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第24話 エリナ②

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エリナは、雨鳥家へ向かった。

外は大雨になっている。

タクシーから降り、エリナは雨鳥家の正面玄関のインターホンを押した。

ガチャ。

ドアから現れたのは使用人の男性だった。

「どちら様でしょうか?」

「雨鳥エリナよ。父はどこ?」

使用人は、戸惑いながら、両親の寝室の方へ瞳を泳がせる。

(寝室にいるのね)

エリナは、使用人とドアの隙間に滑り込み、父の寝室へ向かった。

昔から変わらない広いエントランス。この家は私の物だ。妹には渡さない。会社も家も、財産も私が全て引き継ぐはずだったのだ。

両親の部屋にたどり着いた。

狼狽えている男性使用人は、エリナを引き留めるべきか迷っているようだった。

エリナは、エントランスに飾られている母の写真とうり二つの見た目をしている。

一介の使用人が止めていい相手か判断できないのだろう。

寝室の大きなドアの前にたどり着き、エリナはドアノブに触ろうとして少し手を止めた。

エリナが家を出たあの日、弱り切った母とは最期の別れとなった。

暗褐色のドアノブは、「死」を連想させる。

(気のせいよ)

エリナは、ドアノブを開き、中へ入って行った。


白髪が増え、明らかに老け込んだ父がソファに座っていた。


父は、エリナを見て驚いた表情をしている。

「エリナか?どうしてここに」

「リアナが婚約する事を新聞記事で知ったの。たった一人の姉妹だからこんな時くらいお祝いしたいと思って帰って
きたのよ。お父さん。ごめんなさい。私が悪かったわ。どうか許して頂戴」

エリナは、父に向かって頭を下げ続けた。

数十秒経った時、父のため息が聞こえた。


はあー。


「そうだな。明日はリアナの婚約式だ。外は大雨だ。とりあえず今日は泊っていきなさい。私は、お前がした事に対して、まだ憤りを感じている。だが、リアナの婚約式に参列する事くらいは許してやろう。リアナは、失踪したお前の事を心配していたからな。」


エリナは、頭を下げたままニヤリと笑った。













エリナは、2階の自室に泊まる事になった。


エリナの部屋は、何も変わっていなかった。


(きっと勘当するって言葉は冗談だったのよ。だって私の部屋はそのままの状態じゃない。お父さんも私が帰ってくる事を待っていたはずよ。ふふふ。うまく行ったわ。)

エリナは、大きな雨音が聞こえてくる窓際に立ち、スマホの通話ボタンを押した。


プルルル、プルルルル


電話にガウンが出た。


『もしもし、今向かっている所だ』


エリナは、微笑みながら伝えた。


「こっちもうまく行ったわ。今日は家に泊まる事になったの。予定通りできそう?」


『ああ、順調だ。峠にたどり着けば、崖から落として終わりさ。雨が激しくて嫌になるが、雨が痕跡も消してくれる。ついているよ』

(ついている。その通りだわ。雨音に消されて、電話の声は屋敷の誰にも聞こえない。誰も想像していないだろう。今日リアナが死ぬことになるなんて)

「ふふふ。とりあえず、父に取り入ってみるわ。リアナの婚約者を奪ってもいいかもしれない。でも、私が愛しているのはガウンだけよ。会社も財産も全て私達のものになるわ。帰ってきたら連絡を頂戴。これでも心配しているのよ。」


『ああ。上手くやるよ。可哀想にな。婚約式の前日に行方不明とは』


「あら、聞き捨てならないわ。リアナに何か言われたのではなくて?」


『まだ、よく寝ているから問題ないさ……まさか。起きているのか!ううわあ』


「ガウン?どうしたの?」


『ザザザザーガーン。ドーン』


「返事をして!」

プープープープー


不可解な音を残し、ガウンとの電話は切れてしまった。何度もかけ直すが繋がらない。



(リアナが起きてガウンになにかをした?でも、リアナは縛ってから車に乗せたわ。何も起こるはずが無い。大丈夫よ。きっと連絡がある。きっと)


エリナは、久しぶりの実家で眠りについた。


激しい雨の音が、エリナをあざ笑うように響き続けていた。
















リアナは、帰って来なかった。婚約式は延期になった。

リアナと婚約するはずだったソウマと言う人物は、チョウ食品会社の営業マンで何年もトップの成績を維持している優秀な人物らしかった。

父は、出て行かないエリナの事を持て余しているようだった。エリナは父に、帰って来ないリアナの代わりに婚約して会社を継ぐ意思を示したが、父は険しい表情でエリナの事を認めようとしなかった。

ソウマは、上昇志向の強い男性らしく、帰って来ないリアナの代わりに、エリナと結婚する事に前向きだった。ただ、ソウマの瞳は冷めていた。エリナが以前男と失踪した事について父から聞いているらしい。

ソウマは、エリナが近づこうとすると汚らわしい物を見るような、侮蔑の籠った瞳を向けてくる。




(ガウン。どこにいるの?早く帰って来て)



やっぱりガウンが側にいて欲しい。リアナの婚約者を奪って、会社や財産を手に入れてからから、ガウンを招き入れようと思っていたが、思い通りにいかない。

風子崖までの山道で、複数箇所で土砂崩れがあり一台の盗難車が見つかったとの情報をエリナは得ていた。

ガウンが盗んだ車と同じ車種だ。ガウンもリアナも土砂崩れに巻き込まれたのかもしれない。


遺体は見つかっていない。


だけど、もしかしたら。


エリナはガウンの死を認めたくなかった。








ソウマは、早くチョウ食品会社の社長になりたいらしい。父に何度も相談にきていた。必要ならエリナと結婚しもいいと父に伝えている。

父の執務室からは、尋ねてきたソウマと父が言い争うような声が時々聞こえてくる事がある。


ガウンと共に購入したマンションは、ガウンの名義でローンを組んでいた。当時内縁の妻として林原を名乗っていたエリナも連帯保証人欄にサインをしている。だが、住所も電話番号も記載した時と違う。ガウンがいなくなってからエリナはマンションへは一度も帰っていない。雨鳥家に滞在するエリナの元へ借金取りから連絡が来る事はまだ無かった。


そんなある日、元婚約者の木龍ジョージが、雨鳥家へ尋ねてくると父から告げられた。

今更ジョージが何の用事か分からないが、父なりにエリナに気をつかってくれたらしい。事前に訪問予定を教えられた。

ジョージの事は、友人の東城院カオリが狙っている。あんな不愛想な変態が好きだなんて信じられない。カオリとは仲がいいが、ジョージの嗜好については伝えていない。婚約までしたジョージを不細工な妹に盗られたと伝えるなんてエリナのプライドが許さなかった。

「お父さん。ジョージとはできれば会いたくないです。ジョージが来る時間は外出するようにしますわ。買い物をしたいので使用人を数人連れて行ってもいいかしら。」

最近エリナは、自室にあるブランド品や宝飾品を質屋へ売り現金を手に入れていた。先日リアナの部屋からも複数個のブランド品や宝飾品を手に入れた。全て運ぶとなると人手がいる。

「ああ、いいだろう。ところで、ソウマ君とはどうなっている。」

「仲良くさせていただいています。以前も伝えた通り、私はチョウ食品会社も雨鳥家も継ぎたいと思っています。リアナは帰ってきませんし、ソウマさんさえよければ結婚して一緒に会社の為に尽くしたいと思います」

父は、渋い顔をしていた。

「そうか。エリナの気持ちはよく分かった。だが、ソウマ君は難しいかもしれない。それにリアナが帰って来ないと決まったわけでは無い。リアナは真面目で思い詰める所があったが、あの子は会社の事を真剣に考えていた。きっと生きて帰ってくる。」

「そうですね。お父さん」

(生きて帰ってくるはずがないわ。リアナは死んだのよ)









今日は木龍ジョージが雨鳥家へ尋ねてくる日だった。リアナは、使用人と共に町へ出ていた。質屋で数十個のブランド品や宝石を持ち込み査定を依頼する。

売れたら、好きなブランドの服を買うつもりだった。

無事に値が付き、現金を手に入れた。

「車を回して頂戴。買い物にも付き合ってね」

「はい。かしこまりました」

使用人に、車を回す様に伝え、エリナはロータリーから少し離れたベンチで座って待っていた。

「林原エリナさん」

声を掛けられ、エリナは思わず振り返った。

そこには、マンションへ頻回に出入りしていた借金取りの男がいた。

「ああやっぱり。やっと見つけましたよ。ガウンさんとも連絡が全く取れないんですよ。期限はとっくに過ぎていますし、もちろん返していただきますよね」

「ガウンとは、私も連絡がとれなくて‥‥‥ガウンが帰ってきたら必ず返しますから」

「困るんですよ。私も仕事ですから。とりあえず、今返せるだけ返してください」

借金取りの男は、エリナのバックを無理やり取り上げた。

「なんだ。あるじゃないですか。今日の所はこれを頂きますね。連絡先を教えていただけますかね」


借金取りの男は、借金返却明細書とバックを返し、書類を出そうとしていた。


その時、使用人が回してきた車がロータリーに止まった。


エリナは、急いで立ち上がり、バックを掴み走り出した。


車の後部座席に座り、勢いよくドアを閉めた。


バタン!


「急いで出して!すぐに家に帰って頂戴」


借金取りの男は、車に向かってスマホを向けていた。とりあえず追ってくる様子はないみたいだった。


(まずいわ。見つかった。借金がお父さんにバレたら追い出されるかもしれない。なんとかしないと)



「エリナ様。買い物はよろしいのですか?帰宅予定の時間よりかなり早いですが」


(今帰ると、ジョージと鉢合わせになるかもしれない。そんな事より、また借金取りに見つかる方が不味いわ)


「いいのよ。お父様のお客様に挨拶をしたくなったの。元婚約者の方ですから」





家につくと、エリナは使用人達と共に父の部屋へ向かった。

まだ、ジョージは来ていないらしい。父に早く、エリナを後継者に指名するように伝えないといけない。お金がいる。すぐにでもお金が。

最近体調を崩す事が増えた父を楽にするために、一緒に説得して欲しいと使用人達にエリナは以前から頼み込んでいた。

父には内緒で、使用人達には時々チップを渡しているし協力してくれるはずだ。


皆で、父の部屋へ向かいドアを開けた。


「キャーーーーーーーー」


そこには倒れた父と血だらけの女がいた。


エリナは、戸惑う。


死んだはずのリアナがいる。


どうして?


リアナが生きていると困るのだ。

どうしても。

まさか、リアナが、あの人を‥‥‥

私の愛するガウンを…‥

リアナが…‥







ドサクサに紛れてリアナを追い出した。

少し脅しただけで、無様に逃げ出す女を見ていると気が晴れた。

なぜか雨鳥家にいたソウマと相談し早急に結婚する事にした。

リアナを殺人犯として警察へ届けようとソウマへ相談したが、ソウマはいい顔をしなかった。リアナが捕まると困るとソウマは訴えてくる。

もしかしたらソウマもジョージと一緒でリアナの事が好きなのかもしれない。

本当に忌々しい。

ソウマは、警察にわざとリアナの昔の写真を渡したみたいだった。

エリナは、チョウ食品会社の事が何も分からない。ソウマに従わなければならない。借金取りはすぐに、車のナンバープレートからエリナが雨鳥家の娘だと突き止め、結婚直後に借金の事がソウマにバレてしまった。

金がないから、会社の業績が悪いからと広大な雨鳥家の使用人は全て解雇され、売れそうなものは全てソウマが売り払っていまった。生活費も渡されず、エリナは家から出ないようにソウマに言い渡された。弁護士に相談しても、本来の相続人であるリアナが見つかるか、新しい遺言書が見つからなければ財産を渡す事が出来ないと言われ、取り合ってもらえない。




リアナを探さなければいけない。




リアナさえ死ねば、遺産が手に入る。





エリナは、SNSで友人達にリアナを探す様に依頼した。ソウマにバレないように探さなければいけない。あの男は、なぜかリアナに執着している。


先に見つけて、リアナを殺すのだ。


今度こそ、失敗しないように自分の手で。

















友人が見つけてリアナを雨鳥家へ送り届けてくれた。

エリナは、リアナをドア際まで追い詰め思いっきり包丁を振り下ろした。


「こんどこそ、さようなら、永遠に」








その瞬間、ドアが思いっきり開かれた。






リアナは、ドアに向かってバランスを崩し前のめりに倒れ伏せた。


エリナの振り下ろした包丁は、リアナの髪の掠り、数本の髪が宙に舞った。


「エリナ!何をしている」


ドアを開け、部屋に入って来たのはエリナの夫でもある雨鳥ソウマだった。


















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