マドカさんはツイートを非公開にしています。

猫太郎

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【前編】マドカさんはツイートを非公開にしています。

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 ポーン♪

 2015年7月14日午前0時。
 ちょうど日付が変わった瞬間、竹内トシキのスマートフォンが間の抜けた通知音を奏でた。
 Tシャツにトランクスのみというダラけきった格好で、自室にこもって漫画を読んでいたトシキは、部屋の片隅で充電中していたスマートフォンを取るために立ち上がった。頭が半分寝ている状態だったので足元がふらつくが、壁に手をつきながら充電器がある場所まで歩く。

「DMかな?」

 通知音からすると、スマートフォンを鳴らしたのは普段トシキが使用しているTwitterクライアントだ。

 おおかた、知人の誰かが飲み会の誘いでもしてきたのだろう。トシキの頭に、昼間に大学で「そろそろ暑くなってきたし、うまいビールでも飲みに行こうよ」と言っていた友人の顔が頭に浮かぶ。

 トシキがスマートフォンのモニターを覗き込むと、そこにはそっけない通知が表示されていた。

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Twitterで新たにフォローされました
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 トシキのTwitterアカウントは、主に大学の友人同士の連絡に使用されている。フォロー数は20、フォロワーは30程度。フォロワーは滅多に増えない。友人の知り合いが気まぐれでフォローしてくることを除けば、商材系のアカウントやbotがフォローしてくる程度だ。

 またbotかな、と思いつつ、トシキは新規フォロワーのトップページを開く。
 そこに現れたのは「マドカ」と名前だけが書かれた簡素なプロフィール。若い女性の顔の下半分を映したアイコン画像、そして南京錠のアイコンだった。

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マドカさんはツイートを非公開にしています。

@madoka_ma1996は非公開設定です。
許可されたフォロワーのみが@madoka_ma1996さんのツイートやアカウントを見ることができます。[フォローする]ボタンをクリックしてフォローリクエストを送りましょう。
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 南京錠アイコンの下には、このアカウントがツイートを外部非公開にしているとの表示がある。

 「マドカ」のフォロー/フォロワー数を確認すると、フォローは25、フォロワーは24。アイコンはいかにもアフィリエイト業者の宣伝botといった感じだったが、bot特有の無差別フォローをしているアカウントではなさそうだった。

「鍵アカかぁ……知り合いかな」

 アイコンの画像は顔の半分しか写っていなかったが、輪郭や鼻筋はゼミの後輩の女の子に似ているような気がした。髪の色は少し違うように見える。
 そのゼミの後輩はマドカではなくマコといったが、もしかするとTwitterでは「マドカ」を名乗っているのかもしれない。

「とりあえずリクエストを送ってみるか」

 Twitterの鍵アカ(非公開アカウント)は、こちらからフォローリクエストを出して、向こうが承認すれば閲覧できるようになる。
 相手が知り合いであればリクエストを承認するだろうし、承認しなければ放っておけばいい。
 トシキは軽い気持ちで「マドカ」にフォローリクエストを送った。

 ついでに友人連中の様子を見ておこうと思い、Twitterのタイムラインを表示させると、自分のフォロー数が「21」になっていることに気がつく。「マドカ」がリクエストを承認したらしい。

 タイムラインを更新すると、さきほど見た女の子の顔アイコンが表示された。

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マドカ ‏@madoka_ma1996 現在
あ! フォロー返しされたぁ うれしい♪( ´▽`)

[返信] [リツイート] [お気に入り] 
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 その投稿は、直接トシキに向けた返信リプライではなかったが、彼のフォローを喜んでいるのは確からしい。
 表記上は特定の相手を指定せずに、思わせぶりなこと書く――いわゆる「エアリプ」だ。
 トシキはスマートフォンの画面をスワイプして画面をスクロールさせる。

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マドカ ‏@madoka_ma1996 15分前
気がついてくれるかな?? ドキドキ(≧∇≦)

[返信] [リツイート] [お気に入り] 
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「知り合いっぽいな」

 さらにスクロールさせると、大学生らしい、講義への愚痴が書き連ねてある。

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マドカ ‏@madoka_ma1996 8時間前
英文の講義だる・・・ はやくおわんないかな・・・

[返信] [リツイート] [お気に入り] 
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 トシキは、自分も今日の昼にアメリカ文学の講義に出ていたことに思い当たった。
 定年間近の老教授が、延々エミリー・ディキンソンの詩を読んで解説する、ダルい講義だった。先輩から、出席してレポートを出せば単位をもらえると聞いて取ったのだった。受講人数が多く、講義中に寝ていてもバレないのでチョロい講義だ。

「マコはあの講義出てたっけ?」

 トシキは記憶の糸をたぐるが、思い出せない。あの講義中、彼はいつも寝ているからだ。

「まぁいっか」

 マドカの正体はそのうち分かるだろう。トシキはそう考えると、スマートフォンのアラームをセットし、布団に潜り込んだ。



 ※ ※ ※



 翌朝8時15分、トシキはスマートフォンのアラームで目を覚ました。
 顔を洗い、頭をスッキリさせると、ちゃぶ台の上に置きっぱなしにしてあるノートパソコンを立ち上げる。

 知り合いのタウン情報誌編集者から頼まれていた、インタビューの音声起こしをするためだ。2時間分のインタビューを文字に起こして、8000円の小遣いがもらえる。もうじき就職活動を始めなければいけないトシキにとっては、好きな時間に在宅で進められる、いいアルバイトだった。

 インタビューは、最近女子高生の間で流行っている怪談や都市伝説の話のようだった。
 話に出てくるのは、不幸のチェーンメールといった定番のものから、既読をつけてしまうと呪い殺されるLINEメッセージ、死んだ女子高生が書いたネット小説、投稿した覚えのないインスタグラム——などなど。

 頭を空っぽにして2時間ほど音声起こし作業をしていると、パソコンのTwitterクライアントが通知音を奏でた。
 誰かからダイレクトメッセージ(DM)が飛んできたらしい。

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去年、英米文学史概論の講義出てたよね? 今日学校くる? 来るなら去年のノート貸して
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 タスクトレイにしまいこんでいたクライアントを引っ張り出すと、大学の友人であるユウジからDMが届いていた。

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今日は午後から1コマだけ。2時半ぐらいに終わるから学生会館のカフェで待ってるよー
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 そうDMに返信しながら、トシキはタイムラインを眺めた。
 講義やバイトの愚痴を書き散らす友人たちのツイートの中に、マドカの投稿を発見する。

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マドカ ‏@madoka_ma1996 2分前
今日は昼から大学~

[返信] [リツイート] [お気に入り] 
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マドカ ‏@madoka_ma1996 15分前
バイトいいなー あたしもなんかバイトしよかな

[返信] [リツイート] [お気に入り] 
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 そういえばマコは先月バイト辞めたって言ってたっけ。やっぱりマドカはマコかもな……。
 トシキはそう考えると、作業の続きに戻った。

 午後になると、大学に向けて出発する。
 講義が終わると、トシキは学生会館のカフェテリアに向かった。

 200円の日替わりコーヒーを注文し、空いてる席に腰を下ろす。カフェのレジには「本日の日替わりコーヒー:キリマンジャロ」などと書かれたポップが立っていたが、トシキがコーヒーに口をつけると、市販のインスタントコーヒーと同じような味がする。詐欺だと思う。

 友人を待つ間、スマートフォンで時間を潰すことにする。トシキはキュレーションアプリを立ち上げ、ネットでバズっているニュース記事を流し読みしていった。夏らしく、怖い話がどうだの、怪奇スポットがどうだのといった記事がちらほら目に付いた。

 その手のヨタ記事は放置し、美味しいカレーの作り方レシピの記事を熟読。読み終えた後、Twitterでシェアする。
 なるほど、野菜を炒めるときにゴマ油を使うといいのか、などと感心しつつ、ついでにTwitterのタイムラインを確認した。

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マドカ ‏@madoka_ma1996 5分前
カフェついた! 今日のコーヒーはキリマンジャロだって( ´▽`)♪♪

[返信] [リツイート] [お気に入り] 
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 画面を覗くと、ついさきほど投稿されたらしい、マドカのツイートが目に飛び込んできた。トシキは慌てて周囲を見回す。
 ランチタイムを過ぎ、人がまばらになったカフェテリアで、一人の小柄な少女と目が合った。

「あ、竹内先輩!」

 タマゴ型の柔らかな頬のラインに、ボブカットにしたやや色の薄い黒髪がかかっている。銀縁眼鏡の奥にある、よく動く大きな目は、彼女を実年齢よりも幼く見せていた。

「ああ、マコちゃん」

 トシキのゼミの後輩、千歳マコだった。
 クリーム色のワンピースの上に、モスグリーンのエアリージャケットを羽織った姿は、どこか野暮ったく、図書館の片隅で本を読んでいる文学少女のようだ。
 マコはサンドイッチと飲み物のカップが載ったトレイを抱えて、トシキのほうに歩いてくる。

「先輩、待ち合わせ? 横の席いいです?」

 マコは返事を聞く前に、トシキの横の席に腰を下ろした。紅茶の匂いがふわりと漂う。
 ふう、と若者らしくないため息をつくと、マコはトシキが手にしたスマートフォンに軽く目を遣った。

「なにやってるんです? Twitter? あ! あたし知ってますよ。先輩たちがTwitterやってるの。講義の愚痴とか、しょうもないことばっかり書いてますよね」

 マコの物言いはずけずけとしているが、どこか愛嬌がある。同じゼミ生や教員からは、マスコットのような扱いを受けていた。

「くだらない使い方しかしてないのはそうなんだけど、バイト先の冷蔵庫に入ったりはしてないからさ。勘弁してよ」

 トシキはスマートフォンをスリープさせながら、マコの軽口に応じる。

「マコちゃんはTwitterやってないの?」

「やってても先輩には教えません~」

 マコはおどけた口調でそういうと、サンドイッチにかじりついた。両手でサンドイッチを持って、ちまちまかじりつく様子は、木の実をかじるリスのようだった。

「今日はお昼食べる時間がなかったから、お腹空いちゃって」

 マコは「テスト前は忙しくいて嫌になっちゃいますね」などと言いつつ、サンドイッチを平らげていく。
 トシキはマコに、「マドカ」というアカウントのことを聞くべきかどうか迷いつつ、「国文学概論は毎年テストの内容同じだよ」とか「上古文学講読のレポートは、この本を参考にするといいよ」などといった取り留めのない話に興じた。

「んじゃ、先輩。あたし次あるんで、また!」

 サンドイッチを食べ終えると、マコはぴょこんと席を立ち、トシキに手を振りながら、足早にカフェを出て行った。
 ユウジはまだ来ない。

(待ち合わせに遅れるって連絡が入ってるかも……)

トシキはスマートフォンのスリープを解除する。見慣れたTwitterクライアントの画面が表示された。

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マドカ ‏@madoka_ma1996 2分前
一緒にランチ!

[返信] [リツイート] [お気に入り] 
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 タイムラインの一番上に表示されていたのは、マドカのツイートだった。
 今度はツイートに画像が添付されており、URLをクリックすると、トシキにとっては見慣れた、学生会館の入り口階段の写真が表示された。

(やっぱりマコじゃないか。思わせぶりなこと言いやがって)

 きっとマコは、ゼミの先輩たちがTwitterでやりとりしているのを見て、自分もやってみたくなったのだろう。それでアカウントを作って、トシキをフォローしてみたはいいものの、自分からそれを言い出すのは気恥ずかしかったのだろう--トシキは「マドカ」の正体をそう結論付け、自分のタイムラインにツイートを投稿する。

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トシ ‏@tosh*************** 現在
こら、思わせぶりなことをするんじゃない。

[返信] [リツイート] [お気に入り] 
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 マドカ=マコに向けてのエアリプだ。

 書き込んで5秒もしないうちに、トシキのスマートフォンが「ポーン♪」と通知音を奏で、Twitterクライアントがポップアップメッセージを表示した。

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マドカ(@madoka_ma1996)さんがあなたのツイートをお気に入りに入れました。
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(マコちゃん、俺が気がついたのが分かったらしいな)

 トシキが内心苦笑していると、カフェにユウジが姿を現した。金に染めた長い髪と細面な顔立ち、モノトーン系のファッションで身を固めた姿は、クールなバンドマン風であったが、トシキを待たせまいと走ってきたのであろう、その顔は汗だくだった。
 ごめんごめんと謝りながら駆け寄ってくるユウジに手を振りながら、トシキはTwitterに書き込む。

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トシ ‏@tosh*************** 現在
待ち人やっと登場。ノート渡したら帰ってバイトだ。

[返信] [リツイート] [お気に入り] 
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 ※ ※ ※




 大学から帰宅すると、トシキはノートPCを立ち上げた。
 音声起こし用のアプリケーションとメーラーを起動する。メールの新着は特になし。
 続いてTwitterクライアントを立ち上げると、マドカの投稿が目に付いた。

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マドカ ‏@madoka_ma1996 2分前
あたしも英米文学史概論のノート見たぁい o(((`ω´ )))o

[返信] [リツイート] [お気に入り] 
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(エアリプでノートの催促かよ……)

 やれやれと思いながら、ツイートをお気に入りに登録。「見たよ」の合図代わりだ。友人からノートが返ってきたらマコにも貸してやろうと考えつつ、トシキはアルバイトの作業に取り掛かる。
 30分ほど作業を進めて、休憩がてらTwitterを眺めると、またマドカの投稿が目に入る。

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マドカ ‏@madoka_ma1996 32分前
バイトだ~ がんばろう( ´ ▽ ` )ノ

[返信] [リツイート] [お気に入り] 
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(マコちゃん、新しいバイトが決まったのか。今日慌ててたのは、バイトの面接があったからだな)

 トシキが一人で納得していると、ノートPCがメールの着信音を奏でた。
 メールは、トシキに音声起こしのバイトを依頼している編集者からのものだった。開くと、追加で何件か音声を起こしを頼めないか、大学のテスト期間中にたくさん仕事を頼むのは悪いと思うのだが、やってくれると非常に助かる、といったようなことが書いてある。
 すぐに「面倒な単位は去年ほとんど取ったんで、今年の前期は暇ですよ。レポートばっかりなんで、テスト期間は家にいること多いです」と返信。すると1分も経たないうちに、音声ファイルのアップロード先URLを記載したメールが飛んできた。文末に添えられた「二日中に上げてほしい、バイト代は2割り増し」という簡素メモから、トシキは先方がかなり焦っているらしいことを察する。
 幸いなことに明日の講義は5限だけ。夏休みに備えて先立つものが欲しかったトシキにとっては、うれしい話だった。

(家に引きこもっていて作業してりゃ、バイト代と単位が入ってくるんだから楽なもんだよな)

 目下の懸念は、冷蔵庫の中にあまり食材がないことと、レポートの参考資料が足りないことぐらいだった。

(明日、大学に寄って図書館で本を借りて、帰りにスーパーに寄って食料を買い込んでおこう)

トシキはそう考えると、Twitterクライアントを非表示にし、音声起こしの作業に取り掛かった。



 ※ ※ ※



 翌朝、トシキはテーブルに突っ伏した姿勢で目を覚ました。

 昨晩、音声起こしをひとつ終わらせ、余勢をかってレポートを一本仕上げたところで寝落ちしてしまったのだ。軋みをあげる上半身を起こし、ノートPCの画面を見ると、TwitterのDM着信通知が入っていた。昨日、ノートを貸した友人だ。コピーが終わったので、今日大学に来るなら返したいとのこと。今日は授業ないけど大学には行く用事があるから、適当に時間指定してよ、と返信する。すぐに「じゃあ2限終わった後に渡すわ」と返答が来た。「んっじゃまたカフェで」と手早く返信。

 返信ついでにタイムラインを眺めると、友人たちの「テストだりー」「レポートどうしようかなぁ」などといった愚痴が並んでいた。みんな大変そうだ、と流し見していると、新着投稿がにゅっと表示される。

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マドカ ‏@madoka_ma1996 30秒前
ちゃんと布団で寝ないと、体いたくなる・・・(/ _ ; )

[返信] [リツイート] [お気に入り] 
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 マドカだった。こいつもレポートかバイトで寝落ちしたクチか、まったく何をしているのやら……とトシキは苦笑する。

「さて、涼しいうちに大学に顔出しとくかな」

 昨晩仕上げたテキストファイルを、バイト先と教授にメールで送りつけると、トシキは着替えを始めた。

 大学に着いたのは午前11時過ぎだった。図書館に行くと、普段はガラガラだというのに、試験勉強の学生たちで混雑気味だ。トシキは事前にネットで調べておいた英文学の概論書を3冊借り、足早に図書館を立ち去る。

 その足で、人もまばらなカフェテリアに入ると、見慣れた茶色がかったボブカットの頭が目に入る。マコだった。同じゼミの女の子が一緒だ。あまり授業に出てこないので名前は忘れたが、ときどきマコと一緒にいるのを目にする。派手めのおしゃれな格好で、スタイルも非常にいい。アンクルストラップベルト付きの銀のハイヒールを履いた足が眩しかった。
 見た目はマコとは正反対だが、よく一緒にいるということは仲がいいのだろう。

「よう」

 マコと目があった気がして、トシキが軽く手を掲げると、彼女はブンブン手を振り返してくる。犬の尻尾みたいだった。
 連れの女の子も軽く会釈する。軽く世間話でもしておこうと思い、トシキは彼女たちの席に歩み寄る。

「テスト勉強?」

「そう。サユリちゃんとノートの見せ合いっこしてました」

 連れの女の子の名前を思い出した。瀬戸サユリ。

「わたしがマコちゃんに一方的に見せてもらってるだけですけどね……」

 サユリは外見に似合わず、しとやかな微笑を浮かべる。馬鹿な男子大学生が一発で勘違いしそうな笑顔だった。一般的な大学生の基準からすると、だいぶ「枯れている」トシキでも、少しドキリとしてしまう。

「そういえば、マコちゃん。英米文学史概論のノートいるんだったっけ? 今日これからユウジが返しに来るから、いるなら貸すけど」

 動揺を誤魔化すようにトシキがノートの話を持ち出すと、マコはきょとんと目を丸くする。

「英米文学史概論、あたし取ってないですよ」

「あれ?」

 昨日のTwitterでのやりとりを思い出し、トシキも怪訝な表情になる。

「そ、そうだっけ?」

「竹内先輩、いろんな人にノート貸してくれって頼まれてるから、頭が混乱しちゃってるんじゃないですか?」

 うろたえるトシキに、クスクス笑いながら助け舟を出したのはサユリだった。

「あ、うん……。確かにそうかも」

 釈然としない思いに囚われながら、トシキはサユリに合わせる。

「先輩のノート、あちこちにコピーが出回ってるみたいで、分かりやすいって評判ですよ! 先輩、たぶん気がついてないと思いますけど、うちの学科では結構有名人なんですよ。わたしの友達も、頭良くてカッコいいかもって言ってました!」

 サユリは楽しそうに微笑むと、胸の前で両手をパチンとすり合わせた。

「……で、相談なんですけど。もしよかったら……英米文学史概論のノート、わたしに貸してくれません?」

「あ、うん……。いいよ」

 蠱惑的な笑顔にドキドキしながら、トシキはスマートフォンを取り出す。画面の時刻は11:58を表示していた。

「あと10分くらいしたらユウジが持ってくると思うから、時間があるなら待ってて」

「ありがとうございます! 助かったぁ!」

 大輪の花が咲くような、という形容がぴったりの笑顔を浮かべ、サユリは大喜びしている。
 トシキの心臓が、ドクドクと強い音を立てた。

「お、いたいた~。トシ~!」

 そのとき、カフェテリアの入り口あたりから、間延びした声が上がる。トシキが振り返ると、今日も汗だくのバンドマン風青年--ユウジが立っていた。

「そんなに焦ってこなくてもいいのに」

「いやいや! 今日13:00締め切りのレポートがあったのを思い出して! これからすぐ図書館で仕上げて送らないと間に合わん! というわけで、ノートサンキュー、今度メシ奢るわ! じゃ!」

 呆れるトシキにノートを押し付けると、ユウジは嵐のように去っていった。

「大変そうですねえ……」

 マコとサユリも、やれやれといった表情でユウジの後ろ姿を見送っている。

「……というわけで、瀬戸さん、ノート渡しとく。俺はもう使わないものだから、返うのはいつでもいいよ」

「分かりました! ありがとうございます。じゃあ、返すときに連絡するんで、メアド教えて下さい」

 女の子からメールアドレスを教えてくれと言われたのは、いつぶりだろう……というか、メールアドレスってどう教えるのがいいんだろう、口頭で読み上げるのはややこしいしな……などとトシキが戸惑っていると、サユリは自分のカバンからスマートフォンを取り出した。最新型の機種だった。

「ああ、うん……」

 トシキが口頭でアドレスを読み上げると、サユリは素早く画面をフリックして打ち込んでいく。

「じゃあ、テスト送信」

 トシキのスマートフォンがピロリン、と受信音を奏でた。
 メーラーを開くと「よろしくd(ゝ∀・*)デス!!」と顔文字入りのメールが届いていた。

「サユリちゃんのやつ、いま売れている最新機種なんでしょ? お父さんの雑誌で見た」

 二人のやりとりを見ていたマコが間に割り込んできた。

「いいなぁ。あたしもバイト始めて買う。今度こそ買う!」

「マコちゃん、そう言っていっつも買わないじゃん」

 鼻息を荒くするマコに、サユリが軽口で応じる。

「いや、お金が入るとつい、欲しいものが増えてしまいまして」
「前は、携帯買うんだー! って言ってて、結局よくわからない中国ドラマのDVDボックスとか買ってたもんね……」

「あのときはそれが至上の選択肢に見えたんです。計画性がなくてすみませんね」

 マコがおどけて頭を掻いた。サユリはそれを見てクスクス笑っている。

「マコちゃんのお父さん、スマホとかタブレットとかすごい好きなんでしょ? 無意味に携帯何台も持ってるって言ってたじゃん? おねだりすれば買ってくれるんじゃないの?」

「それがねー。うちのパパ様、なまじネットとか詳しいもんだからかなんだか知らないんだけど、あたしをデジタル機器から遠ざけようとしている節があるんだよね。あたしゃ小学生かっての」

 マコは、まさしくいじけた小学生のように頬を膨らませた。

「んじゃ、用事が終わったから、俺帰るよ」

 もうしばらく女の子同士の漫才を見ていたい気分だったが、バイトの進み具合が気にかかったトシキは席を辞した。

「先輩またね!」

「ノートありがとうございます。また連絡しますね!」

 マコとサユリと別れたトシキは、大学の駐輪場に停めた自転車にまたがって、最寄りのスーパーに向かった。作りおきのできるカレーでも作ろうかと思ったが、夏場は傷みが早そうなので思いとどまる。あれこれメニューを検討しているうちに面倒になり、素麺やパスタ、袋ラーメン、卵、もやしなどを大量に買い込んだ。

 思いの外、荷物が重くなってしまったので、トシキはスーパーに併設されている喫茶店で一休みすることにした。
 アイスコーヒーを頼んで席に着くと、スマートフォンを取り出す。

 そこにはまだ、さきほどサユリが送ってきたメールが表示されていた。「わたしの友達も、頭良くてカッコいいかもって言ってました!」というサユリの言葉が思い出されて、少しソワソワした。以前読んだ雑誌に、女の子が「わたしの友達の話なんだけど」と言って前置きを入れて話し始めたら、たいていの場合は自分自身の話をしている……という内容の記事が載っていたことが、不意に思い出された。

(おっと、変な期待をしちゃダメだな。これじゃあ痛い人だ)

 トシキはメーラーをしまうと、Twitterクライアントを立ち上げる。タイムラインの一番上には、ユウジの「セーフ! 勝ったッ、第3部完!」という投稿が表示されていた。投稿のタイムスタンプは12:48。レポートの提出は間に合ったらしい。トシキは内心、「いや、それは負けフラグだろ。レポートは出せたけど単位でないオチだろ」と突っ込む。

 ほか友人たちの動向もチェックする。みんな愚痴は垂れつつも、課題やテストをこなしていっているようだった。トシキはスマートフォンの画面をフリックし、タイムラインをスクロールさせていく。

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マドカ ‏@madoka_ma1996 42分前
ほんと何なのあの女、死んじゃえ

[返信] [リツイート] [お気に入り] 
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「え?」

 突然現れた物騒な投稿に、トシキは面食らって息を飲んだ。

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マドカ ‏@madoka_ma1996 45分前
ブスのくせに色目使ってバカじゃないの。死ねしねしね

[返信] [リツイート] [お気に入り] 
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「なんだこれ……ネタかよ」

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マドカ ‏@madoka_ma1996 46分前
ああああああああ!あたしの男に近づくなよクソビッチ

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マドカ ‏@madoka_ma1996 46分前
馴れ馴れしいんだよブサイク帰れよお前なんでここにいるんだよ

[返信] [リツイート] [お気に入り] 
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 タイムラインに並んでいる罵詈雑言に、トシキは息を飲む。
 動揺しながら、さらにタイムラインをスクロールさせる。
 次に目に付いたのは、写真付きの投稿だった。

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マドカ ‏@madoka_ma1996 1時間前
カフェで待ち合わせ~

[返信] [リツイート] [お気に入り] 
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 文面はまともだった。トシキは添付されている画像のURLをクリックする。
 表示された画像を目にして、彼はめまいに襲われた。
 そこに表示されたのは、さきほど彼がマコやサユリと談笑していた大学カフェテリアの、あの席であった。
 画像の端には女物のカバンが見切れて写っていた。間違いなく、サユリがスマートフォンを取り出した、あのカバンだった。

「おいおい、どういうことだよ」

 添付されていた画像から、おそらく投稿者マドカはマコで間違いない、とトシキは推測する。
 だとしたらマドカが罵倒している相手は、投稿時間から類推すると、サユリである可能性が高い。その場合、「あたしの男」はトシキということになる……。

(俺をからかうために、ネタでやってるんだろうか……。いくらネタでもライン越えだろこれは)
 マコは子供っぽいところがあり、ちょくちょく友人に罪のないイタズラを仕掛けていたことをトシキは思い出す。しかし、こういった、見るものを不快、不安にさせるようなことはしないはずだ。汚い言葉を使うのも嫌いだったはずだ。死ねとかビッチとか口走るマコの姿を、トシキは想像できない。

 トシキがさらにタイムラインを遡ろうとすると、突然スマートフォンが音を立てて震えた。
 驚いて取り落としそうになる。落ち着いて画面を見ると、そこには電話着信を示す表示が出ている。発信者は……ユウジ。

「もしもし」

「お、トシキ! いまどこ? まだ大学にいる?」

「帰り道の喫茶店で休んでる」

「いやさ、さっき大学に救急車が来てたんだよ。ちょっとした騒ぎになってる」

 救急車、という単語にドキリとする。
 いましがたタイムラインで見た「死ね」の文字が脳裏をよぎった。

「事故でもあったのか?」

「そう。うちのゼミの子だ。サユリちゃんっているだろ? 瀬戸サユリ。あの子が旧校舎の非常階段から落ちて、大怪我したらしい。うちの教授と、サユリちゃんと一緒にいたマコが付き添いで救急車に乗って行った」

 トシキたちの通う大学には、1960年代に建てられた古い校舎が一部現存しており、小規模な文系学科の講義に使用されていた。非常階段は段差が急で、足元が滑りやすいため、数年前から大学内では事故を懸念する声が挙がっていた。トシキも以前、雨の日に足を踏み外して5~6段滑り落ちたことがある。

「……怪我は、酷いのかな……?」

 言うべき台詞が思いつかず、そう言葉を絞り出したトシキの脳裏には、サユリを階段から突き落とすマコの映像が再生されていた。

「見ていたヤツらの話だと、自分では立てなかったらしいけど、意識はあったようだよ。でも骨ぐらいは折れているかもしれない。テスト期間中にとんだ災難だな。あ、そうそう。旧校舎は一時的に閉鎖らしい。教室変更もあるみたいだから、教務の掲示板みといたほうがいいぜ」

「ああ、ありがとう……」

「お前、今日彼女と一緒にいただろ? もしかしたら仲がいいのかと思って、だったら一応知らせておこうと思って。んじゃ、邪魔したな」

「うん。じゃあ、また」

 トシキはスマートフォンの通話終了ボタンをタップする。通話クライアントが閉じられ、開きっぱなしだったTwitterクライアントが姿を現した。

================
マドカ ‏@madoka_ma1996 15秒前
失敗しちゃった……ざんねん(>_<)

[返信] [リツイート] [お気に入り] 
================

 最新の投稿を見て、トシキの内臓がビクンと震えた。

 ツイートには画像が添付されてあった。トシキが震える指でURLをタップすると、そこには旧校舎の階段が写っている。上から階下を見下ろす構図だった。階段が途切れた先に、何か小さい物が写っている。
 よく見ると、銀のハイヒールだった。かかとの部分に、ベルトが付いている。サユリの靴だった。

 画像を閉じると、また新しいツイートが投稿されていた。

================
マドカ ‏@madoka_ma1996 10秒前
次は失敗しないようにしなきゃね~( ´艸`)

[返信] [リツイート] [お気に入り] 
================



 ※ ※ ※
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ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。 お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。 「悠くんはえらい子だね。」 「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」 「ふふ、かわいいね。」 律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡ 「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」 ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

10秒で読めるちょっと怖い話。

絢郷水沙
ホラー
 ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)

夫婦交換

山田森湖
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好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

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