あばよ

三冬月マヨ

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あばよの一歩

「…また、つまらぬ物を斬ってしまった…」

 そう言いながら、用心棒がチンと剣を鞘に収めた。ん? どっかで聞いた台詞だって? そりゃそうだ。俺が教えたんだからな。 

「…あの…。…ずっとこれを…?」

 閉じていた目を開けて、深く落としていた腰を上げながら、用心棒がおずおずと俺を見て来る。何だよ、その不満そうな顔は。

「ああ。悪さする奴らにはお仕置きが必要だろう?」

 顎をしゃくって、奴が斬った地べたに転がる残骸を見る様に促せば、奴も自らの後ろに転がる残骸を見た。
 そこには、俺にちょっかいを掛けようとして来た盗賊共が、ほぼ全裸に近い格好で横たわっていた。
 用心棒の仕業だ。
 ただぶちのめすよりは、こちらの方が効果があるかも知れないと俺は思い、用心棒に『殴ったりしないで、服だけを斬り裂いて社会的に抹殺しろ』と、頼んだ。で、ついでに冒頭の『つまらぬ物~』もセットでと頼んだんだ。その時の用心棒の、心底嫌そうな顔は忘れられない。また『リディルの服なら頼まれなくても喜んで細切れにしてコレクションに加えるのに』と云う言葉は速攻で忘れた。どれだけ集めれば気が済むんだ、こいつは。
 こいつを用心棒にして、早三日。
 まあ、何だかんだでうまくやっている気がする。
 別に嫌いって訳でもないから、当たり前っちゃあ、当たり前なんだが。
 問題は俺の心…前世の記憶ってだけで。
 いや、それが一番のネックなんだが。

「…で、だ。お前さん、何でそんな変な縛り方をする訳?」

 軽く意識を奪った野郎共を用心棒がロープで次々と縛り上げて再び地面に転がして行く。何とも複雑な縛り方だ。ロープが亀の甲羅の様に見える、いわゆる亀甲縛りだ。いや、こいつ何処でそんな縛り方覚えたんだ?

「これなら中々解けないだろうし、ほら、お粗末な物が目立つから、リディルの望み通りだと思って」

 いや、何を爽やかな笑顔で言っている?
 こいつ、ヤバいな。
 それにさり気に"粗チン"とか言ったよな?
 そんなに自分の物に自信があるのか?

「…やっぱ、俺フード被るわ」

 暑くなって来たし、用心棒も出来たから、フードを被るのを止めていたんだが、何か自分で言い出した事だが加害者兼被害者が可哀想になってしまった。

「駄目だ! 蒸れて禿げたら大変だ!」

 しかし、フードを被ろうと腕を動かした処で、用心棒が目を大きく開いて叫んで来た。

「おぅふっ!」

 俺のガラスなハートにクリティカルヒットしたぞ、今のは。前世を思い出すまでは、暑かろうと人目がある処ではフードを被っていたんだが。そうか、蒸れると禿げるのか、気を付けよう…。てか、前世では頭が寂しくなってきたって話を覚えてたのか…。

「…まあ…ちょっとあれだ…股関丸出しよりは見えそうで見えないってのが、恥ずかしいと思うから、そこらの草なり花なりを乗せといてやれ」

「了解!」

 用心棒は俺に軽く敬礼した後、街道脇に咲いている花を摘み出して、無表情で亀甲縛りにした盗賊達のチンコを掴んで持ち上げてロープに挟み、チンコの先に花を挿して行った。

 …おい…まさか、そこ尿道じゃねえのか…?
 意識を刈り取ってるから良いけど…いや、何かピクピクしてる…。
 …………………………こいつ…ヤバい子なのでは…今更な気もするが………。

 一筋の汗が俺の頬を伝う。
 少なくても、俺とヤった時はマトモだった筈なのだが…。
 これは、やはり…俺のせいか…?
 俺がこいつを歪めてしまったのか?

「…そんな目で見ないでくれ。これはリディルに手を出そうとした罰で、俺がいつもこんな事をリディルにやりたいとか、それの練習台にこいつらを使っているとか、そう云う事は無いんだ」

 真面目にキリッと唇を結ぶ用心棒に、俺は心からの笑顔を浮かべて、一言言った。

「あばよっ!!」

「宿で待っていて下さい――――――――っ!!」

 そうすれば奴は空の彼方へと飛び去りながら、断末魔の悲鳴を残して行った。
 ついでに俺も、そこを足早に立ち去る。
 亀甲縛りにされ、股間に一輪の花を咲かす野郎共なんて、見ていたくない。この後、奴らが目を覚ました時に悲劇になるのか喜劇になるのかは解らんが、断じて俺のせいではない!! 俺は、こんな残酷な命令していないからな!!

 ◇

「…どうして…こんな酷い事をするの…?」

 …んあ…?

 気が付いたら緑の草原の中に居た。
 振り返れば何処までも広がる青空の下で、一人の少年が切なそうな表情を浮かべて佇んでいた。

「…酷いったってなあ~…」

 …夢…か?
 街に着いて宿を取って、ブーツを脱いでベッドに上がって横になって…そのまま寝ちまったのか?

 ぼりぼりと頭を掻きながら、自分と同じ顔だけど、何処か儚げな雰囲気の少年を見る。
 こいつは前世を思い出す前の俺だ。
 自分に自信が持てなくて、他人の顔色ばかりを気にしていた頃の俺だ。

「それはどっちに対してだ? 用心棒か? それともあの盗賊達か?」

「用心棒なんかじゃない! 彼の名前は…っ…!」

「止めろよ。名前なんか要らねえ」

そうだ。名前なんか必要無い。名前なんか呼んだら…。

「…止められなくなる、でしょ?」

「…おい…」

 何を言い出すんだこいつは?

「解るよ。僕はあなただもの。あなただって、解るよね、僕の気持ち。どうして気持ちを殺そうとするの!? 僕は彼が好きなんだ! あなたも同じ! なのに、どうして!? 前世での世界がそうだったから!? 彼が年下だから!? そんなの今は関係ないよね!? 前世を思い出したからって、今の僕を殺さないで! 今の自分を否定しないで! 過去にしがみついて何が楽しいの!? 僕は楽しくない! 初めてなんだ、彼みたいな人は!」

「………………変態だぞ……………」

 今の自分の若さに、グラグラと目眩がして来る。
 真っ直ぐな目で見つめてくれるなよ。

「そうかも知れないけど、それが何!? 彼は何時だって優しかった! ううん、今だって優しいっ! あの日だって、僕の事を考えて途中で苦しいだろうに止めようとしてくれた!」

 …変態を否定しないんだ…。
 まあ、完璧すぎる人間なんて、胡散臭くて気持ち悪いけどな。
 どっか抜けてる奴の方が良い。

「あんな風に、僕を包み込む様に見てくれた人は、家族以外では彼だけなんだっ! 知ってるでしょ!」

 ああ、うん、そうだな。
 だから、あのギルドであいつが声を掛けて来た時、俺は何の警戒心も抱かなかったんだ。
 あの琥珀色の目に、何の下心も見えなかったから。

「あなたは、逃げようとしてるだけ! 怖いんだ! 前世の観念に縛られて、自分の気持ちを認められない! 認めるのが怖いんだ! おっさんだからとか、理由を付けて逃げてるだけ! 僕がなりたかったのは、そんなあなたじゃないっ! 少しだけ自由に、少しだけ強く、少しだけ前を向ける様に、それだけで良かった!!」

 …言ってくれるじゃねえか、若造のくせに。いや、若いからか?

「…五月蝿うるせえ。お前も俺なら解るんだろ? 見てくれはこうでもな、中身は常識人のおっさんなんだ。頭ガチガチのな。そんな俺が、そう簡単に意識改革出来るか? あ? 答えはご覧の通り、ノーだ。なあ、何で前世なんか思いだしちまったんだよ? 思い出さなきゃ、今頃はあいつと二人で、そらもうきゃっきゃうふふしてただろうがよ…」

「僕だって知らないし、こんな事になるなら思い出したくなんか無かったよ! 強いて言えば、処女喪失のせい?」

「しょ…っ…!」

 可愛い顔して、しれっと何を言ってるんだ!?
 若さか!?
 これも若さ故なのか!?

「とにかく、こうして僕が出て来る事が出来るって事は、もう、認めても良いって事でしょ? だから、彼を用心棒にしたんでしょ? 探索アイテムだって、結局は取り上げなかったし」

 いや、違う。
 元からだ。
 何だかんだでリディルは言う時は言う奴だし、やる時はやる奴だった。
 でなければ、家を飛び出したりなんかしないし、面倒な奴を空へ飛ばしたりなんかしない。
 それでも、そんな自分を変えたいと思っていた。
 本当に少しだけで良かったんだ。
 あの依頼を成功させれば、何かが変わる気がして…。

「ねえ、素直になってよ!」

 ◇

「黙れっ!!」

「リディル!!」

 思い切り目を見開いて叫んだ瞬間、名前を呼ばれて肩を掴まれた。

「…あ…?」

 ベッドで横になる俺の肩を両手で掴んで、心配そうに俺を見下ろしているのは、用心棒だ。
 …本当に戻って来るのが早くなった。

「魘されていたから、起こしたんだが…」

「…あ、ああ、悪い…助かった…」

 申し訳なさそうに眉を下げ、肩から手を離す用心棒に、俺は起き上がりながら礼を言った。
 眉間に皺がよっているのが解ったから、解そうと指をあてたらぬるっと滑った。

「…汗も掻いていたのか…」

「風呂に水は張ってあるから、好きな温度に調整して汗を流して来ると良い。俺は風呂上がりに飲む物と、食事を部屋で取るならそれも用意しようと思う」

「…あ、ああ…。それで頼むわ…」

 俺がそう言えば用心棒は、口の端だけで笑って部屋から出て行った。
 いや、本当に便利な用心棒だ。
 部下に一人欲しいよな、こう云う奴。

「って、ああ、もうっ!!」

 こんな風に考えるなって、言いたいんだろう!?

 夢の中の俺の言いたい事は解る。
 前世に振り回されてるってな。
 けど、仕方がねぇだろ。
 こう云う性分なんだよ!
 お前も俺なら解れよ!

 浴室に入ってパパっと服を脱いでチャチャッと魔法でお湯に変えてザバッと湯に浸かる。
 ほうっと息を吐けば身体の強張りが解れて行った。

「あ~…情けねぇ…」

 本当にどっちが大人なんだかって話だ。
 いいよな、用心棒も俺も若い奴は柔軟性があってさ。
 って、何で自分より若い奴に諭されなけりゃならねぇんだ。
 それも俺に。

「…まあ…」

 そんなの…それが本心だからだ…。
 あいつを用心棒にしたのだって、何だかんだ理由を付けた処で傍に居て欲しかったからだ。

「…そんなのは解ってるんだよ…」

 はああ~と、重く長い溜め息を吐いた時、ぽちゃんと天井に張り付いていた水滴が頭の上に落ちて来た。

 ◇

 風呂から出たら、何時もの如く脱衣所に真新しいバスローブとパンツとスリッパが用意されていた。

「…あいつ、金の使い方間違えてるよな…」

 軽い眩暈を覚えながらもそれらを身に着けて風呂場を後にする。
 因みに脱ぎ捨てた服もパンツも何時もの如く見当たらない。
 あいつを用心棒にしてから、もう毎度の事だ。
 いやもう、あいつがそれで満足するってんなら、いいけどよ。いや、良くない。無駄遣いは止めろと、せめてローテーションにしろと言おう。

「………だから…何でお前はそうなんだよ……」

 奴の姿を目にした途端、俺は床に崩れ落ちてた。そのまま倒れ込みたくなるのを、床に手を付いて堪える。
 風呂場から出て、部屋に添え付けてあるテーブルを見れば、美味そうな料理の数々と、デカンタにグラス等が用意されていて、奴が大人しく椅子に座って待っていたんだが。
 だが。

「…何で頭に俺のパンツを被ってんだよ…」

 そう。大人しく椅子に座ってるのは、良い。
 しっかりと脚を閉じて、その上に軽く拳にした手を置くのも、良い。しっかりとした"待て"だ。
 だが。
 何故。
 何故なにゆえに。
 頭にパンツを被っているのか。
 しかも、今日のそれは洗っていない。
 滾々と問いただす気力も湧いて来ない。
 俺に出来るのは、ただ、脱力する事のみ。

「あ、いや…その…何だか落ち込んでいる様だったから、元気付けようとしたのだが…」

 いや、捨てられた仔犬の様な目をして首を傾げないでくれ。

「…何でそれで元気付けられると思うんだ、お前は」

「怒って俺を飛ばせば気分転換になるかと」

「…アホか…」

 普通に言葉で良いだろう。
 何で、そんな斜め上に行くんだよ。
 飛ばすって、それはもうお前への褒美だろう?
 パンツ盗られて被られて、何で褒美をやらなきゃならねぇんだよ。

「…けど…まあ…ありがとよ。気持ちだけ貰っておくわ」

 軽く頭を掻きながら、何とも器用なんだか不器用なんだか解らない奴を見て軽く苦笑してやれば、奴は思い切り目尻を下げて笑い返しながら、頭からパンツを取り、懐へと仕舞い始めた。いや、待てこら。

「パンツ返せ」

 せめて洗わせろ。

「いや、これは今日一日リディルが俺と共に居た証であり、俺の傍で掻いた汗と言わず色々な体液が染み付いたも…」

 つらつらと真面目な顔で俺の目を見て話す用心棒に向かって、俺は引き攣る笑顔で一言。

「あばよっ!!」

「食べ終わるまでには戻って来ます―――――!!」

 結局、窓を破壊して奴は空へと飛んで行った。
 宿の人間が来る前に、窓を直しておこう。
 何かもう、素直な俺が頭の片隅で頭を抱えてるけど。
 やっちまったもんは仕方が無い。
 時間はあるからさ。
 気長に行こうぜ。
 若いんだろ、俺達はさ。
 これからも、夢でもなんでもいいから出て来て意識改革手伝ってくれよな。
 そうしたら、いつかは前世を思い出す前の俺に近付けるんじゃねぇの?
 前世を思い出す前の俺に戻るんじゃなく、今も昔も受け入れて、少しだけ強くなって前に進んだ俺に、さ。
 こんな俺でも良いって、用心棒は言ってくれたしな。
 俺だって、少しは男を見せないとな。

「…おっと」

 バタバタと部屋の外から足音と『お客様ーっ!?』って声が聞こえて来たから、俺は慌てて魔法で窓を直して、ベッドの上に用意されていた真新しい服に着替えた。
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