ここではない、彼方へ

てと

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001 ここではない、彼方へ

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「――ひとは死んだら、どこへ行くんだろうな」


 右手で銀貨をもてあそびながら、セオ・フローリーはそうぼんやりと呟いた。

 ――昼前のカフェで向かい合って座る、若い男女のカップル。それは字面からすると華やかだが、現実は空虚さと陰鬱さに支配されていた。二人の会話には恋人らしい甘さが欠けていた。

 私は紅茶で唇を湿らせて、セオの顔を見つめる。ブラウンの髪と瞳はありふれた色だったが、その顔立ちは端正で凛々しく、誰もが認めるような美青年だった。だが残念ながら、今の彼の表情には笑みというものが消え失せ、いつもの魅力は影を潜めている。
 セオはティーカップの水面みなもに目を落としながら、彼方に想いを馳せるように口を開いた。

「あいつは――お前のことが好きだったんだ」

 今はもういない、自分の幼馴染の青年についてセオは話す。

 レイ・バニスターは大切な親友だった。彼にとっても、私にとっても。
 綺麗な金髪に、あどけない顔つきをしたレイは、ともすれば少年のようにも見えるのが印象的だった。自分に男らしさが欠けていることを自覚していたのか、振る舞いもどことなく控えめで、あまり自己主張しないタイプの青年だった。

 私が話しかけると、彼はいつもぎこちない受け答えをしていた。初めは苦手意識を持たれているのかと思ったけれど、交流を深めるにつれてそうではないと気づいた。もしかしたら私に気があるのかもしれない――そう考えるようになった。

 ただ、それだけだった。
 お互いに、実際に好意を伝えることはなかった。私は確信が持てなくてアプローチをしなかったし、きっと彼も同じだったのだろう。けっきょく友人という関係を保ったまま――

 レイ・バニスターは、つい先月に死去した。……不幸な事故で。

「以前に、ヘレナに告白しろよってあいつに言ったことがあるんだ。……お前が俺よりレイのほうに惹かれていたのは、わかっていたからな」
「……うん」
「そうしたら、なんて答えたと思う?」

 私は少し思案して、ゆっくりと答えた。

「僕よりいい人がいるだろうから――とか?」
「正解だ。やっぱりお前はレイのことをよく理解しているな。……付き合っていたら、さぞお似合いだったろうに」

 そう笑って、セオはすぐに笑みを消した。
 いま私の恋人となっている彼が、そこまで言うのは――それだけセオもレイと仲がよく、彼の人柄を信頼していたからだろう。二人は同じパブリック・スクールに通っていた同級生だった。私が彼らと知り合う前から、セオとレイは親しい友人だったのだ。

「――あいつは今、どうしているんだろうな」

 ふたたびセオは繰り返した。それは死んだらどこへ行くのか、という問いと同じである。
 死によって人はどうなるのか。古代から論じられてきて、いまだに答えのないその哲学的な問題を、セオは柄にもなく最近よく口にする。それは親友の死の大きさを物語っていた。

 死後は楽園へ行く、という宗教の教えはあるが、それを確認した生者など誰もいない。けれども――楽園のような場所で、安らかに過ごしてほしいと私は思った。だから、そういう場所に彼が行ったことを信じたい。

「きっと……向こうで幸せに暮らしているよ」
「幸せ、か……」

 その言葉に反応したセオは、どこか遠い目をした。

「――あいつは、俺やヘレナと一緒にいるのが……いちばん楽しくて幸せって言っていたな」
「そうなんだ? ……レイ、私にはあんまりそういうこと話さなかったけど」
「恥ずかしかったんだろ。お前のことが好きだったから」

 そんなものだろうか。まあ、たしかに私も好意をはっきりと想い人に伝えるのは、ちょっと照れくささがあるけれど。
 思い返してみれば……親愛という点においては、私よりセオのほうがずっとレイと近しかった。だからこそレイは、セオに対して自分の気持ちを隠さず口にしていたのかもしれない。

 私たちはどことなく奇妙で、それでいて雰囲気は悪くない三角関係だった。
 もっと続いてほしかった。……そう今でも思ってしまうほどに。

「……案外、どこにも行かずにいるのかもしれないな。俺たちの近くに」
「守護霊みたいに?」
「そうそう。俺たちのことを見守っているのかもしれない」
「うーん、それはそれで恥ずかしいけど」

 私は苦笑し、紅茶に口をつけた。

 結局はいろいろあって、レイが亡くなってしまったあと――私とセオは付き合うようになっていた。友人ではなく、恋人として。
 それをレイが見たら、どう思うのだろうか。嫉妬する……のは、ないかな。そういう性格じゃないし。

 ――好きな人が幸せなら、それでいい。

 きっと、そういう思考かもしれない。優しい彼のことなら。

「……そろそろ、店を出るか」

 セオはそう言うと、冷めた紅茶を飲み干した。私も同じようにカップを空にして、二人で立ち上がる。
 ――この喫茶店でお茶を飲んでいたのは、デートの途中で休憩するためだった。
 だから、これからはデートの再開である。友人の死を嘆くのは、もう忘れなければならない。

 ……そうやって、ときおり彼のことを話題にしながら過ごしていくうちに。きっと傷は癒え、徐々に悲嘆は薄れていくのだろう。
 日常の中で、彼がいたことを忘れて、私もセオも元気を取り戻してゆくのかもしれない。

 そう現実的に考えた時――私はふと思ってしまった。
 好きだった人が、親しかった人が、自分のことを思い返すことがなくなっても。
 ……はたして、その幸せを喜んで見守ることができるのだろうか。

「……どうした?」

 ふと後方を振り向いた私に、セオが怪訝な声をかけてくる。

「……ううん、なんでもない」

 私はそう答えて、セオのほうへ視線を戻す。
 いるかもわからないレイではなく、今はっきりと存在する彼を――私は見ることにした。
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