暗殺少女を『護』るたった一つの方法

朝我桜(あさがおー)

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第一章 どうして僕が彼女を『放』っておけなかったのか

第16話 この月夜の晩、路地裏で人を『襲』うのは……

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 つい声を上げそうになったのを、息を飲んで必死に抑えた。確かに傍には死体が!

(1、2、3の合図で飛び込むぞ。んで、あいつにお前の象気を全力で叩きこめ、一番有効なのはおめぇの象気なんだしよ)

 急に言われてもと思ったけど、現状それが一番効果的な方法だよなぁ。

 正直なところ身の竦みそうな恐怖の中、内心少しほっとしている自分がいる。

 何故ならアルナが《雨降りの悪魔》じゃないって確信できたからだ。

 ハウアさんは懐から回転式拳銃を取り出すと、銀色の霜のように輝く弾を装填していく。

(ハウアさん、それは?)

(【月銀ルナジェンテ】の弾丸。普通の鉛玉じゃ効かねぇんだよ。それとなぁ。俺様の【月】の性質だと《屍食鬼アレ》との相性が悪い。んで、こいつの出番ってわけさ)

 何でも月銀の持つ【反燐性はんりんせい】が吸血種の再生を阻害するんだとか。

 【燐性】とは主に金属が有する引力や斥力を及ぼす性質を指す。そして【反燐性】は、その逆。

 燐性を打ち消す特性を言うのだけれど、まさか吸血種に効果があるなんて。

 とりあえず考えるのは後にしよう。

(準備は良いか? 1、2、3、行くぞっ!)

 僕等は路地裏へと飛び込んだ。今度はしっかりと《屍食鬼》の姿を視界に納める。

 見るからにおぞましい化け物だけど、僕達の登場に怯んだ。

 その隙を見逃さない。もう一度地面を蹴り、一気に間合いを詰める。

 象術を使ってもまだ体が重く感じる。だけど躊躇している暇なんかない!

 空かさず《屍食鬼》は触手を伸ばしてくる。まるで極太の鞭だ。でも――ハウアさんより全然遅いっ!

 前屈めに躱し、狙うは《屍食鬼》の顔面!

 沈みこんだ反動を利用して、象気を込めた拳を下から上に身体ごと叩きつける。

『KYURRRR――ッ!!』

 滅血拳めっけつけん紅焔プロミネンス】――師匠から最初に教わった技で吹っ飛ばす。

 《屍食鬼》の身体は壁に叩きつけられ、二転三転と転がった末、のたうち回る。

『KYR……』

 すぐに上体を起こしてきた。一撃じゃ駄目だったか! やっぱり相当鈍っている。

 人間で言うところの鼻の下の急所、人中を狙ったんだけど、どうやら人間とは違うらしい。

 それでも動きはぎこちない。殴った場所からも煙が上がっている。効いてはいるんだ!

「よくやった! ミナトっ!」

 間髪入れずにハウアさんが《屍食鬼》へ月銀の銃弾を立て続けに浴びせた。

 当たった瞬間、肉片とどす黒い血が飛び散り地面を染めていく。

 しきりに耳障りな呻き声を上げ、やがて暗がりの路上へ崩れ落ちる。

 ハウアさんは虫の息となった《屍食鬼》の下へ、ゆっくりと近づき、そして――。

「くたばれ」

 冷淡な口調で放った一発の弾丸が《屍食鬼》の頭部を爆裂させ、噴水のような血飛沫を上げる。

 後に残ったのは頭の半分が抉られ、更に醜悪な姿となった《屍食鬼》の死体だった。

「ハウアさん。大丈夫ですか?」

「ああ、それよりも――」

 《屍食鬼》を倒し、すぐに襲われた人の容態を確認しようと駆け寄る。

「こいつはひでぇな……お前は見るな」

「う、うん……」

 被害者を前にしてハウアさんに止められる。その様子から……もう手遅れだったんだ。

 少しだけ見えた生傷から無残な姿であることは想像が付く。

 多分ハウアさんはきっと耐えられないと思って止めてくれたんだ。何気ない気遣いが胸に染みる。

 だけど……この生物はいったい?

 吸血種といっても、幼い頃に出会ったモノとは随分違う。

 アレは人間と遜色なく、大きな差異と言えば日光が苦手なぐらいなもの。

 でもこれは何だ? 四肢あるけど形は人間とは程遠い――馬鹿か僕は。

 人が死んでいるっていうのに敵の考察? なんて不謹慎な。

 下らない考えを振り払っていると突然。

 ゾクッ――な、なんだ! いったい! 背後から心臓を握られるような悪寒が!?

「ミナト! 後ろだっ!」

 ハウアさんの呼びかけに振り向くと、一匹の《屍食鬼》がすぐそこまで近づいていた。

 距離にして半歩かそこらの最早眼前。

『KYURRRR――ッ!!』

 音も無く現れた《屍食鬼》の触手が襲い掛かってくる。

 駄目だ! 間に合わないっ! 狙いは心臓、咄嗟に両腕を交差して護った――が。

 突如目の前が真っ白になる。上空から青白い稲妻が迸り、《屍食鬼》へ堕ちた。

 思わず耳を塞ぎたくなるほどの雷鳴。凄まじい雷光に堪らず目を覆う。

 いったい何が起こっているんだっ!

 腕の隙間から見えるのは、猛烈な勢いで炭化していく《屍食鬼》の姿。

 次第に雷撃が止み、眼前まで迫っていた触手は、ボロ炭となって崩れ落ちる。

 かつて《屍食鬼》だったものは吹き込む夜風に流されていく。

 呆気にとられ僕はただその光景を眺めることしか出来なかった。

「おいっ! ミナト! 大丈夫かっ!」

「うん……」

 駆け寄ってきたハウアさんに、身を起こされる。

「ほら、掴まれ」

「ありがとう。ハウアさん。一体何が……?」

 肩を貸して貰い立ち上がると、視線の端に屋根を駆ける青い人影が映る。

 青い人影なんて一人しかいない。

 それにあの青白い髪は間違いない。

 アルナだ。
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