水しか出ない神具【コップ】を授かった僕は、不毛の領地で好きに生きる事にしました

長尾 隆生

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4巻

4-3

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 ◇     ◇     ◇


「先輩のロマンスを聞かせてほしい」
「と言われてもねぇ」

 シアンたちが魔晶石を集めていたその頃。
 領主館のある一室では、ヒューレがじりじりとシアンの師匠にして大エルフのモーティナに詰め寄り、恋愛話を聞き出そうとしていた。
 町に残った人々は獣人の結婚式とバタラの成人の儀、そしてデゼルト農園の本格的な始動で誰も彼もが慌ただしく動き回っている。
 獣人を引き連れてきた当事者である元貴族のウェイデンと、その妻であるモーティナは、様々な調整や準備のために町中を奔走ほんそうしていた。
 体力には自信のある二人にも限界はあるもので、今彼らは執事しつじのバトレルが用意した休憩室で一時の休息をとっていた。その部屋は、いつもシアンがメイドのラファムに用意してもらった紅茶を飲みながら読書をしたり、友人たちと談笑したりするために使っているもの。それほど広くはないが、時にシーヴァや行商人のタージェルとの密談みつだんにも使われるため、実は防音設備も備わっている。
 そこで二人は、彼らの娘であるラファムが用意した疲れが取れるという薬草入りの紅茶を、ゆったりとした気分で楽しんでいた。
 そんな穏やかな空気を破って、突然一人の闖入者ちんにゅうしゃが飛び込んできたのはつい先ほどのことだ。

「私ずっとあこがれてた。あなたに。どうしたらあなたのように素敵な恋愛ができるのか」

 闖入者の正体は、すっかり領主館に住み着いてしまったヒューレだった。
 彼女はここしばらくの間、シアンから急ぎで頼まれた冷却箱の開発にかかりっきりだった。
 材料などは彼女の収納空間に全て入っているうえに、トイレも自作した空間転送つきのもので済ませていたため、ほぼ部屋の外に出ることはない。更に、食事や彼女のエネルギー源ともいえる酒などは、ラファムが毎日部屋まで届けていたので、ぜんぜんな生活を満喫まんきつしていた。
 彼女は、憧れの先輩――大エルフであるモーティナが同じ屋敷の中にいるということを、つい先ほどいつものように自室まで昼食を届けに来たラファムから聞いて知ったのだった。

「どうすればウェイデンみたいなイケメンと結婚できるのか、詳しく教えてほしい」
「イケメンだってさ、モーティナ。僕も随分けてしまったと思っていたけど、こんな若い子にそう言われるとまだまだ捨てたもんじゃないと思ってしまうよ」

 おどけた口調で肩をすくめるウェイデンに、呆れたような視線を送るモーティナ。
 しかし、愛する夫を褒められて満更まんざらでもないのか、その顔は少し緩んで見えた。

「やっぱり旅? 旅に出た方がいい?」

 興奮気味に問いかけるヒューレ。

「そりゃまぁあんな里にもってるよりは出会いは多くなるけどね」

 愛娘まなむすめの紅茶に軽くくちびるをつけながら、モーティナは答える。

「やはり。ではすぐにでも、この町を出て旅に行くべき。善は急げ。でもその前に」

 ヒューレはすぐに部屋を出ていこうとしたが、ドアノブに手をかけようとしたところで立ち止まり振り返る。その手には、いつの間にか手帳とペンが握られていた。

「大事なこと忘れてた。二人の馴れ初めを全部聞かなければ。勉強大事」
「ええっ」
「これはちゃんと話してあげるまで解放されそうにないね。教えてあげなよ、モーティナ」

 ウェイデンはまるで他人ごとのように答えると、ソファーに深く座り直し、紅茶を喉に流し込みながら、余興よきょうを楽しむかのように笑った。


     ◇     ◇     ◇


「このデザインはどうですか?」

 領主館に急遽きゅうきょ作られた簡易的な裁縫室さいほうしつ
 そこでは二人の少女が、机に何枚も広げられた紙を見ながら話していた。
 一人はラファム。シアンの専属せんぞくメイドであり、人族であるウェイデンと大エルフであるモーティナの間に生まれた、ハーフエルフの娘である。
 そして、もう一人はバタラ。デゼルトの地で生まれ育った、褐色肌かっしょくはだの少女である。
 シアンが初めて彼女と出会った頃は栄養不足もあってかなりせていたが、今では年相応の少女らしい体つきになってきた。二人は、今度この町で行われることになったバタラの成人の儀の衣装について話し合っていた。

「少し地味かと思います。当日、シアン坊ちゃまとの婚約発表も行う予定ですし、こちらの方がよろしいのではないかと」

 ラファムは、バタラが指している質素な服とは真逆の、装飾過多にも思えるドレスのデザイン画を引き寄せながら告げた。

「そんな派手な衣装。私には似合わないですよ」

 バタラはラファムの提案をばっさりと却下する。

「そうでしょうか? 意外に似合うかもしれませんよ」
「意外とか言っている時点でダメだと思うんですけど」
「これは失言を。しかし、バタラ様がご提案なさったデザインでは、あまりにいつもと変わらなさすぎるのではありませんか?」

 ラファムは却下されたものを横に移動させると、もう一度バタラが選んだ用紙を見つめる。
 そこには、バタラがいつも身につけている民族衣装に、少しだけ装飾を加えただけの服が描かれていた。

「新鮮さが足りませんね」
「それって必要なんですか?」
「もちろんです。バタラ様、いいですか」

 ラファムは突然、対面しているバタラの目を真剣な表情で見返して、強い口調で続ける。

「ここできちんとバタラ様もアピールしないと、シアン坊ちゃまをヘレン様に奪われてしまいますよ」
「奪っ……私、そんな」
「いいですか? バタラ様がヘレン様の家柄や坊ちゃまとの付き合いの長さで、日頃から引け目を感じているのはわかります。ですが」

 ずいっと、ラファムはいつにない真面目な表情でバタラににじり寄った。

「王都から追放同然にこの地へ赴任ふにんさせられ、傷心しょうしんだった坊ちゃまを救ったのはバタラ様、あなたなのですよ」
「救ったなんて、そんな大げさな」
「いいえ、間違いなくあなた様のおかげで、坊ちゃまは色々なことを振り切ることができたのです」
「そ、そう……でしょうか?」

 シアンが初めてデゼルトにやってきたあの日。
 バタラは実家の手伝いが一段落したあと、オアシスの泉の様子を見に行った。
 小さな頃から慣れ親しんだ泉がどんどん水量を減らし、やがて枯れ果てていく姿を目に焼きつけておきたくて始めた日課だった。
 その頃既にデゼルトの人たちは、井戸の水が枯れるまでに泉の水量が戻らなければ、この地から去る決意を固めていた。
 魔獣のおかげで食料やお金は手に入れることができたが、水がなければ生きていけないからだ。
 そんな中、新しい領主がやってくるという話が町の大人たちの間で広まっていた。
 しかし領主が来るからといって、枯れた泉をよみがえらせ、水をどうにかできるなんて誰も思ってはいなかった。当たり前だ。仮に水魔法の得意な貴族がやってきたとしても、オアシスを復活させるほどの水量を作り出すことなどできない。
 力ある貴族であっても、せいぜい小さなプールに水を溜めるのが精一杯なのだ。
 それなのに、あの日目の前に現れた彼は、そんな思い込みを全て打ち破ってしまった。

「貴族の魔法はどんどん弱まって、今じゃ大道芸程度のレベルにまで落ちているって聞いていたのに嘘だったのか」
「やっぱり、貴族様の魔法は凄いんだな」
「大渓谷開発の時にこの町にやってきていた大貴族が、凄い威力の雷や炎を操っていたってのは本当の話だったらしい」

 町の人たちは口々に貴族の凄さを話題にしていた。だが、バタラは聞いてしまった。
 泉に倒れ込んだシアンを抱き上げ、領主館まで付き添った時のこと。シアンの家臣たちが話していたのである。
 シアンは王都に住むどんな貴族よりも大きな魔力を持っていること。
 そして、それは彼自身の努力の賜物たまものだということ。
 彼のように努力をする貴族はおらず、町の人たちが聞いていた通り大した力を持っていない貴族が大多数だということ。
 泉をよみがえらせたのは、シアンだからこそせる偉業だったのだ。
 しかし、あれだけ大量の水を出すことは、自らの命をけずる行為だった。
 のちに、そのことを知ったバタラは決意したのだ。
 この町を命がけで救ってくれたシアンを信じようと。
 実際にはバタラにいいところを見せようと調子に乗ったシアンが、家庭教師であるエンティアの忠告をすっかり忘れて自滅しただけなのだが。

「私はあの人を……シアン様をずっと支えてあげたいと、そう思っているだけです」
「素直じゃないですね。ヘレン様のように率直そっちょくに好意をぶつけないと、今の居場所すら失ってしまいますよ」
「そ、それは嫌です」

 そう呟きながら、バタラは先ほどラファムが脇に避けた紙に視線を向ける。
 机の上に並んだ様々なデザイン画は、この町に住む人々からつのったものだ。

「それに、晴れの舞台に娘が自分のデザインした服を着てくれたら、お母様も喜んでくれますよ」

 ラファムがもう一度机の中央に引っ張り出してきたそのデザイン画は、なんとバタラの母が描いたものだったのである。

「でもさすがにこの服は成人の儀で着るには合ってなさすぎる気がしますし」

 純白の美しいそのドレスは、まるで――

「ウェディングドレスのつもりなのでしょうね」
「結婚式をあげるのは私じゃなくて獣人族の方々なのに」
「シアン様たちの婚約発表も同時にすると言っていましたでしょう? 同じようなものですよ。それにバタラ様がこのドレスを身にまとった姿をシアン坊ちゃまが見れば、れ直すことは間違いないでしょう」

 バタラが選んだデザインと、彼女の母親が描いたもの以外を片づけながらラファムが言うと、バタラは真っ赤な顔をして、うつむいてしまった。そんな彼女の様子を見て、ラファムは少しの間考える素振りを見せたあと、残した二枚のデザイン画を手に取った。

「それでは最初はこちらの普通の衣装で儀式をして、その後着替えて婚約発表を行いましょう」

 まるで彼女たちの話が終わるのを見ていたかのようなタイミングで、扉の外から声がかかった。

「バタラ様、少しよろしいでしょうか?」

 声の主は執事のバトレルである。

「はい。今開けますね」

 デザイン画を整理しているラファムに代わり、バタラが熱くなった頬を両手でさすって冷ましながら扉を開けた。

「何かご用でしょうか?」
「実はバタラ様のお婆さまがお見えになりまして」
「お婆ちゃんが?」
「はい。何やらシアン坊ちゃまに会うためにいらっしゃった客人をご案内していただいたらしく。しかし、ご存知の通り坊ちゃまは――」

 シアンの次に身分の高いヘレンも共に出かけている今、この領主館で一番地位が高いのは領主の婚約者であるバタラということになるらしい。

「私が……ですか?」
「はい。ですのでシアン様の代理としてお客様を迎えていただきたく、お伺いしたわけです」

 そういった貴族の常識について詳しくないバタラはその言葉に驚いたが、バトレルに頼み込まれては断ることはできなかった。自分はただの町娘でしかないが、その客人を連れてきたのが祖母である以上、無関係を決めこむわけにもいかない。急いで裁縫室を出て玄関に向かうと、そこにはバタラの祖母の背後に目深まぶかにフードを被った三人の人物がたたずんでいた。
 一人は長身の女性。その後ろに、男女それぞれ一名が従者のように付き添っている。

「おや、バタラもいたのかい」
「お婆ちゃん、この人たちは?」
「そうだねぇ。あんたたち、もう顔を隠す必要はないんじゃないかい? どうせこの屋敷にいる人たちに協力してもらわなきゃならないみたいだしね」

 バタラの祖母であるニーナが振り返り、後ろの三人にそう告げると、先頭の女性がフードを取り去る。
 フードの下から出てきたのは息をむような整った顔……そして、長く尖った耳。

「エルフ……」

 バタラの後ろでラファムが小さく呟いた。

「いかにも。わらわはエルフ族長老会の一人、エリアエル=トウガ=ナミノ」

 エリアエルと名乗ったエルフにバタラが自己紹介をする。

「エリアエル様、初めまして。私はバタラと申します」
「バタラ? 妾はこの地の領主に面会しに来たのだが」

 いぶかしげな顔のエリアエルに、後ろに控えていたバトレルがバタラの代わりに答える。

「バタラ様はシアン様の婚約者でございます」
「婚約者? 妾たちは婚約者などに会いに来たのではない」

 エリアエルはバタラを虫けらでも見るような目で見下ろしながらそう言い放った。

「婚約者などではなく、領主のシアンとやらは出迎えに来ぬのか?」
「シアン様はしばらくの間この町を留守にしておられます」
「なんと。我々が人間族のところにわざわざ出向いたというのだぞ」

 エリアエルの後ろに控えていた男のエルフが怒気を含んだ声を上げた。

「せっかく主様が仰るからこんなところまでやってきたというのに」

 もう一人の女のエルフも続けて毒づく。

「はぁ……主様もどうして人間族などに頼れと申されたのか」

 その二人の声を背に、エリアエルは大きく溜息をつき肩を落とした。
 エルフ族はプライドが高く、人族を見下すという話はバタラたちも聞いてはいた。ヒューレやモーティナ、そしてハーフエルフであるラファムのおかげで、そんなイメージはすっかり消えてしまっていたが……

「あ、あの……すみません」

 どうしたらいいのかわからなくなり、とりあえず謝罪の言葉を口にするバタラだったが、彼女の言葉に被せるように別の声が玄関ホールに響いた。

「まったく人様の家でうるさいねぇ。こちとらやっと娘っ子を追い返して休憩できるって横になったところだってのに、なんの騒ぎだい」

 玄関での騒ぎを聞きつけて、休憩室からモーティナとウェイデンがやってきたのだ。
 だが、モーティナは玄関で騒いでいたエルフたちを見るなり「げっ」と声を上げて立ち止まり、その場で固まってしまう。

「おや? もしかしてそこにいらっしゃるのはモーティナ様では?」

 現れたモーティナにエリアエルは一瞬驚きの表情を見せたが、すぐにあざけりを含んだような表情に戻ると、今までとは違った口調でモーティナに歩み寄る。
 一方、モーティナの方は心底嫌そうな表情を浮かべて、一歩後ろに下がる。

「エリアエル……どうしてアンタがこんなところに」
「どうして? それはこちらのセリフですわ。あなたこそどうしてこんなところにいらっしゃるのかしら」

 二人の間に見えない火花が飛んだ。

「アンタには関係ないだろ。どこにいようがあたしの自由だ」
「自由。そうね、あなたは自由ですわね。勝手に里を捨てて飛び出して」

 エリアエルはすっと目を細め、言葉を続ける。

「おかげで妾がどれほど迷惑をこうむったか、あなたにわかるはずがないですわ」
「アンタに迷惑をかけた覚えなんて一切ないんだけどねぇ」
「白々しいにもほどがありますわ。あなたが何も言わずいなくなったせいで、里の民が総出で森中を捜索そうさくする羽目になったのですよ?」
「そんなこと知ったこっちゃないね。そもそも長老会が勝手にあたしの結婚相手を決めようとしたのが悪いんじゃないのさ。逃げて当然だろ」
「そのせいであなたの代わりに妾が見合いすることになったんですのよ! 相手が好みの優しい人だったからよかったものの、もし……」
「つまりあたしのおかげでいい人と出会えたんじゃないか。むしろ奥手で男に声をかけることすらできなかったアンタにとっては好都合。あたしに感謝してほしいぐらいだね」
「なんですって」
「なにさ」

 美しい顔の二人が、額に青筋を浮かべて睨み合う。近くに立っていたウェイデンやラファム、そしてバタラもその間に入り込むことをためらってしまうほどである。
 しかし、そんな状況の中で一人その間に割り込んだ人物がいた。

「はいはい、そのくらいにしておきな。いい歳して大人げないったらありゃしないよ」
「お、お婆ちゃん」

 睨み合う二人の間に、さっと体を割りこませたのはニーナだった。
 ニーナは慌てるバタラを手で制しながら、言い争う二人の頭を、どこから取り出したのか手に持ったほうきでパンパンと軽く叩く。

「おっ、お主何をする!」
「何すんのさ婆さん」
「ギャーギャーギャーギャーうるさいねぇ。乳飲ちのみ子みたいに騒ぐんじゃないって言ってるのさ」

 二人のエルフ族の矛先がお互いから自分へ移ったのを見計らって、ニーナは呆れたような表情を浮かべて言う。

「そういうのは二人だけでいる時にやんな。ほれ、子供たちもアンタの部下も見てるんだよ。恥ずかしくないのかい?」

 そう言って周りを指し示すニーナ。
 モーティナがウェイデンとラファムの方を見ると、ウェイデンは軽く肩をすくめ、ラファムはそっと視線をそらした。バトレルはいつもと変わらない表情で何を考えているのかわかりにくいが、バタラは顔を青ざめさせ、少し震えているように見える。
 一方エリアエルの部下たちは、今まで彼女のこんな姿を見たことがなかったのだろう。ぽかんと口を開け、間の抜けた表情でエリアエルを見ていた。
 男女のエルフはしばらく呆然ぼうぜんとしていたが、ニーナのおかげで言い争いが止まったことに気がつくと、エリアエルの近くに寄ってきた。

「エリアエル様、事情はよくわかりませんが、今はそのような言い争いをしている場合ではございません」
「そうです。一刻も早くこの地の領主に会って協力してもらわないと」

 エリアエルは二人の言葉によって領主館にやってきた理由を思い出したようで、集まっている一同に向き直って口を開く。

「この地の領主であるシアンという男はいつ帰ってくるのだ?」


     ◇     ◇     ◇


 シーヴァのおかげもあって目的の魔晶石を大量に手に入れた僕たちは、前回と同じく穴の開いたダンジョンを修復しながら地上まで戻った。
 地上では、既に魔獣狩りを終えた町の男衆おとこしゅうが獲物の後処理をしつつ、僕たちの帰りを待ちわびていた。いや、彼らが本当に待ち望んでいたのは僕らではなく、このあとの宴で振る舞われる酒の方かもしれないが。

「お帰りなさいませ領主様」

 男衆のうちの一人が僕に声をかける。

「いい獲物が獲れたみたいだね」

 解体途中の大きな魔獣を見て、僕はそう言った。

「もちろんでさぁ。領主様も目的のものは手に入ったようですね」
「ああ、箱いっぱい採れたよ。おかげでかなり重くなってしまったから、帰り道はちょっと大変だったけど」

 魔晶石を入れた冷却箱は水の重さも手伝ってかなりの重量になっていた。下に降ろす時は空っぽなので楽だったけれど、上りは力持ちのドワーフの力を借りてもかなりの重労働だった。
 更に階層を上るたびにダンジョンを修復しなければならなかったので、地上にたどり着いた時にはドワーフたちもルゴスも疲労困憊こんぱいで、今も地面に横たわり荒い息を整えている。
 ここまで働いてくれたみんなには何かお礼をしなくちゃな。
 そうだ。セーニャに会いに行った時、【コップ】で複製させてもらった東方の酒があったはずだ。ドワーフたちは酒好きな人が多いから、それを振る舞えばきっと喜んでくれるだろう。

「たくさん頑張ってくれたお礼に、今日は大渓谷で手に入れたお酒をみんなに振る舞うよ」

 僕は疲れて横たわっているドワーフたちを見回して言った。

「大渓谷の酒ですかい?」
「なんだなんだ。大渓谷にも酒があるってのか」
「ど、どんな酒なんだ」

 僕がお酒のことを口にした途端、それまで和気藹々わきあいあいと談笑していたドワーフたちが一斉に詰め寄ってくる。この中であのお酒を知っているのはタッシュとスタブル、それにルゴスだけなので、彼らを除く人たちにとっては未知の飲み物である。
 その三人も僕が『お酒』を振る舞うと告げたら、元気を取り戻したように立ち上がった。

「それじゃあたるを二つほど用意してくれるかな?」

 僕がルゴスたちに頼むと、彼らは馬車に向かって走っていく。先ほどまでの疲れた姿が嘘のようだ。狩りに出かける時は、魔獣の血を保存するため馬車には常に樽が積み込まれている。
 いつもはその半分に飲み水が入っているのだが、今回は僕が同行しているため空のままだった。
 魔獣の血を溜めるために既に一つは使われていたが、馬車の中にはまだたくさん空の樽が残っているわけだ。
 ルゴスたちが酒樽を抱えて戻ってくるのを横目に、僕はスキルボードを操作してお酒の準備をする。
 運ばれてきた酒樽に、それぞれセーニャの屋敷で入手した『獺今だっこん』と『村蔵むらぐら』を注ぎ込んでいく。


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