寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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番外編・祭

特別任務【二十】

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 白い煙が、暗い空に登り溶けて行く。篝火からはパチパチとした、木の爆ぜる音が聞こえて来て居た。

「…ああ…。そう言えば、何時だったか…せい先輩が"ちんちん挿れられるたんびに腹がゴロゴロする"と、言っていたな」

「はあっ!?」

 それなりの長さの沈黙に耐え兼ねて、先に口を開いたのは優士ゆうじだ。
 そして、余りにもあまりな内容に思わず声をひっくり返したのは瑞樹みずきしかいない。

(ち、ちんちんって言った。ちんちんって。優士が)

 塩な表情と声で『ちんちん』と口にした優士に、驚いた後でゆるりと瑞樹の口元が緩む。

「みくさんや天野副隊長が教えてくれた事を忘れたのか? 中に出した物は、しっかりと掻き出さないと腹を」

「いいいいいいい言わなくていいっ!!」

 しかし、続けて塩な表情の優士の口から放たれた言葉に、瑞樹は顔を赤くして、両手を湯の中から出し、思い切り左右に振った。
 ぶんぶんと顔も振りながら「あ」と、何かを思い出した様に一言発した。

「どうした?」

「いや、すっかり忘れてた…」

 ちゃぽんと、湯の中に両手を戻して、瑞樹は高梨に呼び出された日の事を優士に話す。話して行く内に、優士の顔が益々塩になって行く。

「…避妊具…」

「うん。男同士なのに必要なのか? って、思ったけどさ、その中に出せば、腹壊す事も無いし、掻き出す必要も無いもんな」

 にへらと笑う瑞樹に、優士は目を細めて呟いた。

「…気に入らないな…」

 そう、気に入らない。瑞樹を酔い潰して送って来た日の事を、優士は今でも覚えている。と云うか根に持っている。へらへらと、津山に寄り掛かっていた瑞樹の顔をどうして忘れられようか。

「へ?」

「僕に使え? 何を言っているんだ、あの人は」

 津山は瑞樹が受け入れる方だと思っているのだろう。勘違いも甚だしい。それは、即ち、瑞樹に自身のそれを挿れたいと思っていると云う事なのでは? と、優士は思った。
 それこそ、勘違いで、実際に津山に狙われていたのは優士の方なのだが、それは知らぬ方が良いだろう。

「は? え?」

 忌々しそうに舌打ちをする優士に、瑞樹はぱちぱちと何度も目を瞬かせた。こんなに露骨に嫌悪を表す優士も珍しいと。

「使うのは瑞樹の方だろう? 挿入するのはお前の方なんだから」

「お、あ、う、ん?」

 濡れた前髪を掻き上げながら放たれた言葉に、瑞樹はただ頷く事しか出来ない。

「それは、今もあるのか?」

「は? え? いや、宿舎に…」

「なら、この任務が終わって帰ったら、それを使ってしよう」

「ほあっ!?」

 つい、先刻、雰囲気を大切にと言っていた筈のその口が何を言うのか。一体、何が優士の気に障ったのか瑞樹には解らない。ともかく、瑞樹に解るのは、宿舎…自分達の城、いや、部屋へ帰ったらまぐわうと云う事だけだった。

「嫌なのか?」

「い、嫌って云うか…だから、雰囲気っ!!」

 そんな甘さの欠片も無い、塩な目で言われても『はい、そうですね』とは、ならない。流石の瑞樹でも。

「その雰囲気にならないから、天野副隊長や菅原先輩に聞く事にした。だが、天野副隊長には僕達らしくと言われ、菅原先輩には穴に落とされ、埋められそうになった。お陰で隊服は土塗れだ…襟巻も…」

 隊服だけなら、まだ良い。支給品だし、替えは持って来てある。あるが、瑞樹から貰った襟巻きはあの一本しかないのだ。風呂に入る前に洗い、部屋に干してあるが乾いてくれるだろうか?
 しかし、その襟巻きの呟きは小さくて、瑞樹の耳には入らなかったらしい。
 瑞樹はぶんぶんと首と手を振りながら喚く。

「い、いや! それはお前が悪いんだろう!? 女の人に聞くか、普通!?」

 そうだ。
 それは本当に優士が悪いと思う。
 過剰な気もするが、埋められても仕方が無いと思う。
 雰囲気、雰囲気と確かに瑞樹は度々口にして来た。
 来たが、そこまで優士を追い詰める程の事だったのだろうか。
 そんなに、したいのかと。
 瑞樹の頭の中は茹だる一方だ。

「ああ、それで良く解った。最初からお前に聞いて置くべきだったと」

 そんな瑞樹の様子に、襟巻きの事は一先ず保留だと優士は塩な目を向けた。

「へ?」

 何を? と、首を傾げる瑞樹との距離を詰めて、優士は言う。

「お前は僕がどうしたら勃起するんだ?」

 ◇

「おっ。遅かったな、二人共! 他の皆はもう部屋で寝てるぞ。お? ゆうじ、ほっぺた赤いぞ?」

 風呂から出て、浴衣に着替えた二人が囲炉裏の間へと行けば、星がうどんを啜りながら迎えてくれた。星が陣取る囲炉裏には鍋が吊り下がり、そこから白い湯気が立ち昇っていた。

「橘様、楠様、お帰りなさいませ。おにぎりとおうどんどちらにされますか? もう遅いですし、消化の良いおうどんにしますか?」

 星の正面に座り、星が食べる様子をニコニコと眺めていた月兎つきとが腰を浮かせながら二人に問う。

「ほら、ここ座れ!」

 星がパンパンと板張りの床を叩いて、二人の着席を促す。

「あ、俺はうどんで」

「瑞樹と同じ物を」

 呼ばれた二人は、並んで星の隣へと腰を下ろした。星の隣に瑞樹。その隣に優士だ。

「はい。今、用意しますね」

 月兎が笑顔で応え、厨房へと消えて行くのを見送ってから、星は手にしていた丼を囲炉裏の縁へと置いて口を開く。

「んで、ゆうじのほっぺはどうしたんだ?」

 何時もの能天気な星の声と違い、何処か落ち着いた静かな声と、探る様な視線に瑞樹と優士は身動いだ。この星は、今、ここにいる星は、あの日の、あの初めて見た時の星の様だと思った。

「…優士が変な事を言うから…」

 ぼそりと俯いて、拗ねる様に瑞樹が言えば、優士の片方の眉がピクリと跳ね上がる。

「…俺は確認しただけだ」

「何をだ?」

 まだ痛みの残る頬に触れながら、優士が塩を滲ませれば、星が静かに促して来るから、優士は風呂場での遣り取りを包み隠さず話した。『どうしたら勃起するんだ?』との問い掛けの答えが拳だった事も。
 大人しく腕を組んで、それに相槌を打ちながら聞いていた星が、隣に座る瑞樹にじっと心配そうな視線を送り、口を開いた。

「みずき、ちんちん元気無いのか?」

「ありますよっ!! まるで俺が不能みたいな言い方するから、ついっ!」

 余りにもあまりな星の言葉に、瑞樹の頭は一瞬で沸騰した。

「それなら、何故、手を出さないんだ」

「や、だから、それは…っ…!!」

 じとりと優士に横眼で睨まれて、瑞樹の頭はもう大渋滞だ。
 ここに高梨なり雪緒ゆきおなりが居たのなら、助け舟を出して貰えたのだろうかと思う。

「俺は瑞樹が欲しい。それは瑞樹も同じだと思っているし、尻込みする理由だって、知っている。初めての時に、挿入と同時にた」

「うわあああああっ!!」

 一番言って欲しく無い事を言われて、瑞樹は両手で優士の口を押さえた。
 雰囲気がどうのとか瑞樹は口にしているが、実際は初回のあの失態が忘れられなくて、そう云う雰囲気にならない様にしていたのだ。
 優士は優士で、その失態を…男の名誉を回復させようとしていたのだが、何とも上手く行かない物だ。
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