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第1話 プロローグ

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ミライザは、目の前の妹を呆然と見つめた。

今日は、我が侯爵家が作る大型船の完成披露パーティが開かれている。

船上パーティの上空には、清々しい青色の空が広がり、煌びやかな旗が風に吹かれて、魚の鱗のようにキラキラと輝いている。

侯爵家の主要取引先を招待した今回のパーティの客はとても多い。

ミライザは、学業を優先して結婚もせず侯爵家から見限られた変わり者の侯爵令嬢としてパーティへ参加していた。

船上には沢山の招待客が、思い思いにワイングラスを掲げて楽しんでいる。



だから、妹がそんな事をするなんて思いもよらなかった。

ミライザを短剣で突き刺すなんて。












「お姉様」

青空と海の境界線は遥か遠く、穏やかな海はキラキラと輝いている。ミライザは、大学院で過ごす事が多く、亡くなった実母が残してくれた流行遅れのワインレッドのドレスを身につけていた。
分厚いメガネをかけて、長い黒髪を一纏めに結い上げ、化粧もほとんどしていないミライザには、燻んだ赤のドレスは丁度いい。

妹の声に振り返った瞬間、胸に衝撃を受けた。

胸が焼けるように熱い。

妹の顔を呆然と見ながら、必死に腕を持ち上げ、声をかける。

「どうして?」

周囲からは談笑している声や、演奏家達の音楽が聞こえてくる。

ミライザの悲痛な声は、掻き消され、目の前の妹にしか届いていないようだった。

「お姉様がいけないのよ。今更帰ってくるから、マージャス侯爵家の為に尽くしてきたのは、私なのに。」

妹の憎悪に満ちた顔を見てミライザは、伝えようとした。

(違う。私はマージャス侯爵家を継ぐつもりなんてない。お父様にはハッキリと伝えた筈なのに。)

異母妹のローザリンは水色の美しい髪に、澄んだ紺色の瞳を持つ美人だった。実母が亡くなった後、後妻として迎えられた義母はローザリンを連れてきた。明らかにマージャス侯爵家の血筋だと分かる水色の髪を見て、ミライザは両親が不仲だった理由を悟った。

あの時から、ミライザは侯爵家で幽霊のように扱われるようになった。だから、13歳の時、帝国学院に入学した後、ずっと学院寮で暮らしてきたのだ。帝国学院で研究を続け、根暗な才女と言われながらもそれなりの成果をあげてきた。

今更侯爵家に戻るつもりも、継ぐつもりもあるはずが無い。

ただ、病に伏せた父から何度も懇願する手紙が来たから帰ってきた。あんな父でも死ぬ前に一目会っておこうと思って。





胸が熱い。


胸が、



ミライザは自分の胸を見た。


ミライザの胸にはコバルトブルーの短剣が突き刺さっている。マージャス侯爵家の家宝でもある短剣ブルーティアーズだ。

美しいコバルトブルーの短剣で切られた者は、海の泡となって消え去るという言い伝えが残っている。

ミライザは、両手を必死に動かして短剣に手を当てた。


お腹がほのかに暖かい。

ミライザの血がドレスの隙間をつたい落ちている。

「サヨウナラ。お姉様」

海の妖精のように美しいローザリンは、ミライザを突き放し、同時に叫び声を上げた。

「お姉様!早まらないで!」

ミライザはフラフラと後退る。

目の前がグルグル回り、視界がぼやける。

ローザリンは短剣に毒を塗っていたのかもしれない。


お世辞にも仲がいいとは言えない姉妹だったけれど、妹の勘違いで殺されるなんて思ってもいなかった。


その時やっと異変に気がついたのか、周囲の招待客がミライザを見て驚いた表情し、数人が甲高い悲鳴を上げる。

「お姉様が、お姉様が短剣で胸を!」

ミライザは思った。

(ああ、そうか。今短剣に手を当てているのは私だ。)

「誰か!お姉様を助けて」

ローザリンは悲痛な声を上げながら、口元を歪めミライザを嘲笑っていた。

(もしかしたら、実父はローザリンの危うさに気が付いていたのかもしれない。もう少し父の話に耳を傾けていたら。)



ミライザの足に何かが当たった。



いつの間にか下がり過ぎていたらしい。



甲板の手摺りにもたれ掛かった瞬間、ミライザは甲板に乗り上げるほどの大波に呑まれた。















ゴボゴボゴボ。





ミライザはゆっくりと沈んでいく。




無数のダイヤモンドが揺れるような水面が徐々に遠ざかっていく。



水の中からでも太陽の光が感じられる。


体が重い。


動ける気がしない。


頭の中で、足掻け、這い上がれと声がする。


だけど、もうそんな気力が湧き上がらない。


確かに胸を刺されたはずだ。


だけど、ミライザを包み込む海はどこまでも澄んでいる。


ゴボゴボゴボ


さっきまで乗っていた船が小さく小さく遠ざかっている。


無数の魚影がミライザと水面の間を通り過ぎる。


なぜか分からない。


何かがおかしい。


ただミライザはそう感じながらゆっくり沈んでいった。

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