16 / 72
16.泣き顔
しおりを挟む
カガリは今にも泣き出しそうな声で叫んだ。
「アオイ……アオイ! おい、しっかりしろよ」
腕の中で、真っ青な顔をしているアオイを抱き締める。呼吸はしているものの、ひどく弱い。
「そうだ、救急車……」
震える手でスマートフォンを取り出し、電話をかける。頭がうまく回らず、言葉遣いは辿々しくなった。
なんとか救急の手配を終えて、再びアオイの様子を見る。どうしてこんなになるまで気が付かなかったんだ。彼の不調に気が付かずに無理をさせてしまったことを、カガリはひどく悔いた。けれど、後悔したところでもう遅い。とにかく、早く病院に連れて行くことだけを考えた。
「いつ終わりが来るかわからない」。アオイの言ったその言葉が、カガリの中でフラッシュバックした。それがまさか今だなんて、そんなことは考えたくない。けれど、「終わり」という言葉が頭に焼き付いて離れない。
「お前がいなくなるなんて……耐えられねぇよ」
怖い。頭ではぼんやり分かっていたことのはずなのに、きちんと理解っていなかった。いつかアオイを失うという現実。そんなこと、受け入れられるはずがない。
「なぁ、頼むから……目を開けてくれ」
カガリの目に涙が浮かぶ。掠れた声だけが、静かな空間に響いた。
しばらくの沈黙。カガリは、静かに涙を流しながらアオイを見守っていた。ここで、放送時にはモノローグが流れる。
やがて、遠くからサイレンの音が響いた。そうして、ようやく「カット」の声がかかった。
「ヒナキさん、大丈夫ですか」
潤はすぐに表情を引き締め、ヒナキを抱き起こした。ヒナキはしばらく瞬きを繰り返して、ようやく状況を理解し始める。少々役に入りすぎてしまっていたらしい。
「ありがと、潤」
「いいえ。……なんか、まだ顔色悪いですか?」
「え? メイクのせいじゃないかな」
「そうですか」
潤は心配そうに眉根を寄せていたが、ほどなくして微かな笑みを浮かべた。もしかしたら、今朝のことを引きずっているのかもしれない。
「さっきは、ごめんね」
ヒナキは思い切ってそう言った。撮影中に話すことでもないが、気まずい空気は早いところ解消しておきたかったのだ。しかし、ヒナキの思いとは裏腹に、潤はさらに浮かない表情をした。
「いいえ、謝られるようなことは何も。それより、本当に体調は平気なんですか?」
「うん、問題ないよ」
「……そうですか。でも、無理しないでくださいね」
何故そんなに体調の心配ばかりするのだろう。不思議に思ったが、ヒナキは笑顔を見せて会話を終わらせた。あまりお喋りばかりするわけにはいかない。今日のスケジュールはあまり余裕がないのだ。
潤のそばを通り過ぎた時、また心地よい匂いがした。彼の匂いは、ヒナキにとっては快楽でもあり毒でもあった。これまでは意識していなかったはずなのに、一度感じてしまうと無視できなくなるのが厄介だ。
なんとか平静を装って、監督からオーケーが出るのを待った。しかし、鼓動はいつもより早く大きくなっている。今日一日、耐えられるだろうか。不安で仕方がない。
やがて、チェックを終えた監督がもう1テイクの指示を出した。ヒナキは先ほどの場所に戻り、倒れる準備をした。メイクのスタッフが駆け寄ってきて、ヒナキの身なりを整える。
「よーい……アクション!」
軽く息を吸ってから、グリーンのクッションに向かって倒れ込んだ。この、海が見える公園は、アオイの入院する病院の近くだという設定だ。
再びカガリに抱きかかえられて、意識を失ったフリをする。すぐ近くで、潤が——いや、カガリが泣いている。音しか聞こえないのに、なんだか胸が痛い。
——潤が泣いている姿なんて、そういえば見たことないな。
ヒナキは演技に徹する傍ら、ふとそんなことを考えた。彼はライブでも常にクールで、熱が上がって多少はしゃいでいる時はあるけれど、泣いていたことは一度もない。少なくとも、URANOSがメジャーデビューしてからは。
——それを思えば、今回のドラマはファンにとっては色んな意味で衝撃だよな。僕は当事者になってしまったから、なんだか実感が湧かないけど。
しばらくして、再び監督からカットの声がかかった。ヒナキはそっと目を開ける。すると、ちょうど視線の先で潤が涙を流していた。あまりにも悲しそうで、痛ましい。
——なんでそんなに悲しそうな顔をしているんだ。これは……カガリなのか?
「潤、大丈夫?」
「え?」
咄嗟に声をかけてしまってから、ヒナキはハッとして起き上がった。何が「大丈夫?」だ。演技をしていたのだから平気に決まっている。
「何がですか?」
「いや、なんでもない」
潤は目を丸くして、固まってしまっていた。ヒナキは照れ隠しのつもりで、潤の頬をそっと拭うと、さっと立ち上がった。そのまま背を向けて、スタッフ達の方へ向かう。
「うん、オッケーですね! これでいきましょう」
「はい!」
——よかった。もう一度同じシーンをやるなんて、今は恥ずかしすぎて無理だ。
ここが終われば、次はアオイが手術を受けるシーンだ。これはスタジオへ移動になる。そこでは、アオイのシーンとカガリのシーンは別撮りになる。夜にまた2人での撮影があるが、それまでは顔を合わせずに済む。
——いや、潤にはいつだって会いたいんだけどね。顔見たいけど……。
ちらりと、潤の方を盗み見る。潤は澄ました顔をして、スタッフと共にメイクの確認をしていた。それにホッとしつつ、ポケットに手を入れる。
「ヒナキくん、移動するよ」
「あ……はい!」
いつのまにかそばにいた相良に従って、ヒナキは移動車へ向かった。
「アオイ……アオイ! おい、しっかりしろよ」
腕の中で、真っ青な顔をしているアオイを抱き締める。呼吸はしているものの、ひどく弱い。
「そうだ、救急車……」
震える手でスマートフォンを取り出し、電話をかける。頭がうまく回らず、言葉遣いは辿々しくなった。
なんとか救急の手配を終えて、再びアオイの様子を見る。どうしてこんなになるまで気が付かなかったんだ。彼の不調に気が付かずに無理をさせてしまったことを、カガリはひどく悔いた。けれど、後悔したところでもう遅い。とにかく、早く病院に連れて行くことだけを考えた。
「いつ終わりが来るかわからない」。アオイの言ったその言葉が、カガリの中でフラッシュバックした。それがまさか今だなんて、そんなことは考えたくない。けれど、「終わり」という言葉が頭に焼き付いて離れない。
「お前がいなくなるなんて……耐えられねぇよ」
怖い。頭ではぼんやり分かっていたことのはずなのに、きちんと理解っていなかった。いつかアオイを失うという現実。そんなこと、受け入れられるはずがない。
「なぁ、頼むから……目を開けてくれ」
カガリの目に涙が浮かぶ。掠れた声だけが、静かな空間に響いた。
しばらくの沈黙。カガリは、静かに涙を流しながらアオイを見守っていた。ここで、放送時にはモノローグが流れる。
やがて、遠くからサイレンの音が響いた。そうして、ようやく「カット」の声がかかった。
「ヒナキさん、大丈夫ですか」
潤はすぐに表情を引き締め、ヒナキを抱き起こした。ヒナキはしばらく瞬きを繰り返して、ようやく状況を理解し始める。少々役に入りすぎてしまっていたらしい。
「ありがと、潤」
「いいえ。……なんか、まだ顔色悪いですか?」
「え? メイクのせいじゃないかな」
「そうですか」
潤は心配そうに眉根を寄せていたが、ほどなくして微かな笑みを浮かべた。もしかしたら、今朝のことを引きずっているのかもしれない。
「さっきは、ごめんね」
ヒナキは思い切ってそう言った。撮影中に話すことでもないが、気まずい空気は早いところ解消しておきたかったのだ。しかし、ヒナキの思いとは裏腹に、潤はさらに浮かない表情をした。
「いいえ、謝られるようなことは何も。それより、本当に体調は平気なんですか?」
「うん、問題ないよ」
「……そうですか。でも、無理しないでくださいね」
何故そんなに体調の心配ばかりするのだろう。不思議に思ったが、ヒナキは笑顔を見せて会話を終わらせた。あまりお喋りばかりするわけにはいかない。今日のスケジュールはあまり余裕がないのだ。
潤のそばを通り過ぎた時、また心地よい匂いがした。彼の匂いは、ヒナキにとっては快楽でもあり毒でもあった。これまでは意識していなかったはずなのに、一度感じてしまうと無視できなくなるのが厄介だ。
なんとか平静を装って、監督からオーケーが出るのを待った。しかし、鼓動はいつもより早く大きくなっている。今日一日、耐えられるだろうか。不安で仕方がない。
やがて、チェックを終えた監督がもう1テイクの指示を出した。ヒナキは先ほどの場所に戻り、倒れる準備をした。メイクのスタッフが駆け寄ってきて、ヒナキの身なりを整える。
「よーい……アクション!」
軽く息を吸ってから、グリーンのクッションに向かって倒れ込んだ。この、海が見える公園は、アオイの入院する病院の近くだという設定だ。
再びカガリに抱きかかえられて、意識を失ったフリをする。すぐ近くで、潤が——いや、カガリが泣いている。音しか聞こえないのに、なんだか胸が痛い。
——潤が泣いている姿なんて、そういえば見たことないな。
ヒナキは演技に徹する傍ら、ふとそんなことを考えた。彼はライブでも常にクールで、熱が上がって多少はしゃいでいる時はあるけれど、泣いていたことは一度もない。少なくとも、URANOSがメジャーデビューしてからは。
——それを思えば、今回のドラマはファンにとっては色んな意味で衝撃だよな。僕は当事者になってしまったから、なんだか実感が湧かないけど。
しばらくして、再び監督からカットの声がかかった。ヒナキはそっと目を開ける。すると、ちょうど視線の先で潤が涙を流していた。あまりにも悲しそうで、痛ましい。
——なんでそんなに悲しそうな顔をしているんだ。これは……カガリなのか?
「潤、大丈夫?」
「え?」
咄嗟に声をかけてしまってから、ヒナキはハッとして起き上がった。何が「大丈夫?」だ。演技をしていたのだから平気に決まっている。
「何がですか?」
「いや、なんでもない」
潤は目を丸くして、固まってしまっていた。ヒナキは照れ隠しのつもりで、潤の頬をそっと拭うと、さっと立ち上がった。そのまま背を向けて、スタッフ達の方へ向かう。
「うん、オッケーですね! これでいきましょう」
「はい!」
——よかった。もう一度同じシーンをやるなんて、今は恥ずかしすぎて無理だ。
ここが終われば、次はアオイが手術を受けるシーンだ。これはスタジオへ移動になる。そこでは、アオイのシーンとカガリのシーンは別撮りになる。夜にまた2人での撮影があるが、それまでは顔を合わせずに済む。
——いや、潤にはいつだって会いたいんだけどね。顔見たいけど……。
ちらりと、潤の方を盗み見る。潤は澄ました顔をして、スタッフと共にメイクの確認をしていた。それにホッとしつつ、ポケットに手を入れる。
「ヒナキくん、移動するよ」
「あ……はい!」
いつのまにかそばにいた相良に従って、ヒナキは移動車へ向かった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
26
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる