寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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僕から君へ

贈り物【二】

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 それは二年前、優士ゆうじが入院していた時の事だ。

 ◇

「どうぞ」

 出入り口の戸が軽く叩かれて、ベッドの上で身体を起こしてから優士が返事をした。

「入るぞ」

「失礼します」

 そこに入って来たのは、高梨と雪緒ゆきおだった。
 高梨は隊服では無く、深い青色の着物を着ていて、訪れた時間から今日は休みなのかと優士は判断した。

「雪緒がどうしても見舞いたいと聞かなくてな。具合はどうだ?」

 どうもこうも無い。高梨は一昨日も、仕事の合間に様子を見に来ている。
 度々様子を見に来る高梨の事を『部下思いのとても優しい方ね』と、優士の母の穂澄ほずみが頬を緩めて言っていたが、はっきり言ってウザい。優士からしたら、上司が度々来るだなんて、迷惑以外の何物でも無かった。悪意がある訳では無いのは解っているが、心配し過ぎなのでは? と、優士は思った。

「突然に申し訳ございません。お怪我のご様子が気になりまして。お加減は如何ですか? あ、こちら大福です。中に栗が入っていて、とても美味しいですよ」

「ありがとうございます」

 と、頭を下げて優士に見舞いの品を渡す雪緒の肩に手を置いて、高梨が話す。

「何でもあの日、虫の報せがあったそうでな。俺に何かあったのでは、と思ったらしい。…まあ、何かあったのは楠だと話したら、見舞いにと騒ぎ出してな…それで、今日、雪緒の仕事が休みの日に…まあ、たまたま俺も休みだったからな。共に来た」

 嘘である。
 雪緒を一人で行かせたくなかった高梨は、天野と休みを交換していた。その内に、みくに闇討ちされるかも知れない。

ゆかり様の大切な御同僚の方ですよ? 心配するのは当然の事です」

「…雪緒…」

 待て。と、優士は思った。
 何故、そこで。と。

 何故、俺が居るベッドの傍で二人見詰め合い、世界を作っている?
 俺をだしに惚気に来たのか?
 その背中の傷痕に塩を擦り付けてやろうか?
 確かに俺は二人の事を羨ましいと思ったが、それは周りから自然と受け入れられているからで、その甘ったるい雰囲気に包まれたいと云う意味では無い。

「優士~、頼まれた紅茶買って来たぞ~。って、高梨隊長と雪緒さん?」

 帰れと、優士の表情が塩塗れになった時、徐に閉めた筈の戸が開き、そこからひょっこりと瑞樹みずきが姿を見せた。

「橘も休みだったのか。邪魔をしたな。直ぐに帰る」

「こんにちは、橘様」

「さ、さまあ~!?」

 優士はさらっと流したが、"様"等と、手紙の宛名でしか見た事が無い瑞樹は大仰に驚いた。

「ああ、これは癖でして…気にしないで戴けると嬉しいのですが…」

「癖って…」

 僅かに肩を竦めて見せて、困った様に微笑む雪緒に瑞樹はパチパチと瞬きを繰り返す。

「…古くから居る者は知っている事だが…構わないか、雪緒?」

「はい」

 何処か懐かしむ様な笑みを浮かべる雪緒の頭を軽く撫でてから、高梨は雪緒の生い立ちを話した。
 それは瑞樹も優士も知らない世界の話だった。
 二人が以前に雪緒の事を『のんびり』、『のほほん』、『苦労等知らなそう』と評した時に、せい月兎つきとに怒られた事があった。そして、二度とそれを口にするなとも言われた。
 だって、二人は知らなかったのだ。
 雪緒がそんな過酷な世界で生きていたなんて。
 だって、自分達が過ごして来た世界は優しかったから。

「…それがあったから、僕は旦那様…紫様と出逢えたのです。僕は幸せ者なのですよ」

 言葉無く俯く二人に雪緒は穏やかに、幸せだと微笑む。
 そんな雪緒を見る高梨の目は、何処までも深い優しさを湛えていた。

 ああ、ぽかぽかだなと二人は思った。
 星と月兎が言っていた、ぽかぽかとはこう云う事かと。
 当時の事は想像するしか出来ないけれど。
 想像した処で、現実とは到底違うのだろうけれど。
 雪緒が高梨と出逢ってから過ごして来た季節は、きっと、それは掛け替えの無い物なのだろう。
 そして、それはこれからも続いて行く物だ。
 二人が居る限り、途切れない物なのだ。
 やはり、いいなと、羨ましいなと優士は思った。
 そんな優士を何処か眩しそうに瑞樹が見ていた時、雪緒が『あの…』と、何処か遠慮がちに口を開いた。

「…お二方は…その…お付き合いをされているのですよね…?」

 おずおずとした雪緒の問い掛けに、優士は無言で雪緒の隣に佇む高梨を見て、瑞樹は『え、え』と、慌てている。
 そんな二人に、高梨はむすりとして言う。

「…見て居れば解るだろう。特に楠はあんな質問をして来たのだし」

 "あんな質問"とは、高梨が相楽さがらに丸投げした"正しい接吻の仕方"だ。
 だが、この時の高梨は知らない。これから数ヶ月先に、それ以上の質問をされる事になる事を。
 この時の高梨は、まだ知る由も無かった。

「そ、それで、ですね…不躾かとは思うのですが、お二人にお尋ねしたい事がありまして…っ…!」

 何故だろうか?
 何故か雪緒の頬が紅潮し、何故か右手を胸の前で拳にしている。

「…雪緒…?」

 高梨の額に汗が浮かぶ。
 長年の経験から高梨は学んでいた。
 こう云う時の雪緒は、予想も付かない程の突拍子も無い事を仕出かすのだと。

「はあ…」

「え、何?」

 しかし、今日、面と向かって雪緒と会話をする事が初めての二人に、そんな雪緒の機微等解る筈も無い。

「待て、雪緒!」

 嫌な予感とは的中する物で、高梨が雪緒を止めようとしたが、時すでに遅し。
 あの時、雪緒達が聞いた嵐の様に鳴り響いたおりんの音は、この事を警告していたのかも知れない。

「お二人は、お互いのおちん、ぺにすをお触りになりました事がありますでしょうか!? また、どの様にしてお互いのおち、ぺにすをお触りになるのでしょうか!?」

 雪緒は頬を真っ赤に染め上げて、爆弾を投げ付けていた。
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