旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ

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幸福の方位

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 今日は節分だ。
 去年から俄に騒がれ出した"恵方巻き"とやらを、その年の吉方位へと身体を向けて無言で食い終えれば、その年は息災で過せるとの事だ。
 馬鹿馬鹿しいと思いながらも、周りが騒いでいる流れで、つい購入してしまった。
 雪緒ゆきおに相談なく買ってしまったが、怒られるだろうか?
 夕餉の支度の確認を取ってから買うべきだったか?
 しかし、残り僅かとの声を聞いてしまったら、買わずにはいられないのが人情と云う物だ。

「え。旦那様も、ですか…」

 しかし、その心配は別の方へと流れてしまった。
 雪緒も雪緒で『魚屋さんの太郎さんに泣き付かれてしまいまして…』と、恵方巻きを二本買わされてしまったそうだ。
 俺が買って来たのも二本。
 二人合わせて、計四本。
 俺は食い切れるが、雪緒には無理だろうな。

「まあ、良い。俺の方は魚は使っていないから、雪緒が買って来た方を食う事にしよう。俺の方は明日でも大丈夫だろう」

「申し訳ございませ…ふが…」

 頭を下げようとする雪緒を、その鼻を摘まむ事で止めた。

「お前が詫びる必要は無い。魚屋…太郎のじじいが悪い。お前が断れないのを良い事に、売り付けて来たんだろう? ほら、食うぞ」

「は、はひ。今、お味噌汁をお持ちしますね」

 そうして、いざ食おうとしたら、何故か雪緒が俺の方を向いて来た。

「…おい、恵方はこっちじゃない。あっちだ、あっち」

「僕がこうして恵方巻きを食べられるのは、旦那様のお蔭です。良い事のある方角が恵方なら、僕に取って恵方は旦那様が居られる処です」

 恵方の方を指差してそう言えば、雪緒は眉を下げて間の抜けた笑顔を浮かべて、そう宣ってくれた。

「…そ、そうか…」

 緩みそうになる頬を口を押さえる振りをして隠してから、俺は雪緒の方へと身体を向けて恵方巻きを食べ始めた。

「旦那様? 恵方はこちらではありませんよ?」

 そんなの解ってる。
 だがな、俺がこうして恵方巻きを食えるのは、お前が居るからなんだぞ?
 お前はそれを解っているのか?
 お前が居なければ、俺はこの家に一人きりだったんだぞ?
 一人でなんて恵方巻きなんて買う気も食う気も起きずに、ただ、売られている場所を通り過ぎるだけだった。
 それを。
 その足を止めたのは、お前が居たからだ。
 お前と云う存在が。
 それをお前は解っていないんだろうな。
 全く。そんな真面目な顔をして食うな。
 お前が俺より早くに食える訳が無いだろう。

「風呂」

 恵方巻きを食い終わってそう言って席を立てば、恵方巻きを頬張ったままの雪緒が何かを言いたそうに俺を見て来たが、逃げるが勝ちだ。悪いな。
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