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終章 〈竜の娘〉と〈廃棄物〉
第84話 仮初めの決着と絶望
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空中で、フェルナールの飛竜と屍竜がもつれ合い、激しい格闘を繰り広げる。
両者の体格は倍ほども違うが、動きは飛竜のほうが素早かった。
「グルオオオッ!」
飛竜の顎が、屍竜の長く太い首を捕らえた。
その瞬間、フェルナールが叫ぶ。
「いまだ!」
飛竜の口内——牙の隙間から、赤い光が漏れ出した。
「焼き尽くせ!」
気迫のこもった号令とともに、飛竜の顎から発せられた灼熱の炎が屍竜の首を撃ち抜いた。
「やったか!」
屍竜の首がちぎれ飛び、憎悪をはらんだ瞳が恨めしそうに俺のほうを見た。
屍竜の首は胴体から離れてもなお苦悶の叫びをあげ、残された身体はなおも激しく暴れ続ける。
闇雲に振り回した太い尾が、飛竜の身体を強く打ち据えた。
空中でバランスを崩した飛竜が、よろめき……。
「おい、落ちてくるぞ!」
「逃げろッ!」
市中のあちこちから悲鳴が上がった。
「ゴアァァアアッ!」
はじき飛ばされた飛竜の巨体が、〈満月の微笑亭〉から少し離れた住宅街へと落下していく。
飛竜は翼を羽ばたかせて体勢を立て直そうとしたが、重力と勢いには抗いきれなかったらしい。巨大な質量の塊が轟音を立てて家々を打ち砕き、地面を震わせた。
「フェルナール!」
幸い飛竜が落下した地域の住人は、別の場所に避難しているはずだ。
だが、飛竜やそれに乗っていたフェルナールがまったくの無傷であるとは思えない。
いまの状況で、彼らが戦線を離脱するか否かは、非常に重要な問題だ。一刻も早く状況を確かめなければいけない——というのは、俺の理性が考えたこと。
実際は、知り合いが無事かどうかを一秒でも早く確かめたいというのが正直な感情だった。
俺は裏道を抜け、バリケードを飛び越え、竜が落ちた場所へと全力疾走する。
生きていてくれよ、フェルナール!
「はぁ、はぁ……っ!」
思えばさっきから走りっぱなしだ。いい加減体力の限界だった。しかし、ここで走らないでどうする。
五分ほど走っただろうか。
ここ一月ほどですっかりなじんだバロワの町並みを抜け、俺は墜落現場へと到着した。
現場付近は酷い有様だった。
墜落した飛竜は家を五軒ほどなぎ倒し、地面に仰向けの状態で倒れていた。倒壊した家の瓦礫が、真紅の鱗に覆われた竜の皮膚を傷つけ、流れ出た血が辺りに広がっていた。だが、下位に属するとはいえ、さすがはこの世界で最強の存在と謳われる生物だ。重傷を負っているにも関わらず、いまだに生命力が衰えた様子はない。
緑色の目は爛々と輝き、気丈にも首を擡げようとしていた。
「フェルナール! どこだ!」
竜の背中にくくりつけられた鞍は空っぽだった。フェルナールの使っていた大型のランスが無造作に地面に転がっているが、持ち主の姿が見えない。
「フェルナール! 返事をしろ! 生きているのか!」
大声で呼ぶと、ガタンと瓦礫の崩れる音。
「ぐっ……!」
そして痛々しげな呻き声が聞こえた。音のした方に目をやると、瓦礫の山からフェルナールの上半身が覗いている。頭から血を流しているが、意識はあるようだった。
「待ってろ、いま助けてやるからな!」
俺はすぐさま駆け寄ると、瓦礫を投げ飛ばし、フェルナールの身体を引き起こした。
「ぐ……っ、すまない……」
「悪いが、もらった薬は使い切った。痛むだろうが、回復役のいる場所まで我慢してもらうぞ。まだ脅威は去っていない。まだ戦わないといけないんだ。お前も、俺も」
「……人使いが、荒い。が、嫌な気分はしないな……」
フェルナールは痛みに顔をしかめながら笑った。
「リ、リリア様は無事なのか……?」
「おかげさまでな」
俺がフェルナールに肩を貸して歩き出そうとしたとき、
「ガアアア! オガアアア!」
突然、フェルナールの竜が吼えた。
「騒ぐなよ。ご主人様を運んだら、お前も手当てしてやる」
「グルアアアアアア!」
「だから、もう少し待って——」
「——いや、エイジ。ちがう。あいつが伝えたいのは、そういうことじゃない……」
フェルナールの震える声が、俺の耳朶を打った。
「あれを見ろ……!」
フェルナールの震える指が、空の方向を指した。
「まさか……」
おそるおそる空を見上げる俺を、大きな影が覆う——まさか——。
「そんな……」
「グルガシャオオオオオオオオオオオ!」
そこには。
そこには、絶望が具現化した存在があった。
——すなわち、ちぎれた首を再生させ、より強い憎しみをはらんだ咆哮を発する、屍竜の姿。
「グオオオオオ…………!」
俺たちが見ている前で、漆黒の顎が開き、その中央で闇のエネルギーが渦を巻く……!
そこには、まさしく絶望があった。
「終わった……」
そんな呟きが自然に口から漏れ、自然と顔が下を向いた。
だが、その瞬間。
それを上回る絶望が、俺の視界の端に映り込んできた。
「——エイジさん!」
ああ……。
なぜ、ここに来てしまったんだ……。
金色の髪をなびかせて、美しい生き物が俺たちのほうへと駆けてくる。
白銀の剣を片手に携え、一心不乱に、脇目も振らず。
エメラルドグリーンの瞳は、まっすぐに俺を見ていた。
「リリア、来るんじゃない! 逃げるんだ!」
俺の制止の声を無視して、リリアはただひたすらに駆ける。
「ゴアアァァァアアアア!!」
屍竜の顎から、闇の奔流が放たれ——。
駆け込んできたリリアは、その脅威から俺たちをかばうように、俺たちの前に身を投げ出した。
両者の体格は倍ほども違うが、動きは飛竜のほうが素早かった。
「グルオオオッ!」
飛竜の顎が、屍竜の長く太い首を捕らえた。
その瞬間、フェルナールが叫ぶ。
「いまだ!」
飛竜の口内——牙の隙間から、赤い光が漏れ出した。
「焼き尽くせ!」
気迫のこもった号令とともに、飛竜の顎から発せられた灼熱の炎が屍竜の首を撃ち抜いた。
「やったか!」
屍竜の首がちぎれ飛び、憎悪をはらんだ瞳が恨めしそうに俺のほうを見た。
屍竜の首は胴体から離れてもなお苦悶の叫びをあげ、残された身体はなおも激しく暴れ続ける。
闇雲に振り回した太い尾が、飛竜の身体を強く打ち据えた。
空中でバランスを崩した飛竜が、よろめき……。
「おい、落ちてくるぞ!」
「逃げろッ!」
市中のあちこちから悲鳴が上がった。
「ゴアァァアアッ!」
はじき飛ばされた飛竜の巨体が、〈満月の微笑亭〉から少し離れた住宅街へと落下していく。
飛竜は翼を羽ばたかせて体勢を立て直そうとしたが、重力と勢いには抗いきれなかったらしい。巨大な質量の塊が轟音を立てて家々を打ち砕き、地面を震わせた。
「フェルナール!」
幸い飛竜が落下した地域の住人は、別の場所に避難しているはずだ。
だが、飛竜やそれに乗っていたフェルナールがまったくの無傷であるとは思えない。
いまの状況で、彼らが戦線を離脱するか否かは、非常に重要な問題だ。一刻も早く状況を確かめなければいけない——というのは、俺の理性が考えたこと。
実際は、知り合いが無事かどうかを一秒でも早く確かめたいというのが正直な感情だった。
俺は裏道を抜け、バリケードを飛び越え、竜が落ちた場所へと全力疾走する。
生きていてくれよ、フェルナール!
「はぁ、はぁ……っ!」
思えばさっきから走りっぱなしだ。いい加減体力の限界だった。しかし、ここで走らないでどうする。
五分ほど走っただろうか。
ここ一月ほどですっかりなじんだバロワの町並みを抜け、俺は墜落現場へと到着した。
現場付近は酷い有様だった。
墜落した飛竜は家を五軒ほどなぎ倒し、地面に仰向けの状態で倒れていた。倒壊した家の瓦礫が、真紅の鱗に覆われた竜の皮膚を傷つけ、流れ出た血が辺りに広がっていた。だが、下位に属するとはいえ、さすがはこの世界で最強の存在と謳われる生物だ。重傷を負っているにも関わらず、いまだに生命力が衰えた様子はない。
緑色の目は爛々と輝き、気丈にも首を擡げようとしていた。
「フェルナール! どこだ!」
竜の背中にくくりつけられた鞍は空っぽだった。フェルナールの使っていた大型のランスが無造作に地面に転がっているが、持ち主の姿が見えない。
「フェルナール! 返事をしろ! 生きているのか!」
大声で呼ぶと、ガタンと瓦礫の崩れる音。
「ぐっ……!」
そして痛々しげな呻き声が聞こえた。音のした方に目をやると、瓦礫の山からフェルナールの上半身が覗いている。頭から血を流しているが、意識はあるようだった。
「待ってろ、いま助けてやるからな!」
俺はすぐさま駆け寄ると、瓦礫を投げ飛ばし、フェルナールの身体を引き起こした。
「ぐ……っ、すまない……」
「悪いが、もらった薬は使い切った。痛むだろうが、回復役のいる場所まで我慢してもらうぞ。まだ脅威は去っていない。まだ戦わないといけないんだ。お前も、俺も」
「……人使いが、荒い。が、嫌な気分はしないな……」
フェルナールは痛みに顔をしかめながら笑った。
「リ、リリア様は無事なのか……?」
「おかげさまでな」
俺がフェルナールに肩を貸して歩き出そうとしたとき、
「ガアアア! オガアアア!」
突然、フェルナールの竜が吼えた。
「騒ぐなよ。ご主人様を運んだら、お前も手当てしてやる」
「グルアアアアアア!」
「だから、もう少し待って——」
「——いや、エイジ。ちがう。あいつが伝えたいのは、そういうことじゃない……」
フェルナールの震える声が、俺の耳朶を打った。
「あれを見ろ……!」
フェルナールの震える指が、空の方向を指した。
「まさか……」
おそるおそる空を見上げる俺を、大きな影が覆う——まさか——。
「そんな……」
「グルガシャオオオオオオオオオオオ!」
そこには。
そこには、絶望が具現化した存在があった。
——すなわち、ちぎれた首を再生させ、より強い憎しみをはらんだ咆哮を発する、屍竜の姿。
「グオオオオオ…………!」
俺たちが見ている前で、漆黒の顎が開き、その中央で闇のエネルギーが渦を巻く……!
そこには、まさしく絶望があった。
「終わった……」
そんな呟きが自然に口から漏れ、自然と顔が下を向いた。
だが、その瞬間。
それを上回る絶望が、俺の視界の端に映り込んできた。
「——エイジさん!」
ああ……。
なぜ、ここに来てしまったんだ……。
金色の髪をなびかせて、美しい生き物が俺たちのほうへと駆けてくる。
白銀の剣を片手に携え、一心不乱に、脇目も振らず。
エメラルドグリーンの瞳は、まっすぐに俺を見ていた。
「リリア、来るんじゃない! 逃げるんだ!」
俺の制止の声を無視して、リリアはただひたすらに駆ける。
「ゴアアァァァアアアア!!」
屍竜の顎から、闇の奔流が放たれ——。
駆け込んできたリリアは、その脅威から俺たちをかばうように、俺たちの前に身を投げ出した。
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