旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ

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思い出を作る箱

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「ちょいとお離しよッ!! これは、アタイが先に見付けたんだよッ!!」

 人が…人間が多くて、滅多に寄り付かない場所で、アタイは今、奮闘していた。
 アタイが居るのは、百貨店の一階にある、期間限定で開催中の、とある売り場だ。
 周りには女しか、居ない。それも、かなり喧しく、図々しい女ばかりだ。
 アタイが、あれが良いと手を伸ばして、指が触れたと思ったら、脇からにょっと出て来た手が、それをかっさらって行く。
 それを、十数回と繰り返されれば、幾らアタイでも学習する。
 
 ここは、戦場だ。合戦場だ。

 遠慮していたら、欲しい物は永遠に手に入らない。
 相手が女だとか、そんなの気にしていたら、ける。それは、もう、死を意味する。
 アタイが持つ、四角い箱をグイグイと引っ張るヤツも、同じ思いなのかも知れない。
 だけど。
 アタイは夏前から、この日を待っていたんだ。
 首を長くして待っていたんだから。

「っかーッ!! いい加減諦めなよッ! 最後の一つなんだからッ! 雪緖ゆきお君にあげるんだからーッ!!」

 アタイはそう叫びながら、箱を掴む反対の手、左手を振り上げて、ちょいとズルをする事にした。
 あやかし能力ちからを使って、爪を硬く尖らせ、良く良く見ると女のクセにゴツい、その手の甲へと突き刺し…――――――――。

「は? 雪緖だっ―――――――――っ!!」

 ◇

「ごめんよッ、ダンナッ!!」

 場所は変わって、百貨店の中にある喫茶室で、アタイはテーブルを挟んで向かいに座る男に、顔の前で手を合わせて頭を下げた。

「…相手が俺だった事に感謝するんだな。…あんな人混みの中で能力を使うな」

 ムスッとしたまま、左手で右手の甲を押さえるのは、雪緖君のダンナだ。
 
「ほんっとうにゴメンよ。…これ、最後の一つだったから…つい…」

 テーブルの上には、ダンナの手を傷付けて手に入れた戦利品が、綺麗に包装されて置いてある。あと、アタイが勝手に注文した珈琲が二人分。

「まあ、良い。雪緖の手に渡るのなら、同じだ。問題無い」

 顔はムスッとしたままだけど、そこから出される声はとても優しいモノだった。

「ほ、本当にそう思うかい?」

 ダンナが良いって言うんなら、間違い無いと思うけど、アタイはつい聞き返してしまう。

「何だ、あんなに息巻いていたくせに、今更」

 スーッと、ただでさえ細い目を細めるダンナに、アタイの身体が硬直してしまう。

 アンタ、怖いんだってばッ!
 非番だから、前髪下ろして目が隠れてるけど、それでもそこから覗く眼光は仕事の時と同じだ。
 アンタ、どんだけって来たんだい!? って、言いたくなる。

「だ、だってさ、あの時は要らないって…だから、ば、ばんれていん? の、祭りに乗っかってみようかと…受け取ってくれるかなあ!?」

 そう。あれは、去年の夏前の事だ。
 アタイが…アタイとせいで、雪緒君の大事な宝物を壊しちまったんだ。
 鞠子まりこちゃんから貰った、大事な、大切な思い出が詰まった箱を。
 新しいのを買うって言ったけど、雪緒君は頑なに首を縦には振らなかった。
 当然だ。
 だって、それは、アタイの箱だから。
 今は居ない、鞠子ちゃんの箱じゃないから。
 あの時の雪緒君を思うと、今でも胸が痛む。
 気にしなくて良いって雪緒君は言ったけど、無理だよ――――――――ッ!!
 アタイらの知らないトコで泣いていたとか、無理に決まってるよッ!!

「バレンタインだ。安心しろ、あれの器はそんな小さくは無い。気持ちの籠もった物ならば、受け取るさ。…あれの好きなチョコレートだからな。だから、こんな処まで出て来たのだろう? まさか、奪い合う相手がお前だったとはな…やけに力のある女だと思ったら…」

 じとっと見て来るダンナに、アタイは片手で頭を掻いて、もう一方の手をひらひらと躍らせる。

「あっ、はは~! いや、本当に周りが凄くてさ! 郷に入っては郷に従えって言うじゃないさ! だから…」

「暴力は感心せんがな…まあ、そんな思い出の箱を渡せば良い。お前との思い出の箱を。沢山の思い出を、雪緒と作って行けば良いだけだ。鞠子も喜ぶ」

「…ダンナ…」

 そう言って、小さく笑うダンナの表情は、とても優しくて温か…うん、ぽかぽかしてた。
 だから、アタイは言ってしまったんだ。

「…アンタ、良い男なんだねぇ…」

「ぶほぅっ!?」

 しみじみと、そう言ったのに、ダンナは何故か口に含んだ珈琲を噴き出した。
 
「ちょいと! 雪緒君の贈り物に掛かったら、どう責任取ってくれるんだいッ!?」

 苦労して手に入れたのに! と思いながら叫べば、ダンナも負けじと声を張り上げて来た。

「いきなり恐ろしい事を言うなっ!! 天野は!? 天野は居ないだろうな!? 聞かれてはいまいな!?」

「…あの…お客様…」

「ウチの人はダンナと違ってお勤めだよ!」

「いや! 解らんっ!! あいつは、お前の事になると何処からでも湧いて出て来る!!」

「…お客様…」

「ウチの人を捕まえて何を言っているんだいッ!? 安心おし! ウチの人の方が、ダンナより、ずっともっと良い男だよッ!」

「そんな安心の話をしているのでは無い! そうだ! 相楽さがらは!? あれこそ、地の底からでも湧いて出て来…――――――――」

「お客様っ!!」

 いきなり間近で聞こえた声に、アタイとダンナの声がピタリと止まる。
 二人して、ゆっくりと顔をテーブルの脇に立つ人物へと動かしていく。

「他のお客様の迷惑になりますので、店内ではお静かにお願い致します」

 蟀谷をピクピクと痙攣させながらも、紳士的な笑いと、やけに静かな声で告げる、チョビ髭の生えた店員…店長だった…に、アタイとダンナは『はい…』って、返事をした後、二人揃って両手で顔を覆った。
 その指の隙間から、アタイはテーブルにある、包装された箱を見る。
 あの、ぽかぽかの箱と同じぐらいの大きさの箱。
 その中身は、雪緒君の好きな"ちょこれいと"だ。
 箱の色も模様も、きっとチョコレートの味も違う。
 でも、それで良いんだ。
 だって、これはアタイの箱だから。
 アタイが、雪緒君との思い出を作って行く箱だから。
 いっぱいいっぱい、思い出を作って行こう。
 楽しくて、温かい思い出を。
 ぽかぽかの思い出を。
 雪緒君がこれを見て、ぽかぽかとした笑顔を浮かべられる様な、そんな思い出を。
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