いけにえ令嬢と魔獣の王

長尾 隆生

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魔獣の王とお菓子の香り。

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 時間は少し遡る。

 その日、前代未聞の事件が起こったエンパス王国の西方に位置するラドルク領。
 貴族の子息たちのために作られた学園の学園長室で、一人の男が机の上で真っ二つに割れた水晶宮を驚愕に見開かれた目で見つめていた。

「代々受け継がれてきた水晶が突然割れるとは。いったい何が起こったというのか」

 彼がこの学園の学園長に任命された時。
 先代の学園長から『学園に代々受け継がれてきた物』だと手渡されたのだが、まさか自分の代でそれを破壊してしまうとは。

「私は何もしていない。経年劣化か何かに違いない」

 彼は震えた声でそう口にすると、学園長室から早足で出て行く。
 そしてしばらくして帰ってきた彼の手に握られていたのは――。

「と、とりあえず証拠を隠滅せねば」

 箒とチリトリであった。

「明日にでも似たような水晶を骨董屋で手に入れてこないと、先代にバレたらとんでもないことになってしまう」

 そんなことを呟きながら、学園長は水晶の欠片をどんどん片付けていく。
 やがて机の上が最初から水晶など無かったかのような綺麗な状態に戻ると彼は大きく息を吐いて、ドッカと高級な椅子に腰掛けて額の汗を拭った。

「帰りに割れた水晶もどこかに埋めて隠して来ないとバレたらOBになんて言われるか」

 ゴミ箱の中。
 その割れた水晶が伝説級魔獣の封印が解かれたことを知らせるアラームであるということを知る者は長い年月を経た今、この学園にはもう……いない。


◆◆◆◆◆◆


「王族の血脈って。私、地方貴族と使用人の娘ですよ。王族の血が流れているわけないじゃないですか」
『その貴族か娘のどちらかの祖先に王族がいるのだろうな』

 可能性があると言えば、地方の弱小といっても貴族な父方だと思うのだが、父からも誰からもそんな話は聞いたことはない。
 あの自尊心の塊のような父のことだ。本当に嘗て王族が家系にいるとすれば自慢げに語っていてもおかしくないというのに。

『どうやら自覚はないようだな。だとすればなぜお主はこんな所に来たというのだ。若い娘がそのような格好で気軽に来るような場所ではないぞ』
「それは――」

 私は昨日起こった出来事を目の前の魔獣に話す。
 こんな場所で、凶悪な顔をした魔獣相手に私は何を語っているのだろうと思わずにはいられなかったが、自分の胸の内を誰かに聞いて貰いたかったのかもしれない。
 それが例え魔獣であってもだ。

『ふむ。つまらぬ話だ。しかし人族というのは相変わらずそのような馬鹿げたことをしておるのか』

 私の話を一通り聞き終えた魔獣は、その大きな鼻の穴から、ふんっと一つ息を吐くとつまらなそうに嘆息する。
 目の前の巨大な魔獣にとっては私の悩みなんてちっぽけな物でしかないのでしょう。

『まぁしかし偶然とはいえそのおかげで我の封印も解けたのだから感謝せねば成るまいか。いや、そもそも我をこの地に封じたのも人族であった。感謝する義理はない』

 そう自問自答する魔獣に私はいつの間にか『恐怖』ではなく『興味』が沸いてきていた。
 きっと私の話を『つまらない』と言いながら最後まで文句も言わず聞いてくれたからかもしれない。
 思い返せば不貞の子である私の話をちゃんと聞いてくれた人は今までいなかった。
 私は意を決して魔獣に話しかける。

「私の名前はディアナ。ディアナ=リアレイズ。貴方の名前も教えて頂けるかしら?」
『我か? 我の名は――そうだな。フォルディスとでも呼べ』
「フォルディス……様ですか」
『様はいらぬ。ところでお主――』

 フォルディスはもう一度その長い鼻を私の方に近づけてクンクンと臭いを嗅ぐと、スッと目を細める。

「な、なんでしょう? やっぱり汗臭いですか?」
『いや。先ほどからお主の近くから美味そうな物の臭いがするのでな』
「美味そうな物?」
『なにやら途轍もなく甘ったるい香りがする』

 フォルディスはそう言いながらその鼻を私に近づけて。
 やがて私の脇に置いてあった鞄の所まで来てピタリと動きを止める。

『この中だ。娘よ』
「ディアナと呼んでくださいませ」
『ディアナよ。お主、この中に何やら甘い物を隠しておるようじゃな』
「別に隠してはおりませんが……友人から貰ったお菓子を何個か持ってきただけですわよ」
『ふむ、菓子か。しかし我の知る菓子というのはこれほどまでに甘い香りではなかったはずだが』

 フォルディスは鞄から名残惜しそうに顔を引くと。

『ディアナよ。その菓子を我に捧げるが良い。そうすればお主を喰らうことはせぬと約束しよう』

 くわっと突然大きな口を開け、今にも私を襲うかのように顔を近づける。
 少し獣臭い息が私の顔に掛かる。

 どうやら私を脅してお菓子を恵んで貰おうとしているらしい。
 だが、そんな態度は嘘だと私には既にわかっている。

 それに、そもそも私はこの山の中に死にに来たのだ。
 例え本当にこのまま喰らわれたとしても本望。
 その話も先ほどフォルディスにはしていたはずなのに、そんな私に脅しが通じるとでも思っているのだろうか。
 私は思わず吹き出してしまう。

『な、なんだ。突然笑い出すとは』
「貴方、そんな演技までしてこのお菓子が食べたいの?」

 笑いながら鞄からお菓子を何個か取り出し、フォルディスの鼻先に差し出す。
 ピクピクとその鼻先が反応する。
 なぜだかそれが私には無性にかわいく思えて。

「これは私と貴方が出会った記念にプレゼントいたしますわ」

 そう告げてフォルディスの鼻先を少し撫でた後、その口の大きさには全く見合わないであろう小さなお菓子を一つ投げ込んだのだった。



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