寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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幼馴染み

【十九】移りゆくもの

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 白い煙が青い空へと昇り、溶けて行く。
 ミーンミーンとした蝉の鳴き声が、静かな境内に響く。
 それに閉じていた目を開き、暫し耳を傾けた後、優士ゆうじはまた目を閉じて、目の前にある墓前に小さく頭を下げた。
 その時、ザリッとした玉砂利を踏む音が直ぐ後ろから聴こえて、優士は静かに目を開き、下ろしていた腰を上げて、後ろを振り返った。

「あ、悪い。邪魔したか?」

「…いや。もう行こうとしていた処だ」

 そこに立って居たのは、何故か腫れぼったい目をした瑞樹みずきだった。
 今日の瑞樹は、深い藍色の甚平を着ていた。
 方や優士は、爽やかな青空を思わせる青い着物だ。

「お前ん家行ったら、墓参りに行ったって言われて…ありがとうな、母さんも喜ぶ」

 瑞樹は小さく笑って、母の墓に目を向けた。
 昨日父と来て、活けたばかりの花立には、まだ白と黄の菊が瑞々しく咲いていた。そこに、新たな白い花が活けられている。優士が持って来てくれたのだろう。

「…礼なんて…」

 それは、こちらが言いたい事だと、優士は口の中で小さく呟いた。

「ん?」

「いや。家に来たって言った。何か話か?」

 首を傾げる瑞樹に、優士は手に柄杓を入れた桶を持ち歩き出す。

「…ん。あのさ、俺…」

「ああ、日蔭で話そう。今日は暑い」

 優士の後を歩きながら、瑞樹は話をしようとするが、それより早く、優士が額に浮かんだ汗を拭いながら、後ろの瑞樹を振り返る事なく告げた。

「…ん」

 そう返事をしながら、瑞樹はそっと胸を抑え、静かに息を吐いた。

(…優士も、何も言わないんだよな…)

 俯き、小さく自嘲気味た笑みを浮かべる瑞樹を、優士は肩越しに振り返り見ていたのだが、瑞樹は気付かない。
 きっと、また余計な事を考えているんだろうなと、優士は思いながら水場に桶と柄杓を戻した。

 高梨に呼び出された瑞樹を心配そうに出迎えた優士だったが、弱々しく瑞樹に首を振られてしまい、どんな話をしたのか、聞くに聞けなくなってしまった。話の内容は知っていたが、瑞樹本人から聞きたかったのに…拒絶された様な気がして、何も聞けなくなってしまったのだ。
 恐らく、瑞樹が話したいのはその時の事なのだろうと、優士は思った。
 あの日から特に、何かが変わった訳では無いが。優士は何時も通りに、瑞樹の部屋へ行き、朝食と夕食を食べていたし、休みの日には昼も食べている。ただ、瑞樹は何処か思い詰めた様な表情をする事が多くなった。
 自身の問題なのだから、自分で解決しようと思っているのだろう。
 だけど、それでも、と、優士は思う。
 それなら、何故、自分はここに居るのか、と。

 ◇

 瑞樹が高梨に呼び出されていた頃、優士は天野に呼び出されていた。

「回りくどいのは好きじゃないんだ」

 昼時が過ぎて、閑散とした食堂の隅のテーブル席に天野と優士は居た。開け放たれた窓からは、訓練場にて元気に走り回るせいの姿が見える。優士の正面に座った天野は、困った様に笑い、ガリガリと頭を掻きながら言った。

「橘は、討伐隊から外す。ゆか…高梨も、橘に同じ話をしている筈だ」

 ごくりと飲んだ唾が、やけに大きく響いた気がする。

「…悪いな。仲の良い幼馴染みを引き離す様な真似をして…てか、実際に引き剥がすんだが…」

 天野は頭を掻いていた手を止めて、申し訳無さそうにその太い眉を下げた。

「…いえ…。大丈夫です、解っていますから…。…瑞樹は…戦えない…戦えない人間は要らない…」

 謝る必要は無いと優士は軽く右手を上げて、天野が欲しがるだろう言葉を綴った。
 そう、優士は解っていた。知っていた。けれど、どうしようも無かったのだ。

「…ああ…。話が早くて助かる。それで、な? 討伐隊は無理だが、治療隊ならどうかと云う話になってな」

「…治療…」

 天野の言葉に、優士は僅かに眉を寄せた。
 優士は、朱雀を追われるものと思っていた。
 だから、その言葉は意外な響きを持って優士の耳に届いた。

「ああ。治療隊だって、危険が無い訳じゃない。だが、討伐隊よりは妖に遭遇する確率はぐんと減る。今は無理だが、治療隊として動いて、遠くからその姿を見て、少しずつ妖に慣れて行けば、動けなくなるなんて事は無くなるんじゃないか、ってのが、俺達の見解だ。何、討伐隊から治療隊へ異動した奴は他にも居るし、その逆もある。早ければ、お前達の長期休暇明け…まあ、来月辺りにでも正式に話が行くだろう」

 話は優士の知らない処で、既に動いているらしい。

「…そんなに早いんですか…? 来年の春とかではなく…?」

「橘の治療も兼ねてると思えば、遅いぐらいだろう。治療隊を統括する奴…津山って云うんだがな。津山と高梨は旧知の仲だから、安心しろ。悪い様にはしない…」

 僅かに目を見開く優士に、天野は柔らかい笑顔を浮かべて諭す様に語った。

 …まあ、ゆかりんは会いたくは無いだろうがな、と、天野は心の中で付け足した。

「…はあ…。あの…俺は…?」

「ん?」

 納得したのか、しないのか、曖昧な返事の後で続けられた言葉に、天野は軽く首を傾げた。

「俺も…何も出来なかったのですが…」

 僅かに俯いた優士の言葉に、天野は白い歯を見せた。

「ん? そう思うのか? お前は、橘の盾になってただろう? まあ、次の遠征に期待、かな。楽しみにしてるぞ」

(…盾…か…)

 からからと白い歯を見せて笑う天野に、優士はあの時の自分の行動を思い出して、唇を噛んだ。
『…来るぞ』と云う高梨の低い声に、天野が『来るな』と、普段は見せない、口の端だけで笑う姿を見せた。と、同時に、それらが薮の中から現れたのだ。妖はぐるりと優士達四人を囲んだが、高梨と天野は冷静だった。二人は自然と優士と瑞樹を守る様に動いて、妖と対峙した。それぞれの利き手には刀を持って。何時、抜刀したのか、優士は気付かなかった。一拍遅れて優士が腰にある刀を抜いた時、瑞樹が倒れる様に地面に蹲り、嘔吐しだしたのだ。
 あの雷雨の時と同じ瑞樹の様子に、何故、と思った。空き家で対峙した時は何とも無かったのに、と。
 自分達を喰らおうとする物が直ぐそこに居るのに、こんな事を考えている場合では無いと思う物の、その答えが解らずに優士はただ臍を噛んだ。
 瑞樹には、もう辛い思いをして欲しくは無いのに。
 あの日、母の仇を取りたいと口にした瑞樹を止める術を優士は持っていなかった。
 ただ、瑞樹一人にそれをさせたくなくて。
 ただ、瑞樹を一人にしたくなくて。
 ただ、瑞樹の傍に居たくて。
 気が付けば、自分も付き合うと言葉にしていた。
 そんな柄では無いと思うものの、瑞樹の力になれたのなら、と。何よりも、ただ、瑞樹に生きていて欲しかった。暫く何の感情を見せなかった瑞樹が、ようやくそれを表し、笑う様にもなったのだ。それを失いたく無かった。気持ち悪いと言われようと、そんなものは気にならなかった。いや、母の様だと云う言葉だけは戴けなかったが。
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