たとえ性別が変わっても

てと

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007 おまけ

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「……やっぱさぁ。アイツら、“デキてる”と思うんだよなぁ」

 ファーストフード店の片隅。
 トレーの上に広げたポテトをつまみながら、宮田みやた琉惺りゅうせいはクラスメイトの二人のことを思い浮かべて言葉をこぼした。
 それに対して、向かいに座っている彼の幼馴染──樫谷かしや深奈みなは、怪訝そうに眉をひそめる。

「……できてるって、何が?」
「だから、こう……カップル的なアレだよ」
古森ふるもりくんと住矢すみやくんが?」
「そうそう。前は冗談で言ってたけどさぁ……。最近はなんか、こう……ガチっぽいっていうか」
「ふーん」

 彼女はさほど興味なさそうな声色で相槌を打つと、コーヒーをすすった。その様子に、琉惺はむっとしたように言い返す。

「なんだよ、気にならないのか?」
「気にならないっていうか……今さらじゃない?」
「今さら?」
「うん。去年の時点で、あの二人はそんな感じだよねって女子グループは認識してたけど」
「……マジで?」
「マジ」

 真面目な顔をして答える彼女に、琉惺は大きく嘆息を漏らした。自分がなんとなく感じていたことは、やはりほかの人間も同様に思っていたらしい。

 ──古森冬也と、住矢玲利。
 この二人は、いつも一緒に行動している仲良しペアだった。琉惺も一年の時からずっとクラスが同じだったので、彼らの親友っぷりは嫌になるほど目にしてきている。昼休みになれば一緒の席で飯を食っているし、授業でペアやグループを作る時も絶対に離れずにいるのだ。
 しかも──なんというか雰囲気が、男同士の友情とは微妙に異なっていた。住矢があまり男子っぽくない容姿と性格なおかげで……こう……男女のカップルっぽい見た目なのだ。

 だから琉惺は、たまに彼らをからかって“恋人同士”と表現することがあった。
 しかし──それを言われた本人たちも、積極的にそういう見られ方を拒絶するわけではないのだ。古森は「うるせーな」とか言い返してくるが、関係性自体を本気で否定したことはなかった。住矢に至っては、なんというか、まんざらでもなさそうな恥ずかし顔をして黙っていたりする。

 ……やっぱアイツら、デキてるじゃねーか!?
 考えなおすと、もはや琉惺はあの二人がホ……いや禁断の愛を育むカップルにしか思えなくなってしまった。

「まあ、これは私の個人的な感想、勝手な私見なんだけど──」

 深奈はポテトを一本つまみながら、いたって平静な様子で言い放った。

「あの二人、どう考えてもホモだよね」
「お前なっ!? オレがあえて口にしなかった言葉を……!」
「だってさぁ……古森くんとか、顔がいいから最初は女子人気が高かったけど……露骨に女の子に対して興味なさげだったし」
「……たしかに、アイツが異性に視線を向けているところは見たことないな」
「おまけに住矢くんが超かわいい子だし」
「……否定はできないな」
「あの二人がイチャイチャしてる姿を目にした女子は、みんな悟ってたと思うよ、──あ、この二人に割って入るの無理だ……って」

 納得の結論だ、と琉惺は大きく嘆息した。男子の自分でさえも、あの二人の間に割り込んで話しかけるのは妙な抵抗感があるのだ。女子だとさらに近づきがたいのではなかろうか。
 コーラで喉を潤しながら、琉惺はぼんやりと呟く。

「でも、なんつーか……お似合いだよなぁ。あいつら」

 それは偽りのない本心だった。
 あの二人は本当に、自然な感じで一緒にいるのだ。性格とか、趣味とか、感性とか、雰囲気とか、そういうものが合うのだろう。そんな様子だから、琉惺もついついカップルだなんだと冗談を口にしてしまうのだった。

 ──自分にも、そんな親密に過ごせる相手はできるのだろうか。

 ふと、つまらないことを考えながら──目の前の幼馴染を見遣る。
 彼女の家族がすぐ隣に引っ越してきたのは、琉惺が小学校低学年の時だった。家が隣で、子供同士も同学年となれば、家族間の交流が多くなるのも必然だろう。学校への登下校はいつも一緒だったし、お互いの家で遊ぶのもしょっちゅうだった。
 さすがに小学校高学年くらいからは家に上がることはなくなったが、それでも中高も同じなので登下校がかぶることは多く、たまにこうして学校帰りにファーストフード店に立ち寄ったりもしている。
 深奈という異性は、琉惺にとって親しい人物であることは──疑いようのない事実だった。

「なあ」

 ふと気になったことを、ぼんやりと口にする。

「性別とかってさ……人間同士の付き合いに、どれくらい影響あると思う?」
「なに、急に?」
「いや……たとえば同性でも恋人同士として付き合う場合もあれば、異性でも友人同士として付き合うこともあるだろ?」
「んー」

 彼女はあごに手を当てて、思索するような目つきでおもむろに意見を述べだした。

「同性愛に対する古くさい偏見は少なくなったし、社会も性別の分け隔てを失くす方向になっているから、昔よりも男女の壁や固定観念は小さくなっているんじゃない? でも──」
「でも?」
「少なくとも友人関係については、身体的な違いは影響あるんじゃないかな。友情というものだって、価値観や知識、経験、感情が似通っていたりするほうが成立しやすいし。たとえば……あー……女性特有の、アレとか」
「アレ? ……あ、ああ、アレね」
「うん。男性だとわかりにくいでしょ? でも女性同士だと、その感覚は知ってるし共通認識を持っている。そういう身体的な違いからくる、経験とか知識とかが共有され理解されているほうが、友情が育まれやすいのは事実としてあると思う」
「なるほどねぇ」

 相変わらず、言語化がうまいなと琉惺は感心した。昔から頭のいいヤツなのだ、彼女は。そして琉惺もつねに、深奈の理知性をリスペクトしていた。だからこそ──自分たちは異性同士ながら、安定した人付き合いを継続できているのだろう。
 ──一般論としては同性のほうが友人同士になりやすいが、自分たちは特別だ。
 彼女もそう認識しているのか、ふっ、と小さく笑みを浮かべた。

「まぁ、絶対的な話じゃないけどね。私たちみたいな例もあるし」
「……まあな」
「私か琉惺のどっちかが、たとえ性別が変わっても──べつに関係性も変わらないだろうし」
「…………そうだな」

 なんとなく相槌を打ちながら、琉惺はコーラを飲み干した。
 ──性別がどうとか、そういうものが自分たちの関係を形成したわけではないのだ。家が隣同士で、家族ぐるみの付き合いが深く、頻繁に接しあっていた。それが根本的な要因である。
 だから、たとえ彼女が男に生まれていたとしても、自分たちは互いに仲良くしていたことだろう。いや……むしろ、男同士のほうがもっと親友になっていたかもしれない。

「……そろそろ、出るか」
「ん」

 食事を終えて、二人で立ち上がる。
 琉惺たちはゴミも片付けると、鞄を持って店を出た。初夏の日差しが眩しくて、おもわず目を細める。夏らしくなってきた世の中を感じながら、琉惺は思い出したように口を開いた。

「そういや……また父さんたち、山に行く計画してるのかな」
「あー……してるんじゃない? アウトドア大好きだから」

 琉惺の父親と、深奈の父親。二人とも無類のアウトドア好きであり、当然のように意気投合して、昔から毎年のように家族を巻き込んで夏のバーベキューを企画していた。子供の頃は山に遊びにいくのが楽しかったが、中学生になったあたりからは、もうウンザリという感じである。去年は琉惺も山のバーベキュー大会を拒否し、ひとり家の中でゲーム三昧に明け暮れていたのであった。

「おまえ、ついてくの?」
「いくわけないでしょ。山は虫ばっかりで嫌いだから。家に引きこもって勉強でもしてたほうがいい」
「勉強って……つまんねーヤツだなおい。もっと楽しいことあるだろ」
「たとえば?」

 尋ねられて、琉惺は眉をひそめた。ここでゲームと答えたら、自分こそつまらないヤツだと言われかねない。楽しいこと……。
 ふいに思い浮かんだのは、古森と住矢が学校で話していたことだった。

「……カラオケとか」
「あー……そういえば、最近あんまり行ってないかも。新学期に友達たちと遊んだ時が最後かな」
「あとは……映画を観にいったりとか?」
「……ふぅん?」

 深奈は意外そうな声を出していた。琉惺自身があまり映画館に足を運ぶタイプではないので、そういう選択肢を口にするのがめずらしいと思ったのだろう。

「──ほかには?」

 さらに回答を追求され、琉惺は少し口ごもってしまった。

「ほかには……」
「うん」
「あー……普段は行かないようなところ……そうだな……。……水族館に、行ったりとか」
「……ふーん」

 興味深そうな雰囲気で、彼女は頷いてみせる。そして何かを考えこむように、口元に手を当てた。
 そんな様子を横目に見ながら、琉惺は頭を掻いた。
 ──やはり、幼馴染というものは特別なのだろう。
 小さい時から一緒だっただけに、相手の反応やしぐさから、大体のことがわかってしまうのだ。何をどう思っているのか、どうしたいのか。そして、自分が推し量れているのと同じように、相手もこちらの内心を察しているのだろう。
 そして──
 ──そのタイミングは、だいたい同じだった。

「あのさ──」
「じゃあ──」

 かぶった声に、二人で少し変な笑いを返しあう。

「……夏休みにでも、どっか遊びにいくか」
「うん。いいんじゃない? 山じゃなければ、どこでもいいけど」
「大自然は気温的にも勘弁したいな。……やっぱ映画館か? 冷房も利いてるし」
「琉惺、映画の話なんてぜんぜんしたことないけど、なんか好きなのあるの?」
「いやー、べつに嫌いってわけじゃないぞ。オレもテレビのロードショーとか見たりするからなぁ。たとえば──」

 そんな、他愛のない、何気のない、自然な二人の会話。
 とくに意識することなく交わされる、日常のやりとり。
 悪くはない。とても良かった。琉惺は、彼女と話すのが嫌いではなかった。そう──好きなのだ。
 だから、まあ。
 ちょっとだけ、口にするくらいはいいのかもしれない。
 そう思った。

「あのさ」

 家の前で、声をかける。
 自宅のすぐ隣。別れのあいさつを交わしたところで、ふと思いなおして呼び止める。
 彼女は玄関のところで振り向くと、こちらを不思議そうに見つめていた。

「さっき、さ」
「うん」
「たとえ性別が変わっても──オレたちの関係性は変わらないとか言ってただろ」
「うん」

 ここで恥ずかしがったら、格好がつかない。
 そう思って、平気な顔をして言葉を紡ぐ。

「オレは──」
「うん」
「──お前が女でよかったと思う」
「うん」

 彼女は頷くと、いつもどおりの笑みを浮かべて言った。

「──私も、琉惺が男でよかったかな」
「おう」
「琉惺が女の子だったら、それはなんか、ちょっと嫌だし」
「オレもそう思うわ」

 笑いあう。
 自分は、女性の彼女が好きで。
 彼女は、男性の自分がいいのだろう。
 それだけの話で、それ以外のことはない。

「じゃ、またね」
「ああ、またな」

 そう言って、バイバイをする。
 玄関のドアが閉まって、彼女の姿が消えたのを確認して──琉惺は大きく息をついた。
 なんとなく、すっきりした気持ちだった。べつに告白のような大したものではなかったが、気持ちを伝えられて気分がよかった。
 さて、デートをするとしたら、どういうプランがいいのだろうか──
 そう考えた時に、ふと思い浮かんだのはあの二人の顔だった。

「──古森と住矢に、アドバイスしてもらうかぁ」

 そんなことを呟きながら、琉惺は笑うのだった。
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