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第36話 交渉

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ミライザは、舞踏会場の2階へ向かった。

赤い絨毯が敷かれた中央階段を登り、微かに見えた気がする水色の髪を追う。

妹のローザリンに、ブルーティアーズの短剣を渡す為にミライザはマージャス侯爵家に帰ってきた。ローザリンとは、船で刺された時から一度も会っていない。正直ローザリンがどうしてあんな行動をしたのか今でも分からない。
ローザリンは大人しくて静かな子供だった。マージャス侯爵家でミライザがまだ暮らしていた時、幼いローザリンから絵本を読んでと強請られた事を覚えている。ミライザと血の繋がりがある親族はローザリンしかいない。なにか誤解があったはずだ。もう一度ローザリンに会い、話をしたい。

ミライザはそう思っていた。






階段を登りきると、舞踏会場の中央の大きなシャンデリアの光がより眩しく煌めている。

2階の手すりの奥は、通路になっている。

この先は王族や、高位貴族の控室になっているはずだ。

(ローザリンは、アシリー公爵家に迎え入れられた。きっとこの先に‥‥‥)

ミライザが廊下の先に進もうとした時、声を掛けられた。

「ミライザ・マージャス殿」

ミライザの目の前の暗闇から一人の男性が出てきた。

灰色の髪の壮年の男性は、先程義母の隣に座っていたアシリー公爵だ。

ミライザは、表情を変えずに挨拶をした。

「お初にお目にかかります。アシリー公爵様」

アシリー公爵は、ミライザの濃紺の髪を目をギラギラさせながら眺めてくる。

ミライザは、公爵の値踏みするような目つきに不快感を感じた。

「公爵様?妹が、いえローザリン嬢は一緒に来られていますでしょうか。挨拶をしたいと思っております」

アシリー公爵は、訝しそうにミライザを見て言った。

「ああ、ローザリンの事か。あれは今、弱ってしまって公爵邸で休んでいる。本当に期待外れだったよ。それに比べてミライザ殿は素晴らしい。ルクラシアからは、マージャス侯爵家の血を引かない娘だと聞いていたが、君の海の深淵を彷彿させる髪をもっと早く見ていれば、私もルクラシアの嘘に気付いたはずだ。もっと早く君に出会いたかったよ」

ミライザは、訝しく思う。

(ローザリンを望んで引き取ったわけではないの?それになんだろう。私を見る公爵の眼差しは凄く気持ち悪い)

ねっとりと髪を中心に、ニヤニヤしながら見てくる公爵からは執着のような何かを感じる。

ミライザは、思わず体を震わせ後退りした。

アシリー公爵は、すかさずミライザへ詰め寄り言った。

「君は、人魚の涙について知っているか?」

(人魚の涙?ブルーティアーズの事?誰も知らないはずなのに)

ミライザはなんと言っていいか分からず瞳を泳がせる。

「ああ、知っているのだな。やっと見つけた。」

アシリー公爵は、ニタリと歓喜の表情を浮かべた。














嫌な予感がして、ミライザは慌てて否定した。

「いいえ、私は知りません」

アシリー公爵は、両目を細めミライザを睨みつけながら言う。

「私は無類の宝石好きでね。世界中の宝石を集めてきた。ただどうしても手に入らない宝石があった。それが『人魚の涙』だ。『人魚の涙』はとても貴重な宝石でね。数百年前に絶滅した人魚達が、まだ生きていた時代は、捕まえ涙を流させ取引していたらしい。人魚達は、かなり酷い扱いを受けていたらしく、絶滅してしまった。

私はずっと生き残りの人魚がいないか、残った『人魚の涙』がないか探し続けてきた。やっと、王立図書館の古文書にマージャス侯爵家が海の民の末裔だと書かれている一文を見つけた。

私は歓喜したよ。マージャス侯爵家には『人魚の涙』が残されているかもしれないだろ。ルクラシアと交渉をしてマージャス侯爵家中の宝石を集めさせたが、見つからない。私が愚かだったよ。ルクラシアの言葉を鵜呑みにしてマージャス侯爵家の血を引く者はローザリンだけだと思い込んでいた。ローザリンを涙が枯れ果てるまで沢山泣かせたが、人魚の涙は現れない。諦めかけていたのだが、本当に、君が死んでいなくてよかった。」


ミライザは、少しでもアシリー公爵から離れようとしながら言った。

「ローザリンは?妹は無事なの?」

アシリー公爵は、ミライザの両肩に大きな手を置き、顔を覗き込んできた。

「もちろん生きているさ。大事な人魚候補を殺すはずが無いだろう。だが、それも君に出会うまでだ。ローザリンはもう必要ない。もし君が、私に『人魚の涙』を渡してくれるならローザリンの命だけは助けてやってもいい」

「分かったわ。マージャス侯爵家には代々伝わるブルーティアーズと言う名の家宝があるの。青く輝く美しい宝よ。それを貴方に渡します。だから、妹を返して」

「ククク。ルクラシアは本当に哀れな女だな。あれだけ惚れ込んでいたギーザックも、ルクラシアやローザリンに何も伝えていなかったらしい。ブルーティアーズか。素晴らしい!いいだろう。明日、アシリー公爵邸に来なさい。ローザリンに会わせてやろう。ブルーティアーズを忘れるなよ」

アシリー公爵は、ミライザの両肩から手を離した。

「ルクラシアとは別れるよ。あの女狐は信用できない。ミライザ・マージャス。君が持ってくるブルーティアーズが本物なら私の妻に迎えてやってもいい。君に似た美しくて泣かせがいがある子供が産まれるだろう。クククク、ハハハハハハハハ 」

アシリー公爵は、笑いながら暗い廊下の奥へ消えて行った。


ミライザは、彼の姿が見えなくなるまで呆然としながらその場に佇んでいた。


















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