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第31話 懺悔
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衰弱した父は、薄く開いていた瞳を見開き、ミライザを凝視してきた。
(まだ、生きていた。もう、亡くなってしまったかと)
ミライザは、父の乾いた手をそっと握りしめる。
今の父からは、弱弱しく生命力を感じ取れない。
母を責め、ミライザを邪険にしてきた怖い父はどこにいったのだろう。
「悪かった。私が間違っていた。リアンナ」
父は、ミライザに向かって、か細い声で話しかけてきた。
母リアンナと勘違いをしている様子だった。
ミライザは、母の藍色のドレスとシルバーのネックレスを身に着けている。
ミライザは、否定しようと口を開いた。
「どうか、許してくれ。」
父は、必死に訴えてくる。
ミライザは、言った。
「どうしてなの?」
「ルクラシアとは、君と結婚する前から付き合っていた。両親に反対されて、君と結婚したが、ルクラシアとは別れる事ができなかった。私は君の事も大事に思っていた。ルクラシアの相手は私だけではない。私には君しかいなかったのに、私は君がいなくなって初めて気が付いた。私たちの娘も帰って来ない。やっと呼び戻したのに、私とは顔すら合わせようとしない」
(父は、私を母と勘違いしている。今更後悔だなんて!それなら、どうして母に対してあんな態度を)
「ルクラシアはローザリンを連れて出て行った。ローザリンの本当の父親と再婚すると言って、私を捨てた。リアンナ。私を許してくれ。私には、お前しかいない。分かっていたのに」
青白い父の手は、ミライザの手を握りしめようとしているようだが、わずかに動くだけで力が入っていない。窪んだ瞳は生気を感じ取れず、後悔と悲しみだけがこの世に留めているようだった。
父の事を憎んだ事がある。母やミライザに対する扱いに怒りを感じた事がある。
いつも疑問に思っていた。どうして父は、母を疑いつらく当たるのか。
どうして母は、そんな父から離れようとしないのか。
ミライザは、父に許さないと声をかけるつもりだった。
でも、口からは別の言葉が発せられた。
「ええ、もういいのです。貴方を許します」
父のギーザック・マージャスは、眉間の深い皺を緩め安心したように瞳を閉じた。
ミライザが支えていた父の手の力が急に抜けて、ベッドに落ちた。
医師が屋敷にたどり着くのを待つ間、ミライザは侍女長のマーヤから話を聞いた。
侍女長のマーヤの話では、義母ルクラシアと義妹ローザリンは一週間程前にマージャス侯爵家の財産を根こそぎ持って出て行ったらしい。数人の屈強な男性使用人が迎えに来て、マージャス侯爵家の財宝を全て運び出されたそうだ。
マーヤから、父の話を聞いた。父が10代の時、ルクラシアと出会い結婚したいと両親に告げたが、反対され父は母リアンナと結婚したそうだ。ルクラシアは元アーガス公爵家令嬢で当時正式な婚約者もいた。父と婚約者がいるルクラシアとの縁談は認められるはずがなかった。
マーヤは、ミライザに言った。
「ミライザお嬢様。旦那様はお嬢様が亡くなった事を最後まで認められませんでした。お嬢様の死亡届は提出されていません。お嬢様はマージャス侯爵家の正当な後継者のままです」
「私は、マージャス侯爵家を継ぐつもりなんてないわ。」
2階の窓から見える庭園は雑草が生い茂り、選定されていない木々が立ち並んでいる。
「ミライザ様だけです。亡くなった大奥様もミライザ様にマージャス侯爵家を託されていました。どうかお願いします。」
使用人も、マーヤしか残っていない。
荒らされた屋敷内の様子から、なにもかもルクラシアとローザリンが持って行った事が分かる。
だけど、ミライザにはブルーティアーズの短剣がある。
誇り高い海の民の末裔。
ローザリンに刺された時、ブルーティアーズがミライザを助けてくれたのだろう。
癒しの力を持つ短剣が、ミライザを蘇らせてくれた。
ミライザは、太腿に固定していたブルーティアーズの短剣を取り出し、太陽の光に当てた。
透明感のある水色の短剣は、生きているかのように揺れ動きながら輝いている。
マージャス侯爵家も蘇る。
ブルーティアーズが守ってくれる。
ミライザを愛してくれた祖母、悲しそうに微笑む母、穏やかに息を引き取った父の顔を思い出しながら、ミライザはマーヤを振り返り言った。
「マーヤ。待っていてくれてありがとう。私が、マージャス侯爵家を引き継ぎます」
(まだ、生きていた。もう、亡くなってしまったかと)
ミライザは、父の乾いた手をそっと握りしめる。
今の父からは、弱弱しく生命力を感じ取れない。
母を責め、ミライザを邪険にしてきた怖い父はどこにいったのだろう。
「悪かった。私が間違っていた。リアンナ」
父は、ミライザに向かって、か細い声で話しかけてきた。
母リアンナと勘違いをしている様子だった。
ミライザは、母の藍色のドレスとシルバーのネックレスを身に着けている。
ミライザは、否定しようと口を開いた。
「どうか、許してくれ。」
父は、必死に訴えてくる。
ミライザは、言った。
「どうしてなの?」
「ルクラシアとは、君と結婚する前から付き合っていた。両親に反対されて、君と結婚したが、ルクラシアとは別れる事ができなかった。私は君の事も大事に思っていた。ルクラシアの相手は私だけではない。私には君しかいなかったのに、私は君がいなくなって初めて気が付いた。私たちの娘も帰って来ない。やっと呼び戻したのに、私とは顔すら合わせようとしない」
(父は、私を母と勘違いしている。今更後悔だなんて!それなら、どうして母に対してあんな態度を)
「ルクラシアはローザリンを連れて出て行った。ローザリンの本当の父親と再婚すると言って、私を捨てた。リアンナ。私を許してくれ。私には、お前しかいない。分かっていたのに」
青白い父の手は、ミライザの手を握りしめようとしているようだが、わずかに動くだけで力が入っていない。窪んだ瞳は生気を感じ取れず、後悔と悲しみだけがこの世に留めているようだった。
父の事を憎んだ事がある。母やミライザに対する扱いに怒りを感じた事がある。
いつも疑問に思っていた。どうして父は、母を疑いつらく当たるのか。
どうして母は、そんな父から離れようとしないのか。
ミライザは、父に許さないと声をかけるつもりだった。
でも、口からは別の言葉が発せられた。
「ええ、もういいのです。貴方を許します」
父のギーザック・マージャスは、眉間の深い皺を緩め安心したように瞳を閉じた。
ミライザが支えていた父の手の力が急に抜けて、ベッドに落ちた。
医師が屋敷にたどり着くのを待つ間、ミライザは侍女長のマーヤから話を聞いた。
侍女長のマーヤの話では、義母ルクラシアと義妹ローザリンは一週間程前にマージャス侯爵家の財産を根こそぎ持って出て行ったらしい。数人の屈強な男性使用人が迎えに来て、マージャス侯爵家の財宝を全て運び出されたそうだ。
マーヤから、父の話を聞いた。父が10代の時、ルクラシアと出会い結婚したいと両親に告げたが、反対され父は母リアンナと結婚したそうだ。ルクラシアは元アーガス公爵家令嬢で当時正式な婚約者もいた。父と婚約者がいるルクラシアとの縁談は認められるはずがなかった。
マーヤは、ミライザに言った。
「ミライザお嬢様。旦那様はお嬢様が亡くなった事を最後まで認められませんでした。お嬢様の死亡届は提出されていません。お嬢様はマージャス侯爵家の正当な後継者のままです」
「私は、マージャス侯爵家を継ぐつもりなんてないわ。」
2階の窓から見える庭園は雑草が生い茂り、選定されていない木々が立ち並んでいる。
「ミライザ様だけです。亡くなった大奥様もミライザ様にマージャス侯爵家を託されていました。どうかお願いします。」
使用人も、マーヤしか残っていない。
荒らされた屋敷内の様子から、なにもかもルクラシアとローザリンが持って行った事が分かる。
だけど、ミライザにはブルーティアーズの短剣がある。
誇り高い海の民の末裔。
ローザリンに刺された時、ブルーティアーズがミライザを助けてくれたのだろう。
癒しの力を持つ短剣が、ミライザを蘇らせてくれた。
ミライザは、太腿に固定していたブルーティアーズの短剣を取り出し、太陽の光に当てた。
透明感のある水色の短剣は、生きているかのように揺れ動きながら輝いている。
マージャス侯爵家も蘇る。
ブルーティアーズが守ってくれる。
ミライザを愛してくれた祖母、悲しそうに微笑む母、穏やかに息を引き取った父の顔を思い出しながら、ミライザはマーヤを振り返り言った。
「マーヤ。待っていてくれてありがとう。私が、マージャス侯爵家を引き継ぎます」
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