだ。
 もしかしたらバトレルや家臣たちも同じ気持ちなのではないだろうか。
 僕はその決意を胸に顔を上げる。

「バトレル」
「はい、坊ちゃま」
「僕はいつかきっと、この地を王国一の領地にしてみせるよ」
「坊ちゃまなら可能でございましょう」

 今はまだ、この不毛の土地をどうすれば豊饒ほうじょうの地に変えることができるのかわからない。
 だけど、やらなくてはならないのだ。

「坊ちゃん! ちょいとこのたるに水をたんまりとくれねぇかい?」

 やる気に満ちて町を見下ろしていると、館の方から大きな樽を抱えてやってきた男がそう声を上げる。
 彼の名はルゴス。
 バードライ家に仕える大工の中でも一番腕の立つ人物だ。
 彼は、仕事中に一度だけ兄の指示に逆らったことがあった。
 兄の指示は安全性の観点から到底受け入れられないものだったらしく、結局父上にまでその話は伝わりルゴスの望む結果となった。
 しかしその日以来、兄は自分の言うことを素直に聞かなかった彼を嫌うようになった。
 今回僕と一緒にルゴスをこの地に送るように仕向けたのも、きっと兄だろう。


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