上 下
26 / 30
ワタシではありません!

オマエダ!

しおりを挟む
マーガレット・グレゴールは、母と二人暮らしをしていた。母は父と結婚すると言って実家を飛び出し勘当されたらしい。マーガレットが5歳の時に父が失踪してからは何度も実家にお金を貰いに行っているみたいだった。

母の実家のグレゴール侯爵家は既に母の弟が侯爵を継いでおり、勘当された母へは最低限の金銭しか渡さないようで、母はいつも弟の愚痴を言っていた。

7歳の時、マーガレットは母と一緒にグレゴール侯爵家へ訪れた。広大な庭園に、古いが高級感がある屋敷に着いたマーガレットは自分がこの屋敷の住人になりたいと思った。

(私だって、侯爵令嬢になれる血筋はあるのよ。なのに、少しの違いで、私は町の小さな家で暮らして、従弟や叔父だけこの屋敷で優雅に暮らすなんておかしいわ。)

母がグレゴール家の屋敷に入ろうとする。屋敷の中はバタバタと多くの人が行き交い落ち着きが無かった。

周囲の使用人に話を聞くと、領地で土砂災害が起き、叔父夫婦や従弟それに多くの使用人が命を落としたらしい。グレゴール侯爵邸に務める人間の多くが巻き込まれ、家族や仲間を心配して侯爵邸の使用人達も領地へ向かったと知らされた。

その言葉を聞いた時、マーガレットの母は肩を震わせながら俯いた。

周囲の使用人達は、母が弟夫婦や甥を亡くした事を悲しんでいると思っているようだった。

マーガレットだけは、母の隣に寄り添いながら見上げ、俯く母の表情を確認できた。母はニヤリと笑いながら笑い声を我慢して肩を震わせていた。









母は、すぐに正統な血筋を持つことを主張してグレゴール侯爵家の女当主になった。
あの時、望んだグレゴール侯爵家はマーガレットの物になった。広くてなんでも揃っている明るい部屋。今まで食べた事の無いような豪華な食事。真新しい制服に身を包み学院へ行く。装飾品やドレスも沢山母と共に購入した。

だけど、今まで町で生活してきたマーガレットは勉強で躓いた。勉強なんて今まで必要なかった。出来ないし、勉強をしたくない。だけど、馬鹿にされるのは嫌だった。ふとグレゴール侯爵家で、マーガレットより幼い娘が働いている姿を見つけた。

(そうよ、別に私がしなくてもいいはず。)

それからソフィアと言う名の下働きの娘に、宿題やレポートをさせるようになった。

15歳をすぎた頃から、母は、マーガレットへ貴族の男を捕まえるように言ってくる。母のマリアンヌはグレゴール侯爵家の娘だから女当主になる資格があったが、マーガレットは違う。マーガレットは貴族名簿に登録されていない。父親が庶民で、正式に結婚を認められないまま勘当された母の娘であるマーガレットは貴族ではなかった。学院では誰もが、マーガレットの美しい金髪と美貌、優秀な成績から正式な貴族ではないと疑う者はいない。何人かの貴族令息と遊んだが、嫡男の男たちはなぜかマーガレットを避けているようで近づけない。

マーガレットは焦っていた。このままだと、また庶民に戻ってしまう。あんな生活は2度と経験したくなかった。

戦争が終わりマーガレットは運命の出会いを果たす。ザックバード・ガイア公爵。美しい銀髪で茜色の瞳の彼はマーガレットの理想そのものだった。ザックバード様と結婚したいと考えているライバルは多い。帝国の皇女様もザックバード公爵に一目惚れをしたと聞く。

優秀な使用人ソフィアを使って集めたザックバード公爵の生写真や私物、等身大の人形を毎日眺めながらマーガレットは思った。

(最後にあの人を手に入れるのは私よ。その為には犠牲も必要だわ。)

マーガレットは笑った。







定期的に開催されるグレゴール侯爵家の地下の黒魔術会はどんどん参加人数を増やしていた。ザックバード・ガイア公爵の生写真を持っているのはマーガレットだけだった。写真と引き換えに後援者を募り、活動資金を手に入れる。ソフィアがいなくなった事は残念だったが、仕方がない。2週間前には後援者にザックバード・ガイア公爵の等身大の人形を渡し、屋敷が購入できる程の報酬と、屈強な護衛を手に入れた。

もう何度も、黒魔術会を開催している。

今日こそ、成功するはず。

そう思いながら、マーガレットは目の前の赤毛の使用人に短剣を振り下ろした。




「ドーーーーーーーーン」



その時、ドアが大きな音を立てて開かれた。

ドアの向こうに立っていたのは沢山の騎士たちだった。

先頭にいるのは、輝く銀髪に茜色の瞳の待ち焦がれたあの人だった。

やっと、、、やっと会えた。

私の所に来てくれた。

「ザックバード様。うれしい。」

マーガレットは、被っていた黒いローブを脱ぎ、頬を染めながらうっとりとザックバードへ話しかけた。

周囲の仲間達も、皆マーガレットに倣いローブを脱ぎ、ザックバードへ吸い寄せられるように近づいて行く。

「「ザックバード様。愛しています。」」

マーガレットには、やっと黒魔術で召喚できたザックバードしか目に入っていなかった。震えるシーラの隣に短剣を落とし、ザックバードの元へ仲間達と一緒に駆け寄る。


手を伸ばせば抱き着ける位置まで近づいた時、マーガレットと仲間達は、とても固い何かに押しつぶされた。



「「ブベシ!」」



地面に頬をつけて、なんとかザックバードを見る。

極寒の瞳で、嫌悪感を表しながらザックバード公爵は言った。
「気持ち悪い。マーガレット・グレゴールお前がソフィアの元主人か?全て返して貰うよ。」


そうだ、ソフィアだ。あの使用人はザックバード公爵を付け回している事が見つかり、探されていた。まさか、マーガレットが疑われるなんて、愛する人に誤解されたくない。

マーガレットは大声で訴えた。

「私ではありません!」

ザックバード公爵は、そんなマーガレットを無視して足を進める。

マーガレットを含めて、黒魔術に参加していた令嬢たちは、地面から離れる事ができない。

生贄のシーラの所まで近づいて行ったザックバード公爵は、シーラを見て言った。

「君がシーラだね。グレナ亭でソフィアを抱きしめたらしいね。」

震えたままのシーラは、怯えたように頷く。

ザックバード公爵は妖艶に微笑んで言った。

「じゃあ、服を脱いでもらおうか。ソフィアが触れた物は全部回収しないとね。」
しおりを挟む

処理中です...