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序章 こうして僕は『殺』されかけました

第2話 『恋』していますか?

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 セイネさんは僕の住まう長屋の隣にある教会の修道女。

 毎朝教会前を熱心に掃除していて、彼女とは朝の日課の走り込みの際によく話す仲だ。

「でもなんだか随分お急ぎですね?」

「ええ、ちょっと待ち合わせに遅れていて」

「あぁ……もしかして前におっしゃっていた【有角種オーガ】の子っていう? ごめんなさい。そんな事情があると知らず引き留めてしまって」

「いえいえ、機嫌を直してくれそうなものも買いましたから」

「う~ん……でもダメですよミナトさん。女性との約束を破っちゃいけません。あと最近物騒ですから、仕事が終わったらすぐに帰ってくださいね」

「はい、セイネさんもお気をつけて」

「心配いりません。私なんて誰も襲いませんよ。ほらほら早くいかないと」

 とセイネさんは笑顔で背中を押して送り出してくれた。

 う~ん、大丈夫じゃないから言ったんだけどなぁ……。

 最近世間では《雨降りの悪魔》という名の殺人犯が現れると専らの噂。

 文字通り雨の中人を殺害する殺人鬼だ。

 別れ際にセイネさんと互いに身を案じた理由もそこにある。

 実際、さっきグディーラさんと張り紙をしていたのは、その注意喚起のお知らせ。

 足早に向かうこと数分後、待ち合わせ場所である噴水公園の手前に到着。

 渡ろうとした目の前の道路を霊気バスが走っていく。

 産業革命以降。【燐鉱石リンコウセキ】や【霊鉄鉱レイテッコウ】を用いた【霊導器】の発明で社会は急速に発展していった。

 通称【霊気革命】の到来。

 今から70年前頃の出来事だ。

 町にはガス灯に変わり、【霊線】が張り巡らされ【霊気灯】が煌々と灯って人は眠らなくなった。

 近年は【霊気バス】が乗合馬車にとって代わって市民の脚になっている。

「結構遅れちゃったなぁ……」

 ふと溜息をついてから歩き始めると、視界の端に青白く輝くものが過る。

「遅いっ! 罰金っ!!」

 見上げると有角種の女の子が腰に手を当て立っていた。

 ご機嫌斜めな彼女は友達の劉《ラウ》=阿爾娜《アルナ》だ。

 蒼い長い髪に純白の艶やか角。胴衣にネックラインがやや高めのブラウス。

 足首まであるスカートの裾からは肌と同じ色白の尻尾が覗かせ、澄んだ空色の瞳が僕を咎めている。

 かなりご立腹であらせられる。もう機嫌を取るには片膝を付き、貢物を献上するしかない。

「お嬢様。どうぞ、こちらをお納めください」

「えっ!? 嘘、これって?」

 思惑通り。特徴的な包装箱を見たアルナは目を丸くしている。

 反応からもしかしたら以前から気になっていたのかもしれない。

 《アダス》の包装は結構凝った作りをしていて、兎の絵柄にピンクのリボンが可愛い。

「どうしたのっ!? ミナトっ!? これっ!?」

「いつもありがとうって伝えたくて、君へのプレゼントだよ」

「もう……またそんなこと言って、どうせ職場の人に御使いを頼まれたんでしょ? もう1個背中に隠しているみたいだし?」

「すごい、全部あたっている。でも感謝しているのは本当だよ? いつも美味しいランチを頂いているからね」

 彼女は香木や茶の交易を生業とする商家の御令嬢で留学生。

 出身地は【麗月レーグエ】という【アナティシア連合王国】、通称【アンティス】から海を渡って西にある大国。

 そこの港湾都市【馨灣ヒィンワン】だ。

 現在は貴族、資産家の御曹司や令嬢が通う寄宿学校に在学している。

 ただプライドの高い彼等が、成り上がりの、他国の、まして有角種を歓迎する筈も無いわけで……。

 ともあれ知り合う前からいつもベンチで一人食事していて、すれ違う度、なぜあんな綺麗な子が一人で? っていつも思っていた。

 アルナと話すようになったきっかけは先輩と一緒の初任務、二人帰路に就いている時だ。

 季節外れの豪雨の中。夜の公園に佇むアルナを、風邪を引いたらまずいと思って協会まで連れて帰ったんだ。

「こ、今回はロガージュに免じて許してあげる。もうミナトが遅いからお腹空いちゃった。早くしないとお昼休みが終わっちゃう。行こっ!」

 ふと僕の手を掴み笑顔で歩き出すアルナ。さっきまで不機嫌だったのに、どうやら機嫌を直してくれたみたい。

 急いで僕達は木陰にシートを広げ食事をする。最近はランチにアルナの馨灣料理に舌鼓を打つのが日課だ。

「うわぁ……今日も美味しそうっ!」

「いっぱい作ったから、どんどん食べてっ!」

 最初は味もさることながら、種類の多さに驚いた。

 とろりとして酢の効いた甘酸っぱい餡を絡めた古老肉グゥルゥロウ

 豚肉に香辛料を塗布して照り焼きにした叉燒肉チャーシウロウ

 海老や蟹の身が混ぜ込まれたオムレツ、芙蓉蛋フーユンダン

 中でもひき肉を小麦粉の皮で蒸した燒賣シウマイが特にお気に入りだ。

 きっと僕の為に何時間も丹精込めて作ってくれているんだ。

「えっ? それって點心ディムサムだよ」

「點心?」

「うん、朝食の残りだったものだけど、こっちの言葉でいうなら〈おやつ〉」

「こ、これが? それにしてもなんというか重いというか」

「馨灣の人たちはいっぱい食べるもん。むしろ足りないくらいかな。本当は私の得意な魚料理を食べて欲しんだけどね。ここじゃ中々新鮮なものがないから、少し残念」

「ボースワドゥムは内陸だしね。でもアルナが作った海鮮料理かぁ、きっと美味しんだろうなぁ~」
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