117 / 125
番外編
いつか、また【完】
しおりを挟む
「は?」
「え?」
何で? と、いきなりの天野の言葉に、瑞樹と優士はぽかんと口を開ける。
「いや、ほら。お前らの了承無く巻き込んだろう? 橘には、また、心傷を植え付けたかも知れないし。楠は、そんな橘を心配していたと思うから」
「あ、いや、た…ぶん、俺、大丈夫だと思うし…」
首の後ろを掻きながら話す天野に、瑞樹は両手を胸の前で振る。
(…実際に妖に会ってみないと解らないけど…。…けど…多分…大丈夫だ…)
「…この家の管理…それは、詫びのつもりなのですか? それでしたら、引き受ける訳には…」
「あ、それは無い。家の事は、お前らが一番若いし、何より星坊も雪坊も、お前らの事を気にいっているからな。大体、ウチの隊の奴ら、皆、家を持っているだろう? だから、お前らに明け渡す…頼みたいと思っただけだ」
目を細めて優士が言った言葉だが、天野はきっぱりと、そう言った。そして、笑顔を向けられれば、毒気なんて消えてしまう。
「…巻き込まれたのも…星先輩や雪緖さんに気にいられているから…? だから、話しても良いと?」
前髪を掻き上げて、優士は軽く息を吐いた。それが理由なのもどうかと思うが、先の話を聞く限り雪緖も星も、天野にとって、大切な弟の様な存在なのだろう。その弟達が慕う相手だから、問題無いと思われたのだろうか? それもそれでどうかと思うが、胸がぽかぽかしてくるのは何故だろう?
「ああ。それに、楠。お前、あと数年もしたら副隊長に、いずれは隊長になるだろうしな」
「は…?」
「え、優士が!?」
突然の宣告に、優士は間の抜けた声を出し、瑞樹は大きく目と口を開いた。
「まあ、まだ秘密だぞ?」
本人にそれを言っては、秘密も何もないと思うのだが、天野はそんな事は気にしない。
「何だかんだで、皆、歳食ってるしな。あ、瑠璃嬢って話もあったんだが…差別って訳じゃあ無いんだが…旦那も良い歳だ。そろそろ、本格的に…その、まあ、小作りをだな…」
と、少しだけ顔を赤くして、もぞもぞとする天野に、瑞樹は生温い視線を送った。
(…そこで、もごもごされたら、逆に照れるんだけど…)
瑞樹自身も似た様な物だが、他人の事は良く見えるのだ。
「あ、後はあれだ! 結婚祝い!」
「は?」
「え?」
「お前ら、結婚するんだろ? その時に祝えるかどうか解らんから、先に渡しておく!」
「え…えぇと…」
「…天野さん…」
「ん?」
笑顔で優士の方を見た天野の右頬に、優士の拳がめり込んだ。
◇
「…はっ…!!」
「…問題無さそうだな」
あれから…月は肥え、痩せ細り、また新月の夜が来た。
先月、高梨達は遠征へと行ったから、今月は己の街で夜番の者達の応援で動いていた。
廃屋の様子を見に来て、潜んでいた妖に遭遇し、それを瑞樹が斬り、今、その眼に刃を突き付けた処だ。
妖の身体は砂の様にばさりと細々に崩れ、隙間から入って来た風に乗り、流れて行った。
「はい。これまでと変わらない…や、少し…身体が軽くなった…かも…?」
「そうか」
少しだけ不思議そうに首を傾げる瑞樹に、高梨は口の端だけで笑い、頷いた。何の気負いもなく、そう語った瑞樹に安心したから。
つい先日、みくの死亡が確認された。みくを知る者は、先に死んだ天野を責め、大いに泣いた。
『ようく考えたら、アタイ達、旅行した事が無かったんだよね!』
と、みくは笑いながら、天野の遺骨を手に汽車に乗り、街を出て行った。色々な土地を巡り、気に入った土地に天野の墓を立て、腰を落ち着けると言って。
しかし、みくは立ち寄った海の見える街で、身を投げた。そこは、潮の流れが激しく、遺体は上がらないと云う場所だった。みくが身を投げた場所には、遺書と草履、空の骨壷だけが残されていた。天野の遺骨はみくが共に連れて行ったのだろう。何処までも仲の良い夫婦だったと、誰もが…いや、一部を除いて涙した。
廃屋を出て、瑞樹は夜空を見上げた。
「…今頃、天野さん達もこうしているのかな…」
「…だろうな」
ぽつりとした瑞樹の呟きに、高梨も空を見上げ、ぼそりと返す。
みくが死んだと云うのは、天野と同じく真実ではない。みくさんまで? と、瑞樹も優士も思ったが、もしも天野の事を不審に思う者が出て来た時、真っ先に狙われるのが、みくだからだと言われ、沈黙した。二人の戸籍はもう、抹消されて"天野猛"も"天野みく"も、もう、存在しない。しかし、二人は生きている。杜川の山にある里で、生きている。今頃は瑞樹達と同じ様に、妖と対峙している筈だ。
ひゅるりと、熱さを無くした風が吹いて、瑞樹の身体を震わせた。
そんな瑞樹に、高梨は目を細める。
「…生きていれば…会おうと思えば、何時でも会える。感傷的になるのは早い。そら、夜は、まだ長い。次行くぞ」
「はい!」
高梨が軽く瑞樹の肩を叩いて先に歩き出す。
その背中を見て、瑞樹はふっと笑う。
(…いつか…また、会える…だから…)
その時には、胸を張って笑える様に。
何時か、天野達がこの街に帰って来た時に、自分達は居ないかも知れないけど、あの家を見て笑える様に。
今はまだ遠いけど、この背中に追い付ける様に。
そして、何時かは追い越せる様に。
(…自分に出来る事を、精一杯…いや、無理しない程度に…やって行こう)
季節は過ぎて、また廻る。
それが、これまでと同じとは限らない。
それでも、また、その季節が廻れば思い出すのだろう。
あの時は良かったと。
あの時がくれば良いと。
それでも。
ただ、過去に縋りたくは無いと瑞樹は思う。
(思い出は思い出だから、綺麗なんだ…)
続いて行く時間が、季節が、未来があるから。
過去を輝かせる為に、未来があるのなら。
(…何時だって、過去を思い出して笑顔で居られる様に…)
今はまだ、置いて行かれない様に、走る事しか出来ないけれど。
そんな自分になりたいと瑞樹は思った。
「え?」
何で? と、いきなりの天野の言葉に、瑞樹と優士はぽかんと口を開ける。
「いや、ほら。お前らの了承無く巻き込んだろう? 橘には、また、心傷を植え付けたかも知れないし。楠は、そんな橘を心配していたと思うから」
「あ、いや、た…ぶん、俺、大丈夫だと思うし…」
首の後ろを掻きながら話す天野に、瑞樹は両手を胸の前で振る。
(…実際に妖に会ってみないと解らないけど…。…けど…多分…大丈夫だ…)
「…この家の管理…それは、詫びのつもりなのですか? それでしたら、引き受ける訳には…」
「あ、それは無い。家の事は、お前らが一番若いし、何より星坊も雪坊も、お前らの事を気にいっているからな。大体、ウチの隊の奴ら、皆、家を持っているだろう? だから、お前らに明け渡す…頼みたいと思っただけだ」
目を細めて優士が言った言葉だが、天野はきっぱりと、そう言った。そして、笑顔を向けられれば、毒気なんて消えてしまう。
「…巻き込まれたのも…星先輩や雪緖さんに気にいられているから…? だから、話しても良いと?」
前髪を掻き上げて、優士は軽く息を吐いた。それが理由なのもどうかと思うが、先の話を聞く限り雪緖も星も、天野にとって、大切な弟の様な存在なのだろう。その弟達が慕う相手だから、問題無いと思われたのだろうか? それもそれでどうかと思うが、胸がぽかぽかしてくるのは何故だろう?
「ああ。それに、楠。お前、あと数年もしたら副隊長に、いずれは隊長になるだろうしな」
「は…?」
「え、優士が!?」
突然の宣告に、優士は間の抜けた声を出し、瑞樹は大きく目と口を開いた。
「まあ、まだ秘密だぞ?」
本人にそれを言っては、秘密も何もないと思うのだが、天野はそんな事は気にしない。
「何だかんだで、皆、歳食ってるしな。あ、瑠璃嬢って話もあったんだが…差別って訳じゃあ無いんだが…旦那も良い歳だ。そろそろ、本格的に…その、まあ、小作りをだな…」
と、少しだけ顔を赤くして、もぞもぞとする天野に、瑞樹は生温い視線を送った。
(…そこで、もごもごされたら、逆に照れるんだけど…)
瑞樹自身も似た様な物だが、他人の事は良く見えるのだ。
「あ、後はあれだ! 結婚祝い!」
「は?」
「え?」
「お前ら、結婚するんだろ? その時に祝えるかどうか解らんから、先に渡しておく!」
「え…えぇと…」
「…天野さん…」
「ん?」
笑顔で優士の方を見た天野の右頬に、優士の拳がめり込んだ。
◇
「…はっ…!!」
「…問題無さそうだな」
あれから…月は肥え、痩せ細り、また新月の夜が来た。
先月、高梨達は遠征へと行ったから、今月は己の街で夜番の者達の応援で動いていた。
廃屋の様子を見に来て、潜んでいた妖に遭遇し、それを瑞樹が斬り、今、その眼に刃を突き付けた処だ。
妖の身体は砂の様にばさりと細々に崩れ、隙間から入って来た風に乗り、流れて行った。
「はい。これまでと変わらない…や、少し…身体が軽くなった…かも…?」
「そうか」
少しだけ不思議そうに首を傾げる瑞樹に、高梨は口の端だけで笑い、頷いた。何の気負いもなく、そう語った瑞樹に安心したから。
つい先日、みくの死亡が確認された。みくを知る者は、先に死んだ天野を責め、大いに泣いた。
『ようく考えたら、アタイ達、旅行した事が無かったんだよね!』
と、みくは笑いながら、天野の遺骨を手に汽車に乗り、街を出て行った。色々な土地を巡り、気に入った土地に天野の墓を立て、腰を落ち着けると言って。
しかし、みくは立ち寄った海の見える街で、身を投げた。そこは、潮の流れが激しく、遺体は上がらないと云う場所だった。みくが身を投げた場所には、遺書と草履、空の骨壷だけが残されていた。天野の遺骨はみくが共に連れて行ったのだろう。何処までも仲の良い夫婦だったと、誰もが…いや、一部を除いて涙した。
廃屋を出て、瑞樹は夜空を見上げた。
「…今頃、天野さん達もこうしているのかな…」
「…だろうな」
ぽつりとした瑞樹の呟きに、高梨も空を見上げ、ぼそりと返す。
みくが死んだと云うのは、天野と同じく真実ではない。みくさんまで? と、瑞樹も優士も思ったが、もしも天野の事を不審に思う者が出て来た時、真っ先に狙われるのが、みくだからだと言われ、沈黙した。二人の戸籍はもう、抹消されて"天野猛"も"天野みく"も、もう、存在しない。しかし、二人は生きている。杜川の山にある里で、生きている。今頃は瑞樹達と同じ様に、妖と対峙している筈だ。
ひゅるりと、熱さを無くした風が吹いて、瑞樹の身体を震わせた。
そんな瑞樹に、高梨は目を細める。
「…生きていれば…会おうと思えば、何時でも会える。感傷的になるのは早い。そら、夜は、まだ長い。次行くぞ」
「はい!」
高梨が軽く瑞樹の肩を叩いて先に歩き出す。
その背中を見て、瑞樹はふっと笑う。
(…いつか…また、会える…だから…)
その時には、胸を張って笑える様に。
何時か、天野達がこの街に帰って来た時に、自分達は居ないかも知れないけど、あの家を見て笑える様に。
今はまだ遠いけど、この背中に追い付ける様に。
そして、何時かは追い越せる様に。
(…自分に出来る事を、精一杯…いや、無理しない程度に…やって行こう)
季節は過ぎて、また廻る。
それが、これまでと同じとは限らない。
それでも、また、その季節が廻れば思い出すのだろう。
あの時は良かったと。
あの時がくれば良いと。
それでも。
ただ、過去に縋りたくは無いと瑞樹は思う。
(思い出は思い出だから、綺麗なんだ…)
続いて行く時間が、季節が、未来があるから。
過去を輝かせる為に、未来があるのなら。
(…何時だって、過去を思い出して笑顔で居られる様に…)
今はまだ、置いて行かれない様に、走る事しか出来ないけれど。
そんな自分になりたいと瑞樹は思った。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
仮面の王子と優雅な従者
emanon
BL
国土は小さいながらも豊かな国、ライデン王国。
平和なこの国の第一王子は、人前に出る時は必ず仮面を付けている。
おまけに病弱で無能、醜男と専らの噂だ。
しかしそれは世を忍ぶ仮の姿だった──。
これは仮面の王子とその従者が暗躍する物語。
告白ごっこ
みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。
ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。
更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。
テンプレの罰ゲーム告白ものです。
表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました!
ムーンライトノベルズでも同時公開。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
ふたなり治験棟 企画12月31公開
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる